FC2ブログ

スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

ここに属さない

何気なさの中にも深い知が

それと知るなら豊かな営み

語り尽くせぬ想いのように ここにある


あの日には抱えきれないほどの

ならば今だって同じこと

今日の向こうにしか明日はなく

今日を引き連れる世界ならきっとと思う


この静寂でこそ 確かな厚みを感じる

生きた証というのならそれは

悩ましいほどに今を縛る


それでいて微かに ここに属してはいない

頼もしげな胸騒ぎがある
スポンサーサイト

競馬充

競馬充していた週末。競馬場に行ったという事ではないのだが、この頃競馬熱が次第に高まっているのを感じて一週間ほど前に放送されたオグリキャップの特集番組を見て以降、馬に対する見方ももっと具体的になっているのを感じる。人と馬の関わり方とか、関係者の発言を辿っていくだけでも理論とか経験とか学べることが多いなと思う。そして時々流れるJRAの今年のCMが「設定があんまりにも非常識だべ」と言いたくなってくるのも現代的というか。


浅見くんとのDMでミホノブルボンの事やらウイニングポストの事やらをやり取りしていて、「98世代」に対する思い入れとか、武幸四郎騎手の引退とか、様々なものが自分にとって思い出深いものであることを実感している。その時代の雰囲気はなかなか思い出せなくなってきているけれど、青春時代から辛い時代まで一貫して競馬は見続けてきただけあって、諳んじれる事も多い。30を過ぎると熱中する事も段々減ってゆくような気もするが、大レースの興奮度については全然変わらない。



競馬を通じて興味が出てきた事も少々ある。競馬のつぶやきをしている有名人の事とかも気になってくるし、ツイッターのトレンドでは毎週必ず4時頃に競馬に関係する言葉が並ぶのを見て、それ自体も面白い事だと思ったりする。



競馬もそうだが、もうこうなると継続してきた時間がモノを云う。馬券を当てるとかではなくて、楽しみ方がその時その時だけではなくて、積み重なってきた事を理解していると一層楽しめるという意味でである。言うなれば「事実」や「データベース」から何か物語やエピソードを想像出来るような楽しみ方であって、これは何も競馬だけに限らない。「血統」を調べているだけでニヤニヤするのも変態的だけれど、段々そこに近づいている気がする。

目標

詩の役割と言いますか、その今この瞬間にではなくて繰り返されて初めて意味を成すという在り方に惹かれます。結局言葉で出来る事は限られていて、読む労力を考えると詩で出来る事が歌と同じく、その繰り返し易さにあると思います。


自分は忘れたくない事を出来るだけ思い出しやすい上に容易に読み取る事が出来たらって、まず思ったりします。壮大なイメージにしても具体的に言葉などにして伝えられうるものとしておきたいですし。あとは自分のテンションを維持してゆくとか、そこに復帰してゆくこともなるべくコントロールしていたいと、そう思ったりも。それが目的かというとそうではなくて、そうコントロールして意志で向き合わせる事で可能になる事を実現したいというのが本道で、まあ作品を作ることも自己目的化する事もありますが、現実で自分が見たいものとかの手段とも言えなくないというか。


色々考えてゆくと行き当たりばったりのようでしっかり計画はしているようですが、当面の事で言えばまず創作に向き合っていることと、そのためにインプットを増やすという、何だかどちらが主だか分からないような事があって、時々知った情報で満足してしまって、もういいかなと思えてしまう事があります。


それでもブログで出来る事で作品を発表してゆく事は目的に適っているような気がしますし、初心に帰ってそれを続けてゆく事は、プラスアルファーな何かだと思われます。


「自分の気持ちを高めつつ、地道に継続してゆく」


とりあえずそういう気持ちを忘れないようにと願った詩というのは出来たかなと思います。あとはそういうものの果てにある世界をイメージした曲ですかね。それこそ「新しい何か」の曲でもあるのかなと思うんですが、そこに今度は向かってみたい気がします。



またこんな風に

今だけじゃない きっと忘れそうになって

時は巡る その気持ちに立ち返るなら

立ち消えて味気なくなってしまうものも

また意義深いテーマに


繰り返される言葉になろう

繰り返されるべき言葉であろう


いつか見た世界を垣間見せるような

忘れたくないものを引き寄せながら


移ろい易きものよ

それでも夢見てくれぬか

時の旅人を引き連れながら

どこかに愛を運ぶように


願え またこんな風に

今週の重賞

今週は2月の最後の週で、武幸四郎騎手の引退レースなどが注目されていますね。『持ってる』人ですから
案外引退レースを勝利で飾ったりなんかもあるかも知れませんね。さて、先ずは土曜日のアーリントンCか
ら。ペルシアンナイトが良血的な馬であるように思えます。


・ペルシアンナイトは父ハービンジャー、母オリエントチャーム(その父サンデー)。母の母が二キーヤ
ですが、ゴールドアリュールの母でありオリエントチャーム自身も重賞で好走した馬。これくらいの血統
だと重賞級は普通に生まれそうですね。





日曜日の中山記念はサクラアンプルールを。


・サクラアンプルールは父キングカメハメハ、母父サンデー。普通の良血という感じだと思われるかも
知れませんが、母の『サクラメガ』という名前で何かを思い出す人もいるかも知れません。そうサクラ
メガワンダーの母です。つまり半弟という事になる同馬ですが、非常に奥手の血のようで一度地方に行
って戻ってきてオープン入りした馬ですね。


そして阪急杯はミッキーラブソングを取り上げます。


・ミッキーラブソングは父キンカメ、母コイウタ。母がGⅠ馬だけあって地力はありそうな馬ですが、
やはり奥手の傾向があったのかこの血統でも新馬戦は6番人気だったようです。

またここから

鳴り始めた心と駆け抜けてゆく日々

憧れは世界を色付けて

「ここから」と奮い立たせる


心次第だから そのたわいなささえ

愛おしい夢の響き

軽やかさに身を任せて ユニークな舞を


確かな広がり 確かな温度

呼び覚したその言葉に応えるよう

弾ませてゆく胸のうち


遠くで煌めいている

誘われるように手をその向こう側に

何かを

いつかの果てに今があるから

語り出すように始まってゆくもの

感じながら鳴らしてゆく


叶うならもう少し先に

そこにあるものはきっと そう信じる今に

たぶんそれでいいのだ


また重ねて 秘めてゆく

何かをその向こうに

何かを超える

ひたむきなその気持ちが薄れぬように

僕は願えるだろうか

望まないままの姿がむしろ応えていないように感じた


ただそうあらない方が良いと思った

挑まなくなる そんな世界じゃないからと

意味にならないかも知れないけれど

何かになる可能性を見ない事は

果たして本当に応えているのか


僕自身に


ただひたむきな気持ちだ 何かを超えるそれは

熱くそして

この気持ちで進め続ける事が本当のエール

いつかの自分を嘘にしない ここからの


絶え間なく吹き付ける風は 荒々しさ

世界と共にあって 世界である自分

ここにあって感じるもの全て 糧にするような

気構えがあったっていい


でもそれだけじゃないって事さえも

この上なく大事なようで


深まってゆくのだ 絡まってゆくのだ今日も

足跡は近づいて来ている



吹き消されぬよう そしてまた平静に

麗しき人の夢 ⑮

夜8時の待ち合わせ。そこそこ通い慣れたバイパス沿いのカラオケ店に入店し、店内を眺めてまだKが来ていない事を確認する。フロントにある待機所に一旦座ってスマホを立ち上げる。

「お、来てる来てる」


ここに来るまでにDMにて連絡が入っていたようで、そこには『今来た、何処にいる?』とあった。すぐ外に出てそれらしき人影がないか探すと、向こうから歩いてくるシルエットが。


「おっす」


「おう、久しぶり」


考えてみると学生時代から慣れた光景である。確か高校時代にもこうして待ち合わせていたような気がする。当時の田舎の学生にとってもこの店は文化の中心であり得たのだ。再会の喜びと、これからの事に自然と胸が弾んでくる。Kの表情を観るからに同じ気分であるのは間違いないだろう。


「じゃあ、フロント行くか」


そう言ってフロントで店員さんに要望を告げてすんなり入室に至る。機種が幾つかあるけれど、すぐ入室できるものを選んだので必然的に部屋も限定されたところになる。


「なんだかワクワクすっぞ!」


ドリンクバー用のグラスを受け取ったKがおどけた様子で言った。やはり友人Oの時も同じだが、再会すると青春時代の自分に戻ってしまうような気がする。良い夜になりそうだと思った。


