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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

約束と

友人とDMで会話をしていますと「こういうのもある意味で凄い事なんだよな」と
思う瞬間があります。お互いが用事があったり、必ずしも都合がつかないという
事で緊密に連絡を取るというのも、ツイッターなどがなければ本来は難しかった
んだろうなと思います。そういう意味ではそれも「特別」な事なんだと思う気持
ちを大事にしたいですね。


文章の構造的に「メタ」的な話になってしまいますが、例えばこの「ちょっと特
別な」というところで書く事自体も「一つの特別」になるような展開と言うのは
実は望んでいることです。自分にとっても、訪れる人にとっても「特別」である
ような…それは「約束」と「期待」のようなもので、「期待」に応えられるよう
に内容を作ってゆくという「約束」をしてる感覚もどこかにありますね。



そういう話をしていると、普段の生活も少し工夫をしなきゃなという気持ちにな
ります。結局のところ、二本松の事にしても「スローペース症候群」というブロ
グにしても何が求められているかは欠かせない要素で、それに対して自分が発信
してゆける事がありますがその手探り感はすごいなと感じられます。



大晦日なので今年一年を総括してみますと全体的に『安定』という印象があった
ような気がします。安定が先にあるのかどうかは分かりにくいものの、安定して
いるのでやるべきことがある程度固まっていて、日課のように続けてきた事がず
っとありましたね。



あとは仕事もそうですが日々「難しさ」を感じていた面がありますね。世界の人
々がみなツイッターやインスタでそれぞれ特別な情報を発信している中で、必然
埋もれがちにならざるを得ないですし、価値のあるものをと思うとそもそも何に
目を向けていっていいものか悩ましくなります。



自分なりの一つの突破口が「音楽」であるとするなら、最終的にはそこに向かっ
てゆく事が最善なのかもなと思います。
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目の前と、作り上げてゆく

昨日に引き続き、何かが終わるというような『特別感』がある日です。2017年
という年が個人的には順調だっただけに、これが次の年はどうなるのか多少気にな
るところも。


「一年」というスパンは周期としては理にかなっていますし、かなり大きな物事で
の『繰り返し』が確認されます。完全にではないものの、繰り返されるという事が
かなり分かっているという意味では『計画』を立てやすい周期なのかもしれません。
終わるからこそ終わりは「やり残したことのないように」と思うのも自然です。



ようやく仕事納めになり、あとはもうやりたいことをやればいいだけで、それに思
い至るとまた違った「ノルマ」のようなものが浮かんでしまいます。



書いていても『意識の切り替わり』を感じます。今年はもう何もやらない気持ちで
ダラダラしようという気分だったのが、普通の休日の気持ちでやりたいことをやる
方が良いという心境になってきました。



『特別感』というのも自分の作り上げてゆく「特別」と用意されお膳立てされた「
特別」があるもので、今日の事で言えば作り上げてゆく「特別」というのはまだ途上
で、用意された特別というのは目の前にあります。



その比較からでしょうか、やっぱり目の前の特別感は心地よいものがあります。「年
の瀬」という特別な時間はずっと味わっていたいもので、何度経験しても楽しいです
ね。自分で作り上げてゆく「特別」もそれを続けてゆきたいと思えるような事になっ
てゆくなら、自然に続いてゆくんじゃないかなと思うのです。



二本松の代名詞でもある「ちょうちん祭り」も、やはりそれを体験すると「また」と
思って、そこに向けて準備をしようと思うのでしょう。昨日も述べましたが、3人で
集まる日は間違いなくその特別…「ちょっと特別」な時間で、その為に各々が色々工
夫してゆくという風に考えれば何かが見えてくるような気がします。




もしそれ以外の「何か」で、ちょっと特別な体験となるようなことができるのならば、
一体それはどんなものなのでしょうか。

強く願う

東京大賞典でコパノリッキーが引退レースを勝利で飾りました。二本松出身
の田辺騎手の絶妙な逃げで後続を引き離しての勝利は実力を感じさせました。


まだ仕事納めではなく今日は休みだったものの忙しさがさすがにきつくなって
きたなと感じています。とはいえ2日には管理人Oくんと関係者Kくんと郡山
市で会う計画をしているところなのでそれまではまあ『頑張る』という心境で
すね。



今日はカラオケにも行きましたし、ポケモンGOもそこそこ進められました。今
日の『特別感』というのはそこからではないですが、例えば朝テレビを付ける
ともうお正月のような番組構成になっていて、今夜もスペシャル番組だらけで
すし午前中からも結構笑っていたりしました。



『気分』と言うのは曖昧なようで結構大事だと思っていて、『その気分』で世
界を見渡してみるといつもと違った光景に見えたりするものですが、ワクワク
するような感じというのはどうせなら普段も感じていたいなと思ってしまいま
す。



よくよく考えてみるとワクワクするのには理由や根拠があるのが普通で、難し
い事ですが「これから先の事に期待する」という気持ちが重要な要素なのでし
ょう。自分をそういう風にさせるのも難しいですし、世の中が必ずしも喜ばし
い方向に進んでいるだけではないのではないかと思ってしまうのも仕方がない
という事情もあります。



とは言いつつも束の間地元でゆっくり友人と酒を飲みかわせるような瞬間があ
ると思うと素直にうれしいですし、いつも「また」と期待してしまう自分が居
ます。そのキーとなるのがここでの活動でもありますし去年自分で作った


「夜の道」


という曲の心境を忘れないようにしていると自分で思います。夜の道、すごく
特別な気持ちで夜空の星が綺麗だったというそのままなのですが、この頃も
星が綺麗に見えますし、こういう心境は自分だけのものじゃないんじゃない
かなと感じたりもします。




その雰囲気を「もう一度」と強く望むのならば…。そんな方向に進んでゆけるの
でしょうか?

今週の重賞

さて今週はホープフルSがあります。形式的にはGⅠですが、実質GⅡレベルなのかも
知れないという不安がある気がします。というか28日にレースがあると言われても
まだ心の準備ができていなくて、どう注目していったらいいのか悩みます。とりあえ
ず普段通りに「良血」枠で取り上げてみます。


・ステイフーリッシュは父ステイゴールド、母カウアイレーン(父キンカメ)。この
メンバーの中では母の実績が目立ちますが重賞でも活躍しました馬。カウアイレーン
の兄がブラックホークなので血統面の裏付けは十分の馬で、父がステゴなのでスピー
ドと切れはありそうですね。インブリードはヘイルトゥリーズンの4×5のみですが
何よりも気になるのが名前の意味…。


日本語でいえば「馬鹿であれ!」とでも訳すのかなと思ったら、由来は有名なスピー
チで「常識にとらわれるな」という意味らしいです。



このレースについてはルーカスの情報で少し不安になったのですが出走という事にな
ると実力を発揮できるのかどうか疑問になってしまいます。となるとジャンダルムと
か田辺騎手のサンリヴァルも面白そうですね。



さて、今年の競馬記事はこれで最後。前にも予告した通り、来年はオープン戦まで範囲
を広げて良血を探してみようかなと思います。

念で

25日といえばクリスマスなのですが、今年は月曜日である上に何故かクリスマス
の雰囲気をあまり感じなくなっています。平日休みになることが多い自分にとって
は僅かにカラオケで冬っぽ曲を歌ってきたというくらいには意識してみて、ジョン
・レノンのHappy Xmasを歌おうかな…とか一瞬思ったりしましたが、ユニコーンの
雪の降る町の方が気分的には合ってるなと思い、そちらを歌いました。



カラオケをしている間は「念」という事を考えていました。ある曲を歌い終わった
ときにプライベート用に録音していたというのもありますが、ふと


「あ、この念で行けるところはここまでだな」


という事に気付いたような気がします。その曲は結構前に上手く歌いたいなと思って
ずっと納得がゆかないままだったのですが、今回は力を出し切ったうえでその曲を歌
うにはその意気込みでは無理…不能?という感覚がありました。多分、それを上手く
歌いたいなと思った時に意気込みを何かにして残しておいたのですが、意気込みの分
を完全に発揮しても届かないという『発見』とでもいえるのでしょう。



自分の思い入れがなければ歌は空疎になりがちで、逆に気持ちが入り過ぎても空回
りになってしまったりです。とはいえこの上なく自分の『本気』を感じるのは歌っ
ている時でもあり、常に上手くゆくとは限らないからこそ上手くいったときの「特
別感」があると考えられます。



どうあっても自分で何かをしてゆかないと「次」の展開がないという活動なので、
活動を続けさせている『念』というのは重要です。前回にも自分たちにとっての
「特別」だけじゃなくて、もっと広い見方にとっても「特別」な何かにしてゆく
他ないと結論付けたわけですが、『念』についてもそれに応えられるくらいでな
いとむつかしいんじゃないかなと思ってしまいます。



昨日、キタサンブラックが有馬で見事に引退を勝利で飾りました。鞍上の武豊
騎手のプレッシャーも凄まじかったろうと思いますが、オーナーも含めて色ん
な『念』を感じましたし、その結果が多くの人の『特別』となった様はまさに
規模は届かないかも知れないけれど、目指すべきところなのでしょう。



ただそれを一人で続けるのは難しいのは確かで、やはり『スロペ』というブログ
の意義、意味を考えながら、それぞれの気持ちを大事にして続けていきたいなと
思うのです。

今週の重賞

今週は待ちに待った有馬記念。世間ではキタサンブラック一色ですが、素直
に決まるのか不安がないわけではありません。その辺りの事はあとで述べる
として、まずは土曜日の阪神カップから。


・モズアスコットは父フランケル、母父ヘネシー(その父ストームキャット)。
ほとんど外国馬のような血統ですが、ノーザンダンサーの血が強いのも特徴で
しょうか。実際、ノーザンダンサーのインブリードが4×5×5×5があり
まして、ミスワキも奇跡の血量。意外と日本では少なめの血ですし、仮に
種牡馬などになれた場合にはサンデー、キンカメの血とも相性がよさそうで
す。戦績的には4連勝で重賞初挑戦。あっさり勝ってもおかしくはないのか
も知れません。


ちなみに久々に配合シミュレーションをしてみますと、このコーナーではおな
じみレッツゴードンキを母にして、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?sire=0001213491&broodmare=0001152102&x=99&y=19



やはりミスプロのインブリードのみになります。



さて有馬記念ですが、ここは予想を。個人的に買うつもりなのはサトノクラウン
とキタサンブラックの馬連です。去年もサトノダイヤモンドとキタサンの馬連で
的中させていますし、結構無難に攻めるつもりです。もちろん有力馬のスワーヴ
リチャード、シュヴァルグランは普通に勝つ可能性ありとみていて、あとは展開
次第でしょうか。穴としては牝馬のミッキークイーン。大負けはしてませんし、
瞬発力勝負では怖いですね。




今年最後のGⅠ…ではないのが面白いところで、ホープフルSはまだGⅠと認めづら
いものがありますが制度としてGⅠなので、一応その気分で見ようかなと思ってい
ます。

誰かにとって特別であるような

ネタ切れも大いにありますが、日課としてブログを更新してゆく
のが難しくなっています。なので週一の競馬記事と後は不定期の
この

「ちょっと特別な」

の記事を更新してゆけたらと思い始めています。


最近ますます音楽にとりつかれているような生活になってきました
が給料が入ったこともあり、音楽用のキーボードを購入しました。
音感というか、歌ったりギターを弾いた感覚があるので意外とす
ぐに手も動きますし、何よりキーボード演奏で未知のエリアとも
いえる「コード」を実際に覚えてゆくと悪くない音が鳴ります。


