FC2ブログ

スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

麗しき人の夢 ⑤

『いつかは消えてしまう想いも、それがあった時は…』


何となく言葉が頭に浮かんだ。もしかしたらこの気分で何かが書けるかも知れないと思いはじめる。5月病というか中だるみの気分が一段落してきたけれど今度は暑さが気になりはじめる。休憩時間なのでスマホに書き溜めてある小説のアイディアに今の文章を付け加える。


『何か曖昧な感情を…』


『ありそうで余りない出会い…』


まだまだ頭の中でまとまりにならない箇条書きは悪い発注書のようなものだ。方程式の解くようにその条件を満たすような物語を弾き出せれば困難は何もないけれど、具体的な設定を考え始めるとどうもあり得ない事のように思われて書きはじめられない。才能がないのかも知れないとも思うけれど情熱だけはまだあるのがなんとも。


「才能があるとか気にし始めてもなぁ…」



そう呟いてから紙コップでインスタントコーヒーを飲み干すと後輩が目の前を通り過ぎたのに気付いた。


「あ、ちょっといいかな」


「はい。大丈夫ですよ」


佐藤君という人だが歳が近いのもあって親しみやすく職場でも気の許せる相手である。そして私にとってはそれだけではない。


「今度またどっか一人旅とかする予定あるの?」


「ええ、休みがあまりないので近い所ですがN県の方に行ってみようかなと」


「へぇ~N県か。ほとんど行った事ないなぁ。子供の頃家族で行ったきりかな?」


「N県と言っても広いですからね、ちょっと海の方に行ってみたいんですよ」


ご覧のように、佐藤君は一人旅が趣味でこの前の大型連休の際には関西方面に行ってきたという強者である。まあ私から見ればだが。猫と年中蜜月を過ごしているような男にとっては少し羨ましくもあり、また色んな地域を旅している話を聞くのが喜びでもあって、話し始めると結構長話になってしまう。


「それでですね、確か…」



尤も、佐藤君の方もこうして誰かに話せるのが嬉しいのだと思う。話を聞いたあと小説の案の事も考えながら面白そうなキーワードをスマホにメモしていった。



午後も何とか自分で決めていたノルマを達成し心地よい疲労感を感じながら帰路に着く。そろそろ猫の『カリカリ』も買いだめした方がいいと思ったので、スーパー近くのホームセンターでお決まりのフードを手に取り、ついでにおやつ用にとゼリータイプのものも合わせて購入。自分用の餌もスーパーで買った。



帰宅し猫と自分の食事が済んだところでPCをスリープから復帰させ、ネットを適当に巡回する。面白いネタもあれば、若干不快になるような情報も観つつツイッターで少し呟く。そのツイートに仕事が終わったらしい友人も少し絡んでくれる。いつもの競馬ネタと、地元ネタ。読書を含めればする事が結構あって、むしろ時間が限られているからか退屈はそんなにしない。


「う~ん…」



それでも椅子の上で背伸びをしながら、何か満たされない気持ちになる。猫が「にゃ~」なのか「うわん」なのか分らないような声で鳴いてそちらの方に目を遣りながら『この生活に足りないもの』を何となく思い浮かべてみた。


『足りないものがある時の方が夢で満たされるというのも因果なものである』



こんな文章を書いたあのエッセーの著者も何か足りないものがあると思っていたのだろうか。


『何かが足りない、足りないと言いつつ、実際に何が足りないのかが分らない事の方が多い。誰かが持っているもの、地位、そういうものに羨望の眼差しを送っている時でも、本当にそういうものが自分の生活に欠けていると思っているのかどうかは分らないというべきか。むしろ夢の中で思いもよらなかった展開がやって来て興奮したままそれを体験し、目覚めてから冷静に

『そうか、こういう事を望んでいたんだな…』

と振り返る事もある。夢の中では大胆なのも気になる。現実にはありはしないとは思うけれど、仮にそういう事が起って理性も吹っ飛んでしまうものなら、そこからまた凄い事が起るのかも知れない。行動するにあたってやたら敷居が低い世界観の夢を見たあとは結構大胆になるもの。


それはまた別のところで述べるとして、ではこの場合の「足りないもの」はこの世界の何処かにあるのだろうか?もしかすると在りはしないものとしてもともと夢に期待するしかないような物事なのではないだろうか』



この文章自体、かなり核心をついているような気がする。目標という意味の別の「夢」にしても『今は足りない』何かがあると暗に語っている。足りないものが満たされる世界にするのが夢である、というのも同語反復的である。



そうは言うものの、自分が足りないと感じているものは実はよく分かっている。多分、友人のような家庭を築くというのも何処かでは欲しているし、実はそれが本当なのかどうか分からなくなるレベルで創作をしてみたいという気持ちが強くある。前者は何か縁があればというレベルで望んでいるのに対して、「作家」という二文字は憧れで寝ても覚めても消えてくれない。しかも手の届かない所にあるように見えていると分っていてである。


『全然期待していなかったのに、手に入れたものがどこかで欲しかったものでいつの間にか満たされている。それと関係しているのかは分からないけれど、いつの間にか欲しいと思っていた気持ちが無くなっている、そんな事もある』


と具体的に著者が若い頃に欲しいと思っていた珍しいプラモデルを例に挙げる。何度も夢に出てきたそのプラモデルをある日地方に出掛けた時に何気なく立ち寄った店で見つけた時、欲しいとは思わなかったそうである。というのも、その頃には今の仕事が充実していてむしろなかなか出掛けられないその地方の雰囲気や名産の食べものを味わっているうちに作品のアイディアが浮かび、もっと違う事に惹きつけられていたからだという。



それを思い出した時『いつかは消えてしまう想いも、それがあった時は…』という自分のメモがそれにリンクしているのを感じた。そしてそれは自分の著者の違いをも言い表している。欲しいという気持ちでさえ、いつかは消えてしまうかも知れない。けれど、それがあった時には『本物』だ。



「作家になりたいという気持ちが消えるとしても、今は確かに…」



そして今はただ、その『本物』の気持ちのままに物語の登場人物を想像しているのだろう。


無題
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ただのカウンター
フリーエリア
投票
google+
プロフィール
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR