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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

タブレットどこまで

少し現実性が薄そうだなと思ったことにちょっとした光が。もともと車を運転する
際に集中力を維持するためスーッとするものが欲しいなと思っていたが、、コン
ビニで探していたらタブレットが目に留まった。最近は少し大きめのタブレットが
あって、食べてみるとミントきつすぎず、程よい『目覚め』になれるなと感じた。


それから自分の中で『ベスト』なタブレット探しが始まって、某メーカーの4種類
あるシリーズのタブレットがお手頃で『美味しい』なと気付いて、それを『常用』
しようという気持ちになっている。



『常用』と書くとまるで「薬」のような表現だけれど、実際成分を見てみればそれ
に近い働きをする物質を摂取しているのと考えるのは結構正しいと思う。むしろそ
ういう視点で考えると、その4種類のミントと風味の微妙なさじ加減で何かを『調
整』できるんじゃないかという発想が自然に生まれた。



少し前に基本的に自分の意志でどうにかなるのは自分の身体をある範囲の中で動かし
てゆく事だと述べたけれど、人類の意志が『化学』の領域に食い込んでほんの少しず
らしてゆく事も現実に行われているというのも覚えておきたい。「意志」で可能にな
る事として自分が摂取するものを『選ぶ』事の連続で、次第に何かの方向に近づいて
ゆく…と自信をもっていえるわけではないけれど、影響は無ではないと思う。その合
わせ技のような事で、具体的に「タブレット」を選ぶというのは大げさに言えば「化
学」の力を用いているとも言えなくない。



何よりタブレットは(食べ過ぎれば腹を下す恐れもあるけれど…)手軽に食べれて、
あまり食べているという感じにはならない。実際カロリーも微々たるもの。自分に
とって重要なことは、どのタブレットをどのタイミングで取るのかも自分の意図で
決められて、少なくとも『持続時間』の間は体感として効果があるという事である




一度そのシリーズの全種類を買ってみて自分の身体にとってどれくらいの「違い」
…「差異」があるのか試してみると、確かにメーカーが意図したような「爽快感」
なのか「リラックス」なのかという感覚の違いがあるレベルで確認できて、それ
を食べるかどうかも含めて選択肢の中に入ってきたような感じである。



それでどこまで調整できるのだろうか。少なくとも今、一つのタブレットを口に
含みながら書いているけれど、我ながら「面白いな」と思う。
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何かを掴んで

どうやら何かを『掴んだ』ようで、昨日までと比べると何かが違うと感じます。
ただ、それは多分本当に大したことではなく、自分にとって大きい事だったの
だと思います。


これからの作品にも微妙に影響してきそうな気もしますが、やはり「いい」と
思うものを目指してゆく事は同じで、もし考え方が正しければ面白いこともで
きそうな気もします…というか「わかりやすい」、「伝わりやすい」事でしょ
うかね。

少し接して

漠然と自分が思う方向に進めれば、望む事に近づけるという感覚があります。けれど自分が思ったとしても動けない時もあったりという事は考えておかねばなりません。


どこかに「今」を楽しむ心がある方が良いことは確かでしょう。難しいようでいて、楽しくて。


紛れもなく、そんな風に思える自分があるから頼もしくて。

ニュートラル

心境としてはまた作り(創り)たいものというか、目指すべきところが見つかった
感じである。望ましい意味で「ちょっと特別」というよりは「やや緊急」という気
持ちのちょっとした緊張があってその地点で出来ることを続けていたけれど、そう
いう気分の時にはリラックスできるような何かが欲しいというのがどこかにある。



一方でまったく緊張がないような状態というのも望んではいなくて、どこかでその
丁度いいテンションで事に当たれるような状態も欲している。そういうニュートラ
ルな作品があるのかというと、自分の中では「道の上」という曲だろうか。



道の上



この時はちょっと未完成な感じもあったけれど、今ならもう少し最後に加えていい
感じに仕上げられそうである。



追記:


再録してみました。


道の上2

待つという事

自分のやってきた事が即何かを引き起こすというのは原理的にも不能で、なにがしかのタイムラグはあるもの。そういうものも想定した上で、それでも尚信じて「待つ」という事が厳しくなる場合、本当の意味で仕方のない事、運命だと考えるしかない。


自分がやってきた事が何かになるだろうと信じている部分が大きいからこそ、それは一つの信念でもあって、タイムラグと考えられる時間内にもそういう巡り合わせにならないとするなら、それも一つの学びである。



けれど

難しいというか、可能な限り自分の力でどうにかするという事で真面目に
考えてみたものの、そもそもそういう気の張った意識で居続けられるのか
という次元の話がある。無理だろう。


正確な話は頭のどこかに残ればいいやという気持ちで、より馴染みのある
事を通じて具体的に見えるもの、確認できることの中で一歩一歩何かを積
み上げてゆくのが『最善』に近いだろう。



日々感じることとして、時々だけれど「かなりギリギリ」な場面があるんじ
ゃないかという事を挙げたい。そもそも自分の能力的に、体力的にそういう
状況にあるだけなのかも知れないが、少なくともこの日本という災害も多い
環境では基本的にはギリギリの事も見え隠れする事がある。



常に何かを学んでゆかなければどこかで行き詰るという感覚は間違いではない
と思う。そんな日々の中で「ちょっと特別な」と思える瞬間を実現する…確率
を上げる工夫をするというのはそれ自体難しいとも言える。ただ、簡単である
ならば「ちょっと特別に」はならないというようなジレンマがあって、難しい
難しいと言いつつも何かになると思って続けることは楽しい。



友人Oに言われた事があるが、管理人Hこと私にはマネージメント能力があるら
しく、それは平たく言えば「計画性」のようなものだと思う。なまじ出来るこ
とがあるからやりたくなってしまうというのも難儀なところで、普通の感覚だ
ったら諦めるとか、あまり考えなくなっているところまで考えているかもしれ
ない。


けれど…

どこまでを

『自由意志』をどこまでのレベルで想定するか、という事で色々考えていたか
も知れない。難しい話なのかと思うけれど、単純に自分がやろうと思っている
ことを実現させるにはそこに自由…自分がやりたいように出来るという事がな
ければ難しい。


『自分がやりたいように』というのも色んなレベルでのことがある。もし物理
法則さえも自由に出来るなら「やりたいように」のニュアンスもかなり異なっ
てくるし、「今日はやりたいことが出来るだろうか」…というような日常的な
話になると、それは「制限はあるにせよ」という修飾語がついてもその制限の
中では比較的やりたい事が出来るという考え方もできる。



じゃあ、どこまでの『自由』を想定するのか。『ちょっと特別な』で続けてき
た事はある意味、自分でやろうと思ってどうにか『自分』を動かしていける能
力、これを『意志』とでも呼ぶとすれば、その『意志』で出来ることを模索し
てゆきつつ、『ちょっと特別な』と思えるような日々にしてゆくという事だっ
た。



可能な選択肢の中で、精神力が続くまで自分が「これ」と思うものを選択してゆ
くその連続で、どこまで望む日々に出来るか。それは実に普通の話を強調しただ
けで、無意識には行っている。それを『意識的に行う』という事になった場合に
、どこまで行けるのかは自分でもよく分からなかった。



『自分』だけは(無理なことはありつつも)どうにか動かして行ける「意志の自
由」で、どこまで環境を整えてゆけるかから始まって、どこかでその試みが可能
にすることの『レベル』…規模、範囲、階層が気になってくる。



階層という事では物理的に可能な事の中で、じゃあその次に来る『化学』という階
層でほんの少しだが、「意志」によって可能になることに食い込む事があると感じ
る。例えば自然界には存在しないはずの『元素』を構成するという話も、個人では
ないものの人類の能力で短い時間ではあるけれど、人工的に存在させることが出来
る。物理的にはそれは可能であるけれど、『化学』としては構成されれば更新され
る。となると、現時点では『意志』が食い込ませられる階層は『化学』の領域だろ
うなと想像される。



『化学』の上に『生物』の話が来るとすれば、この領域は人工的に出来ることがかな
りある。『薬学』も日々新しい薬が誕生しているという事を考えると仮に自分がそう
いう知識と環境があったら、『意志』で出来ることの中に、かなりタブーではあるが
『薬』で自分の身体に影響を与えてどうにかする、という話も出てくるのだろう。



もちろん、そんなことはするつもりがない。「倫理的」なことをきっちりと考えた上
で認められている許される範囲でのことで『工夫』をしてゆくのなら、日常的なレベ
ルの話であればヘルスメーターなどを駆使して把握できる自分の事はデータで把握し
ておくとか、日々食べるものを選んでゆくという事になる。ただそこには『労力』と
いう落とし穴というか、難しさが付きまとう。データを把握して、覚えておくのも意
識的な事でもあるから、そこに苦を感じる場合はあまり現実的ではない。食に関して
も、『完璧』を追い求めるならばそれで一生が終わってしまうかもしれない。



あれこれ考えるよりも、目の前の事にシンプルに全力を尽くした方が効率的という話に
なるのなら、そんな工夫はいらない。



身の丈に合った事をしてゆく方が良い。それでいて、どこまで『本気』であらゆること
をしてゆくかという話になれば、完全ではないにせよ精神力だけではない何かの能力も
駆使していった方が良いだろう。



生きていれば何かの限界とか、どうにもならないことはどうにもならないと認めざるを
得ない事が出てくる。工夫をすれば、或いは運がよければどうにか出来るかも知れない
ことが常に『地平』として挑まなければ嘘になるというか、自分を納得させることが出
来ない。『化学』の階層で意志を食い込ませるという事が目的ではないにしろ、その階
層での技術が可能にする事の力を借りて、状況が改善して可能になる事があるとすれば
倫理的に問題にならなければそこも考慮に入れるのかも知れない。



結局目的は「ちょっと特別な」と言える日々にするという事で、制限のある中での「最
善」だけはやってゆかないとどうにも『本気』ではないような気がする。というか、出
来ることを全てやり尽くしたうえで出来ないのであれば、それは仕方のない事なのだろ
う。それも一つの知になるというのが、大切なことであるとも思う。

大事に

展開は早いが「条件を揃い易くする工夫」は終わりに近い。考え得る事でやれる事はやったし、あとは巡り合わせで条件が揃うのを期待して過ごすのが賢明そう。


休日の今日も音楽がメインで活動をしていたが、それをネットでアップロードしてみての反応とか、気付きとか諸々はおおよそ予測の範囲内という感じで(まだ?)自分自身意外な事はない。



世の中的には休日ではないので反応も薄いのは仕方のない事だけれど、自分としては今出せる事は出し尽くしているようだから、自分をここから先に進ませるような動機ができない事にはなんともし難いかも知れない。



「特別」感はむしろ天候とか、仕事場の静けさで感じているような数日。それこそ世の中の大きな流れの中での情報を確認する方の優先順位がそこそこ高まっていて、一時的にその雰囲気の判断に身を委ねてしまっている気さえする。そこに対して個人の判断は大きくは変わらない。



が、「微かな」目覚めがあるとしたら、委ねてしまって呑まれてしまっていると自覚しているこの語りの意識自体だろう。それさえも一つの全体に数えるような流れならば最早逆らう事も立ち止まる事も特に意味はない。その大きさに比べると本当に「ノイズ」とか「誤差」のような判断の差異で、それでもそれを明確にする必要があるのか。



何が「目覚め」の内容なのだろう。際立っているもの、自分を殊更に出してゆく理由、出てしまう必然。既に「自分だけ」の事に限れば、、



そんな事を書いているうちに、少しだけ反応があって微妙に心境が変わる。個人として実感している何かが違うという、その感覚から生じる内容と友人とやり取りをしてそこで続いている「ノリ」から生じる内容と、二本松という場所の情報性から語られる内容と、、、でもそれが何処かに合流してゆく感覚も無くはない。



どのレベルでの事が「際立つか」と言えば、K君と結成したはずの「ダケスタリスク」とそこにO君が加わったスロぺの「ノリ」がやはり今でも、いや今だからこそ際立つ。際立つという事は比較によって内容になるという事でもある。



「目覚め」として、大きな流れに対して何かが出来るとするなら、なんて事を思いながら続けてきたけれど、そういう想いは実は3人とも同じなのだろうと思う。その共通項を大事にしたい。

今週の競馬

今週は根岸SとシルクロードSがありますね。シルクロードSのイメージは2月だった
ので、個人的には「もうそんな時期か」という気持ちになってしまいますが今年は
なかなか面白そうですね。まずは根岸Sからですがサンライズノヴァがダートの良血
ですね。


・サンライズノヴァは父ゴールドアリュール、母父サンダーガルチ。ゴールドアリュ
ールが事実上のダートでNO1種牡馬だと言える状況になっていますが、既に他界して
いるので後継がぜひとも欲しいところです。この馬の場合にはノーザンダンサーとヘ
イルトゥリーズンのインブリードは普通ですが『ほぼ』米国の血統ですね。サンダー
ガルチも見事なまでのダート血統ですが、サンデーサイレンス自体もダートで走った
馬なわけですからそういう部分が強く出た場合にはダート適性は折り紙付きなわけで
、世界で活躍する馬が出てもおかしくはないと思えます。サンライズノヴァはやはり
フェブラリーSが距離適性としてはちょうどいいと思われるので、そうするとここで
賞金は加算しておきたいのかなと感じます。




そしてシルクロードSはダートJpnⅠ馬ニシケンモノノフが芝に挑戦という話題が気に
なって楽しみなのですが、父キングヘイローのダイアナヘイローも気になります。で
すが既に紹介している馬がほとんどなので割愛。



オープン戦まで広げて注目馬を探すコーナーとして、白富士Sのテオドールを見ていき
ます。これは良血枠。


・テオドールは父ハービンジャー、母アンブロワーズ(父フレンチデピュティ)。ノーザ
ンダンサーの5×5×5×5があって、母はGⅠ2着の実績がある馬で種牡馬の順番が色々
逆でもあり得そうな配合です。友人Oくんこと浅見ヨシヒロ君は以前『ハービンジャーは
当たり』と言っていましたが実際ハービンジャー産駒でこれくらいの活躍をする馬はあり
ふれていていますし、血の袋小路を救う救世主なのかも知れません。脚質は万能のようで
、速い上がりにも対応できる馬のようです。

分かりやすく

空回り気味に考えている気配も感じられる昨晩。自分で述べた「目覚め」の為の条件が揃い易くなる工夫をするという目標で出来ることを探していた。目覚めといっても起きる事ではなくて覚醒に近いニュアンスで、それについて理屈を色々考えていたらその目覚めに必要と考えている条件や舞台というのは運が良ければ揃うし、運が悪ければ微妙に足りないままという日々が続く可能性があるという予期に辿り着いた。


じゃあ以前から続けているテンションを維持する為の「環境を整える」という事に近い行動で何か条件を揃い易く出来るならば何だろうと意識的にも無意識的も考え続けているような状態。


説明すると複雑極まりないが、自分の意識の中では「どうしたらいいか」だけに集中して、浮かんでくるものを書き留めておいているいつもの工夫をしているだけである。



どちらにしろ可能な範囲での事しか動かせやしないので、言葉に出来ることを言葉にするとか、小説の中に取り込んでみるとか、ちょっとした音楽の録音をしてみるとかしかない。ただ逆にそういう事は出来る為に、やれるだけの事をやっておかないとこの試み自体が「不可能」だとは言えない為に何か考え続けてしまうだろう。


感覚的にはこの試み自体について言えば効果の大小はあれど「やや難しい」と感じる。大元が「難しい」挑戦だから、それをし易くさせる所から始めるのも割と普通なのだが、まずはそれを分かりやすく伝えるのが案外大事だったりする。

それでいて

考えてみれば自分にとって思い浮かべる「イメージ」は視覚的なものではなくて雰囲気とかそういう類のものかも知れない。メロディーははっきりしたイメージで浮かぶし、実際声のイメージもある。


音のイメージが画像ではなくほぼそれとしてイメージされているからこそ可能な作業もあって、そこに雰囲気的なものが加わるとほぼ音楽とも言えて、余裕がある時とか気分がのっている時にはその世界に入り込む事もできる。



自分のイメージ、想像力が高まっている状態が「特別な時間」の一つだとするならば、音楽だけではなくてもっと何かを具体的には描けているその状態は色んな意味で夢を近付けるーそんな気がしている。



とはいえ、そういう事だけではどうにも動いてゆかないだろうと考えるのも別な自分で、やはり想像は「補うもの」という感覚もある。イメージを満たしたいのか、それとも具体的な何かを届けたいのか、それは微妙な話である。



音という実体を、というか現実を実際に感覚するからより確かに感じ、確信するというのは必然でもある。想像を超える何かがあり得る世界で、いくらリアルなイメージに包まれていても、浸り続けていなければというのなら、逃避と似てくる。そうではない。想像が示したものに向かって自分を動かしてゆく、そして現実として何かを確かめたいのだろう。イメージ通りにはならなくても、そこにある何かで自分を何かに近づけて行けるのではないか。



少なくとも目の前にあるものだけではない。音を奏で、それを機械でこの世界に繰り返し満たす事が出来る。その音に勇気付けられそこから始められる、続きを行けるならば、「今だけ」ではない。何かの存在を証し立てる事が出来る。



そんな作品を作れるなら本望かも知れない。纏ったイメージの奥にある疑い切れない「何か」。疑い切れないとまで言わせる、密度。それが「無」であるとしたら最早何も持ってなかったと思う他ない、決定的なリアリティー。その隙間から溢れ落ちる真実、そんなものを目指しているのか、いないのか。



多少急ぎ過ぎただろうか。それでいて、

条件と舞台

「目覚め」は日々の中に入り口を探す必要がある。目覚めた自分でいる瞬間を続き易くしてくれる何かがあるとすれば、目覚めている間はそれを必死に探す事が正しい。


入り口となる事を探すのは日々の作業で、探そうという気持ちにさせる工夫から始めなければならないかも知れない。


具体的には目覚められる「条件」と「舞台」を探す事なのかも知れない。巡り合わせが良ければそうなる事があるのかも知れないけれど、必ずしもそういう状況でなくても、環境を整える事によって条件が揃い易くは出来るかも知れない。



「ちょっと特別な」、そんな連続を望むのなら日々出来る事はまだありそうである。

熱のままで

引き継いだ言葉は同じ熱の証

見届けようとした「いつか」は霞むだけのものではない


そう言える今


何を見るべきだろう


何の輪郭を留めるべきだろう


届くような言葉で なぞる様な線で



願いはただ共に



この熱のままで

難しさを

『想像力』次第で順調とも、ちょっと足りないとも捉えられるような状況
と言えばいいだろうか。仕事の中でもある種の『難しさ』を感じつつ、与
えられた事の中で最善を尽くしてゆくしかないという場面が訪れる。自分
の意見で動かすことはできないけれど、自分が最善を続けた上でどうしよ
うもなかったという結果=事実が雄弁に語るというような事を期待するほ
かない。


無理、場合によっては『綱渡り的』な状況が続けば、個人の能力と言うだけ
ではない構造的な問題としてとらえる方が自然な事例もあると思う。まあそ
れほど大げさな事ではなかったのだが、限られた人にしかできないようなこ
とを要求しているならばと冷静に捉えなおすことも必要かもしれない。



そうは言いつつ、自分が求めていてやり遂げようとしている事も別な事情で
難しいのかも知れないと時々感じる、ような。その辺りは微妙な判断で、『
音楽活動』にウェイトを置いたスロペでの活動も時折修正を余儀なくされて
きたと思うし、常に『出来そうなこと』に取り組んでゆくしか活路がない…
とは言い過ぎの観はあるが、振り返ると<よく続けてきたな>と思ったりす
る。



こういうときでさえ自分の出来ることは説明すると難しくなりそうなことを
内容に短編を書いたりすることだろうなと感じる。それにしても今日は母が
言ったけれど「天変地異」のような日だった。自分の事だけではなく『難し
さ』を感じる事が多かった。

実らせたい

惰性、もしくは流されやすい方向を少しでも変えることができるのなら、
日々の中でも僅かに望む場所に近づいて行ける、そんな風に思う事が出
来ている…のかあるいはそう強く信じたいのか。


『目覚め』は流されている…流れているという自覚に始まる。<敢えて
そうしなくてもいい>という気分に何かが抵抗する。少なくとも立ち止
まっている一時があって、立ち止まることが一つのアイデンティティー
なのかも知れない。それでいて、そこから方向を具体的に変えるという
エネルギーは少々足りない。



自分がこの時までに残してきたものの意味を考える。必ずしも「欲望」と
いう言葉を当てはめる必要はない、何かしら希望に満ちた瞬間を望む気持
ち。夢みたいな事が…粘ればもしかしたら…本当に実現するのかも知れな
い。そう素直に思えているその感覚を、少なくとも日々の中に芽生えさせ
ておきたい。


日々の中にその入り口はあってその感覚のままに動けてゆけるなら、<馬鹿
らしい、わざわざする必要もないだろう>と妥協すれば冷めてしまいそうな
心にまた何かを与えることが出来る、そう思っていいんじゃないか。




熱い気持ちにとって「意味」のある、「価値」のある、そんなものを追い続
けてもいいんじゃないか。そうしたら、こんな役に立つのか分からない『メ
モ』や『記録』も必然だったと思える日が来るんじゃないだろうか。




忘れずにいる『瞬間』を、実らせたい。

影響という(1月22日追記あり)

ある時以来、何かが上手くいったとしても別の何かで自分にとって不満の
残る事があって、うまい具合にというか或いは残念な感じに『変わらない』
という感覚がある。



仕事もそして自分達の場合は趣味も自分だけで進めることでもないし、た
とえ自分が成長していたとしても求められるものが多くなってゆけば何か
しら『厳しさ』を感じたりする時もあるのではないだろうか。



些細な事なのかもしれないが、地味に影響する『タイミング』。『難しい』
と感じるその『難しさ』は意外と直観的なもので、否定しようとすること自
体が『無理』というそんな理屈があるようでもある。




年が明けてから世の中的には大分「波乱」がある。ほとんど自分にはどうし
ようもない事であり至る所に『難しさ』があって、自分にとってはさほどで
なくても多くの人にとって意味のある事ならば、間接的に影響が及んでいる
とも言えなくない。



これが『変わらない』という感覚の正体ならば…



なんてことを考えるくらい、『影響』というのが見えやすくなっている時代な
のかも知れない。


[追記 1月22日(月)]


更新するほどの事でもないけれど、メモとしておきたくて追記。雪が
凄いのは想定されていたこととはいえ、こうも一変すると明日からの
ことが色々想像されて少しどんよりしてきそうになる。もっとも、仕
事自体がもろに影響を受けるだろう場所なので、明日は少し変則的な
仕事になるだろうなという事は容易に想像できる。


それはそれとして『予測される』、『想像できる』、この不確定な未
来や事象に対しての言表がどれほどまでに自分に作用しているのか一
考したい気分である。



創作を続けてきて実感しつつあるのは「想像」の具体性の効果である。
もちろんベースには知識と経験と科学的、合理的な予測があって、そ
こからの肉付けに『想像』を使うような事が多いのだが、想像の具体
性によっては次に為すべきことが予め意識されるくらいの効果もある
と感じる。自分と周りの事に終始しがちなところから少しでも広げて
ゆくには想像の力は必要だけれど、忙殺されている時などは想像とい
う意識的な活動すら難しくなってくる。




自分の作品の中でも感覚的な情報である『音楽』についてはその辺りを
自然に補強してくれるという意味でこの頃は頼っている部分も大きくて
、イメージを具体的にするという段階では「音」、「声」の質も非常に
重要になってくる。しんしんと雪が降り続く静かな午後に久しぶりにヘ
ッドホンで曲を聴き直してみると、そこに含まれている情報の力を甚だ
しく実感した次第で、


『その力でどこまで行けるのだろう?』


と自分自身問うてみたくなった。それこそこんな悪条件の日に、ただで
さえテンションは下がってしまうだろうに、次の休日にやりたいことを
『思い描く』という事などは「エネルギー」の現れなんじゃないだろう
か。

忘れたくない

気持ちを何かに向ける、向けようと思ったその意図と理由を明確にする。


「敢えてしよう」と思う事とそう思う理由が一瞬だけ浮かんでくる。


新しい曲のキーワードが『目覚め』で絶えずとはゆかずともあるシーンで
だけは「ガッ」とエネルギーを出してゆけるなら等身大でありつつも、も
うちょっと何かに近づけているのだろうか。



坦々と過ごしている日々の中にも刹那の目覚めはある。少し特別な意識で
世界を見つめている時間は典型的だけれど、何かが浮かぶまでは持続しな
い「あっ…」という感覚も出来れば覚えておきたいものだ。



何かがあるとしたらそこしかない。



そう思えるくらい日々に出来ることは続けてきた。だからこそ冒頭に書いた
ように、「そこにある内容」を明確にしたい。緩やかな中に大真面目に「大
事だ」と主張しているその刹那を忘れたくない。

今週の重賞

今週はAJCCと東海Sですね。AJCCはGⅡではかなり好きなレースなのですが、
これはダビスタの影響で有馬記念の後に『使える』レースとして選びやす
いというイメージがあるためです。ここ数年は高齢馬の出走が目立ちました
が今年は明け4歳も3頭出走するので結構楽しめそうですね。このAJCCから
はレジェンドセラーを。


・レジェンドセラーは父ルーラーシップ、母父スペシャルウィーク。祖母の
プロモーションは重賞馬で悪くはない血統だと思います。ミスプロの4×5
がありますが、ルーラーシップ、スペシャルウィークの血がクラシックディ
スタンスの適性を与えている感じで、ルーラシップが古馬になってから活躍
したことを思い出すとここから本格化というのも十分あり得そうな話です。



東海Sからはマイナー枠でシャイニービーム。


・シャイニービームは父カンパニー、母父サンデー。ミスプロのインブリー
ドですが、とにかく3歳馬イェッツトの活躍でカンパニー産駒はもしかする
と大物を出すのかも知れないと思い始めていて、比較的ダートで活躍馬を
出している種牡馬ですが、この馬の場合は長く活躍できそうな馬です。



そして今回もオープン戦の注目馬を探します。やはりディープインパクトで
衝撃的だった若駒Sからフォックスリークを。



・フォックスリークは父ディープ、母父フレンチデピュティ。祖母がクロカミ
でフレンチデピュティですからディープインパクトだったらほぼ間違いなく走
るだろうという血統ですが、実際兄弟にはカミノタサハラ、ボレアスがいます
し他の兄弟もそこそこ活躍しています。同じディープ産駒でスーパーフェザー
が一番人気になりそうですが、こちらも面白そうです。

世間話的な


やたら「書きたい」気持ちはある。ごくごく普通の一日で作業中に「気付いたら
もうこんな時間か」という感覚になるくらいには集中していたし、やるべきこと
はしっかりやったと思う。運転していて雪が少し気になる箇所があったという事
や世間話的に『大寒波』の情報を知って該当する日が休日っぽいなとちょっと安
堵していたり、出勤早々休みにすることを考えていたりとかありきたりな思考が
どことなく安定感を漂わせている。


実を言えば明日は誕生日で、また『年相応』のハードルが上がる日でもある。歳
を重ねても良い意味で変わらないのはいいけれど、悪い意味で変わらないのはい
ただけない。


『こなせるようになれば見えてくるものがある』というのはどうやら確からしい。
音楽にしろ仕事にしろ、かなりの集中度を要したことが何気なくできるようになる
ともう少し難しいことも自然に挑戦するようになる。求められることのハードルは
徐々に上がるけれど、何かに挑まなければきっとダレてしまうと思う。



なんだか価値観の問題で「よく分からない」という印象の冬季オリンピックの話題
も何かを考える切っ掛けにはなるのかなとも思うが、世間話にも発展していかない
微妙さがある。世の中の事に関心を持つことも必要だけれど『何に』というのが結
構重要で、どこまでの事に関わってゆけるか見極めたいような気がする。

新曲

比較的頻繁な更新になっていますが、活動にとって大事な時期だという意識があるのかも知れません。二人で録るつもりの曲が一番だけですが出来たので軽く歌ってみてアップロードしました。


春の嵐(仮)


気が早いものの春の曲です。去年にそのイメージは出来上がっていましたが、歌う気分になれるかどうかが鍵でした。今、Kくんとの活動により自然とこういう曲を歌いたい心境になりました。


集まれる機会がそう多くないものですから、完成させるのは少し先になりそうです。

リアルな熱

曲の事を考えながら目覚める。午後から用事があり休日の今日はしーん
としていて何かを考えるにはちょうどいい。ただ、すごく気持ちがのっ
ている筈なのに、エネルギッシュなメロディーが浮かんでも何処か熱く
なり切れなくて、


<何かが違うな>


と感じてしまう。ネガティブとかポジティブという違いではなくて『熱
くなれるかなれないか』で『単純に熱血』では逆に物足りなさを感じて
しまう。



何処かから与えられた熱ではなくて自分の中から湧き上がってくる熱を
うまく出したい。それこそエネルギッシュな歌がよければ世にある名曲
に乗せて歌えば満たされる部分がある。その『忘我』ではなくて、自分
が熱くなる必然性がある、その理由が表現されていなくてはならないと
思う。



その熱くなる必然性、理由は何か。



K君と車の中で話していた事なのだが「熱い、エネルギッシュな部分を表現
したい」と口にしたことは本心からで、少なくともそういう面を出していき
たい気持ちがあるのは本当だ。その気持ち自体が一つの熱としても、表現し
たいその『熱い、エネルギッシュな部分』というのは具体的にどんな心境の
ものなのだろう。



やはりミュージシャンの情熱に絆されている部分なのだろうか。結局、曲を
聴いてもらう人をリアルに意識するとそこに向ける『熱い気持ち』というの
は切ないほどに足りなくて、望まれているのものに応えてゆくその気持ちを
切らさないでいる事も精一杯だったりする。



だからこそK君の存在が大きい(と気づく)。「熱い、エネルギッシュな部分
を表現したい」と口走ってしまうくらいに二人で活動している間には出来そう
な事があって、実際曲は自分達の間で伝え合う為の意味合いが強かったのも本
当だろう。




そこからもう少し踏み込んで『具体的な誰か』に『ダケスタリスク』を見せて
ゆくとすれば…。そう考えてゆくと地に足が着いてゆく感覚がある。その想像
上の存在に向けた仮想の熱ではなくて、『リアルな熱』を出してゆくべきだろ
う。

コンセプト

昨晩、今後の活動を考えていると『コンセプト』という言葉が自然に浮かんだので
作ろうとしている曲も大分『次の段階』になっているかも知れない。この曲だけで
はないけれど音が鳴っている間はそこだけ違う世界になるようなイメージで、一人
では出来ない事を存分に活かしていきたい。


もしかすると『ちょっと特別な』のそのままがコンセプトなのかもしれない。そし
て何かを始めるというよりは、その方向へ加速させてゆくような、後押しするよう
な曲にしたいなと思う。



実はその雰囲気は去年の春に一瞬だけ感じた。満足できる曲ができて「次はどうし
よう」と思っていた時に外を散歩していたら、堤防沿いの道で物凄い追い風に背中
を押されたのだ。『春の嵐』の時期だったしそれは何でもない事なのだけれど、春
のうららかさとは対照的なその『勢い』に一瞬メロディーが浮かんで、雰囲気も何
となくあった。



それこそ何かに包まれているようでありながら厳しさが漂っていて、負けないように
駆け出したくなってくるような独特の空気。




まあ言葉で説明しても実際は「音」が重要で、それこそその雰囲気になれたらその
方向に駆け出してゆく気持ちも必要なのかもしれない。場合によっては作品のイメ
ージとなるような『短編』を一本書いてみるかも。


追記:


『短編を』と思いましたが、もうちょっと長くないと上手く雰囲気は出せないかもしれないので保留。

ダケスタリスクとして

珍しく連休だった今日は昨日Kくんが録音した曲にキーボードを付けようと思いながら遅い起床。気持ちが入らないと良い演奏はできないので午前中は自然に準備ができるまでのんびり過ごす。


午後はもうひたすら演奏と作業で暮れてゆき、なんとか粘って完成。


今を


曲も「今を」というタイトルに決まり、これで一段落。とにかく色々器用にやったような気がする。曲を仕上げてしまうとあとは次にやりたいことを探さないといけない。


クオリティの問題がある程度乗り越えられる事が実感できた今、テーマと内容をしっかり練って、日頃からの準備、心掛けで良いものを目指したい。じわじわとやってくる達成感に浸りつつ、自分達だから出来ることを追求してみたい欲求が生まれているのを感じる。


「ダケスタリスク」としての活動も中身が伴ってきている。カラオケで熱唱するようなエネルギッシュな部分を表現した春の曲は、二人でやることを意識して作るのもいいかも知れない。実際自分のエネルギー溢れる瞬間は集まった時に発揮されるものと言う事もできて、二人でギターを持って熱唱するイメージが浮かんでくる。


イメージ通りなら、、、

K君の曲

今日もしっかり『音楽活動』をしました。K君と自宅で彼のオリジナル曲の録音
をして良い感じに録れたので、余った時間で音楽に合わせる動画撮影。


タイトル未定


動画は郡山などで撮影して編集もイメージ通りに出来たような気がします。作業
しながら創作活動などについて話し合ったりしたのですが、やはりこの歳(もう
すぐ33)になってもこうやって活動できるという事が「奇跡に近い」というか
、周りを見渡してもあんまりないんじゃないかなと思うのです。



さすがに1月はもう日程的に集まれないのですが、やる曲を決めて短時間で月一
くらいで活動できるならお互いに良い刺激になるんじゃないかと思いますし、
何より作品を作っていると気持ちがポジティブな方向に動いてゆくというのが
望ましい効用だと感じます。家庭があるK君にとってもなるべく負担のないよう
に配慮しつつ、日々できることをそれぞれ続けてゆくのが理想ですね。



そして「夢」の部分でいえば、私がキーボードでK君がギターの弾き語りのライ
ブのようなことも出来そうな予感がそこそこあって、『機会、舞台』が整えば
自然と準備してゆくんじゃないかなと想像されました。



「活動」はやってみないと分からないという事が実感されます。動画についても
最初は場のノリと思い付きで始めたのですが思いのほか好評で、今はテクノロジ
ーの恩恵で編集も容易という事が非常に大きくて負担になりません。



『ちょっと特別な』



だんだんとそんな日々になりつつあります。

そうする努力

今は「THE YELLOW MONKEY」のボーカルとしてすっかり復活した感じがある
吉井和哉さんのソロ時代の曲に「WEEKENDER」という曲がある。ウイークエ
ンド「週末」にリボーン「復活する」というテーマの曲なのだけれど、凄
く爽やかで大人のロックという雰囲気があって時々カラオケで歌いたくな
る。


自分もこの頃はまさにそんな感じで、ウイークエンドの休み自体もそれほど
取れないという仕事内容なのでウイークエンドの休みは何だがすごく特別感
と爽快感がある。明日も友人K君とまた音楽活動をする予定で、その時に「リ
ボーン」する感じはますます強くなっている。



少しばかりK君に…彼の家族に負担をかけているような気もしなくないのが少
し自分としてはためらう部分で、こういう風に上手く行くというのも世間的
には珍しい事なのだと思えてきている。というか、色んな人の話を聞いてい
るうちに気付いたというか。



一方で「それを求めるのが自分だけではない」という事が見逃してはならない
事だなと感じる。どういうレベルかは一概には言えないけれど「本気」が明ら
かに出ていて、これからの事とかひっくるめた上で『やるべきだ』と判断させ
る何かがある。



というか『やっておいて良かった』と思えるような活動にしなきゃダメだなと
どこかで感じている。少なくともそういう努力は続けるべきだろう。

動画をつけて

夕陽に告げる

今回も動画をつけて曲をアップロードしてみました。曲自体は去年の曲ですがキーボードを入れて、自分としては現在の力を出し切った曲ですね。フジファブリックの「茜色の夕日」のように夕焼けの情景を歌いたくて、今日もうまい具合に夕日が出てくれました。

今週の競馬

今週の重賞は3つあります。GⅡの日経新春杯は予想しやすそうなメンバー。
それに対して3歳重賞京成杯はまだ混沌という印象。土曜日の愛知杯につい
ては紹介している馬が多いので割愛しますが、これも難解なレースで4歳馬
のリカビトスがなんとなく面白そうですね。


さて日曜日中山の京成杯はマイナー・ロマン枠でイエッツトを。


・イエッツトは父カンパニー、母父キンカメ。インブリードはミスプロだけ
ですが、母母父がサンデーなのでかなり血の袋小路に陥っている母のカンパ
ニー産駒ということがなるほどなと思うところですね。新馬勝ちしていたの
は知っておりました。父の切れ味を受け継いでいるような内容だったのでこ
こでも能力を見せてくれれば父同様の活躍を期待したくなりますね。近藤英
子さんは引きが強いのでもしかしたらと思わせます。



日経新春杯もメンバー的に割愛ですが①ロードヴァンドールが走るかどうか、
②ミッキーロケットが順当に来るのかどうか、という点で注目でそこにソー
ルインパクトあたりで決まりそうな予感もあります。


さてオープン戦まで見てゆこうという計画ですのでレースを選んでみると、日
曜京都の紅梅Sがちょうどいいレースですね。ここでは良血枠…と言いたいとこ
ろですがラブカンプーがロマン血統なのでこちらを優先します。


・ラブカンプーは父ショウナンカンプ、母父マイネルラヴ。見れば見るほど短距
離だけを狙い撃ちした血統だなと思いますが、例えばここにローレルゲレイロを
付けてみたくなるのは私だけでしょうか?


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?sire=0000805347&broodmare=0001203313&x=64&y=11


なんとニジンスキーの5×5で案外現実的な配合に…。これでもそこそこ走り
そうに感じるのは短距離血統の特性ですね。

イメージ

音楽活動という事だけではなく、自分が歌う事によって伝えられる何かを
期待しつつ友人に送るための音源を録音する。休日の『挑戦』になってき
たような気もするけれど、『自分だけ』のものにはしたくない気持ちがあ
って、平日も本当に自然にそこに向けて準備をしているような気もする。


サイトの不調によりアップロードできないままだが昨日録音したもので
自分としては『納得』できていて、『そこに込められるもの』は全て出
し尽くした実感がある。


「少なくともそこまでは行けた」


その紛れもない証が、自分だけが納得できるようなものであるというのは
殆ど仕方のない事なのかも知れない。自分の様々な状況とか心境とかを知
っている己にとって多くの意味をもつものであることは確かだけれど、そ
れ以上に意味を広げてゆけるのだろうか。



ここからが挑戦である。友人に向けて歌うのは、そこから何かを感じても
らえるかも知れない程色々なものを分かち合っているからだ。一つでは難
しくても、集めていけばお互いにとって特別な何かくらいにはなるのかも
知れない。



このブログはある意味でその発展なのだろう。もう少し、特別と感じてくれ
る人を増やしたい。それは紛れもなく本音だろうし、言うほど容易くはない
という事も知っている。いや、「思い知って」いる。



それでも何か自分の中に、自分たちの中に伝える価値があると言い切ってし
まえるほどの何かがあるのだと何処かで実感している。それを伝えてゆくの
も伝えてゆこうとするのも難しい。けれどその難しい挑戦も友人達となら、
楽しい挑戦に変えられるのかも知れない。


そんなイメージが自分を動かしている。

気持ちは

自己評価としてすごく頑張っているなと感じるこの頃。やり遂げたという達成
感を目標に続けている事があるにしても、その活動が何かに繋がって行ったと
いう確かな手ごたえがあると、達成感は活動の理由の一つでしかないのかもな
と思えたりする。


仕事の間に車を運転する時間が長いので、割合一人の時間が多い毎日。情報で
一杯にならないままの頭で「今」自分がしたいことが自然に浮かんでくる。



『奇跡』



というのは何処かで起こしてみたい事だと常々思っている。『ちょっと特別』
で書き続けてきたことの根っこには、ちょっと特別な日々を続けてゆけば確
率的にというのか、その先はかなりレアな状況になっているというイメージ
と理屈があった。



『自分の能力を考慮した場合』のという相対的な奇跡であっても、自分のテ
ンションと何かを見失わせずにいられるという記録、記憶が欲しいと思って
しまう。それがほんの少し、他の人にも何かを感じさせるものであったなら
もう少し展開してゆく事もあるんじゃないかと漠然とイメージしている自分
がいる。



『気持ち』は十分高まっているかも知れない。

平日

今日はなんだか朝起きた時から穏やかな気持ちで、仕事も時間に追われていた割に
は精神的には余裕があった。リラックスしたまま休憩中に今後の活動について出来
ることを考えていると、地元の事について『特別』に気持ちが動いているなと感じ
た。


「気持ちが動いた」という事を殊更強調するのはそれが常にある事ではないという
理由と、その気持ちが作品に繋がってゆくという理由からだ。
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二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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