両利きっぽい自分にとってはキーボードは自然な気がします。



奏でてゆく音でどこまでイメージを表現できるのか、という当
面の目標がありまして、課題曲としては自作の「夜の道」、
「夕陽に告げる」、「降りてきた雪」の3曲を出来るかぎり編
曲してみて、車とかで流してもいい感じに聞こえるようにした
いと思っています。


あまり車で遠出することが少ない私ですが、福島市の電気店に
出向くという位のモチベーションは余裕で存在して、運転の事
もそうですが諸所の判断での成長を感じています。



その特別感は「相対的」で「個人的」なものであって、世の中的
にはありふれたことなので特に気になるというわけでもないと思
いますが、その「特別」という感じをもうちょっと広げて、何か
しらの意味で共有できるものならば…と考えるとやっぱり自分に
とっては創作が鍵になっていると感じます。



少し話題を変えますと、有馬記念のキタサンブラックへの注目も
有馬記念の「特別感」、キタサンブラックの「特別感」は少し前
までは競馬ファンだけのものだったような気がしますが、本当に
だんだんと広がって行って、なんだか世の中にとって『特別』な
こととして共有されているように感じます。



『特別』というのは主観があっての相対的なものという場合が多い
ですが、色んな事情を興味深く見てくれている人も場合によっては
何かを感じていることはあり得ると思います。競馬の話ならファン
もキタサンブラックのことを知るにつれ、何だか他人事のようには
思えなくなってくるでしょうし、勝てば感動するというのも普通の
事です。



スローペース症候群というブログの『限界』はある意味で共有され
て、共感してもらえる内容がローカルにならざるを得ないというと
ころにあると思います。管理人2人、関係者1人にとってはお互い
のことをよく知っているから、こういう文章でも何か『特別』な感
じを伝えられるのかも知れませんが、ブログ訪問者までそれを広げ
られるかという事は挑戦してはみたものの、どこか普遍的な事を必
要とするのは明らかで、管理人Оくんこと浅見君も感じていたこと
ですが結局は世間的に関心のある話題を更新して訪問者を増やして
ゆかなければブログ自体の存続も難しいのかも知れません。



そんな状況で、何かを追体験してもらえるような創作の意義は深ま
ります。二本松という面積としては広い市ですが「特別」と感じて
いる人は住民でありそれ以外だと全体からすれば少数派の町で、読
者を惹きつけられるものを見出してゆくか。



自分なりの答えはやっぱり創作の中に見つけてゆくしかないのかも
知れないなと思います。

今週の重賞



今週もこの時間がやってきました。ターコイズSと朝日フューチュリティSが
ある週ですが、だんだん有馬記念の話題と年度代表馬の話題が意識されてき
ました。今年の漢字の「北」の選考理由にキタサンブラックの活躍が挙げら
れたというのが競馬ブームの象徴のような気さえします。地方も好調らしく
、本格的なブームとなれば競馬ファンにとっては気兼ねなく競馬の話題を振
れて色々と嬉しいものです。さてターコイズSからは良血枠でディープジュエ
リーを紹介します。


・ディープジュエリーは父ディープ、母父Giant's Causeway(ストームキャ
ット系)。過去にも紹介したのかも知れませんが、一旦降級して再度重賞挑
戦という事ですのでいいのかなと。さてインブリードがノーザンダンサーの
5×5が2本というありがちな血統になっていますが、そもそも母父をスト
ームキャットと思えば普通に走っても何らおかしくはない配合です。ただ
気になるのが持ち時計でしょうか。戦績的にクラスの壁があるタイプという
感じもします。



そして朝日杯フューチュリティステークスは舞台が「阪神」なのがまだ慣れ
ていません。ターコイズSが重賞と言うのは慣れてきたのに…。まあ気を取
り直して有力馬をみてゆくと、タワーオブロンドンがやはり勝利しそうな
気がするわけですが、ロードカナロア産駒の活躍にも期待している部分も
あります。ただしここではマイナー枠でヒシコスマーを紹介します。


・ヒシコスマーの父は今をときめく(?)ブラックタイド、母父ヘクタープ
ロテクター。母系が『コスマー』というヘイローの母から続く血統らしく、
この馬の場合にはそのコスマーの4×4という事もあり、この名前なのかも
知れません。リファールの奇跡の血量もありますし、ブラックタイドという
事からも『爆発』の可能性を微妙に感じたりもするのですが、前走もなかな
か良いタイムで勝っています。ただ、タワーオブロンドンと比べてどうなの
といえば、買いにくいのは確かです。この馬については今回だけではなく、
長い目で見つめ続けるのもいいのかも知れません。

理由

『新しい何か』、『遊びと本気』という風にカテゴリーとして考えられる
事については完成したと感じている。そこがはっきりしているからこそ
それ以外という『未分類』が最後に残っている可能性かも知れない。


考えるというよりも単純に『出てくる内容』だろうか。書くことが自然
だから書くようなもので、特に何を目指しているわけではないと思う。



「目指す」


という事についていえば、そこには意図とか意志があってそれゆえ書く理
由も明確に意識されている筈である。じゃあそういう風には動いていない
意識というか無意識というか、自分でもよく分かっていない感じで書く場
合にはどうなるのか?漠然と興味はあるけれど、そもそも読み物として面
白いのかどうかは定かではない。



「〇〇について書く」のその「〇〇」の部分が分かっていないけれど、でも
一方で伝えたいことはその分かっていない「〇〇」なのではないかと思われ
たりもする。




まあ分析はこのくらいにしておいて、話せることを話してみよう。何を話し
たいか。


「猫について」?


う~ん、そうではない。というか話したいことはあるのだろうか。ある。あ
るけれど、書けない。書きたくない。難しい話になってしまうからである。

可能性

物理的に『動かす』という事ではないけれど良い方向に「動かす」という意味
で仕事という言葉を考えると、なんであれ仕事はしたいなと思う。普通に働い
ていても『作業』の感覚が強くなると仕事って何だろうなと疑問になってくる
が、段々「仕事」になってきているのかも知れない。


じゃあ、スロペでの『仕事』と『遊び』の間位にある取り組みは?


と当然疑問になってくる。というか、それを続けてどれくらい動かせるのかを
考えてゆくと悩ましい気持ちにある。仕事場での出会いも最近では活かしてい
かなければならないと感じるレベルでの密度になってきているし、実を言えば
このスロペ的には『関係者の関係者』にも直接会うような具合になっている。



そういった環境、条件ならば日々出来るかぎりのことをしていれば自然とたど
り着けるところがあるんじゃないかと思ったりするのだが、そうは言っても余
力で何かができるならばやっておきたいのは自分の性だ。



と言いつつ、ここに向き合う事がとにかく難しいと感じる。見えない『絆』とい
うか、見えない繋がりを信じて続けている事なのかも知れない。




それこそ『時を越えて繋がる』という意味にも近づく。その瞬間に十分な意味に
ならない行為、言葉があって、しかもそれを行った人もその事に気付いていて…
だからこそそれが意味を成すような時を待っているのであって、それでいて何ら
かの意味で今と同じであるならば、その時にも何かを伝える行為や言葉であって。




少し飛躍したけれど多分、今出来ることはそういう「今だけの為ではない事」を
探すことで、そういう事ができるならばそれは普遍的な意味を持ち得て、流れて
ゆく事の中で何かを留めるのではないだろうか。そして、そういうものを自分が
発しようとしているからこそ、同じように誰かの今だけの為ではない行為や言葉
を探そうとする事ではないかと思うのだ。



やはりそれは難しいのだが『可能性』という意味ではまだ尽くされてはない。

あの時の

「なんともないよ」


と強がって見せたあの日、わたしの心は行き場を無くしたような気がする。拒絶ではなかったけれど、結果的にそうなってしまったのだとしたらあの瞬間、わたしは他にどんな言葉を伝えるべきだったのだろう。



…寝起きがそんな調子でどうにも前に進める気がしない時、一杯のミルクティーを自分に淹れてあげる。前はどうにももどかしい風味だと思っていたこの飲み物も今では控えめな甘さが身体に沁みこんでくるような気がして好きだ。運よく空も明るくて心なしか肌寒さにも優しさが感じられる一日の始まり。



「今月はあと半分で、優子に会うのが来週の土曜日で」



残り少ないカレンダーに書き込まれた赤い小さな丸を見て、<なんとかなりそうだな>と頷く。でもまるで自分に言い聞かせているようにも思えて、ちょっと可笑しかった。仕事は休みだけどいつまでもパジャマ姿でいると上手く回りださないような気がして半ば無理やり着替え始める。


『まず動いてしまうんだよ。そうすると気持ちがノリ始める』


口惜しいけれど今は他人同士になってしまった男の前向きなアドバイスが正しいなと実感する。もともとの性格が違いすぎるわたしたちにすれ違いは必然だったのかも知れない。でも分かり合えていたような気がする。それでも今のわたしが求めているのは、その人にはない何かなんだろうなと漠然と思う。



でも、そんな何かを与えてくれる人が現れるまでこんな感じでミルクティーにお世話になるんだろうなと感じる。深緑のセーターに着替えたところで首周りの少しチクッとする感覚を気にしながら机のパソコンでいつものブログを読む。


<またこの人、ネガに入っちゃってるよ>



人のことを言えないくせに、時々ネガティブ全開になる有名人の文章に呆れつつも「大変なんだろうな」と想像して変な感じに見守ってしまっているわたし。ただその人はある意味でそのネガティブな要素が魅力で、本人もその落としどころを知っている芸人さんなのだ。


「でも『売れたい』って…十分売れてるじゃん…」



他の人にとっては十分でも自分が求めているところに届かないから不十分でネガティブになる。場合によってはそれ自体がネタなのかも知れない。でも妙に惹きつけられる文章を書く人だなと前から注目していて、もしかしたらわたしが求めているものはそういうネガティブな部分を知ってくれるというか、そのままでも良いと言ってくれるそんな無条件な優しさなのかもしれない。



なんとなく分かっていても、そういう人がこの世界に存在している可能性も含めてしかもその人にピンポイントで出会える可能性なんて限りなく低いだろうなと思ってしまう。妥協してれば、今頃は独り暮らしなんてしていないかもしれない。



「う~ん…なんか違うな」


動き出してもなかなか前向きにはなれてないような気がする。とりあえず何か面白いことを探さないとなと思い始める。面白い事…なんだろ。と、何気なく手に取った朝刊に地元のイベントの情報が載っているのを見つけた。なんでも地元の駅前のイルミネーションが今日点灯されるらしい。毎年いつの間にか周辺が色とりどりの温かい光に包まれていて、他所と比べてしまうと見劣りするのかも知れないけれど普段から比べればすごく綺麗に映る。そんな風に彩られれば気分もちょっと高揚して、普段はあんまり出歩かないわたしも出掛けたくなってくる。



「よし…」



わたしは密かに心に決めた。



☆☆☆☆☆



夕方、朝の穏やかな空気とは打って変わって少し寒さが厳しくなってきた空の下、駅前で今か今かと待ちわびるわたし。少し前に盛大な点灯式が終わって点灯の瞬間が近づいている。


「ねぇ、どうなるの?」


小さい女の子が母親らしき人にはしゃいだ様子で尋ねている。大体の想像はできてもどんな風な光景になるのか楽しみなのはわたしも変わらない。明かりは人の心を惹きつける。寒くなればその傾向が強くなるのだろうか。すっかり明りも映えるような薄暗さで、わたしはまるで物語の世界にいるかのような気分を味わい始めていた。



「何だかテンションが上がるなぁ」



その時、近くに居た穏やかな表情の男の人が小さく呟いたのを聞いて、何となくそちらを見てその人と目が合った。男性はにっこり微笑んで、


「寒くなるとやっぱり明かりは恋しいですよね」


と続けた。<同じことを考えている人がいたんだな>と思うと同時に、その妙にシンパシーを覚える表情に少し見とれているわたしがいた。


「そうですよね…わたし…」


わたしがその人に向かって何かを言おうとしたとき、一気に周囲が明るくなった。『世界が変わった』は言い過ぎだけれど、その瞬間に手品を見た時のような不思議な感覚がわたしたちを捉えた。



すぐに『おお!!』とあちこちで沸き起こる声。さっきの女の子は「わあ~」と声を出して飛び跳ねている。それを微笑ましい気持ちで見守りつつ、先ほど向いていた男性の方を見る。男性は瞬時にスマホをかざして写真を撮っていた。



撮り終えた後のなんとも言えない表情がとっても印象的だった。いつの間にか言いかけていた事も忘れて、その視線を追ってわたしも美しい明かりをずっと眺めていた。



☆☆☆☆☆


「でさ、その時の話をするんだから何かあると思うじゃん。普通」


所変わって、一週間後わたしは友人の優子と飲んでいた。


「ないない。ドラマじゃないんだから」


「いや、ドラマじゃないっていうか、それはあんたの心がけ次第だから…」


優子は呆れているけれど、確かにあの後その男性に話しかけなかったのは勿体ないかもなと思ったりしていた。でもあの場の雰囲気は特別で、何かもっと大事なことをあの場のみんなで共有していたと思うのだ。酔いが回り始まっている頭ではそのあたりを上手に説明できないけれど、一生懸命伝える。


「とにかくイルミネーションが綺麗だったんだって!!!」


「まあ綺麗だけどね」


「あれはインスタ映えするから絶対撮っておいた方が良いって!」


「いや、あんたインスタやってないじゃん…」


そんな感じで途中から絡み酒になってしまっていたけれど、気の進まなそうな優子を連れてその後また駅まで歩いてきた。


「ほら見なよ!綺麗でしょ!」


「否定はしない。まあ確かにインスタに上げてる人もいるし」


「どれどれ?」


わたしはその誰かの写真を見て驚いた。男性のものと思われるアカウントで公開された写真、それはわたしが居合わせたあの日のもので、構図から言ってわたしの立っていた隣で撮影されたものに違いなかった。


写真に添えられたコメントにはこうある。


『ちょっと寒かったけど、心が温かかった』



わたしはあの表情にその言葉を重ねる。自然と零れてきた笑みを見た優子が嬉しそうにしていた。

自分のパフォーマンスで

いつものように休日のカラオケで、友人に聴いてもらう為の録音を。音質は
どう頑張ってもそこそこ位にしかならないし、著作権の関係でもうアップロ
ードなんてできないけれど個人で楽しむ事についてはさすがに何も言われな
いだろうから、K君やO君に聴かせることを前提として、あるいは自分が後に
聴いて少しはテンションがあげられるくらいのパフォーマンスを目指して録
音し始める。


ここ最近の心境の変化もあってか意外と声が出るし、気持ちを維持して歌え
ていた。『インスタント』とでも言うべき、高揚の効果に期限があるような
録音内容だとちょっと残念なので、なるべくなら何かの意味において『特別』
が漂うような内容にしたい。そう思うとせっかくの休日で、気持ちが乗って
いるという条件という事もそこそこ貴重なので気合が入る。


「自分のため」


に歌うというのは、『将来の自分のため』という形容詞を付けて考えればまあ
まあ意味のあることで、そこに「友人に向けて」というような具体的なモチベ
ーションがあればヒトカラでも結構全力で歌える。



狙いすぎると『気負い』となる必然。そして途中まで良ければ当然「ここしか
ない」という緊張感も生まれる。




<そういえば自分は『舞台』を欲しているんだったな>



そこでふと気付く。何もない場面を『舞台』と思う事はほぼ不能だけれど、殆
ど『舞台』同然になるような緊張感が自分のパフォーマンス一つで出来上がる。
おそらく『録音している』という事を認識していないと本気では歌えないし、
『それを後から聴いてみたらどうなるんだろうか?』というような期待がないと
そもそも録音しようとは思えない。



ブログでも実は同じ事が起こっていて、ここまで気合を入れて書けるような『オ
ーディエンス』、『訪問者』が感じられたり確かめて実感されなければ、多分内
容も独りごとで自分にとっては大きな意味を持たせられない。



十全な意味でではないが確かに『舞台』となるように動いたり書いたり出来ている
という自信がちょっと生まれたような気がする。自分をそこに持ってゆく事が出来
るなら、夢は近づくのかも知れない。



O君こと浅見くんはどこまでそれを意識しているのだろうか。


『この町を一つの舞台にしてゆく』なら、


もしかすると目標が具体化したのかも知れない。

はっきりと

幼く見えるのがコンプレックスになりかけてきたところで自分の年齢が
30中盤になるのかと改めて数字を認識したら、


「むしろ殊更に歳食ってるアピールしなくてもいいかも」


と開き直ってきている。拘りがなくなるというまた別の年相応の精神と
入り混じると、求められるままにしようという判断になる。



実際、25歳くらいの気分で動こうと思えば動けるような気がする。歌
を歌っている時もエネルギッシュな曲を歌ってみたいときもあるし、作
りたい曲もそういうイメージだし、何かの練習になるのではないだろう
か。



それにしても微妙にあるモチベーションで何をしようか迷う。それこそ
お膳立てされていればガンガン突き進めそうだけれど、準備して気持ち
が高まったところで眠る時間になるというなら待った方が良いのかも知
れないが、それも少し勿体ないような気持ちだ。



状況というか「めぐり合わせの妙」が活動のキモになりつつある中で、
どうにも特別感がない日に『新しい何か』で述べてきたような事は意
味があるけれど、『本気』で取り組むレベルの事に繋げてゆくには重
厚感が足りないというか。



少し発展的に考えるならば「動く」というのも「その場」だけではなく
て、重大な決定として『動いてしまう』というような意味を持つ「動く」
ところに持ってゆく必要がある。動かしにくい何かを動かすような情熱
を伴うような言葉と行為があって始めて十全なのだ。




例えば音楽を継続するにあたって、キーボードの購入を検討しているけれ
どそれくらいになると自分にとって結構な意味の行動になっているし、本
気が伴っている。同じように、自分にとって非常に意味があると感じてい
る部分でのアクションをしてゆくのは、そう容易くはない…というかしん
どい時があるだろう。



それでも自分にとって重要な意味を持つ(既に込めている)カテゴリーで
文章を綴ってゆく事は、夜に印象的な夢を見るくらいには影響があるよう
で、すごく遅筆になるものの取り組む価値はあるのかなとも思う。



結局は自分がかなり深層の部分でも「創作」や「活動」に向き合えているか
が重要で、作品も行動の質もそこがかなり反映されるんじゃないかと思う。



冒頭に「若いつもりで」動いてみるとは書いたけれど、裏を返せば「飴と鞭」
、「気合」、「気持ち」、「その場のノリ」がなければ自然には動いていか
ない重々しい部分があっての話で、スロペのテーマの一つともいえる『抵抗』
も何かはっきりしたかたちを取らないと、取らせないとダメなんじゃないか
と思う、のだが少し自信が足りない。



というところだろうか。

イベントで

非常に、と言ってしまいそうなほど仕事で楽しめた一日だった。
楽しんで仕事をした方が良いというのはアドバイスを受けていた
のだけれど、実際に楽しさが先立つようなイベントだと何だか仕
事という実感も薄れてくる。


前日の準備の大変さもあったけれど、まずは自分の出来ることと
難しいと感じることを確認できてよかったと思う。そこで仕事を
している事を不思議に感じている自分もいる一方で妙に馴染んで
いる感覚。



あとは『一日にして成らず』に通ずる、これまでの蓄積を活かせ
ている喜びがあって、本当に何年も前のことがここにきて重要性
を増している。



まあ稀にある事なのかなとも思う。

少し難しく

長い事自分の中で整理できなかった事が何となく決着したような心境で、
そのまま素直に生活していると気になってくることが少し違う。モチベ
ーションに影響もあり、「何を求めるか?」についてよい捉え方をすれ
ばより普遍的になったのかも知れない。


仕事中も色々なことを求められるようになっているという変化も相まっ
て意外に感じることが多い。徐々にというか、どちらかというと「急に」
という変化なので自分の気持ちがついていけていないというのは正しい
認識だと思う。



心の準備ができていないに近い状態で始めてしまっている、それは微妙に
戸惑いというか、大丈夫なのかなという心配にもなる。整理ができたこと
ととは別にまた気を付けておかないといけないことが見つかった。



と…思う部分もあるけれど、それ自体が『少し難しい』のも確かで。

今週の重賞

今週も木曜日という事で競馬の記事を投稿したいと思います。さすがに蓄積が
あるからなのか注目していた馬が走ったりというような事も多くなってきたよ
うな気がします。2歳GⅠがありますが、それこそ情報が少ない中で血統面の
補強材料は欲しいですしやりがいもありますね。まずは土曜日の中京新聞杯か
ら。



・クィーンチャームは父キングカメハメハ、母父サンデー。母はオリエントチ
ャームでペルシアンナイトの母ですね。その姉にあたる同馬は父キンカメとい
うことでインブリードがヌレイエフとノーザンダンサー。奥手だったのか前走
で1600万下を勝利して今回初重賞挑戦。まだ様子見の方がいいのかも知れ
ませんが、ここで好走するようなら重賞にも手が届いてもおかしくない血統で
すね。


日曜中山のカペラSからはショコラブランを。


・ショコラブランは父クロフネ、母父サンデー。母アグネスショコラはその母が
スキーパラダイス、ロワジャルダンの母でもあります。ダートで大物が出てほし
いクロフネですが、この馬の場合は安定感があってチャンスがあれば重賞を勝っ
てもおかしくはないなと思います。ただしレース選択の幅が狭いのかも。ここは
普通にチャンスですね。



そして阪神ジュベナイルフィリーズはどうしても目が行ってしまうソシアルクラ
ブ。


・ソシアルクラブは父キンカメ、母ブエナビスタ。ノーザンダンサーの5×5が
2本ですが普通に母と同じくらいの能力があるならここは楽勝してもおかしくは
ない…ものの、母があんまり走りすぎると子が走らないという印象がありそれこ
そ3代制覇の偉業がかかっていますが、オルフェーヴル産駒2頭の話題の陰でこ
の馬自体はあまり取り上げられていないような気もします。『未知数』の部分が
大きいので賭けるのには勇気がいるかも。

何が出来るか

色々な話を聞いて考え方もすっきりしたような昨晩。それこそ仕事の中で今ここでやりたいと思っていることの何かは出来そうな気がしてきた。


一夜明けてその気持ちの幾らかはまだ続いていて、自分を勇気づけたいような気持ちである。


二本松で何かをという気持ちはいつの間にか自然に言葉に出来るくらい強くなってきていて、なんだかそれが中心的にさえなっているような気さえして自分でも不思議だった。「動かして行く」ことに真面目に向き合い続けるなら、その都度やれることを見つけてゆけるかもなと感じた。


表面的に取り繕ったところで無意識的に動き出している内面はそれとして続いているという確信のようなものがある。過剰気味の意識の中で出来ること、工夫と抵抗を可能な限り伸ばして行く事が自分にとっての努力でもあるが、目覚めている間に具体的な意識内容にする事を今は望んでいて、そこには妥協がないかも知れない。


そこからもっと先にという時に、何ができるだろう。

まだ感じる

どうにかしようと思っても一時的なのかも知れない。どうにかするべき不満とは違っていて、生きている限り満たされない部分と、また目標ができて満たされなくなってゆく部分とがある。ある意味で平常運転で、そう思えるところまで努力してこれた事を喜ぶべきだろうと思った。


それでも必然としてそこにずっと安住する事は出来ないだろうし、また難しいことにチャレンジしたくなるのも前向きだし止める理由もない。


自分をある程度大きな括りの中に位置付けてみたいと思っているのかも知れない。若者というか、中年に差し掛かっていて、色んな事情が意識されて自分の行為についても思うほど単純ではなくなっているようにも感じる。そもそも活動する理由についてもシンプルな動機を支えるような人間関係があって、かすかな後押しも感じる。



プライベートなのかも知れないし、少し公なのかも知れない。その微妙なライン。だからこそ「遊びと本気」が入り混じる。満たされるものではない事がある中でも、ここの部分はまだ可能性を感じる。

はじめれば

某動画サイトの衰退を感じ、ネットで巡回してわりあい満足できていた感覚が
少し薄れてきたような気がする。気は早いけれど、習慣的に見れるサイトを探
さないとなという微妙な悩みになっている。


『コンテンツ』という言葉の意味を実感したのはそういうサイトで動画を漁っ
ていた時だろうか。自然発生的にジャンルができて、独自の文化が生まれて共
有されて『感染』してゆく様は興味深いものがあり、もしかしたらそれも末期
状態なのかも知れないが「自分で創る」という気概を学んだ場所かも知れない。



今日昼頃にいつもの心境との比較で、


「ああ、なんか今日はゆっくりと休みたいなぁ」


と気付いて、帰ってきたら何もやらないでダラダラしようかなと思っていた。そう
いう時に限って音楽の事とかでポジティブな反応があったりするのはやっぱり『続
けろ!』という事なのだろうか。運命めいたものをどう解釈するにせよ、また創作
したくなっている気持ちが生まれたのは疑いようがなく、なんだかんだ言いつつ始
めてしまいそうなのだから自分は素直だなと思う。



で、自然と何かを考え始めている。考え出すと難しいなと感じる。

またこれから

食べておいた方が良いと思って食べたケーキがカロリー供給という趣を醸し出していた事に人知れず動揺した。もはやそれほどカロリーは必要としていない年齢になって、上にちょこんと載っているイチゴに救いを見出しているような心境なのも地味にポイントが低そうだなと思った。


そんな具合に評価される「若さポイント」を心の中で集計し始めてそろそろ2か月くらいだろうか。「若さとは?」という定義をまじめに考えるほど元気ではない時点で-5ポイントはいってしまうだろうな…かなしいなぁ…というモノローグを形式的に少しやってみたところで気を取り直す。午後にそこまで必要性を感じない用を済ませに出掛けるという時の気持ちを盛り立てるために口がクリームまみれになったのだが、果たしてそれは効果的だったのか、もはや考え直したくはない。


<それはもしかすると若さポイント+5じゃないのかなぁ…>


という謎の自己肯定を行って車に乗り込む。若さが全肯定されるわけでもないけれど、職場で要求される「フレッシュさ」は自らも誰かに要請している何かかも知れず、つまりは…。


結論を与えようとした時、肌寒さには温泉のように心地よい温風がフロントからやってきてすっかりリラックスする。いつまで経っても手続きに慣れない役所への申請に使われる気力ぐらいは温存しておきたい気持ちで、景気づけに最近気になっている女性ボーカルの曲をBluetoothで流してみる。



日頃のあれこれで荒みそうになりかけている心境には心地よい琴線に触れる王道のコード進行で始まるミディアムバラードは懐かしさを感じさせながらも新しい道へと連れて行ってくれそうである。同年代の知り合いも、新しい曲は聞かなくなるというような話を聞くと、まだ自分は新しいものに触れる気持ちがあるんだろうなと思うのだが、だからそれが何なのだと冷めそうになっている自分もいるのじゃないだろうか。例えば隠れた引き出しの中にとか…。



それでも、例えば今みたいに慣れた道を走っていても、知らない場所に繋がっている道があるんじゃないかなんて想像してみたりするあたり、まだ何かを期待しているのだろう。忙しい忙しいなんて言っているうちに今年も終わりになるけれど、今日だって何かがあるかも知れない。



次の曲に切り替わるところで目的地に到着してしまうのは何となく勿体ない。外は寒いし、この暖をもう少し味わっていたいのも人情というもの。けれど用を済ませない事にはモヤモヤしっぱなしだし、出来ることなら早く解放されたい。


比較的強い意志でドアを開け放ち、右足をアスファルトに押し付ける。その時感じた、妙な疲労感はもしかすると若さとは正反対のものかも知れず、誤魔化すように「よし!」と奮い立たせて歩き出した。




ついこの間、期日前投票で訪れたばかりなので何だか頻繁に訪れているような錯覚に陥る。市長選の結果を受けて今後がどうなるとか、自分の知識のレベルではぼんやりとしか想像することはできないけれど『良いことばかりではない』というのはどこかで警戒しておかなければならない事なのかもしれない。



どこか定まらない雰囲気を感じつつ、事務手続きを済ませていると何処かで聞き覚えのある声が。


「おう!佐々木くんじゃないか」


「お、こんなところで会ったか」


何を隠そう前の職場の佐々木君である。心情的に連絡を取りにくくなっている人も居る中で、今でも少しSNS上でやり取りがある佐々木君とは同年代という事もあり、そしてこういう場面でよく遭遇するという意味で「縁」を感じている。もしかすると佐々木君も同じ気持ちかも知れない。


「この後時間あったらどっか寄ってく?」


佐々木君の提案を快諾して明らかにテンションが上がったのを感じる自分。「どっか」と言ってもどうせ行く平日日中に行ける場所は限られているが、だからと言って侮るべきではないという事を経験的に知っている。



後にやってきた佐々木君の用事が済むまで座って待機する。



<なんの話をしようかな…>



頭の中で自然に考えている自分がいた。音楽の話とか、最近あったこととか、なんて整理しているうちに没頭しすぎたのか、


「お~い」


と呼びかけられてドキッとしてしまった。


「あ、ごめんごめん。お城の近くのレストランがいいんじゃないかと思ってさ」


「ああ、一回行ったことあるかも知れない。あそこ雰囲気良いよな」



というわけで、それぞれ車でレストランに移動する。レストランと言っても、喫茶店のような雰囲気でやってきた時間が良かったのかほぼ貸し切り状態だった。隅の方の席を選んで着席する。


「もう菊人形も終わっちゃったし、後はひっそりするのかなぁ」


当たり障りのない世間話からと思い周囲について見たままを言うと、


「いやぁ、案外人が来てるみたいだぞ。ポケ〇ンとか、天守閣の猫とか、なんだか前よりはずっと賑やかに感じる」


佐々木君が言うのもごもっともなのだが、『賑やか』さのレベルについては一考を要すような
話なのかもしれない。


「ところでどうだ?そっちの職場は。さすがに慣れたか?」


「まあまあかな。どこに行っても求められることは同じなのかもなぁと最近では思う」


「その役のいくらかを俺がやっているような…。まあ仕方ないけどな」


自然と微妙な話になりつつも転職を考えたときに最初に相談に乗ってもらった相手だけあって、話しやすい雰囲気でどんどん次の話題に移ってゆく。


「でさ、『若さ』を求められているような気がするんだよ。どこでも」


そして自分がいまひしひしと感じている何かを共有してほしいのか、この話題で熱がこもる。


「『若さ』かぁ…若さって何だろうな…」


「はっきりはしないが、『元気』という事とは少し違うような気がするんだよなぁ」


「そうかもな。疲労回復が早いのは確かかもな」


「なるほど。確かに遅くなったな、回復…」


「笑い話じゃないんだが、俺も回復してないけど「回復した!」って思いこむようにしてるかも」


「本当に笑い話じゃないな、ははは」


「でもさ…」


佐々木君はその時少し真面目な顔になって言った。


「まだ何かを始めるのに遅いっていうほどの歳でもないと思うんだよ。俺たちって」


熱がこもった眼差しでじっと見つめている佐々木君を見て、<多分何かしたいことがあるんだろうな>と直感したのは正しいのかも知れない。


「そうだよな。何かを始められるってことは忘れたくない事だよな」


何かを確かめ合ったからなのか佐々木君は少しリラックスした表情になって、


「というわけで、俺はここで初めてこのケーキを食べてみる」


と謎の宣言をした。というかもしかしたらただケーキが無性に食べたくなっただけの話なのかもしれない。


「…お、おう」


そして運ばれてきたしっかりとした造りのケーキを、胸焼けを押し隠しながら見つめていたのだった。

行き詰まりから

少し行き詰まりを感じつつ目覚める。強気で「次」へと動いていける
気持ちと、漂っている『限界』という見えない了解の跡が動きを止め
させているかのよう。


カラオケで尾崎豊の曲を歌いながら、確かに何らかの意味で『限界』
的な領域、生きられた痕を感じる。表現が永遠的に残るという事を
了解しているからこそ、一つ一つに重い意味を込めるように続ける
としたら、見えない何かと戦うかのようにギリギリの線で生きる必
要があるのではないか。



曲がりなりにも残し続けていると、『過去』の中の極限的な心理状
態で主張された言葉を蔑ろには出来ない気持ちになってくるという
のか、もしかしたら完全には乗り越えてはいないんじゃないかと弱
気にもなったりする。


それでいて、「次」に向かおうとしている強い熱はそれまでのもので
は言い尽くされていない「微妙さ」を携えて何かを語りだしたがって
いる。



そこに向き合い続けることはそれほど容易くはない。それこそ静寂が
漂う月曜の午後に熱に相応しい舞台は見当たらず、抱えつつ真空パッ
クをするような気持ちでメモを取る事くらいだろう。



秘められたもの、まだこうやって自分を動かしているもの。

芽生え

自作曲を公開するようになって、<発展があるとすればこういう活動から
だろうな>という手ごたえのようなものがあるのだが、そこから進める為
にはもっと強い気持ちが必要になっているのを感じる。人との繋がりを通
じて作品にする理由になってゆくという自然な流れからすれば、作品より
も普段からの心掛けが優先されるし、結果として結構上手くいっている状
況だと改めて何を伝えたらいいのか分からなくなる。


そう思いつつも、既に休日である月曜日に何か録ってみたいと考えている
自分がいるのが面白いところかも知れない。



明らかに満たされてはいる。ただし、その一言で片付くことでもない。新し
く芽生えてゆく、ゆきつつある気持ちは…

休憩中

休憩中、微妙に出来ることがないものか粘っていた。「無い」といえば無い。
が、そう言い切きろうとする時に微妙に残っている何かがあるように感じる。

そういう感覚が今も続いていて、実際3人で活動するという事を念頭に置い
ている上でそう都合よくは行かないという状況でどうするのかというのも同
じ種類の「粘り」なのは明らかである。



言葉にするのが難しい事を考えている。宿題と言えそうだ。

12月

12月になるとクリスマスと年末を同時に考えているような日々になる。仕事場の
体制も少し変化があって、なんとなく賑やかな感じがしたけれど今月は土日に休み
がないために、少し『活動』の方でどうしようかなと悩ましい思いで過ごしていた
。二本松の市長選の結果で今月の25日には市も新体制になるのだが、活動の内容
も微妙に変化したりするという事もあるのだろうか?


『インスタ映え』という言葉が紛れもなく流行語だと思いながら、インスタグラム
を上手く活用できていない現状で自分たちに求められているものがあるのかどうか
という事が気になってくる。



迂闊には結論を出せない。そう言いつつも自分が納得ゆく事をしてゆけば結果的に
善いんじゃないかという予感がある。ただしそこは複雑で、自分が納得ゆく為の要
素に自分以外の人にとっても何かを感じさせるものであるという条件があると思う
のだ。



中途半端ではあるが、どういうところで考えるのかを述べておくところで一旦切ろうと
思う。それは今すぐに終わらせるというよりもじっくりと取り組むべき内容だからである。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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