「よし、じゃあ俺から歌わせてもらうよ」


実を言えばカラオケは大好きな人間である同士。入室すると話もそこそこにタブレットで盛り上げられそうな曲を選択し発信する。近年ドはまりして自分の創作でも登場させているあるバンドの曲のイントロが流れると、


「お、これ歌うんだ!!」


と驚いた様子のK。それほど知られていないアーティストなので紹介するつもりで入力したのだが、そういえばKは高校時代から弾き語りなどをやっていた音楽通。そう思うと自分もなんだか自信が出てくる。私は立ちあがる。


「桜の季節過ぎたら 遠くの町に行くのかい♪」


小気味よいリズムで所々ボーカルの歌い方を意識して歌ってゆくと、Kも身体を揺らしてリズムを取ってくれている。最初の曲にしてはかなり熱唱気味に歌っていると、時折画面のテロップに括弧で出てくるコーラスの部分をマイクなしで歌う声が聞こえてくる。



自分としてはよく歌えたと思う。曲が終わって「おー」と言ってくれた友人は、


「やっぱ〇〇の歌は良いなぁ!気持ちが良い!!」


と褒めてくれる。なんだか身内に褒められているようなこっぱずかしさがあるような無いような感じだが、私も続いて表示された辛うじて知っているマイナー曲が気になってくる。私と同じように立ちあがってKはあの当時と同じような良く響く彼らしい声で難しい曲を綺麗に歌い上げてゆく。


<ああ、そうだ。こういう声だった…>



普段はあまり意識しないけれど「声」というのは、その人の事を十分に表現している何かというか個性が顕れるものであるような気がする。この時に全身に響いてくるそのどこか温かみがあって、どこか強いメッセージのある歌声に忘れている何かが蘇ってくるようである。紛れもなく、我々はこうして今再会しているんだなという実感が湧き上がってきた。


『生きてて良かった』



曲中のサビで繰り返されるこのフレーズをまるで私との再会を心から喜んでくれているような、そんな気持ちで聴き入っていた。熱唱が終わり、惜しみない拍手を送った。


「いやぁ、良いなぁ。こういうの。ほんと…」


心の底から嬉しそうな声でしみじみと言ってくれるK。


「俺も同じ気分だよ」


もっとこういう気持ちを感じたくてどんどん曲を選択してゆく。時に切ない曲、時にエネルギッシュな曲、色々織り交ぜながら自分の出来る最高のパフォーマンスを彼の前では見せれていたような気がする。勿論、積もる話もあったけれど、お互いにこの時に聞かせたかったのだろう曲を歌って行った。



年齢的なもので少し時間が経って一旦勢いが落ち着いてきたところで友人Oを含めた最近のDMでのやり取りについて言及してみる。


「なんだか不思議な感じだよな。三人でまだ繋がれてるって結構珍しいと思うよ」


「だよな~。ほんと誘ってもらって良かった。俺もさ仕事の事で色々あるけどさ…」


そう今日は友人の仕事に関係した事で、こちらに戻って来れるという事情があったついでに集まれることになったのだ。今は何もかも忘れるように時間を共有しているけれど、やはりお互いに色々な悩みを抱えて生きている。学生気分とはまた違った「大人」としての話をこうして話せるのも何となく特別だなと思った。



そんな話をしながらほんのり明るい個室という空間を改めて見回す。この妙に落ち着いた気分は何処から来るのだろうか、隣室から時々響いてくる歌声もその場の雰囲気を作りだしている。その雰囲気に導かれ、ついつい饒舌になって相手に受け入れて貰えているような気持ちになってしまう。



話が一段落したところでまた歌い出す。それを繰り返していると気が付けばもう天辺を過ぎていた。この歳になってこういう経験も珍しくなってきたが、両名ともまだ体力的には大丈夫そうだった。ところで、私はまだ肝心な話をしていないなと感じていた。ちょうど休みに入ったところでこう切り出す。


「そういえばさ、お互いに創作やってるじゃん。俺も最近ちょっとモチベーションを維持するのは大変なんだけどさ、君のも読ませてもらってまた頑張ろうって感じになってる」


Kも同じことを話したかったらしい。


「うん。俺も今書いてるシリーズで、弾き語りのサークルの話を気楽に始めたつもりだったんだけど、段々終らせるのが勿体なく感じ始めてさ…」



「ああ、それはあるな。っていうか俺の生活の中心がだんだん創作に寄ってきてるのを感じる。何だかんだで自分の作品の続きを書けるのは自分しか居ないって当たり前の事が、段々重要になってきた気がする」



「そうだよな。いやさ、仕事の事が忙しくて時間が取れないのが悩みなんだけど、でも作品が気持ちを代弁してくれているっていうかさ…」


その時私はKの作中のある表現を思い出した。


「ほら、君の作品で先輩が『俺達は音楽を通して語り合う』って言ってたじゃん。あれ良い言葉だなって思って」


この頃、私はその言葉が決して誇張ではなくその通りに生きているアーティストもいるんじゃないかと思いはじめていた。それは例えば我々が作品を通じて『会話』しているように感じるのと同じように。


「え?そうか」


Kは意外そうな顔をしている。あまり意識して書いたことではなかったらしい。


「うん、でも確かにそうかも知れないよな。こうやってお互いに歌う事で何かを伝え合ってんのかもな…」


ここで私は「じゃあ」と思い、その作品のテーマに沿えるようなあるバンドの曲を実際に歌ってみることで伝えてみたらどうなるか試してみる事にした。


「この曲がね、多分君の作品に合うんだと思うよ」


そう一言添えて、流れてきた演奏にじっと耳を澄ませて雰囲気を感じ取ってゆく私。


「花が開いて~♪」


その曲は昨年再結成した私の大好きなバンドがかなり前に発表した歌だった。『青春』を終わらせないように、あの『青春』は幻じゃないんだ、そう本気で伝えようとするその歌詞とメロディーに時折感情移入しながら、確かめながら歌ってゆく。恥ずかしながら自分でも感極まるように歌ってしまったなと思ってKの方を見遣ると、


「うわ…俺いまめっちゃ感動してるわ…」


とまるで衝撃を受けたようになっていた。後で彼が書いたものを読んで、彼が自分で感じている事と重なるようなその曲とその状況がまさに心を振わせるものだった、その時感じていたと知って私は確かに伝えたい事が曲を通して伝えられているんじゃないかと思えている。



結局その日はその余韻に浸りたいという気持になったのでそこで終る事にした。Kがこちらに戻ってくればこう言う風に更に言えばOも交えて集まれる事も多くなるかも知れないが、やはり別れというのはいつもどこか寂しいものである。


「じゃあまたな」


「うん」


言葉少なに別れる。帰路に就きながら、自分で歌ったあの曲の歌詞が今更ながら自分にも響いてくるのを感じていた。それこそ途切れ途切れに「夢」を追い続けようとしているかも知れない今の自分は、今見えているものが『幻じゃない』と自分でも願いたくなっている。それこそ一人では追い続けることも難しいのかも知れない。けれど、今またこうして自分の中に湧き上がってきた事を作品にして、そしてその行く末を見届けようとしているこの感覚は、『夢』という言葉の奥深さを語るようなそんな何かであるように思える。


頼りなく…それでいて力強く。

だれかに

ただ時間だけが 目覚めている時間だけが


多分何かに近づいてゆく日々

自分を知っているから 限られてゆく何か

限ってしまうとする言葉だというのなら

もっとそこに向き合うのだと


誰に当てたメッセージなのか

自分のも そうじゃないのも


君が込めた想いは 果てしなく彼方に

今もそれが伝わるところに居続けていると

そう思える時もやっぱりあって


じゃあ何が本当だとまた問うてしまう

その隔たりの向こう側を微かに感じ取る


薄暗い部屋のその希望は密やかな

今週の重賞

今週はフェブラリーSがありますし、重賞が4つの盛り沢山な週。新年の最初のGⅠなので冴えたところをみせたいところですが、この企画では良血を取り上げる事になっているので好走するかどうかに注目しながら見てみたいですね。さて土曜のダイヤモンドSは良血というかこの中では豪華な血統といえるトウシンモンステラを。


