FC2ブログ

スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

ダケスタリスクの活動

今日はKくんと音楽活動をしました。集まって録音ができたので一つ満足
感があります。


道の上


段々と短い時間で手際よく作業できるようになっているせいか、今回は
本当に「普通」な感じで活動できました。月一くらいを目標にしてやっ
ている『ダケスタリスク』としての活動ですが、今度はKくんに作詞し
てもらって私が作曲をするというようなこともやりたいねと話してみた
りして案外「次」が見つかるものだなと思いました。

ような

何も感じていないようでうっすらと色づいているかのような心。
薄い色合いの空、木々。この静けさは浮かんでくる言葉を追う
にはちょうどよいかも知れない。


夢の中でも律儀に振舞っているその理由が何なのか、良くは分
からないけれど自分のしたことが何かに繋がってゆくようなそ
んな連続の中で、自分が求めているものが何であるかに気付く
ような展開は目覚めた今でも印象に残る。



憂鬱とはまた違う。仕方なさに微笑むような、それでいてどこ
かを目指すような。

立ち止まる

意識がどこかに向かう。想像の中にあるだけではない筈の、どこかには
ある光景を求めているような気がする。書店でイラスト画集を購入し、
『知らないのに知っている』ような情景をそこに見て何かに包まれる感
覚になる。


今の自分には無いものは浮かべにくいのかも知れないけれど、その代わ
りほんの少し踏み出してみたらそこにある、豊かな光景ならどこかに見
つけられると思う。描かれたそのイメージは自分の心を旅立たせる。



心が動き出せば、僅かにこの生身の足を少しどこかに動かせるだけの事
にはなるのだろう。それ自体に価値を見出すような時間はなかなかある
ものではないのかも知れない。けれど合間の時間に、風景の中に溶け込
み、風景の一部として存在しているような感覚になる事は自分にとって
は珍しい事ではない。



ふいに風がそよぐような瞬間忘れている何かを思い出しているのだろう
か、蘇ってくる感じ方。場合によっては既にそういう感じ方さえ珍しい
ものになってきた何から何までの生活感が自分に沁みこんでいると言え
るのかも知れない。



物としてそこに何かがある、というわけではないだろう。それなのに
立ち止まりたくなるそんな場所、求めるものがはっきりしている時よ
りも、もっと遠くに行ける、そんな時間。

清んだ眼差しで

何かが変わったような気がする時、無性に記録を残してみたくなる。
単純というほど単純ではないけれど、言ってしまえばいつかそういう
風に感じる時が来るというのは明らかだったのかも知れないと今の自
分は思う。


人並みの感じ方を日々感得する最中、誰かの一言がそのままの意味で
了解されてくると納得する反面、なぜにそれに気づけないでいた自分
があったのだろうかと妙に不思議に感じる。だがその感じ方のその向
こう側で再び自分のこれまでを評価し直すとむしろ自分がそう在らざ
るを得ない必然性が浮かび上がってさえくる。



どうあっても限界的な領域を動いていたような気がする。多くは語ら
ないけれどたとえ言ったとしてもしょうがないような込み入った事情
と洞察と、定まらない解釈があって、その中で右往左往していて何と
か安定した世界観なり感覚に辿り着こうとしていた。



結果的にうぬぼれた捉え方をしなくとも、事実を忠実に辿っていって
紛れもなく努力をしてきたという証が手元に残る。その上で今求める
ものがなんなのか、それはそう単純な事ではない。



少なくとも清んだ眼差しで世界を見ていたい。そういう想いはある。

リスクと

若い、もしくは幼いころに比べると想像が現実的になってゆくのは
自然な流れなのかも知れない。ただその代わり想像の細部がより詳
細で、場合によってはそこから論理的な思考さえ生まれてくる傾向
にあるのは成長の部分なのかも知れない。


疲れが出てきたりすると心の方で思い描く事が荒っぽくなってくる
のか貧困な発想にもなってしまうけれど、休日などは想いを巡らせ
てみる時間ができたりで、そういう時の充実感は至福に近いかも知
れない。


あまり意識はしないけれど「目の前」にある『物』とか『音』とか、
やはり具体的な存在に対して気持ちが動かされているのは否めない。
学生時代から抽象的思考で物事を考えていたけれど、抽象的な対象
の『存在性』…例えばどのくらいの意味で存在していると考えられ
るのかという事まで考慮した上でないと考え始めていないという実
情がある。



とは言うもののスポーツなどを観戦していると『リスク』という概念
はほとんどの場合に意識しているなと感じられる。『リスク』がある
という事は、やはり確率が暗に語られていて日々の生活でも『リスク』
を考慮して、『攻める』べきか『安全策』にゆくべきかという選択を
頻繁に行っていると思う。



総合的に考えてゆくと、時間的な余裕とか、精神的な負担の少なさとか
、色々なものを秤に載せたうえで何を優先させるのかというのは『後々』
の事を考えての『最善』は実際計算しにくいが、要所要所で『リスク』
が非常に重要になってくるのは確かなようである。RPG的な『回復地点』
である今日のような休日まで乗り切り…更には少しの余力を残しておい
て活動する為に…という条件を付けてゆくと割と雑には出来ないという
事が分かってくる。



最初の方に述べたように疲れで荒っぽくなっても仕方ないし、創作もエ
ネルギーは要る。つまりは『どこから』その『勢い』を確保するかとい
うような話で、『堂々巡り』ではないとすれば『リスク』が意識される
ときにどういう選択をするかという事が結局繋がってくるんじゃないか
なと思っている。



凄く不思議な話をすれば、どういう種類であれ『難しい』と思っている事
を上手くこなせればそれなりに何かでブレイクスルーになるという見方を
すればいいようにも思えてしまう。特に昨今のように何事も効率化されて
いる世の中ではそれほど余計なものはなく、しかもそれほど余裕があると
いうわけでもなさそうに感じるので、結果的に『既定路線』は決まってい
るようにも見える。かと言って無条件に『攻める』という事になるとあん
まり余裕は生まれない、実感として。むしろ理論と知があって、自然に攻
められる『条件』があるように思える。



こういう事は考えてゆくと面白い。ただあくまでそういう風にして確保し
た余力(もしくは時間)で素朴に何かをするというのが本当は楽しい。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ただのカウンター
フリーエリア
投票
google+
プロフィール
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR