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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

設定を

花粉症なのに家の付近で草刈りをしているため、外は非常に危険な状況になっております。散歩をしたい
気分なのですが、それには向かない日なので午後からは大人しく創作をしていました。今日書いたシリー
ズものと短編は昨日書こうかなと思って冒頭の文章をメモに残しておいたものから書き始めたものです。


基本的に創作というのは最初の設定さえしっかりしていれば後はその世界を成り立たせるように状況が
決まってくるのでとにかく書き出しが重要です。逆に書き出しさえ決まっていればその日の気分にも
よりますが、それまでの蓄積で凡その展開にまでは持っていけます。スロペ(このブログ)では、基本
的に男性の視点で特に自分と近い状況の人を描いていますが、それだけだとマンネリになるのもあって
時々ちょっとした挑戦も兼ねて女性視点で物語を書いてみることがあります。これがリアリティーが
あるかどうかの基準が分らないのもあって非常に難しいのですが、書ききるといつも何がしかの発見
があります。



あとシリーズの「麗しき人の夢」は季節感を大事にしていきたい作品で、一か月に2回くらい進めて
行こうかなと思っています。もろに二本松市を描いていますが、郡山を舞台にしたアニメ「未確認で
進行形」のようなエンターテインメント性のある作品があればなと思ったりします。でも舞台が舞台
なので、どうしても「のんのんびより」のような素朴な感じにしかならないか、バリバリ歴史を全面
に出した感じになってしまうかなとも。



作品自体の雰囲気でいうなら「あの花」みたいなのができるかも知れない場所ですが、もっと想像力を
逞しくしないと素晴らしい作品は描けないでしょうね。



多分、今日書いたもののような作品の延長にあるのだと思うのです。一つ一つの設定を上手く活かすよ
うな挑戦をしていきたいですね。
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雨に告げる

夏の気配が漂い始めている。教室の窓を叩く雨にそれを感じる人は少ないのかも知れない。気の早いわたしはプールにぽつぽつと落ちた模様をぼんやり眺めながら夏休みにする事を考えている。漠然と海に行きたいと思うけれど、泳ぐのはあまり好きではない。海が好きなのはただ夏を感じれるからだと思う。


「結城、ここ訳してみろ」


聞きなれた担任の声ではっとして前を向いた。上の空だったのが見えていたのかも知れない。


「はい。えっと、『民衆から大きな支持を得た彼だったが、それを快く思わない一部の人が居た』」


英語にそれらしい訳語を当ててゆく作業をしているけれど相変わらず訳した文の状況が上手く想像できない。


「うん。悪くないが、後半を『一部の人はそれを快く思わなかった』にすれば自然な訳になる」



『悪くはない』というのは便利な言葉だ。結局はどうせならそうした方が良いというところに誘導される。多分わたしはこれから幾度となくその言葉を投げかけられ、その度に相手の意図するところに合わせてゆくのだろう。なんて考えていたら唐突に「自分らしさ」という言葉が浮かんできた。授業をやり過ごし、友人の有希にそれとなく言う。


「ああいう文でさ、なんか別な感じに訳す事ってできないかな?」


「別な感じに?文語調にとか?」


「古語ね。今度調べてやってみようかな…」


本気で言ったつもりではなかったがその状況を想像したのか、


「それって先生に喧嘩売ってる感じになると思うよ」


とマジレスされる。


「だよね~」


あんまり考えていなかったけれど、同意してからそれもそうだなと思った。湿度が原因なのか何となく冴えない一日だ。有希が、


「それよりさ、今日教室じめじめしてるから別なところで食べない?」


と席を立ったのでそれに着いて行く事にした。教室を出て自販機のところでお決まりのジュースを買って、


「じゃあ何処にする?」


と訊く。


「う~ん、ホールかな」


昇降口の正面の広々とした処だ。「それがいいね」とそのまま階段を降りてゆく。同じことを考えていた人がいたらしく、既に数名が集まっていた。床にハンカチを敷いておもむろに腰掛ける。持ってきた弁当箱の蓋を開ける。


「…」


それこそ今日の中身は『悪くはない』。冷凍食品だけにならないようにといつも作ってくれる卵焼きはしっかり黄色くて美味しそう。ただ野菜が若干しなっているのが何とも言えない。


「卵焼きとミートボール、トレード?」


「OK」


有希もこの卵焼きが美味しいと言う。運動部という理由で少し大きめの弁当箱なのがちょっと恥ずかしいという彼女だが、それにしては身体はスリムで羨ましい。


「そういえばさ、そろそろプール開きだよね…テンション下がるぅ」


友人のこの一言はわたしにとって意外だった。


「何で?泳ぐの得意じゃん」


「いや、水着になるのがいやなんだよ…」


「え…?」


「だって日焼けしちゃうじゃん」


運動部ではないわたしは少しくらい焼けていた方が健康的だと考える。有希はそうではないらしい。


「まあね…でもそんな事言ったら海行けないじゃん」


「海?」


不思議そうな表情を浮かべている。


「今年の夏は海に行きたいんだよ」


「一人で?」


「いや、一人では行けないかな…」


しばし訪れる沈黙。意図を察したらしい有希が、


「わたしも一緒って事かな?」


無言のまま頷く。


「海か…」


彼女は何かを確かめるように言った。しばらくの間お互いにもくもくと食べて完食。何か思いついたのか勢いよく立ちあがった有希は下駄箱の方に向かって歩き出した。


「どうしたの?」


追い掛けてそう声を掛ける頃には昇降口から外を眺めていた。まだ雨は降り続いていて空には厚い雲が覆っている。横から表情を見ると、何となく遠くを見ているような感じだった。



「子供の頃ね、降り注いだ雨が川になって海に流れるって話を聞いた時に凄いなって思ったの」


有希はまるで独り言のように小さく言い始めた。


「凄い?」


「子供のわたしよりも遠くに行けるのが凄いって思ったのかな、多分」


「たしかに凄い事なのかもね」


「でもわたしも今は行こうと思えば行けるんだなって思って」


わたしはその時、なんとなく有希が考えている事が分ったような気がした。そして彼女は続けた。


「あっさり決めちゃうのも聡美らしいなって思った」


「わたしらしい…」


思わぬところで「自分らしさ」が見つかったような気がした。


「そっか、わたしって大胆なのかもね」


「気付いてなかったの?」


「あんまり…」


その後、クスクスと笑われた。雨は降り続いている。あの雨が夏の海で待っているとしたら、それを不思議に思う一部の人が居るのかも知れない…なんちゃって。

麗しき人の夢 ⑥

今とは違う、かつてあった時に思いを馳せるたび現在の生活が高度なテクノロジーに支えられている事を実感する。場所によっては100年ほど前とは全く違う世界に見えるのかも知れない。一方で、地方の変わらなさはまるで原風景がそのまま残っているのかと錯覚させるほどである。だが何でもない田畑さえもよく目を凝らして見れば、現代の技術に裏打ちされている作業を行っているという事に気付く。


いずれ人工知能が活躍し始める時代も来るのだろうと本当にそう思えてしまう時代になった。けれどいつになるのか定まらない今は、比較的単純な書類を作成するのもまだまだ人間の仕事である。定型フォームに決められた数字や文字などを入力してゆくという作業に革命が起ったならどれほどの人がそれを喜ぶか分らない。


「あ、ミスった…」


特に細かい数値の目視での読み取りが疲労で厳しくなってくると、単純作業とはいえ代わって欲しくなる。ミスをした部分に数字を入れ直して、念のため他にミスしている部分がないかどうかチェックする。そこそこ大切なデータでプレゼンに使う資料の土台だからここは正確さが必要となる。数字での表現とそれを視覚化したものの威力は言葉で延々と説明する事を馬鹿馬鹿しく感じさせる。もちろん要旨をしっかり言語で捉えた説明があって有効だけれど、どうも文章に拘りたいタイプの私は何か不本意な気持ちさえある。


<いや、「あいまいさ」が欲しいのかも知れない…>


心の中でそれ自体曖昧な事を思う。それこそデータには現れない顧客の潜在的な需要とか、アンケートをした時に辛うじて拾えるかなり漠然とした要望とか、そういうところまで経験的に知っているからか、そういうものを綜合したうえでの自分の判断をいかに説明するかだと実際上は「多分」だとか「かなり」だとか付け加えたくなるものである。



無論、リスクを少なくという判断ならばなるべくならば確実な情報をという気持ちが優先されるというのも頷けるけれど。ただそういう仕事上の判断を家にはあまり持ち込みたくない。その日家に帰った私は猫のあごを撫でながらリラックスした気持ちでテレビを見ていた。画面に映っていたのは地元の近辺を旅している番組でもしかしたらチラッとN市の何処かも映るかも知れないと思っていた。


『いやぁ、旨いですね』


ありがちなグルメレポートを見ていると食事を採ったばかりなのに腹が減ってくる。行ける場所だし今度食べに行こうかな、などと思っていると不意に見慣れた場所が現れた。


「あ!お城山じゃないか」


それは地元民なら誰でも知っていて、歴史好きな人なら一度は行ってみたいだろうと思われるN市に残る立派な城跡であった。城跡ではあるもの石垣や城壁を遠くから見ると城そのものに見えたりするので、訪れた人は結構満足するようである。


『いやぁ、立派ですね』


わずかにレポーターの単純な感想が気に掛かるけれど概ね好印象であったようで、カメラワークの妙で確かに立派に見えたのは流石だなと思った。この番組もさることながら、私はまたしてもあのエッセーの一文を思い出していた。


『『つわものどもが夢のあと』という有名な句があるけれど、確かに古にあったという栄華も無くなってしまった今から見れば一時の夢の如きものなのかも知れない』


この文については作家の意見と言うよりも、芭蕉の頃から、或いは更に昔からそう言われてきた無常観を引き継いでいるに過ぎないのかも知れない。けれど、日本の転換期に国を二分するような大きな戦争があり、その舞台ともなったこの城跡の事を考えると、『古』というよりはまだまだ近い時代のしかも生き証人によって詳細に語られている、少し前の事のような気さえしてしまう。カメラは最後に城の正面の『少年隊』の像を映してフェードアウトした。



「つわもの」という言葉は「兵」と書き、「強者」ではないのかもしれないが、その戦いで散った少年達は確かに「つわもの」だったに違いない。まごうかたなき武士。官と賊になってしまった戦いだが、敗者からの言い分も勿論ある。けれど所詮は戦。いわば殺し合いである。



ただ少年達が見ていた「夢」とはなんだったのだろうと考える時、決して一言では片付けられない普遍的な何かをそこに見るような気もする。




かつてここに広がっていた世界は今はもうない。人も物も、代わり、何かを引き継ぐようにして今がある。だからと言って、それが「夢」のようだなどと思えない自分もいる。何故なら、それが確かにあって今わたしがここに生きているとも言えるからである。まだ達観する境地にはなれない。過去から何かを読み取り、今に活きる何かを探そうとするのは決して悪い事ではあるまい。ところで作家はこうも言っている。



『一時の夢といえど、夢は確かに主体に何かをもたらした筈である。経験というその漠としたものが、確かに身体に刻み込まれ今を生きる判断の一部となっている』



それはある意味で救いなのかもなとも思う。


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かたく

避けて通れぬ そう知りつつも

通り抜けられるものかと弱腰になるとすれば


励ます言葉もまた意味がある


誰の為でもなく 我が身の為に


届けられたものがあるとするなら


それはかけがえのないもので


それを知るからこそ


わたしもまたそんな言葉を贈れたらと


何かに託しているのかも知れない

どこぞ

とこしえへの憧憬も ひたむきさの一瞬も

名も知らぬ詠み人の声を どこかに辿っているような気もする


とどまれぬ今とは知りつつも 穏やかな流れ


耳を立てた同居人たちが 微かな音を拾っているだけの


その何でもなさに


言葉さえも余計なのだとしたら



さだめし 問いもどこぞに消えゆくのだろう

面白味なく

ありったけの真実を記すなら 躊躇いや頼りなさですらそこに表れるべきなのだろう

けれど溢れんばかりの強がりがそこにないとすればまた違ったものになってしまう


そうこれは強がり


時にそれは可笑しくもあり 心強くもある


詩にはなり得ない コミカルな単純さ



全くもって面白味もないでしょう

網目

袖の短くなる頃


翳した手の向こうから覗く その燃える色に生かされるように活きていて



瞬間を意味あるものにするとしたら あんな色を作りたいのだろう


君には見えている筈の 僕には見えないそれ

僕には見えているかも知れない 君に表せない何か



頼りなくも温度を感じる ささやかなたとえ話を


網目に位置づける

はずれで

気持ち良い目覚めで迎えた日は何か新しい時間が始まったかのような気持ちになれる。だんだん積み重ねてきたことが活きるようになってきて、手の届く範囲に惹かれるものがあるという喜びが次第に広がっている。


だからこそ「もう一歩」とこれまで続けてきた事をまた続けてみる。そしてもっとじっくり気持ちを込めて。


と言うわけで普段よりも少しばかり色んなものを見ながらの散歩。ここでも積み重ねた事が活きてくるような発見。

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自販機である。この前「自販機の恩恵」という所でも紹介したような並びの自販機が別の場所にもやはりあった。中身をちょっと確認してみると、レモンスカッシュがレアっぽい。せっかくなので帰りに一本買った。


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そしてここの十字路。広々としていて視界も開けているが、向こうの橋は結構新しい。昔は狭い橋で対向車とすれ違うのもヒヤヒヤしたけれど、今はまるで別のものになっている。この向こうに行こうか行くまいか悩んだのだけれど、橋の向こうは違うエリアと言う感じがする。『エリア』という言葉で言い表すなら、その十字路の周辺も雰囲気が少し違うと感じられる隠れた場所のような気がしていて、小学校の頃に同級生がこの辺りからも通っていると知ったときは結構な驚きだった。とにかく学校からは遠いのである。



ところでその辺りを歩いていると何となくだが物語が浮かんでくる。まあ具体的には紡ぎ出せないけれど雰囲気は夏で、ランニングしている感じだろうか。実際サイクリングにも適したコースがあって、ちょっと『はずれ』にやって来た所で川を見ながら物思いに耽れると思う。



多分、そういう所を歩いていると知らない誰かと会えるような気がしてしまうのだと思う。「何かがありそう」だと思わせるのも場所の魅力である。

もう少し

それで良いと思えるほどのものに出会えたのなら

ただ浸り ただ歌う

見失った道で 心に宿った軽やかな声が

道の先を示している


あわてずに歩いてゆくなら 見つめていられるから


もう少しあるかも知れない何かを

今週の競馬

今週は待ちに待ったダービーです。ディーマジェスティが絶好枠を引いて、蛯名騎手の悲願もなんとなく
近づいているような気がします。ただマカヒキも良い枠で内側のマイネルハニーが逃げるとなるともしか
すると縦長になるのかも知れません。


なんにせよハイレベルなのは間違いないので紹介できる馬も沢山いますが、ここはディーマジェスティ
を取り上げるべきですね。


・ディーマジェスティは父ディープ、母父ブライアンズタイム。サドラーズウェルズも入っていて超の
つく良血と言っていいと思います。そして父キンカメの牝馬なら配合しやすいので父ディープでもかな
り恵まれている馬ですね。ぱっとケイアイエレガントで試してみると、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=78&y=14&sire=0001167517&broodmare=0001109939


ご覧のようにロベルトとヘイルトゥリーズンがインブリードとなって活かせますね。



そしてダービーの後のレースの目黒記念は藤田菜七子騎手がサイモントルナーレに騎乗予定。このレース
も血統的に面白い馬が結構出走するのですが、キングヘイローの後継としてクリールカイザーをちょっと
見てみたいですね。

・クリールカイザーは父キングヘイロー、母父サッカーボーイ。父も母父も似たタイプの馬だと思います
が、クリールカイザー自体はステイヤーに出ていますね。こういう血統が残っていると配合は困らない
と思いますが、競争能力も当然関係します。是非ここを勝って種牡馬入りを目指せるようになって欲しい
ですね。シミュレーションをする場合は、もちろん種付しにくい血の袋小路に入っている牝馬を選べば
いい筈です。具体的にはレッツゴードンキ。


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=38&y=18&sire=0001107653&broodmare=0001152102


ヘイローとミスプロのインブリードはなかなか良い感じ。あるいはチェッキーノも、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=30&y=19&sire=0001107653&broodmare=0001167301


ヘイローのインブリードになります。現実的にはこういう牝馬は外国の種牡馬とか、ハービンジャーが
相手になるとは思いますが、そういう風にしていってもやはりまた相手が難しくなるのでこういう
傍系も大切にしてほしいと思います。

取り直し

心理学的な自分の中の『報酬系』の問題で、得られるものが多くないことにはなかなか取り組めないような気持ちになった昼前。それでも小さめの行動に見合う小さな何かが得られるかもしれないと思ったのなら意外と歩き出せるもの。


川の様子を見たくなったので行ってみると、


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結構水が清んでいて綺麗だった。その反対側は田んぼなのだけれど、広々としていてなかなかいい。


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家に帰って郵便を見てまたがっかりという感じと、どこかしら「仕方ないのかな」という納得があったように
感じる。感覚的なもので「イケる」、「無理そう」というのが何やらはっきりしてきたように思った。



また気を取り直す。

また

今に生きようとすればするほど 今を成り立たせている過去の重みを感じる

一日にしてならぬものというなら今日の精一杯はいかほどか



渇いた空気が運ぶやさしい調べ


世界のざわめきとワルツを踊るとしたら かつて無いほど楽しげで


そんな想像さえも 見かけによらず力添えする



そこまでだと思っていた広がりに もう少し偶然を加えて


またよそ行きの服で

まだ見よう

本当のものほどたわいもないのだと言いたくなる 


大した事のない壮語を時々遣って忘れないようにしているのは忘れかけている淡いもの


熱に浮かされる一時を紛れもないものだと思えたなら


また続きをどこかで



東の空に模様が浮かぶ


何とは言えないその色合いに惹かれ 道しるべのように時に刻まれた刹那を心に宿す


今だって悪くないのに 分っていたって分らないと思ってしまうから


まだ見ようと そう言いたくなった

それだけ

昨晩はエイシンヒカリの圧勝に夢を感じた夜でした。自分の事はなかなか進めようがなくて停滞している
ような日でしたが、こういう嬉しいニュースがあると忘れていたものを取り戻すような気分です。


ありがちな言葉かも知れませんが「夢を見続けるのはなかなか難しい」と思います。競馬でもそうですが
何かで途切れてしまう事もあって、上手くはいかない現実を知り、いつの間にか出来る事の中で続けて
ゆくだけになっていつしか夢を忘れているような事が多いというか。


一方で「挑戦する」機会というのは時々訪れます。挑戦が何になるのか、という事も本当に忘れてしまい
そうですが、このエイシンヒカリと陣営の挑戦は「夢」に繋がっているようにも感じるわけです。それこ
そ夢のまた夢だったような事も。



ここで期待をかけ過ぎると何かあった時にまたガッカリするので無意識に夢を見すぎない事を覚えてしま
っています。



とはいえ自分の事に立ち返えると自然と何が出来るのだろうかとか、夢見るとしたら何を夢見るのかという
事も考えたくなります。明らかに何かに繋がっているような事ばかりではなく、今なすべき事とか自分で
決めた基準のものを仕上げる様な事くらいしか出来ないのですが、それだって結構な挑戦だったりします。



もちろん、挑戦したいという事はあって多分尽きることはないのですが、どこかに繋がってゆくかどうかを
考えるというよりは今出来る最善で完成度を高める事に集中しているというか。



でも、やっぱりどこか淡く何かが浮かんでいる。いまはそれだけかとも思う。

歩き

その場所を切り取ると違う風景に見える。そんな写真である。無事に帰れるようにと「カエル」の像がある道端。歩いていると学校の帰り道のように思えてくるが、ここまでだと学校からはかなり遠い。


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一方、そこからすぐ近くの川に架かるやや広い橋。こういう景色が広がっているかというとそうではなくほとんどが田んぼだけれど、ここだけを切り取った時なにか爽やかな感じさえ漂う。



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それにしても暑い日だ。歩いていると額に汗が滲んで頭がぼんやりしてきそう。家に入ったら異様に涼しくて別世界。

真ん丸

「月が綺麗ですね」


をダイレクトに受け取れるような満月。スマホで月を撮影するとぼやけてしまうのに、これは輪郭がしっかり撮れている。つまり真ん丸お月様。



夜早めに寝床に就いて早々にぼんやりした夢を見てこの時間に比較的気持ち良く目覚めたのと、その後から部屋の一匹の蚊に悩まされて思い切って起きる事にしたが、目覚めたのはこの月明かりのせいかもしれない。猫も落ち着かない気分なのか、ちょっと走り回っている。


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心境

心境を喩えるとすれば、地平線がずっと先にある道を歩いているような感じだろうか。目的はある程度あるものの目標を見失い易く、その場その場で次にする事を考えながら動いている。『動いている』というのも比喩的にではなく実際に町をあるいて刺激を受けたりだとか、身体を動かして作業をするとかもある。


過去の教訓を生かしながらも、同じことでは上手く行かずその都度工夫しないと見失ってしまう。


「数字」というのは分かりやすい目安である。中身のある数字でないと意味はないけれど、確かに積み重なってゆくものの量を実感できるというのか。何かは決まっていないけれど、活動しなければ出来ないような事や、何かに繋がる事を探してゆきたい。



ところで関係者K君のブログで『スピード違反』という見出しにちょっと驚いた。仕事が相当忙しいらしく、話を聞く限りだと修羅場だと思うのだが、どうも効果的なアドバイスが見つからない。彼自身の身体とか精神が心配になって友人として無理だけはしないでほしいと思うのだが、このご時世どこもかしこも無理難題というのが多いような気もする。



前向きな事は基本的にはいいと思うのだが、色々なところのしわ寄せが自分に寄ってきていると感じている時にそれを何の疑問も感じずに続ける事は精神衛生上よくないし、明らかにおかしいと感じる部分を持っていないと良い方向にも変わらないのではと、理屈では考えたりする。が、不満を挙げてゆけばきりがないし、明らかにおかしいという事は誰かと意見を共有するくらいに留めるのも建設的な方法だと思ってダラダラとは続けない。


ただ、ニュースを見て『変だ』と思える事とか『それは幾らなんでもおかしい』という意見を持てるならば、どうすればいいのか、少しは見えてくる。進む方向というよりは、基準とか条件という意味でそれをどこかに据えてみるのもいいのかも知れない。


『人のふり見てわがふり直せ』

移動中

移動中に書くという暴挙。今日はツイッターで控えるようになった個人的な事をだらだらと。

[]

なんとなくクイズについて考えていて、自分はなぞなぞが非常に苦手なのだという事を不意に思い出した。論理的に考えていっても導き出せない若干無理のある答えにモヤモヤしてくるのもあるが、そういう発想に至れない固さがちょっとしたコンプレックスとでも言うのか。


どちらかといえば馬鹿がつくほど真面目な部分を持っているが、それでは上手く行かない事もあるという具体例。フライパンが答えのなぞなぞを知った時はフライパンで頭を殴られたような感じだったかも知れない。


[]

それにしても過ごしやすい日々である。レモン炭酸を飲みながら景色の移ろいを眺めているとそれだけでも心地よい。車内BGMもなかなか。

自販機の恩恵

昨日はやれる事をやり尽くした気持ちだったけれど一日過ぎるとまたやりたい事が出てくる。特に時間が
あるうちにと思って忙しくなる前にやっておきたいなと思う事は色々出てくるもの。


さてそんな日に日常系に相応しいようなちょっと身近すぎる話題。写真はただの自販機である。一年ほど
前に近くに設置された自販機だが、当初から3台も並べていたり『80円』という字が躍っていたり、少
し普通の設置の仕方とは違うと感じていた。コカ・コーラではないので商品もメジャーというよりはマイ
ナーな部類のも多く、個人的にはバリエーション豊富な事に喜んでいた。


ライフガードの缶があるのが一番の喜びであったりするのだが、それはいつかライフガード愛を述べる記
事にでも書く事にして、この光景とこの自販機についてちょっと語る。



実は安達の駅付近にもこれと同じような並びで3台の自販機が設置されている所があって、移動した際に
道に目を遣ると結構同じものが並んでいる事を発見する。おそらくコカ・コーラに対抗するという戦略が
あるのだと思われるのだが、これからもこの並びで設置される事が増えてゆくだろうと思う。


住んでいる地域は昔メジャーどころのコンビニがあったのに閉店してしまったりして、いちばん近いコン
ビニに行くのにも車で行くのが普通の距離である。車に慣れた今なら問題はないのだが、車を敬遠してい
た頃は無理矢理歩いてコンビニまで買い物に出かけていたりしたものだ。そんな中にあって自販機という
のは一番身近で気持ちや体力を若干回復させてくれるような存在である。



ところでもしこの自販機に何か要求する事があるとすれば、ウィルキンソンのレモン炭酸が売られるよう
になるという事だろうか。清涼飲料水はどうも糖分が気になる。けれど無糖のレモン炭酸ならなんとなく
舌を誤魔化せる為、沢山飲む場合には結構便利なのである。割材としても便利だしね。

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麗しき人の夢 ⑤

『いつかは消えてしまう想いも、それがあった時は…』


何となく言葉が頭に浮かんだ。もしかしたらこの気分で何かが書けるかも知れないと思いはじめる。5月病というか中だるみの気分が一段落してきたけれど今度は暑さが気になりはじめる。休憩時間なのでスマホに書き溜めてある小説のアイディアに今の文章を付け加える。


『何か曖昧な感情を…』


『ありそうで余りない出会い…』


まだまだ頭の中でまとまりにならない箇条書きは悪い発注書のようなものだ。方程式の解くようにその条件を満たすような物語を弾き出せれば困難は何もないけれど、具体的な設定を考え始めるとどうもあり得ない事のように思われて書きはじめられない。才能がないのかも知れないとも思うけれど情熱だけはまだあるのがなんとも。


「才能があるとか気にし始めてもなぁ…」



そう呟いてから紙コップでインスタントコーヒーを飲み干すと後輩が目の前を通り過ぎたのに気付いた。


「あ、ちょっといいかな」


「はい。大丈夫ですよ」


佐藤君という人だが歳が近いのもあって親しみやすく職場でも気の許せる相手である。そして私にとってはそれだけではない。


「今度またどっか一人旅とかする予定あるの?」


「ええ、休みがあまりないので近い所ですがN県の方に行ってみようかなと」


「へぇ~N県か。ほとんど行った事ないなぁ。子供の頃家族で行ったきりかな?」


「N県と言っても広いですからね、ちょっと海の方に行ってみたいんですよ」


ご覧のように、佐藤君は一人旅が趣味でこの前の大型連休の際には関西方面に行ってきたという強者である。まあ私から見ればだが。猫と年中蜜月を過ごしているような男にとっては少し羨ましくもあり、また色んな地域を旅している話を聞くのが喜びでもあって、話し始めると結構長話になってしまう。


「それでですね、確か…」



尤も、佐藤君の方もこうして誰かに話せるのが嬉しいのだと思う。話を聞いたあと小説の案の事も考えながら面白そうなキーワードをスマホにメモしていった。



午後も何とか自分で決めていたノルマを達成し心地よい疲労感を感じながら帰路に着く。そろそろ猫の『カリカリ』も買いだめした方がいいと思ったので、スーパー近くのホームセンターでお決まりのフードを手に取り、ついでにおやつ用にとゼリータイプのものも合わせて購入。自分用の餌もスーパーで買った。



帰宅し猫と自分の食事が済んだところでPCをスリープから復帰させ、ネットを適当に巡回する。面白いネタもあれば、若干不快になるような情報も観つつツイッターで少し呟く。そのツイートに仕事が終わったらしい友人も少し絡んでくれる。いつもの競馬ネタと、地元ネタ。読書を含めればする事が結構あって、むしろ時間が限られているからか退屈はそんなにしない。


「う~ん…」



それでも椅子の上で背伸びをしながら、何か満たされない気持ちになる。猫が「にゃ~」なのか「うわん」なのか分らないような声で鳴いてそちらの方に目を遣りながら『この生活に足りないもの』を何となく思い浮かべてみた。


『足りないものがある時の方が夢で満たされるというのも因果なものである』



こんな文章を書いたあのエッセーの著者も何か足りないものがあると思っていたのだろうか。


『何かが足りない、足りないと言いつつ、実際に何が足りないのかが分らない事の方が多い。誰かが持っているもの、地位、そういうものに羨望の眼差しを送っている時でも、本当にそういうものが自分の生活に欠けていると思っているのかどうかは分らないというべきか。むしろ夢の中で思いもよらなかった展開がやって来て興奮したままそれを体験し、目覚めてから冷静に

『そうか、こういう事を望んでいたんだな…』

と振り返る事もある。夢の中では大胆なのも気になる。現実にはありはしないとは思うけれど、仮にそういう事が起って理性も吹っ飛んでしまうものなら、そこからまた凄い事が起るのかも知れない。行動するにあたってやたら敷居が低い世界観の夢を見たあとは結構大胆になるもの。


それはまた別のところで述べるとして、ではこの場合の「足りないもの」はこの世界の何処かにあるのだろうか?もしかすると在りはしないものとしてもともと夢に期待するしかないような物事なのではないだろうか』



この文章自体、かなり核心をついているような気がする。目標という意味の別の「夢」にしても『今は足りない』何かがあると暗に語っている。足りないものが満たされる世界にするのが夢である、というのも同語反復的である。



そうは言うものの、自分が足りないと感じているものは実はよく分かっている。多分、友人のような家庭を築くというのも何処かでは欲しているし、実はそれが本当なのかどうか分からなくなるレベルで創作をしてみたいという気持ちが強くある。前者は何か縁があればというレベルで望んでいるのに対して、「作家」という二文字は憧れで寝ても覚めても消えてくれない。しかも手の届かない所にあるように見えていると分っていてである。


『全然期待していなかったのに、手に入れたものがどこかで欲しかったものでいつの間にか満たされている。それと関係しているのかは分からないけれど、いつの間にか欲しいと思っていた気持ちが無くなっている、そんな事もある』


と具体的に著者が若い頃に欲しいと思っていた珍しいプラモデルを例に挙げる。何度も夢に出てきたそのプラモデルをある日地方に出掛けた時に何気なく立ち寄った店で見つけた時、欲しいとは思わなかったそうである。というのも、その頃には今の仕事が充実していてむしろなかなか出掛けられないその地方の雰囲気や名産の食べものを味わっているうちに作品のアイディアが浮かび、もっと違う事に惹きつけられていたからだという。



それを思い出した時『いつかは消えてしまう想いも、それがあった時は…』という自分のメモがそれにリンクしているのを感じた。そしてそれは自分の著者の違いをも言い表している。欲しいという気持ちでさえ、いつかは消えてしまうかも知れない。けれど、それがあった時には『本物』だ。



「作家になりたいという気持ちが消えるとしても、今は確かに…」



そして今はただ、その『本物』の気持ちのままに物語の登場人物を想像しているのだろう。


無題

今週の重賞

オークスの週です。日本ダービーまでが競馬の一年だとするなら、いわば年末ですね。オークスも結構好きなGⅠ
で、乙女にとっては厳しい距離であるからこそ強い馬がわかる面白いレースでもあります。さてその前に、土曜
京都の平安Sから見ていきます。こういうレースは牡馬は取り上げにくいのですが、実績からアムールブリエが
牝馬で丁度良いですね。


・アムールブリエは父Smart Strike(その父ミスプロ)、母父サンデー。ミスプロ系×サンデー系というありがち
な配合ですが、ミスプロとサンデーの位置からいって配合は実に難しいと思われます。ダートを意識してクロフネ
というのがすぐ思い付きますし、

http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=67&y=13&sire=0000615577&broodmare=0001163957


ごらんのようにノーザンダンサーだけなので国内種牡馬に限定するならこれが無難と言えば無難。あとは時々ダート
馬を出すシンボリクリスエスですね、

http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=44&y=21&sire=0000700008&broodmare=0001163957


悪くないと思います。繁殖してからどういう馬を配合するのか気になるのでちょっと見守ってみようかなと。



そして牝馬限定戦のオークスで、キンカメ対ディープという構造にも見えますね。たぶん既に紹介している
馬もいるので、今回は個人的な注目馬のジェラシーを見てみたいと思います。ただし勝ち負けとしては厳しい
かも。


・ジェラシーは父ハービンジャー、母父サンデー。父ハービンジャーという馬もこれから増える可能性が
ありますし、ハービンジャーを挟む事によって配合がどうなるのかちょっと試してみたいので選びました。
これだと自然にキンカメかその子供で普通に配合できますね、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=29&y=17&sire=0000729458&broodmare=0001169047



キンカメだとアウトブリード。ルーラーシップだと、


http://www.jbis.or.jp/topics/simulation/result/?x=23&y=18&sire=0001042049&broodmare=0001169047


トニービンの3×4。どちらにしても多分そこそこ走る血統だと思います。この馬もどういう配合をする
のか気になります。




ここで思い立った事ですが、今年の有名どころの繁殖牝馬の配合が分った時点で少しその配合を研究して
みようかなと思います。特にここで結構とりあげていたケイアイエレガントなどは調べていると参考に
なるかも知れません。

それほど

花粉症と通知を待つのもあって自宅で待機している状態。今度は何とかなるだろうという気持ちで過ごしている。それ以外には何かがあるという日ではなかったけれど、それでも世界はやはり動いていてネットで知るニュースで動揺したりする。


何もしないという気持でも穏やかに過ごせるかというとそうではない。するべき事をするべき時にしなければ後悔するのかも知れないと思いはじめてからは、なるべく機を逃さないようにしていて、何もしないというのもよっぽどの事である。穏やかに過ごせるという事を善というならば、今日だけの為でもないし明日の為でもなく、結局はどこかで頑張らなければならない時はくる。



それでいて壊れるほど頑張り過ぎてもいけない。そんな事をかんがえている間にも時間は過ぎてゆく。けれどそれほど無駄な時間ではないと思っている。

また明日

写真は一瞬しかない時間を固定する、という比喩のような事実。実際、一瞬の間の光を固定していると考えればそれほど比喩的でもない。一瞬に立ち合える人はそんなに多くなくても、一人がそこに立っていれば多くの人が共有できる。それが比喩でも何でもなく当たり前に、日常的な事になっている。


夕焼け。「ナンセンスに」でこういう短編を書いていた時もそうだが、夕陽や夕焼けを見ていると自分の好きな曲である『時間の翼』という曲と『茜色の夕日』という曲の歌詞が自然に浮かんでる。「夕焼け小焼け」という童謡が良く似合う場所に住んでいるし、夕刻の絶妙な色合いをずっと保っていて欲しいと思ってしまうくらいにはこの場所のこの時間が好きである。



夕焼け空にも色んな種類がある。前面に茜色が広がっていたり、夕陽が眩し過ぎたり、今日みたいにほんのり赤くなっていたり。眺めているといっても刻々と変化しては長時間浸ってはいられないと分っている。「トワイライト・シーン」という言葉を用いた人もいるように、この時間だけは何故か少し違う気分になる。



情緒というものを大切にしていると、忙しない毎日でも自然と心が揺れるこの時間に書き始めるという事が多くなる。今日はまだ終わりではないけれど、もう明日を考えている。


20160518184755ce3.jpeg

経験の部分

意外な事がある度に、特にそれは何らかの意味でしっかり自分で解釈できていると思っていて、総合的な確信と結びついているような事に関係した出来事についてなのだが、そういう事がある度に総合的な解釈の方に変更を迫られるような状況となる。


自分の体験だとあまりに自明であるからかそういう変更もするのが容易だが、歴史的事実の解釈や、現在のニュースなどは信頼性の問題で受け入れ、確信に変わるまで推論や知識を要する場合があってそこまで急激に変更を余儀なくされる事はない、場合が多い。


地震のように広範囲にはっきりと観測される事の影響力は凄まじいけれど、一瞬感覚が研ぎ澄まされてまた平穏に戻って意識が緩むような感じで、普段の総合的な解釈を変更するようになる事とは少し違う。


日常的な事で確信に至る事が変わってくるような経験や体験はそんなにあるわけではないけれど、確実に何かを確かめる過程はあって、総合的な解釈がいつのまにか変わっていたりする。



意外な事。そして意外と思えるほど馴染んでいるもの。そして馴染むほどに興味がある事。


そこからが始まりと言って良いかも知れない。これも理論的なものではあるが、経験から出てきている。


結局のところ思考の内容や解釈はあっても、その人の現実の体験から出ている部分は貴重と言って良いだろう。純粋数学というものもあるけれど、それを除けば大体は。

しばらくは

やれる事をやっている。十分にやったという感覚があるからだろうか、上手くいかない結果も仕方ないと
割り切れている。挫けている暇もないというのが本当のところ。


一方で続けて来た事で「上手くいかない」と言えないくらいのある程度の結果が出たものもある。


全体的には挫けるという程ではないが少し弱気にはなる。これまで培ってきたものが活かされるところに
辿り着くことが困難だという事は、一層学びを深めようという気力を削ぐように働くというか。



毎日は穏やかではあるが、その穏やかさを手放しで喜ぶことは出来ないのは、その穏やかさに浸ってい
られないのは属すところがないというのが大きい理由。


しばらくは何とかやってゆくしかないだろう。

選択して

文字数制限に合わせたシンプルな思考にしてしまい、結果的にそれが短く区切ってしまう傾向が強くなってきてしまった。


日常系のリズムとでも言うべき捉え方は、どちらかといえば同じ基調で続け、細かい変動に入り込まないというマイペースさが必要である。どうもそれと矛盾するからだろうか、ツイッターに合わせにくくなっている。


スローペース症候群への比重が次第に増えつつある。何かにウエイトが加わって、集中すべきものに集中してゆくと結果的にそれで良いのかも知れないと思い始める。内容を豊かにしてゆく上でどの方法が一番良いのか段々見えつつある。



地震が若干気になる夜。出来ることが限られている中で何をしたらいいのか悩んでいた。ここに限定してみるというのが一つの選択になるだろう。

低調なムードに

低調なムードと言うしかないような気だるさ。いつも邁進しているわけではないし目標だってすぐに見つかるわけではない。自分の情緒に依存した書きものなので、自分が動かないことには何も書きようがない。いきおい受動的で、何か面白いニュースがどこからかやってくるのを待ってしまっている。


「自分から何かをしないと」


という気持ちがどうも長続きしない。通知を待っているような状況だと特に無理に動かなくてもいいような気がしてくる。寒さも影響しているだろうか。外で工事をしているというのも影響している。



月曜日から趣味全開で行く気にはなれない。そんなに娯楽も求めていない。真面目に考えてゆくと勉強しかないのだなと思う。



そんなとき、ラジオからイエモンの曲が流れてくる。福島で公演が決まって非常に嬉しい。曲に浸っていると低調なムードも吹き飛んでくるような気さえする。音楽というのは趣味であり、人生だと言いたくもなるのは純粋に良いものだからなのだろう。世の中に必要なものを考えていった時に、かなりの位置に音楽を据えたくなるほど音楽の必要性を感じている。



世界を変えるのは難しい。けれど世界に何かを加えることはそれほど難しい事ではない。『真面目な気持ちで欲しているもの』に近づけてゆくその趣味を少しはみ出した『加えてゆく作業』だから少しは難しい。けれどそういうものでなければ意義が見出し難い、そんな曜日である。

ツイッターでも写真をアップしていたが、こちらでも同じようなのを上げてみようと思う。昨日DMで
O君こと浅見ヨシヒロくんとやり取りをして、このブログの中では写真が入っている記事がお気に入り
だと言われたので、積極的に撮って一言添える様な記事を書いてみようと思う。


今日車でお城山まで行って満開の藤を見てきた。蜂がときどきブンブンと飛んでいるのでちょっとどき
どきしながら移動したのだが、今日はそういう感じではなく遠くからでも鮮やかに咲き誇っているのが
分った。ああいう匂いはアロマに近くて結構好きなのだと気付いた。甘い香り、蜂が好むのも頷ける。


その後、少し郭内、竹田、根崎と歩いてみる。北小では運動会が開催されていて大賑わい。なんとなく
テンションが上がってくるのが不思議である。とにかく暑くて、熱中症にも気をつけなければならない
天候だったので、ちょっとへばりながら戻ってきた。帰路の小学校ではリレーが行われているところで
思わず見入ってしまった。競馬ではないけれども、「マクリ」が観られそうな展開だった。



こういうのは日常というよりは特別な感じで、頻繁に行ってもそれほど発見はないけれど今日は満足感
があった。

20160514113611646.jpeg

公園にて

O君と少しやり取りしてからちょっと思うところがあり外出。某公園に来た。長居はできないような場所だけれど、ちょっと新鮮。出歩いた先でブログを書いてみようと決意してからいい場所を探していたのだが、ここも悪くない。

閑静な団地とでも言おうか。雀の鳴き声がやたら聞こえて、日が落ちかけているので涼しい。


自分は郡山に住んでいた事があるので住宅が密集しているような場所だとそういう何か活発なイメージを持ってしまう。サラリーマンの家計というイメージもあながち間違ってはいまい。子供の声も少し聞こえる。


少子化もかなり進んだ状況にあると思うけれど、次の時代の担い手が常に必要で、そういう人達が住みよい町であることはいい町の条件とも思える。ところでここから学校に通うのはかなり大変だろうと思う。地元の子供は歩くしかないので足腰が丈夫な方だと思う。つまり健康には適しているなと思うけれど、ちょっと出かけるというのもかなり歩かなくてはならないというのは不便に違いない。


車での移動に慣れ始めた今だから、地域の拠点となる場所で少し休みたいなと感じたりする。


まあ公園は最適だろう。が、もし可能であればもう少し公園が欲しい。今しがたこの公園に小学生が鬼ごっこをするというような話をしながら入って来たので、入れ替わりに出て歩きスマホで書いている。歩きスマホといっても何もないので安全。


子供達の目にこの場所はどう見えていたのだろう?やっぱり特別なんだろうな。





雑文2016513



[目標]


ひしひしと感じることで、いつも何らかの目標をうまく見つけることが大切なのだろう。やり終えて探して
いる状況でもしばらくするとちょっと頑張れば「やれそうな事」が見つかって、いつの間にかそれに熱中し
ている自分を発見する。そういう時の方が確かに充実していて、挑戦する時間が楽しみになったりする。


今日もそれなりにやろうと思っていた事が出来て満足している。けれど出来てしまうからまた何か探し始
めるだろうという事も分っている。長い視点でみれば、なるべくしてなっているのかも知れないけれど一
回一回、一日一日の経過はそれほど決まってはいない。けれど何か理想とするイメージがあるのなら近づ
けようと日々努力しているというのも一方では確かというのか。



[ブログについて]



それにしてもこのブログでの目標もそろそろ考えなければならないと思いはじめている。二本松の話題で
いえば新聞の記事だが、もう少しで安達太良山開きで記念のペナントがもらえるとかなんとかというニュ
ースが結構気になっている。安達太良山は普段から目にしているものの、しっかり登った事は一度くらい
しかない。中学校の頃だったと思う。BSなどで「百名山」として安達太良山が取り上げられる時に観る
映像で、かなりの険しさだと思うのだが山登りが好きな人はそれがいいのだろう。将来的に登りたいと思
うようになるのかも知れないが、お城山位が自分には丁度良いと感じている。



少し地元の話題から離れると、ネットのニュースやSNSと芸能の相性の悪さを実感するような事が頻発
しているようにも感じられるというのが専らの話題だと思う。ローカルや身内に徹している限り、ネタと
いうのは身近なものになるけれど、世間的なものを意識しないと話題に取り残されるという気持ちで呟く
くらいの事でも世間の声の一部になるという因果。あとはツイッターで述べるほどの事ではないけれど、
日産が三菱を傘下にしたというニュースも自分にとってはかなり意外だったので、こういう事もあるんだ
なと少し感心している。世の中の知れば少しは生きやすくなるのかもなと思って色んな本を読むようにし
ているけれど、『意外だ』と思える事が一つの成長といえばそうなのだろう(つまり…そうじゃない何か
を常識的に判断していたということ)。



けれど何か世間話をするようなネタとしては漠然とし過ぎているようにも感じる。ブログをどの層に向ける
のかというのもあるけれど、どういうネタをどのレベルで(どれくらい深入りして)語るかも迷うところ。



まあ一番はそろそろO君やK君と相談するのが良さそうである。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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