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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

イン・マイ・ポケット(※ホラーです)

 俺はライフルを抱え込みながらざらついた岩盤の上に座っている。
星の光さえ届かない古代遺跡の一角は真の闇に支配されている。数センチ先の自分の手足すら見えない闇の中では、自分が存在しているのかどうかさえもあやふやに感じてくる。力尽きここに座りこむまでに目にした数多の「惨劇」さえも、本当に見た事なのか曖昧だ。自分は夢の中にいるんじゃないか――そう信じ込みそうになった時、隣に座る助手の静香が恐怖でこわばった手で俺の腕を掴んだ。その痛みで俺はしばしの夢想への逃避から引き戻された。

 考古学者の俺は最近発見されたこの「ノビタニア遺跡」の調査に加わった。
しかしキャンプ初日の夜、俺は無残に散乱した人間――服装からおそらく案内役を買って出た現地ガイドと思われる――の死体を目の当たりにする事になる。それらの死体は全て頭部が打ち砕かれ、白と赤の混じった骨片が周囲に散らばっていた。そしてその腹部は腹腔内で爆弾が破裂したかのように引き裂かれている。
ただ事ではない危機を感じた俺は、ガイドの持っていた護身用のライフルを拾い上げると、静香ともう一人の研究員を連れて駈け出した。そして逃避の末にこのノビタニア遺跡に辿りつくと、その内部へと身をひそめたのだった。
その時点で俺はまだ、これが一種の野生動物による自然災害だと考えていた。肩から下げたライフルが心強い。

しかし二度目の惨劇はすぐそばに忍び寄っていた。
遺跡を前にして沸き起こった学者的な探究心に導かれ、遺跡の深部へ足を運んだ俺達だったが、背後から聞こえたその「声」によって、これが単純な野生の脅威ではないと思い知る事になる。

『らっしゃっしゃ』
 
異様な声に振り向くと、後ろを歩いていた研究員の男が消えていた。先ほど通った曲がり角の向こう側で、男の小さなうめき声と、何か複数の生き物が動き回るような音が聞こえる。俺はとっさにヘッドライトを消し、静香にもそれを無言で指示した。俺たちは闇の中に身を隠す。
『あまり暴れないでくれるかい?』その「何か」は確かに人語を話した。
「や、やめて……ああ、うあああああああぁああああぁぁぁ!」

 ズ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ !

 理性を束にして引き千切るような、耳障りな音が響いた。
 その音の正体はからない。ただそれは直接内臓に汚泥を浴びせかける様な、人が本能的に感じる嫌悪感の塊のような音だった。
 怪物が曲がり角の向こう側にいる。
目を逸らしたくなるような惨劇が起きているという事だけは、容易に想像できた。
俺たちは死に物狂いで暗闇の中を進んだ。
 そして疲れ果てて座り込み、今に至る。
 
俺はヘッドライトの照度を落としライフルの確認を行った。コルトM16自動小銃は映画などでよく見かけるが、実物を手にしたのはもちろん初めてだった。小口径で貫通性が高いため頭部になどの急所に直撃しない限り対象を即死させ難い、と何かの雑誌で読んだ気がする。弾丸が対象を突き抜けるため、運動エネルギーによる対象の内部破壊が起こり難いからなのだろうか。命中性を高めるためセレクターレバーを単発からバーストへと切り替える。
 隣で震える助手の静香に目をやると、彼女は下唇を噛みしめながら、目だけで周囲の様子を伺っていた。大学の研究室では透き通るような白い肌とウェーブの掛かった髪で煌びやかな色彩を放っている彼女だが、今その頬には泥がこびり付き、ゴムで束ねられた髪にはクモの巣が張り付いている。いつも感じるバラのような香水の匂いは、湿った土とすり潰された草とすっぱい汗の臭いにかき消されてしまっている。そんな彼女をヘッドライトで照らし続けるのは忍びなく、俺は照明を完全に切った。
辺りは闇に包まれる。
遺跡のところどころに作られた窓から月明かりが差し込み、それだけが唯一この世界の輪郭を浮かび上がらせている。
しかしそれは、歪に捻じ曲げられた世界のように感じられた。
「先生…」静香はか細い声で言う「私たち、助かりますよね? 大丈夫ですよね?」
「ああ…」俺はそう答えたが、そんな事俺が知るはずもない「とにかく、少し疲れも取れたろうから、歩こう。この遺跡を出てしばらく歩けば原住民の集落があるはずだ」
 原住民――その言葉を口にした時、俺は彼らの長老が言っていた言葉を思い出した。 
くれぐれも『G』には気をつけて下さい。
長老の発した『ジー』という単語の意味が理解できず、彼らの言語で「猛獣」や「毒蛇」などの類だと勝手に思い込んでいたが、それは誤りだったのだろうか。
とにかく進むしかない、と俺は立ち上がる。
静香もまた立ち上がろうとして、呟く。
「先生、私、死にたくない…」
 