・トウシンモンステラは父キンカメ、母父サンデー。『4,935万円 (2010年 セレクトセール)』という情報がありますがそこそこ値段がついていると思われて、良血と言って良い筈ですが意外にも新馬では人気薄で勝っていますね。それ以後も地道に自己条件を勝ってオープン入りしていますが、そこからは良くて掲示板という成績の馬です。なんというか勿体ない感じがすると言ったら失礼になってしまうでしょうか。ちなみに母父サンデーでキンカメ産駒は思ったより走ってない印象があります。



京都牝馬Sはアットザシーサイドを。


・アットザシーサイドは父キンカメ、母父アグネスタキオン。母のルミナスハーバーは名前を憶えている人が居るかも知れませんが、GⅠも3着した馬でやはりアグネスタキオン産駒らしく長期離脱があった馬らしいのでもしかしたらもっと活躍できたかも知れない馬ですね。同馬も牝馬重賞なら十分勝てる能力はあると思います。





日曜の小倉大賞典はクランモンタナをちょっと見てみます。


・クランモンタナは父ディープ、母エアトゥーレ。母はアルティマトゥーレやキャプテントゥーレでお馴染み。同馬も時間は掛かりましたが重賞馬になってやはり良血というところを見せてくれています。ムラがあるので人気にはなり難いですが、良い時は悪くないタイムで走っていますね。




フェブラリーSは良血という定義で非常に難しいのでここは予想を書いてみたいと思います。やはり前走が鮮やかだったカフジテイクを無視出来ないのと大舞台で強いM・デムーロのゴールドドリームが不気味なので、この2頭を本命と対抗という事にしておきます。他の実績馬が来た場合にはまあしょうがないかなという感じ。

じっくりという方向に

真面目に「新しい何か」を文字通り考えているなんて言ったら変だろうか。もしかするとある真面目さが要求される内容なのかも知れない。

しっかり受け取ってくれる人に向けて内容を考えている時点でそれはすでに新しい事だと思う。どうでもいいと思ってたら書けないことが書けそうという事だけでも、実際に付き合いのある少数の人に向けている方に近付けてはいる。


浅見くん、クマスケくんもしっかりブログを更新している中で、少なくとも過去に書いたものを消してしまうのは忍びないという意味で真面目というか熱心さが出てくるもの。過去の意気込みに今尻込みするようには居られなというような気持ちで、ネットとの付き合い方を見直しつつ、ブログへの向かい方からの反省から本当に限られた信頼の置ける情報の中で生活し直してみようとしていたら、何となく書くという事に集中できるようになってきたように感じる。


大真面目な内容は、雑観する場合には読み取りにくい。自分が情報をそういう風に見ていることが多いのはネットの情報の質を考慮して、そもそも信頼しないように受け取っている姿勢があるからだと思った。これが基本なのかどうかは人それぞれだろうし、若しかしたら違う在り方で絞った情報の中でじっくり考えるという方で生きている人も別な普通なのかも知れないと思い始めた。


情報の共有の結果として実生活にかなり関わってくる情報として受け取っているというのはある種のリスクとは無縁ではない。


だとしても自分の判断を鍛える意味でもそうしてみるのもいい時期なのかも知れない。

一歩は

何かを繋ぐものであって欲しい なんて

少し誇張した言い方だろうか

どうしようもないほど溢れている世界で

ありふれた言葉をそこに


見つからなかった日々とか

頼りなかった時間とか

届いて欲しかった想いとか

誰にでもあるけれど どうしようもなく己のもの


その行き先で出会うような 出会ったような


だから何処かで「まだ」だって思えて

夢になった想いを確かめるように

その足取りで

動かされてみた そんな

色んな表情

白さはまばゆく 青は不思議なほど

訪れた朝に心を通わせて

多くの言葉より 一つの全てを


「何ものも替えることが出来ない」

そんな心地で揺れながら言葉を選んでいる

風と凪のように 繰り返しながら


止まりはせず けれどもずっとでもない

そんな歩み方をして

何処に流れて行けるの


そう問う僕の気持ちが揺らめいている

色んな表情で語りかけている



思いっきり切なくなって

思いっきり笑い合いたい


そして、、、




なんて事を思うある朝のこんなひと時です


通じること

ただ中にあって ただひたすらに

咲き誇る季節を願い 己さえ景色の一部になるようなそんな場所で

開かれた世界で意味を感じる 通じてゆく事を知る

僕の一部さえ 誰かにとっての何かになるとしたら

もし たわいもない事でさえ


ままならぬ約束のようでも

確かな信頼のようでもあって

「また」

こんな言葉を残して再会を希う

なんだか似ている気持ち


「日曜日」の響きに込められたもの


それと通じる何かを一つの夕べに


諦めぬ事と同じくらいに 感じる事


誰かの目に映る何かから

言葉に滲む何かから


笑顔から


自分の笑顔を感じれたら

今だから、

この飾りではないかも知れない気持ち

もう少し進んでみたいのは



ここで灯る明かりに 夢を浮かべて

夢って言葉も 容易くはないけれど

朧げに見えてくるイメージは熱のようでもあり


それを必死に紡いでいられる


「僕等なら」


ときっと今も


ずっと先まで運んで行きたいなと

乾かないままで

褪せないままで


まだ心を震わせていたいのです

今週の重賞

今週の重賞は3つですね。デイリー杯クイーンCから見て行きますと、新馬戦一番人気だった馬に
注目できます。金子馬のハナレイムーンですね。


・ハナレイムーンは父ディープ、母父キンカメ。一見するとここまでで良血と言っている感じで
すが実は祖母はノースフライト。つまり母母父がトニービンになるわけですね。新馬戦の勝ち方
から言って多分走るんだろうなという馬ですね。同じ条件での重賞ですから人気もでそう。



そして日曜の共同通信杯ですがO君指名のエアウィンザーを取り上げないわけにはいかないですね。


・エアウィンザーは父キンカメ、母エアメサイア。兄のエアスピネルは先週残念でしたが、また武
豊でこの舞台ですから多少ずぶくてもなんとか勝機はあるとおもいます。正直、勝ち切れないレー
スが続いているので期待していた人にとってはまだ不十分という気持ちがあるかもしれません。


京都記念はマカヒキを。


・マカヒキは父ディープ、母父フレンチデピュティ。自分としてはニックスとして認定して良い
配合だと思いますが、今思うと金子馬同士の配合で狙ったような馬が生産できている時点でほぼ
競馬を牛耳っているといってもいいんですよね。成長があるのかがこの一戦で確かめられるわけ
ですが、流石にGⅡでは負けられないと言ったところですね。

似合う言葉を探して

もし叶うのならばと 声にする言葉に匂いが伴う

なんて戯言のような本当

いつしか季節は過ぎて

堅苦しさもないような話をして

便利な言葉で片付けそうになって

ちょっと笑う


忘れ物の響きが曖昧な夜と朝の間に

始まりの予感と 時計のリズムに促されて

開けられる扉を探す

そこから心が広がって行けるように


そうしているうちに

言いようのない ある筈のないような

時を見たような気がする


また目を閉じる

詩の時

詩の中で生きている そこに込められた想い

流れてゆくものの中にあって

変わらず

今この時のようで いつかに届いているようで

時の旅人の歌はまた僕に寄り添う

いつか同じように誰かに寄り添えるなら

きっと時を越えて通じ合うのだろう


単純なようで奥深い 生のありさま

積み重なったこの想いは

夜の静寂に

また目覚める夜に


違う意味をもって 導かれる悠久の中で


きっとどこかで語らいあっている

今週の重賞

2月初週ですが重賞は2つ。好きな重賞の一つである東京新聞杯がありますね。やっぱり東京のマイルは
見応えがあります。このレースに出走する良血馬と言えば…いうまでもなくエアスピネルですね。


・エアスピネルは父キンカメ、母エアメサイア。自分の世代的には母の母のエアデジャヴ―も懐かしく、
さらにその母のアイドリームドアドリームもスーパー競馬でよく流れた名前です。まあ『一族』ですね。
管理人O(浅見くん)のPOG指名馬のエアウインザーも前走が惜しかったり、まあ重賞の一つは勝っ
てくれるんじゃないかと思っている馬だったりします。それにしても良血は次代になっても良血扱い
になりますから、

http://db.netkeiba.com/horse/ped/2002100516/


このページの下の部分を見れば走りまくってると感じますね。ただエアスピネル自体は血の袋小路だと
思うので、種牡馬としてはちょっと厳しいと感じたりもします。


きさらぎ賞はサトノアーサーで決まりそうですね。


・サトノアーサーは父ディープ、母父Redoute's Choice(デインヒル系)。母の血統がこれはと思う
位にノーザンダンサーの血が濃く、こんな配合を外国ではするんだなとちょっと感心。ところでそう
なるとディープ系でも実はこの配合だと種牡馬として可能性がありますね。試しに去年ずっと続けて
いた配合シミュレーションをしてみると、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=0&y=15&sire=0001192768&broodmare=0001171856


このように母をキンカメ産駒の重賞馬としてよく登場させたエンジェルフェイスにした場合にはヌレイエ
フの4×5だけですね。次世代のディープ×キンカメという感じです。

麗しき人の夢 ⑭

2月上旬の事。外の寒さが厳しくなってきて次第に家にこもりがちになっていたからなのか、どうも時間があってもモチベーションが上がらない日々が続いた。時々どうでもよくなってしまう気持ちの時は「まあ仕事の方が重要だからな」と自分を言い聞かせてコタツに潜ってテレビを見ているだけになる。猫らしい姿でストーブの前で伸びているマロにとっても、一緒に寛いでいて幸せなんだろうと思いたくなるし、無理にきつい事をやらなくても良いような気がする。


「別に読者が待っているわけでもないしな…」


今思うとその時は何か大切なことを忘れていたような気がする。ただその間も心の中のどこかにまるでやり残した宿題があるかのような苦い感覚が続いているのだ。そして書きかけの物語の世界が早く続きを語って欲しいと言われているかのような、象徴的な夢を幾度か見ていた。夢の中でどこかで見た事のあるような小さな男の子が、


『まだダメなの?』


と唐突に言葉を投げかけてくる。設定はよく分からないものの私はその子に言い聞かせるように、


『だってここは行き止まりだろ?どうやって進むんだよ』


と言っていた。確かに迷路の中の一画のような場所で、壁に面した男の子は多分その向こうに行きたいのだと思われる。その表情が不思議で、特に残念そうというわけではなく無表情でただ見つめているだけなのである。そして男の子は、


『ネコがいるでしょ』


と一言。そこで私はマロの事を思い出し、<そういえばマロは何処だろう?>と思いはじめるとそこで夢が覚める。全体的に暗闇に近い世界だったような気がするその夢の印象はわりと記憶に残った。経験的に一向に進まない創作にはっぱをかけてるんだなと直感する。よく分からないのは「ネコがいるでしょ」で、後で確かにネコはいるけれどそれがどうしたんだと彼に言いたくなっていた。


まあ夢の話だし深く考えても意味がない事も多いのだが、あのエッセーでも「不思議な夢」という章で何だかいろいろ象徴的で印象に残るのだが『よく分からない理屈』が罷り通っている世界だと言う他ないようなエピソードを語っている。


『それは理屈ではないのだろうと思う。そもそも重力もあるのかどうか分らないような世界で、常識を振りかざして憤っている自分も可笑しいのだが、それでも中途半端に会話が成り立っているからイライラしてしまう…。そう考えてみて、』


と作家は続ける。そう考えてみて『何もこれは夢の世界だけの事ではないな』と気付く。そうある意味で世の中の縮図であり、物事の現実であり、創作活動の理論だけではないところなのだろう。これは私の夢にも当てはまる。頭の中で思い描いている事を冷静に見つめると実は迷路のようであって、自分でこう進めば目標に到達するものと思って始めてみるけれど、実際に自分がどこか難所に差し掛かると、思い通りには進められない事に気付いて、自分で憤っているのだ。


『ネコがいるでしょ』


という台詞も、当初の気分からすればマロが居さえすればテンションを維持できるというような変な理論があったのかも知れない。結果的にそう解釈してみて、「だからってそれが何なのだ」と思いつつコタツで即席麺を啜っていた。質素な昼食が済んで、惰性でスマホからツイッターを確認する。



意欲がある時には面白い話題もダレている時にはじっくり読む気にもなれないのだが、それでも外国の話題とか気になるアーティストの話題ともなれば少しだけ心が動く。



そんな時だった。不意にツイッターの『ピロン』という通知音が鳴る。反射的に確認してみるとDM(ダイレクトメッセージ)だった。ほぼ友人とLINEのような使い方をしているそのDMの最新のメッセージにこんなものが。


『週末手続きの関係でK市に行った後でそっちに立ち寄るんだけど、時間あったりする?』


それは友人Kからのメッセージだった。そもそも今月はほぼ予定のない月だったので即座に、


『俺は大丈夫だよ!!』


と返信する。しばらくすると友人Oが、


『俺はちょっと用事会って無理だわ。友人の結婚式なんだよね』


と告げる。以後のやり取りでどうやらKと二人でカラオケなどが出来ればという話になった。カラオケなんかも久しぶりだし、一気にモチベーションが上がったのは言うまでもない。その時出来たら「創作」の話もじっくりしてみたいなと思った。



ところで私はその時、夢に関係してこんな事を考えていた。


<もし「ネコ」=「気紛れ」=「思いもよらぬ良い事」だとするなら、まあ解釈できない事はないかな>


それがどうしたのかって事だけど。

改めて

「何がどうなっているのか。全くもって本当に」


なんていいたくなるような事もある世の中なのかも知れない。連日アメリカで報道されるニュースは
ツイッターでも頻繁に画像入りでタイムラインに飛び込んでくる。見ようとしなくても目に入る。自
分にとってはそれほど関心事ではないとしても世の中的に重要ならば、いつの間にか無視は出来なく
なる。無理に無視する必要もない。確かに民主主義の末期的な光景を見ているような気持にもなる。


一方で国内の静寂さというか穏やかさはなかなかのものである。震災以後の気が滅入るような話題ば
かりの日々とは違って、大分余裕が出てきたところが大きい。景気も悪くはないらしく、おそらく他
国がどうなるかという事がむしろ重要なのだろう。


そんな風に考えてゆくと、自分や自分達にとって意味があって価値がある情報を出してゆきたい一方
で、それを出来るだけ読まれるようにしておきたくもある。どちらにとっても良いと感じさせるもの
にする場合…何てことを考えてゆくと必然的に「新しい何か」に辿り着いたのかも知れない。



さて、管理人O君はFF4のプレイ日記を頑張っている。仕事の合間にというのは難しいし、実際に
ゲームを長くプレイしたいという部分もあるだろう。しかしながら、ネットでゲーム実況の動画を見
ていたりすると、みんなで楽しみを共有したいという気持ちも当然あるのだと思う。一人で黙々と作
業をするだけでは味わえない喜びを、という流れから自然に生まれた文化だろう。これも「自分」だ
けで完結しない事に持ってゆく方法だ。



K君に刺激されつつ作品を書くにしても、ただ『自分の世界に閉じこもって』自分が満足だったらそれ
で十分という気持ちも多分あるのだけれど、共有して何かを伝えてみたいという気持もある。もし何か
が伝わったとしたらより自信になるというか、普遍的価値を持つものが出来ているという喜びになる。



もちろん、そういう風に動いてゆくのは少し努力をしなければならない。当然ながら自分が厭なもの
はやりたくないだろうし続かない。かと言って他の人は気持ちいいけれど自分は何も感じないという
のならそれは「仕事」のレベルのキツさがある。ブログで継続可能なところならば、やはりどちらに
とっても良い方が自分のモチベーションも維持できるし、ある限界を越える方法でもあるように思え
る。



「自分」という部分を広げてゆけば「自分達にできること」を考え始める。



まあその辺りはゆっくり。自分としては明日ちょっとだけこういう気持で何かをやってみようと思ってい
る。それも繋げてゆく事なのかも知れない。

溢れている

心の中の七色や夢に似た雰囲気

失われていないけれど この町に溢れている光の中にもそれを見つけることが出来る気もする


頼りなく連なっている気持ちも 目の前にそして向こうに


同じくらいの強さで


そしてふと 何の為だろうと思う


多分こんな世界を見ていたいからなんだろうなって


そんな世界を見てみたいからなんだろうなって


願おうと思わなくても


もう語りはじめている


ただそこに真っ直ぐにと


そうなんだろうか?


そう躊躇いつつも 多分それが


いつかの空の証なのだと
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ただのカウンター
フリーエリア
投票
google+
プロフィール
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR