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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

4月終わり

ゴールデンウィークの活気を感じる休日。思い出になるような事がしたいな
と考えていたので昨晩も含めて積極的に出掛ける。求めている雰囲気が漂っ
ているような少しそれとは違うような、何か表現しづらい心境でさまざまな
景色を眺めていた。



疲れとはまた違う理由で意気込みが続いてゆかないのがどうにもむず痒い。
勢いとは違って「表現する何か」が薄くなっている以上、意気込みだけを
内容にするわけにもゆかず、マイペースに何かを探してゆくのが最善とい
う状況。



Kくんとの音楽活動も来月は何となく出来そうな雰囲気もある。世の中の大き
な事が巡り巡ってちょっと難しい事に影響していたりという事があるのなら、
出来るかぎり穏やかに物事が進んで行けばいいと思ってしまう。逆に、小さ
なことが少しでも良いことに繋がるようにも願うのだが、自分が抱えられる
事というのはどこかに限りがあるようで、過去を超えてゆくのは『技術』の
発展とか『熟練』以外には難しいんじゃないだろうかと思えてしまう。




今はもう少しKくんやOくんと色々話してみたい心境で、お互いに新しい刺激
を与えあえるんじゃないかなと感じている。
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弾き語りを

『タイミング』と言われるものが要するにそれは色んな事が(間接的にも)
繋がったり関係していたり、微妙に影響したりしているという事の証明な
んじゃないかと思えてくる。


『歴史的な日』でもあるし色んな影響はあるだろう。先ほどスペシャルウィ
ークが旅立ったというニュースを知り、その直前まで『弾き語り』で曲を録
音していたというそんな個人的に「このタイミングか…」と思ってしまう。



曲の仕上げでさっきまで「これでいいかな」と思っていたものを、また弾き
直して、もしかすると良くなったかも知れない。



繋がっているなんて主張するつもりはない。ただ、曲の雰囲気的に今日この
心境で歌う事が後で何か大事なことを伝え得るんじゃないかと思える。



訪れる日々

巡り合わせと

『競馬』の事ばかり考えそうになっている今月です。「ウマ娘」が世代的に
ハマるしかないような造りになっていて、クオリティー自体も高いのでオー
プニングでテンションが上がるんじゃないかとさえ思えています。


時折訪れる自分にとって(その価値観にとって)追い風となるような出来
事の実現と、その連続というか、「いい流れ」。こういう展開もある種の
『必然』はあったのだと思いますが、一方で残念なニュースも入ってきま
す。


『こちらを立てればあちらが立たず』的な巡り合わせはひしひしと感じてい
て、何もかも上手く行くというのは難しいなという事を実感します。という
かそういう事自体が『稀』という意識は持ってしまっていて、数学的な発想
で『平均』とか『期待値』などを念頭に入れて大まかに計算(どちらかとい
うと感覚的に処理)しつつ、「これくらいなら頑張れば狙える』という地点
を定めてそこに向かって作業している意識が強いです。



その時に『頑張る』という言葉で把握している『難しさ』に対しての努力量
みたいのが、『無理』にならない現実的な量の場合に、多分実現できる公算
が高いだろう、みたいな厳密な表現をするとくらくらしてくる人もあるかと
思ってしまうのですが、無意識的にやっていることはそういう事なのだと思
います。



そして、目下『狙っている』ところ…地点あるいは結果、とでもいうんでしょ
うか、そういうものはあります。主に新しい『作品』を作ってゆく事が目標に
なっていて、あるコンセプトの長編の小説と、それに対応した曲…それを望ま
しいクオリティーで作ることが現時点でしたいことです。



そこで、ちょっと『くどさ』はありますが、そういうものを創りたいと思えて
いる自分で居続ける、もしくは自分を反復させる事がまた別個の日々の努力に
なります。話が戻るようですが、そこでも日々の『巡り合わせ』は大いに影響
しそうで、結局どのレベルから始まっていると捉えるかで…なんて事も想像し
てしまいそうですね。



『自分』から始めているようで、その自分が始めようと思った切っ掛けみたいな
…実に不思議な気持ちになります。

勢いが

重い。物理的に重いというよりも自分を何かに向けようとする時に感じる
『重さ』が明確に意識される。いい意味でこれまでのものを尊重して肯定
するからこそ、それに負けないように動こうとすると相当の意気込みが必
要になる。


『意地』のようなものは未だにある。


「『過去』とかそんなん関係ないよ、今出来ることが大事なんだ」


とでも翻訳されそうな意気込みで僅かに動かせ、動きそうになるその部分
は今だからこそ貴重に思える『若さ』なのかも知れない。その部分は意外
と上手く表現できていないように感じる。



自分の中に感じる「勢い」に乗って突き進んでしまうというイメージが浮
かぶ。『春の嵐』で表現したような、



<そうだ行ってしまえ!>


と心の中で後押ししている過去の自分というか、若い自分。「何で?」と
問うてしまうと途端にふにゃっとしてしまうのは、理由なきことではない
。理由がはっきりしない事に身を任せられるとか、任せてしまうとかはい
つもそんなに褒められることではない。



明確にイメージして「そういう方向に」とコントロールしている精神にと
っては、それは逸れていると感じられるのも仕方がない。ただし、明確な
イメージがない「今」はどうか?



結局、勢いに任せて動いてゆくのが正解という時もある。


「いや…」


と思う何かがそこで浮かんでくるのも何かの証なのだろうなと思う。突っ切
れそうで突っ切るのを正しいと思えない理由。何かをじっくり考えてしまう
理由。うまくまとめる言葉が見つからない。



ただ「勢い」の部分がないわけではない。「強く」何かにぶつかって折れ曲
がるような、心の声を時々感じる。

「今」を意識

Kくんと月一ペースで続けている活動だが、今月は無理とのこと。
いろいろ事情があるというのは仕方のない事だし、残念ではある
けれども依然として『難しさ』が横たわっているのは確かだ。


夏めいた日だったけれど、何となく懐かしさを感じる瞬間があ
って漠然と「今」が思い出になるような事がしてみたいなと感
じた。どうしても「旅行」をしたりした時の思い出がすごく印
象に残るけれど日々の中でも、


【決定的な何か】


があるなら後からでもはっきり思い出せるような記憶になるんじ
ゃないだろうかと考えられる。問題はその「何か」とは何だろう
かという事である。



「日々」の中で、時間とか色んな事情とかがある中で相対的に思
い切った事をしてみたいという気持ちだ。こうちょっとは次の日
の仕事に(体力的に)支障が出るかも知んないけど、それも覚悟
の上で『今』を意識していたい気持ちになっている。

「憧れと空」の動画

ワンパターンになりがちでちょっと工夫しなければと思っていた動画
撮影と編集ですが、新曲「憧れと空」のイメージにぴったりの天気に
なったので本宮の某公園(ほぼ限定されている)でひっそりと撮影を
してきました。


今週は日程的に恵まれていると先日申し上げましたが、今日も運の良
い事に休みで天候にも恵まれているとなればもう言う事なしで、今回
についてはかなりイメージ通りのものが出来上がりました。


憧れと空


もともとその公園に思い出もあり好きだったのですが、何というか動
画を取るために全景を見てみると本当に素晴らしい場所だなと実感し
ました。ちょっとは地元の人に何かに貢献できるといいなと思いなが
ら活動している面もありますし、今回はそういう意味でいい感じなん
じゃないかと思えています。


動画にも書いてありますが、Kくんと一緒に録音出来たら音声を差し
替えてまたアップロードしてみたいなと思っています。

今読んでも

一日が物凄く短く感じました。作品を完成させるのも時間が掛かるので
仕方がない事ですが、考えてみるとそれが終わった後の時間も微妙に創
作というか、何かをイメージしたり誰かの作品に触れたりしながら過ご
していて、考えようによっては「ずっと作業」なのかも知れないなと思
ってしまいました。そういう心境だから時間が過ぎるのも早く感じるの
かなと。



