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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

ビール一杯とノスタルジー

繰り返される事というのはそれほどつまらない事ではないと思うようになったのはいつ頃からだろう。春が来て、夏が来て、秋になって冬がやってくる。そんな繰り返しの間にも毎年春に桜を愛でて夏に花火に目を奪われて、秋の祭りで興奮し、冬の寒さに雪解けを待つような知らず知らずに自分が繰り返している事がある。当たり前のようで、それでも何か心強い気がして。



今週も月曜から繰り返される仕事が始まった。今年の夏は涼しいかもなんて思っていたのにいつの間にやら本格化してきた暑さにダレてしまいそうになるのも例年通り。


<あ…いつまでこの暑さが続くんだろう…>


などと考えてしまう事にさえ既視感を覚えてしまう。実際、暑さはお盆過ぎには和らぐと言われているのでもう少しなのだろうとは思う。けれど地球温暖化とか、その他よく分からない理論を信用すれば必ず「お盆まで」と言えるかどうかは分からないのかも知れない。経験的に同じ繰り返しになるという事が確かめられてきたという事の証である言い伝えは、確かに気の遠くなるほど長い間に渡って確かめられてきて今も有効なのだろう。それは尊ぶべきだ。



けれど高々数十年の人生ではそれを確信するほど確かめ切っては居ないような気がする。自分の実感としてこの暑さが本当にあと数日で収まってくるという事を確信しているだろうか?まだそれには早いような気がする。少なくとも私は、時代が変わってもその分何かが配置替えして結局繰り返されているものがあると思うようになっているという地点にいる。


それでも…


「あ、川村さん、これよろしくお願いします」


「分かりました」


何かが浮かんできそうなところでこうして当面やるべき事が出てくる。人生とは何かについて考える事も時には必要なのかも知れないけれど、それとは別の次元で世の中を滞りなく回してゆく為に、そこで上手く流れてゆく為に単調な作業を繰り返す事も必要なのだと思う。もちろん自信があるわけではない。どちらかといえばあってもなくても良いものなのかも知れない。それを言ったら世の中にとって自分が必要かどうかについても、あってもなくても良いと解釈できなくはない。というか、自分がいる世の中が自分も含めて上手く動いてゆくようにするだけの事なのだと思う。



上手く動いてゆくという事で言えば、夏はどうも人間にとってギリギリの環境にも思えてくる。異常気象が重なって水が不足してくれば緊急事態だし、一人一人にとっても今やエアコンなしに過ごしていたら命に関わる事もある。それは何も人間だけの事ではない。動物にとっても厳しい環境に変貌した世界は生存競争の場とも言える。限りある資源の中でどう生きてゆくかを考えてゆくと、必ずしも文化的な事を称えていて良いのかどうなのか分らなくなる。


「なんか今日エアコン効きすぎてませんか?」



職場で誰かが言った。そういえば段々肌寒くなってきたような気がする。職場のエアコンは一括して設定してあるので融通が利かない。




その日仕事が一段落したので残業はしない事にして早々に帰宅する事にした。外に出た瞬間、夕方でもモワッとした空気に包まれ一気にテンションが下がった。<こんな日はビールが飲みたいな>と思うのも自然だろう。なるべく『キンキンに冷えたやつ』を所望するならやはりスーパーに寄った方が良いだろう。更にモワッとした車内の空気でじんわり汗を搔きはじめながらもエンジンを掛けエアコンで冷風を浴びる。


ラジオを聞きながら運転していると懐かしい曲。自分の世代の青春時代を彩った名曲だ。一瞬心がその頃に引き戻される。一方で、歌詞を思い出していると何かその当時には分らなかった感情が湧き上がってくるのを感じる。憧れだったミュージシャンがちょうど今の自分と同じくらいの歳に作った曲の筈だ。あれだけ売れていたのに、何かそれでも何かが満たされていないという気持ちがよく現れている。こんな事を考えてしまうのもどうかと思うが、ミュージシャンが出来る事は歌を作って唄うことであって、それで世の中を変えるということなど望むべくもないのだろう。もちろん思わぬ方向に影響を与える事はあるだろう。けれど足りないものは足りないままで、叶えられていない夢は叶えられていないままなのかも知れない。



「もう一度…」


サビの終わりを口ずさんだところで信号が青になった。少し進んで大型のスーパーの駐車場に車を停める。この時間帯でもほとんど埋まっていて大分端っこになってしまったのでそこから少し歩かなくてはならない。夏休み期間らしく子連れの客が目立つ。倉庫型のスーパーと言えなくない広さの店内はエアコンがそこそこ利いている。奥に進んでいつもより多めに酒をカゴに入れてレジに持っていった。



10分後には自宅に戻った。やはりアパートの中は暑苦しく、密閉された感じで息苦しい。何処へ行ってもエアコンに頼り切りだ。しばらくすると涼しくなってきた。一旦酒を冷凍庫に入れて手早くシャワーを浴びる。


「もう一度…」


浴室でまた何となく歌ってしまった。風呂上りタオルだけの半裸の状態で冷えたビールを取り出しグイッと一杯。こうすると喉越しが最上級で、絶妙な苦味も相俟って渇きが癒される。これを幸福と呼ばないのは寂しい気がする。涼しさもあって私は異様に満たされ、恍惚とした気分でテレビを点ける。



平日の夕方のニュースをぼんやり聴き流していたが、何かは分からないけれど何となくそういう気分じゃないなと思った。


<音楽聴いてみるか…>


昔に比べて音楽を聴く事も何か特別な事になってきたように感じる。青春時代のあのアーティストの曲をもう一度聴き直してみるのも面白そうだ。



『こうして繰り返されてゆくことが嬉しい』



ある曲のCメロの歌詞のところで口許まで持ってきていたグラスが止まる。咄嗟に、


<そうか、あの人も同じくらいの歳に同じことを考えてたんだな>


と直観する。当たり前が当たり前じゃなくなったときに、当たり前のように繰り返される事がこの上なく愛おしく思える、そう実感した人が何度も訴えているのについつい忘れがちになってしまう事。言っていた本人でさえ、通り過ぎてしまう地点、だとするならそれは何なのだろう。



過去に大きな災害があって、それも今や薄れてきているとも言える。蒸し返すわけではない。けれど、確かに私は今当たり前のように繰り返されている事がなかなかに素晴らしい事だと思えている。あの災害で、世の中が回らないとはどういう事かを知った。あの当時、私はこんな風にビール一杯の幸福を味わえる状況にはなかった。確かにあれ以後、当たり前の幸せを意味を知ったような気がする。




季節は、夏は繰り返されている。キンキンに冷えたビールとちょっとばかりのノスタルジーがまた繰り返されてゆくとしたら、それはそれで悪くないように感じる。
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