その瞬間、何かがものすごい速さで俺の足元を掠め、続けざまに静香が悲鳴をあげた。

「せ、せんせいっ! いたいっ! 足が、あしが!」
 俺はヘッドライトを点灯させ彼女の足元を照らした。
 犬のような姿をした異形の獣が、彼女の足に喰らいついていた。
その獣の全体像は野犬に類似している。しかしその口には口内に収まりきらないほど長い――静香の足に食い込み赤く血に染まった――いくつもの牙があり、巨大な目は目じりが鋭く切り込まれたように尖っている。明らかに野犬などではない。
俺はライフルをその獣の額に向けて構え、引き金を引いた。
炸裂音と共に獣は数メートルほど弾き飛ばされた。
「大丈夫か?」
俺は尋ねるが、静香は足をおさえて唸っているだけだ。
右足ふくらはぎの肉が引きちぎられている。ズタズタに引き裂かれた内部の欽繊維が露出し鮮血でぬめったその傷口は、まるで熟れきったトマトを踏み潰したかのようだった。
「立てないよな」俺はライフルを肩に掛け、静香を強引に背負い上げた。いつまでもここに留まるわけにはいかない。怪物があの獣だけとは思えない。「走るぞ、しっかり掴まっていろよ」
 数歩進んだ時、急に静香の身体が重くなる。
 いや違う、何者かに引っ張られている。
「いやあああああ! やめて! やめてぇ!」
 叫び声を上げながら静香が背中からずり落ちた。
 俺は振り返り、静香の姿をヘッドライトで照らす。
 先ほどの獣が頭と眼球から液体を垂れ流しながらも、静香の足に喰らいつき彼女の身体を引きずっていた。
 ものすごい速さで静香の悲鳴が離れていく。
獣との間隔は約5m。俺の腕前では、この距離から獣を狙い打つ事はできない。静香に当たってしまう可能性が高い。
 そんなしばしの逡巡の合間に、獣が向かう先に大きな影が現れた。
ヘッドライトをその影に向けると、そいつを覆う闇が剥ぎ取られる。
 
異様な怪物がそこに立っていた。
 
大きさは1.2mくらいだろうか。丸い頭は身体と同じくらいの大きさがあり、見開かれた眼球は焦点が定まらないかのように虚空へと向けられている。大きく開かれた口には不揃いな歯が並び、ところどころに血のような赤いものがこびり付いている。寸胴な身体から短く太い手足が伸びていて、その球体のような形状の手で近くに駆け寄った獣の頭を撫でた。
『マッケン、ご苦労様』
 頭を撫でられたその獣は、喉から搾り出すようなしゃがれた声で鳴いた。
『それじゃあ、食事の時間にしようか』
 その怪物の視線が獣から静香の方に移った。
静香は痛みを堪えた表情で怪物の顔を見上げている。悲鳴を上げたいが、その悲鳴によって次の相手の行動がどう変わるのか判断がつかない。だから泣き叫びたい気持ちを必死に堪えている、そんな表情だ。
 しかしそれは俺も同じだ。ここでライフルを発砲する事で、次の瞬間この生き物の視線が自分に向けられる事を恐れていた。あの獣は銃弾が直撃したにもかかわらず生きている。目の前の全ての出来事が自分の常識の範疇を超越していた。
惨劇の幕が上がる。
苦痛と悲鳴とがドロドロに交じり合った地獄のような光景が眼前で繰り広げられようとも、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来ないだろう。
俺たちは完全にこの怪物に支配されていた。

怪物は何処からともなく鎌のような形状の刃物を取り出すと、それを静香の下腹部に当て、動かした。静香の着ているシャツの裾とジーンズに切れ目が入る。鎌の先でその切り裂かれた布を取り除くと、白と黒の混じった下腹部が露になった。
 静香は恐怖の悲鳴を必死で堪えているようだった。
 彼女の視線は、俺の方に向けられている。
『たすけて』
 その目はそう訴えていた。
しかし怪物の持つ鎌の先が無慈悲に、まるでバターにバターナイフを刺し込むような自然な動作で、彼女の白い下腹部に吸い込まれた。
 表情が一瞬にして苦悶に歪み、抑えていた声が一気に弾けた。
「あ”あ“あ”あ”あ”あ”あ”あ”いだいぃ!」
 遺跡の中の彼女の悲鳴がこだまし、俺は身震いした。しかし怪物はその声に動じる素振りすら見せず、鎌の先を縦にスライドさせる。
 切れ目から赤い液体がこぼれだし、白い肌の上に線を描いて背後の地面へと流れた。
 悲鳴は鳴り止まない。
 肺の中の空気を絞りきり、むさぼるように空気を吸い込むと、押し下げられた横隔膜の圧力によって腹部の切れ目から血液がゴポゴポと溢れた。
怪物は満足そうに笑う。
活きのいい獲物に歓喜しているのだろうか。
怪物は一瞬の逡巡もなく、その球体のような手を鎌によって出来た腹部の裂け目に押し込んだ。
 静香の目が見開き、痛みと嫌悪感からか口から胃の内容物を吐きだした。
細い腕が必死に怪物の腕を掴み押し戻そうとするが、怪物は意にも介さない。
「やめてやめてや”め”でぇえええぎゃああああああ!」
最初は言葉の体をなしていた彼女の声も、途中から言葉の意味を成さない絶叫に変わった。棍棒で殴り殺される家畜は、こんな声で鳴くのかもしれない。
彼女の腹部から何かが引き出された。
紐状の何か――腸だ。
 怪物は彼女の腹部から引きずり出した小腸を眺めている。流れ出る血の赤と、小腸の表面に網目状に付着した脂肪の黄色がかった白が、生々しいほどに鮮明な色の対比を見せていた。弾力を確かめ、臭いをかぎ、満足そうに頷く。
 そしてそれを口に含んだ。

 ズ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ

 怪物は、彼女の小腸を啜り始めた。
 そして俺は先ほど聞いた音の正体を理解した。
 腹の切れ目から小腸を引きずり出し、表面に付着した脂肪の繊維をぶちぶちと引きちぎりながら、怪物は静香の臓物を貪り続ける。生臭さと、排泄物の入り混じった臭いが辺りに充満し、俺は吐き気を堪えるのに必死だった。
 こちらに向けられた彼女は完全に白目を剥いている。叫び声はもはや無く、口からは泡のような血がゴボゴボと溢れ、滴り落ちるだけだ。
今の彼女に意識はあるのだろうか。
切れ味の悪いナイフで脳をぼろぼろに切り刻むような、気の狂いそうな苦痛の時間が既に終わりを告げている事だけを、俺は願った。
 しかし、彼女の口がかすかに動く。
 た す け て
 そう言ったような気がした。
『マッケン、そろそろ食べてもいいよ』怪物が言う『苦痛は脳の味を調える最高の調味料だからね。とても美味しく仕上がっているはずだよ』
 待ちかねたというように獣が彼女に近寄り、彼女の頭をくわえ込んだ。
 彼女の顔はまだこちらを向いている。
 まるで破裂寸前の風船を押しつ潰すように、彼女の顔がひしゃげていき――
 
 ぐしゃっ

 あっけない音と共に、彼女の頭部は固ゆでの卵のように割れた。

叫びながら、俺はライフルを乱射していた。
もうたくさんだ。
こんな光景を見続ける事も、その矛先が自分に向かう恐怖にただ耐えるしかないこの状況も、今自分を取り巻く全てが嫌で、ぶち壊したい衝動が俺の指を動かした。
その音でこちらを向いた怪物と獣の身体に、鉛の弾丸が叩きつけられる。
ゴムのタイヤを鉄パイプで殴りつけるような鈍い音がした 
弾丸は数秒で底をつく。
俺は弾倉を交換するのももどかしく、怪物達に背を向けると走り出した。
暗い闇の中を、何度も身体を岩壁に打ちつけながら、死に物狂いで走る。
走りながら考えた。
生き延びるすべを考えた。
しかし思考は吐き出す熱い息と共に闇に流れだし、形をなさないまま消えていく。
視界の先に明かりが見えた。
その明かりを目指して、無意識に走り続けた。

俺は開けた空間に立っていた。

天井は無く、月明かりが辺りを照らしている。壁の立ち上がりから生えた数多の植物の葉が月の光を反射し、深緑と白の入り混じった幻想的な色合いを見せている。
一瞬、天国に迷い込んだのかと思った。
しかし冷静に辺りを見回すと、円形の壁に囲まれた空間である事に気付く。
古代ノビタニア文明が式典などで使用していた空間だろうか。
視線をあちこちに向けながらその空間を横切る。

そこで、不吉な姿を見た俺は足を止めた。

壁一面に描かれた古代ノビタニア文明の残した壁画。
そこにひときわ大きく描かれた人物は、巨大な頭を持ち、寸胴な身体と短い手足を持っていた。
あの怪物の姿そのままだ。怪物の隣には、あの野犬のような獣の姿もある。
あの怪物たちは、古代からこの地で生きてきたのだろうか。
そして古代ノビタニア文明は奴らを拝め、遺跡にその姿を刻み込んでいた。
俺は更に壁画を精査する。
そこにあの怪物から逃れる手がかりがあるような気がした。
よく見ると、怪物の腹部には半月型のポケットのようなものが書かれている。そしてそこには3種類の絵が書き込まれていた。
人の絵。
ヤギの絵。
そして、樹木の絵。

しばしの考察の後、その絵の意味に思い至った俺は、荒れ狂う夜の海原に小船一つで取り残されたような、決して抗う事の出来ない圧倒的な絶望を感じた。

おそらく、俺は奴から逃げ切れないだろう。
この絵が全てを物語っている。
古代ノビタニア文明では、人、ヤギ、樹木は世界の循環を表している。
つまりこの3者は「世界」の縮図なのだ。
そしてそれが、あの怪物の腹部のポケットの中に描かれている――

『そう、世界は僕のポケットの中』

 耳元でしゃがれた声に囁かれた。
 俺は振り向く。
 鎌を振り上げた怪物の姿が視界を埋める。
 俺は右手を伸ばした。
 その手は振り下ろされた鎌で切り落とされた。
 月明かりで血塗られた刃が輝いた。
 おれは――

【終】


今回「スローペース症候群」に寄稿させて頂きましたKです。管理人の二人とは中学時代からの友人です。
G(グロえもん)はH君が創作したキャラクターでして、自分とも深い縁のある忘れられない奴です。Gの話を書くにあたりそのキャラ設定を色々思い出してみましたが、その回想作業が懐古の念を呼び起こし、まるで古いアルバムのページをめくっているようなノスタルジックな気分になりました。
そして書き上げたのが、懐かしさも郷愁もへったくれも無いスプラッターなやつです。
こういう動きのあるB級ホラーみたいなものをどこまで書けるか、そういう実験的なノリで書きました。
普段はこんなの書きません。

幕田卓馬名義で駄文をつらつらと書います。
 気が向いたら、スローペース症候群のリンクから「ばからしきすばらしき日々」にお立ち寄り下さい。
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