日程的にはまだ余裕のある時間が続きそうなので、出来そうなことはや
ってみようかなと思っています。ところで全然違う話なのですが、ブロ
グの分量について最近悩みというか、微妙に考えることがあります。



それは「過去に書いたものをどう位置付けするか」という事です。なる
べく更新できるように心がけてきた事の必然として、もはや読まれるか
どうかは分からないくらいの分量がそのまま積み重なっていっています
。時々自分で振り返ったりもしますが、普通の人が「ドン引き」しそう
な程の分量なのでじっくり読んでいると「気力」も「時間」も失われて
ゆきます。



基本的にテキストデータなので「圧迫」することは無いのですが、やっぱ
り何かに『活かしたいな』と思う事もあり、過去には「詩」のように凝縮
して短時間で何かを思い返せるようにしたものもありますが、こう…なん
というか今自分が読んでも何かが伝わってくるような記事を探したいなと
思ってしまいます。



余力と時間のあるなしによって「読み」の深さも変ってきてしまいますし
、何よりその余裕にとって接し易い文章もあるものです。読んでみて何か
を思い出せるならばまた可能性が広がってゆくのかも知れません。

「憧れと空」という曲

連休の威力というのはこれほどのものなのでしょうか。昨日1番まで出来てい
た曲が勢いで完成してしまいました。


憧れと空


『憧れと空』というタイトルにしたのですが、仕事の休憩中とかちょっとした
時間でイメージは膨らませていたので『雰囲気』が掴めてからは作業が早かっ
たような気がします。今週の日曜日にKくんと集まれるかどうかはちょっと分か
らない部分があるのですが、そこで合わせて弾き語るのを前提に作っているの
もあって一人のヴァージョンは完成したという感じですね。

作業の合間

とにもかくにも作品ができてしまうと心は既に違うところに移ろうようで、
同時に「何かが足りない」という心境になってしまうのがちょっと厄介だ
なと思える。


『情報に飢えている』というか、何かを探しているというか。基本的に厳
しい状況だったり、可能性が狭まっている時の方が自分の選択が自然に決
まってくるというある種のやり易さを自分は感じるようで、余裕があるな
らあるで別種のやり難さがあるんじゃないかと時々思う。



「ちょっと特別」な日々が続くように出来るかぎりの事と、もしかしたら出
来るかも知れない事への挑戦があって、もはや自身でも覚えていられない工
夫(?)をなんとか意識する。




次第に低くなってゆく夕陽を眺めながら、「自分の運命」との絶え間ない対
話をしているという言葉も案外間違いではないなと思う。頑張ればもうちょ
っといけるような気もしつつ、でもどこかで何かが危うくなりそうな予感も
あり、でも何もしないでいいのかというとまたそれも違う。



気持ちを整理しつつ、時間の許す限りしたいようにやってみる事にする。

新曲が

1番のみですが新しい曲ができました。

新曲

この頃、THE YELLOW MONKEYの「空の青と本当の気持ち」という曲と心境が重なっている部分があって、
それに去年作った「訪れる日々」の雰囲気が混ざっている感じの曲になっているような気がします。自分が
好きな曲と言う感じもします。

「こんな感じ」が

このところ日程がハードだったのだが、その代わり明日から連休になって
かなり嬉しい。もちろん疲労があるので初日は完全な休息になりそうだけ
れど気持ち的には早くも創作モードに切り替わりつつある。


数日前からまた試行錯誤的に内容と言えるようなことをメモしていたのだ
が、正直に言えば分かりやすくはない内容である。能力の事とかではなく
て自分だって読みたいときと読みたくない時があるのだから、色々考えさ
せられるとしても読めるものではないのかも知れない。


今やろうとしている事がややこしくなる事情はどうあっても免れなくて、
自分なりに理屈をこねて…今回については特にほとんど理詰めて組み立
てているようなものだから自分用のメモでさえも入り組んでいる。


「こんな感じ」


というのを作業の過程で「ダケスタリスク」の相棒に伝えてゆくのも考え
てみれば直接に会わない状態で文章だけで説明してゆくのは非常に難しい
ものだなと思う。一旦作品になってしまえばそれが語りだしてしまうもの
で、それこそ音楽ならば「こんな感じ」というのをダイレクトに伝えられ
るのだろう。


こんな感じ…って



実のところ今日は少し「歌詞」が浮かんできていて、あるアーティストの
作品との関係で何となくはっきりしてくる事があるのだが、連休中にどう
にかなるだろうか。

伝えてみたい事

何か伝えるべき事がはっきりとあるような気がする。それでいて、伝え方が難しいと感じられる。どう言えばいいのか分からないけれど、分かってもらえるような気がする、というべきだろうか。


出来ることはできる。それでいて出来ると分かっているかについては不明なところがいつもあって、自分自身意外と出来るんだなと思える事が今まで結構あったような気がする。


おそらく自分は出来る事があるのだと思う。意味とか分かっているかどうかは別にして出来るというか。それでその自分でも把握し切れていないところまで含めて伝えられる事がこれまで活路になってきたような気もするし、伝えた筈と思いつつ伝わってないんじゃないかと思ってしまう理由でもあるのだろうなと考えられる。


そう言ってしまうと不思議な観もあって、全然そうじゃなく自分で分かっている事で動いている自分もあって、そこではあまり自信があるとは言えないとも感じる。


じゃあ何を伝えたいのかというと、それをはっきり把握できる自分では伝えられる事はないというか言い尽くしていて、インスピレーションの範疇の事なのだと思われる。きっとものすごく単純な事なのだ。ただ、分かりにくくなってしまう事情があって、そういう事情まで考慮して説明する場合には長文を要すというか。



それでいてキレのある文で言うのなら、特別な何かを意外に思わない心境があるというか、出来るのは理由があるからだと、思っている心境があるのだとしたら、見え方が変わってしまうんじゃないだろうかと。そんな事を伝えてみたい。

それ

微妙にはっきりしたことが言えそうな(言葉に出来そうな)気がするので
また書いてみる。感覚的には「こういう感じ」というのが分かっている事
があって、それは単純なようで難しい何かで、「運命」との関係で時々実
感する。


『純粋な事で、求めるなら一時的にでも』


それを言葉にすれば(になれば)何かが変わってしまうような予感がある。



(                            )



むしろそれを何と名指すか分からないままに通り過ぎている何かがある
という事なのかも知れない。


前と後のその間にあるもの、情報。「前」の間はそれが何であり、何と呼
ばれるか分からないままにそれを求めていて、「後」においてはすでにそ
れが実感され、当たり前のように前提しているそんな状態になる。




「それ」と呼ぶことにすれば、「それ」は時の中で純度を高めて明確にな
ってゆくのだろう。



もし「運命」というのが、ある場所、あるものに向かってゆくという必然
であり、その時に求めるのがその「運命」に対応した「何か」であるとす
るなら「それ」に向かってゆく運命があるとして、けれどそれが何である
か分かってしまった時、実感された時にはもはや違う方向に動き出してい
るという事だろう。




括弧で括られた語られぬままに通り過ぎているもの。「何かがある」とい
う紛れもないその実感。言葉で捉えられるからあるのではなく、言葉には
出来ないけれど紛れもなく「ある」という実感だけ残してゆくもの。




『何と名指すか分からないままに通り過ぎている何か』



そういうものがあるという紛れもない実感。感覚的な捉え方であればそれ
は何となくあるという把握をしている。では時間の中でそれを明確に言語
に捉えようとする時、


「対応」


という言葉がようやく浮かんでくる。つまり「対応」自体が存在するとい
う事なのかも知れない。「運命」に「対応した何か」ではなく、「対応」
自体が存在するという事。




「運命」に対する「対応」という存在自体を実感する、そういう事なのか
も知れない。

そんな情報

休日、数日前からの風邪が治りかけながら順調に用事を済ませて自由
時間と相成る。風がそこそこあるものの意外と心地よい日で、移動中
に聴いた曲のの影響か少し意欲が高まっている。


