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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

雨に告げる

夏の気配が漂い始めている。教室の窓を叩く雨にそれを感じる人は少ないのかも知れない。気の早いわたしはプールにぽつぽつと落ちた模様をぼんやり眺めながら夏休みにする事を考えている。漠然と海に行きたいと思うけれど、泳ぐのはあまり好きではない。海が好きなのはただ夏を感じれるからだと思う。


「結城、ここ訳してみろ」


聞きなれた担任の声ではっとして前を向いた。上の空だったのが見えていたのかも知れない。


「はい。えっと、『民衆から大きな支持を得た彼だったが、それを快く思わない一部の人が居た』」


英語にそれらしい訳語を当ててゆく作業をしているけれど相変わらず訳した文の状況が上手く想像できない。


「うん。悪くないが、後半を『一部の人はそれを快く思わなかった』にすれば自然な訳になる」



『悪くはない』というのは便利な言葉だ。結局はどうせならそうした方が良いというところに誘導される。多分わたしはこれから幾度となくその言葉を投げかけられ、その度に相手の意図するところに合わせてゆくのだろう。なんて考えていたら唐突に「自分らしさ」という言葉が浮かんできた。授業をやり過ごし、友人の有希にそれとなく言う。


「ああいう文でさ、なんか別な感じに訳す事ってできないかな?」


「別な感じに?文語調にとか?」


「古語ね。今度調べてやってみようかな…」


本気で言ったつもりではなかったがその状況を想像したのか、


「それって先生に喧嘩売ってる感じになると思うよ」


とマジレスされる。


「だよね~」


あんまり考えていなかったけれど、同意してからそれもそうだなと思った。湿度が原因なのか何となく冴えない一日だ。有希が、


「それよりさ、今日教室じめじめしてるから別なところで食べない?」


と席を立ったのでそれに着いて行く事にした。教室を出て自販機のところでお決まりのジュースを買って、


「じゃあ何処にする?」


と訊く。


「う~ん、ホールかな」


昇降口の正面の広々とした処だ。「それがいいね」とそのまま階段を降りてゆく。同じことを考えていた人がいたらしく、既に数名が集まっていた。床にハンカチを敷いておもむろに腰掛ける。持ってきた弁当箱の蓋を開ける。


「…」


それこそ今日の中身は『悪くはない』。冷凍食品だけにならないようにといつも作ってくれる卵焼きはしっかり黄色くて美味しそう。ただ野菜が若干しなっているのが何とも言えない。


「卵焼きとミートボール、トレード?」


「OK」


有希もこの卵焼きが美味しいと言う。運動部という理由で少し大きめの弁当箱なのがちょっと恥ずかしいという彼女だが、それにしては身体はスリムで羨ましい。


「そういえばさ、そろそろプール開きだよね…テンション下がるぅ」


友人のこの一言はわたしにとって意外だった。


「何で?泳ぐの得意じゃん」


「いや、水着になるのがいやなんだよ…」


「え…?」


「だって日焼けしちゃうじゃん」


運動部ではないわたしは少しくらい焼けていた方が健康的だと考える。有希はそうではないらしい。


「まあね…でもそんな事言ったら海行けないじゃん」


「海?」


不思議そうな表情を浮かべている。


「今年の夏は海に行きたいんだよ」


「一人で?」


「いや、一人では行けないかな…」


しばし訪れる沈黙。意図を察したらしい有希が、


「わたしも一緒って事かな?」


無言のまま頷く。


「海か…」


彼女は何かを確かめるように言った。しばらくの間お互いにもくもくと食べて完食。何か思いついたのか勢いよく立ちあがった有希は下駄箱の方に向かって歩き出した。


「どうしたの?」


追い掛けてそう声を掛ける頃には昇降口から外を眺めていた。まだ雨は降り続いていて空には厚い雲が覆っている。横から表情を見ると、何となく遠くを見ているような感じだった。



「子供の頃ね、降り注いだ雨が川になって海に流れるって話を聞いた時に凄いなって思ったの」


有希はまるで独り言のように小さく言い始めた。


「凄い?」


「子供のわたしよりも遠くに行けるのが凄いって思ったのかな、多分」


「たしかに凄い事なのかもね」


「でもわたしも今は行こうと思えば行けるんだなって思って」


わたしはその時、なんとなく有希が考えている事が分ったような気がした。そして彼女は続けた。


「あっさり決めちゃうのも聡美らしいなって思った」


「わたしらしい…」


思わぬところで「自分らしさ」が見つかったような気がした。


「そっか、わたしって大胆なのかもね」


「気付いてなかったの?」


「あんまり…」


その後、クスクスと笑われた。雨は降り続いている。あの雨が夏の海で待っているとしたら、それを不思議に思う一部の人が居るのかも知れない…なんちゃって。
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