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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

関わりで

自分の気持ちがあって、そこを大事にして選んでゆくという過程があると思います。情緒的な
書きものはそれがあって成り立つわけですが、どうも『気分』だけだと内容にはならないよう
に感じます。


朝起きて<ああ、今日は気分がいいな!>と感じればその日はだいたい気持ち良く過ごせるの
でしょうけれど、むしろもっとはっきりと何かの出来事とかに対して感じたり湧き起った気持
ちや感情の方がより内容があると思うのです。もちろん不快な気持ちが特定の何かを知って起
ったものであり、それに不満を漏らすという事はあまりしたないようにはしていますが、一番
内容があるだろうと思うのは「もやもや」した気持ちだろうと。


「もやもや」が何から来ているのかを自分で確かめるのは結構難しいものです。葛藤だと一口
に言われても、どんな事とどんな事が(或いはさらにどんな事が)関係していてそう感じるの
かというのが自分でもよく分かっていない時の方が「もやもや」というのは感じると思います。
世の中が複雑化しているので、それをまとめるのも一苦労なので「もやもや」したままでもと
りあえずやるべき事をやっているうちに、いつの間にかスッキリしているというような日常が
あるのかも知れません。


主観的なものに思われる「もやもや」が、世の中に対する不満ならば結構どうしようもない事
があるのですが、反対に自分自身に対してのやるせなさにもなり得るという事が微妙なところ
ですね。世界を変えるのは難しいけれど、世界の一員である自分が変わることは出来る、とい
うような理屈をこねたりすれば、まあ変われない自分自身に対する不満とも取れる。



じゃあ具体的に何が自分にとって問題で「どうすればいいのか?」と考え始めると、本当に
色んな意味で壁にぶち当たります。自分の能力の限界、人間関係の限界、世の中の仕組みで
どうにもならない。



…とまあそうやって分析していけるのですが、この記事においては情緒的な書きものをする
際にこんな風に広げてみるというのも必要なのだろうなと感じたという事が内容です。勿論
、「もやもや」したものが少しばかりあるのは事実なのですが、自分だけがそう感じている
わけではないというのが案外救いになったりするもので、世の中の事に全く関心を持たなく
なるという方法もあるのでしょうけれど、出来る範囲で何かと関わってゆく事は決して無意
味な事ではないと思っています。



自分はどこまで関わってゆけるのか、というのが多分「もやもや」なんだろうなと。
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ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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