春から初夏の雰囲気が漂っていて、4月もまだ半ばだというのにもう
5月の予定を考えていたりしている。そんな日々の合間にとにかくち
ょっと気合を入れれば見つかるかも知れない「少し稀な」何かを探し
てゆけば、求めている事に近づいてゆくんじゃないかという予感があ
って結構色んなものに目が留まる。



BGMで掛けていた曲からの連想で「フルメタル・パニック」の事を思い
出して、4期が13日に始まるという事を今しがた知ったのも何とな
く面白いなと思った。そのアニメもそうだがクオリティーの高い作品
が世の中に放たれると、何となく世界が更新されるような気持ちにな
る。


他にも競馬が好きな自分にとって画期的な作品ともいえる「ウマ娘」に
ドはまり中で思い入れのあるセイウンスカイの描かれ方がよくて、とこ
ろどころウルウルきている。何というか『イメージ』の力というのはす
ごいなと思い知らされていて、ふとその作品世界に没頭している自分が
いるのを不思議に思いつつ視聴している。



寝ている時に見る夢もそうだが、「並行世界」というのはある強さでは
経験しているんじゃないかと思える。違う世界そのものを体験するから
こそこの世界の事が見えてくることもあって、自分が限界くらいまで集
中し続けて再現、実現できる何かがどのくらい「稀」なものなのか、そ
れをやってみる世界とやらない世界に分岐するという考え方をすると、
とても面白いなと思える。



何にしても自分の中から出てくるものに頼らないと進んで行けない。情
報として、何かの証拠になるように「辿れる」具体的なものだったり事
だったりを、今は探している。

わくわくを

このところ完全に趣味の事で充実しています。際立つのが「競馬」でして今日
も福島競馬場に行ってきたのですが、かなりほのぼのした気持ちで過ごせまし
たし、桜花賞も的中させたので言う事なしですね。


ただ浮かれすぎてても勿体ない気もするので、多少は楽しさの力を借りて面倒
くさい事に取り組んでみようかなと思い始めています。具体的には音楽活動で
また曲作りというか、ネタ探しを始めてみようかなと。音源のアップロードサ
イトでの評価をひとまず信用すれば、好まれている『方向性』とか『雰囲気』
というのはにわかにですが分かるような気がします。



どうしても言葉に出来るところは少ないのですが、正攻法でイメージを作って
ゆくというよりは一つ一つ限定していってその先に出来上がるものを求めてい
るような感じですね。


とにかくワクワクするような感じがいいかな。

運命と対話

想像(予想)した通りなのか、確かめるためにある場所まで歩いてみた。
桜も一気に開花に向かっている暖かな一日、外は何となく煙っているよ
うにも見える。また新しく作品を作ってみたい演奏してみたいという気
持ちになってきていて、触れるもののほとんどに惹かれていっているこ
の頃。


「楽しい」とはまた違うけれど、結構ワクワクしているなと思う。やっ
てみない事には確かめられない何かがあるとして上手い具合に意識を設
定できているからか、その先で「発見」出来ることがあって面白い。



『自分』というものは案外固まってはいないのだなと思う。柔軟という
よりも本来はすぐに忘れてしまいがちで、「何かをしたい」という気持
ちも、そういう気持ちになったという事も、気が付くとどこかに忘れて
しまっているような状態になる。忘れないようにしたいと思っていても
薄れてしまうのなら、忘れるという事を前提して何かを考えなければな
らないのだといつしか了解できている。



サカナクションの某曲ではないけれど非常に「丁寧に」メモをして、イメ
ージを残し、後で振り返られる様にしておくというのは本当に大切で、そ
れが作業の中の多くの部分を占めているように感じられている。


『失われやすいイメージ』



の方が魅力的であって優先順位はあるものの、可能な範囲で出来るだけ良
いイメージを作ってみたいという欲求は次第に高まっている。少し前と違
うのは、自分の中に既にあったイメージを出してゆくというところから、
自分でもまだ捉え切れていない何かを捉えようとしているという事だろう
か。



まさに春の雰囲気はありつつ、それでもそれだけじゃなくて自分の「運命」
と対話する心境とでも言えるだろうか。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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