FC2ブログ

スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

歴史に思いを馳せて

歴史ある町。それは日本の共通認識と言っても良いのかも知れない。ただ実際に意識調査をしたわけでもないので、漠然と毎年同じ季節になると年を召した方々が同じようにこの地を訪れるという事実から単にそう思うに過ぎない。一度は名前を聞いたことがあり、日本のどの辺にあるのかの認識はまちまちで、歴史が好きな人にとっては幕末を常に思い起こさせる土地。

人それぞれ違う認識はあるものの、ある程度共通した見方がある。まあそれもこの町がそういう情報や色を積極的にアピールしてきたという過去の努力の賜物かも知れない。そういう風に評価する一方で、私にとってはこの町は私個人の身近で短い歴史を証明するような場所である。


歴史はそのままでは「感じられる」ものではない。ここで成長したにも関わらず、意識は遠い彼方にあったような思春期には、古臭いものというイメージが先行してかあまり積極的に地元の歴史を勉強してこなかったのもあり、漠然と「歴史」=「古いもの」という目でその光景を見つめていたと思う。それも『今を生きるもの』としては一般的な視線である。自分の与り知らない過去の事よりも「今どうするか」それに一生懸命だった毎日はそれはそれで充実していたように思う。


そんな少年だった私も少し歳をとって、「生きる理由」とか、「人間とは」とかそういう哲学的な事を考え始めたころから、生きるという事の醍醐味は「実際にそこで何が出来るか」という思考が徐々に擡げてきたのである。不便なところも多いこの町。とはいえ、その不便さは過去、人々がその中であたり前にやって来たものとさほど変わらないのかも知れない。便利にはなった分、要求されることが高度になったり、スピードを求められるようになった。その代わり生活はある程度保証されている。この町の歴史では、食べる物さえ危かった時代、そしてその時代を政策とはいえない政策で乗り切ったというより、やり過ごした歴史がある。その歴史的事実を信用するならば、そういう時代を生き抜くことと、この時代を生き抜くことに、条件の違いはあるにしても、「人間として生きる理由を見出して生きる」という事は普遍的な事であっただろうし、歴史の奔流に人生を左右されながら、時には『何か』に人生を捧げたという事は、時代を超えて理解されるべきものである。



ある意味では、そういう事を考えている時点でもう少年ではなくなったのかも知れない。年齢的な事ではなく意識の問題で。


だが、そうであるにしても現代は『何か』を見出すのが難しい時代でもある。社会的事物が相互に依存して成り立っているという事がはっきりと了解され、もはや何の為の何なのかという解釈は立場の違いで変わってしまう。経済に捧げる人にとっては、お金の流れが全てかも知れないし、政治に携わる人には権力の拮抗なのかも知れないし、一般人にとっては消費しつつ生産する流れとして感じられるかも知れない。そうやって普通に続いている流れの中で、何かを自分『流』にアレンジして、それを続けてゆくというのは案外難しい事だ。時代の要請は、今も昔も、社会に適応させるように教育し、都合の良い情報を与え、監視する、という中でほとんどの事は決まってしまうように思える。社会自体の許容範囲が狭ければ、それに合わせて生きるしかなくなる。



自分のスタイルが、社会に許容されるか?



許容されているかどうかを確かめる確認作業が、ネット上での『いいね』ボタンの取りあい、やり取りが全てではないにせよ、明確な意思表示を伴った視覚化された数値は、安心感を与える。といっても、自分はそんなに許容されている気はしない。


スタイルが社会に許容されるというのは、それを続けてゆく事の困難が少ないかどうかであって、スタイル自体を自分で「良いと思える」かどうかには影響しない。自分でそのスタイルが良いと思うし、それしか出来ないというなら、他者の評価はあまり意味がない。ただ、社会が許容するかどうかはそれを続けられるかどうかの一つの基準であるので、それを知ろうとして、情報発信というアクションをし続けるはずである。



歴史的な過去と今では『枠』が違う。選択肢が多く、その意味では自由度がある枠でありつつも、実際上は能力や性格がモノを云う。適材適所とはいい言葉だが、裏を返せば不適だったら違う事をやれというアドバイスを与えている事になる。勿論、合理的に考えれば不適だったら続けるのは大変だし、辞めた方が良いだろう。問題は、「合理」的判断を突き詰めてしまうと、最初限りないように思えた選択肢の多くがもう除外されてしまうという事である。専門化が著しいという事もあって、『何か』に集中すれば、別の『何か』は疎かにしているつもりはなくても不十分になってしまう。実際に可能な事、『現実的に可能な事』はだからそれほど多くはない。経済状況もそれを加速させている。選択肢はあるようでない。



ただそれは嘆きというわけではない。自由に決める際に一番悩むのが、何を限定するかという事である。全ては無理なのだ。だからこそ、何か制限の中でできる事をとりあえずやってみてそこに集中してみるのがそこでいう「選択」なのだ。つまり選択したスタイル、先ほど許容されるかどうかを考えていたスタイルというのは、可能な事の中で見出したものである。



できればそれは許容されて欲しい。



それは一種の拘りなのだろうか?




様々な空白があって、そして歴史に思いを馳せる。何が時代の中で肯定され、否定され、圧殺され、受け継がれ、廃れて行ったのか。私がやろうとしていたのは、そこに少しでも痕を残せるという事だった。受け継がれる事はないかも知れない。ただ、今ここにある誰とも知らない古い誰かの足跡と同じようなものなのかも知れない。


だが、険しい中のその足跡は確かに名前こそ残さないが、誰かが通った事があるという証明を与える。私が少年だった頃、自分が前に行った事のある先に進もうと思って冒険した事。それとそんなに変わらないのではないだろうか。歴史という文脈がある。それは幸福な事と、最近ではそう思えたりする。



今日も私は、色んな意味の歴史のある町で、愚にもつかない事、それでいて私らしい事を語っている。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ただのカウンター
フリーエリア
投票
google+
プロフィール
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR