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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

昨日の祭り(のような)

昨日30日、二本松市内で開催された「二本松!お祭り三昧!大集合!」を見に行きました。
O君もそこそこ関係者側で参加しており、久しぶりに(と言ってもあまり久しぶりという感じ
がなかったのですが)直接会ってしばらくの間競馬の話とか、刺激になるような事を話して
いました。


お祭り自体雰囲気が良くて、移動に手こずったところはありましたが概ね会場の案内も良かっ
たと思います。地元テレビで放送された内容を見ると市内以外から来た人達の方がとても
喜んでいたように思います。やはりここでも「外に向けてのアピール」というものを考えな
くてはならないなと感じました。


子供達が多く来ているのも気になった点です。やはり夏祭り的だからか、暑さにも関わらず
みんな盛り上がっていて、露店でそこそこ儲けたところもあるのではないでしょうか。


O君や両親とも確認し合った事で、この催しは10年に一度と言わず5年に一度くらいの開催
を目指してみるのもいいのではないでしょうか。とても新鮮でした。
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今週の重賞(ダービー)

ついにダービーの枠順が発表になりました。週末が待ち切れません。同じく日曜の府中で
は目黒記念があります。順番的には目黒記念が後ですがそちらから見ていきましょう。
ダービーフィズが久々に重賞挑戦ですね。

・ダービーフィズは父ジャングルポケット、母父サンデーのアウトブリードです。2歳の
頃から期待されていましたが1000万下まで降級してから地道に自己条件を勝ち上がっ
て今回、舞台的にも整っていますね。



短いですがダービーに移りましょう。該当馬は既に紹介しているようです。どうせ年一回
のお祭りなので、軽く予想をしてみます(馬券の参考にはなりません)。先週のオークス
の事を考えるとここでは牡馬とはいえディープインパクト産駒のサトノラーゼンは鞍上も
含めて不気味です。また好調キングカメハメハ産駒のレーヴミストラルも青葉賞組ですが
無視できません。


応援している馬は、福島繋がりでミュゼ軍団の2頭とM・デムーロ、C・ルメールがそれ
ぞれ鞍上のドゥラメンテとサトノクラウンです。福永騎手を押しているK君辺りはリアル
スティールでの悲願のダービー制覇を期待しているかも知れませんが、とりあえず展開の
カギを握っているのはスピリッツミノルですね。キタサンブラックにとっては少し残念な
枠になったかも知れません。ミュゼエイリアンも調教師のインタヴュー的に先行するよう
な気がするので、前も粘れる力を持っている馬がいるとすれば後方はやや早めに押し上げ
てくる筈ですが、ドゥラメンテが前走同様の走りをすればリアルスティールとの一騎打ち
のような展開になるかも知れません。



血統的にはやはりこれまでもずっと押してきたミュゼエイリアンが特別です。ただ、これ
からの馬だという事で仕上がりを考えるとドゥラメンテは抜けていると考えた方が無難
です。真っ向勝負では難しいとすれば奇策…「逃げ」もあるかなと思っています。



とにかく早くレースが見たいダービー。来週からはO君とPOGに参加する予定。当然
このレースの結果も参考にいれなくてはなりません。

K君リクエスト 「ザ・クレジット」

「G?ゴキブリ?」

僕はその友人に訊ねた。彼はその時確かに「G」(ジー)と発した。Gといえば普通はゴキブリを浮かべるのでもともと良いイメージはないのだが、彼が「Gって知ってる?」と僕の目を窺うようにして言ったので何だろうと疑問に思ったのである。


「いや、違うんだって。何かね噂で聞いた話なんだけど、昔この辺に住んでる人が怪死を遂げたとかで、目撃者がアニメのキャラクターに似てるんだけど何か目が血走っててそうじゃない「何か」に、その人が腸を喰われてるのを見たとかって半狂乱でみんなに話したそうなんだけど…」


友人はいかにも不気味でそれ以上語りたくなさそうな様子である。


「話したんだけど?」


「その怪死を遂げた死体がさ、その人の言うように腸が…」


「なかったとか?」


彼は何も言わず頷いた。僕はその時、友人の表情がからかおうとしているのではなく本当にそれを信じているような風だったし怖れてもいるようだったのでよくある都市伝説の一つのようには片付けられず何も返す事が出来なかったのを覚えている。でもその後そんな噂を殆ど聞かなかったし、時間が経ちその友人とも別々の進学先になってあまり連絡を取り合わなくなったのもあり、次第に記憶から薄れていってしまっていた。



そもそもあの日の夕方二人で歩いていたのは地元から少し離れた街の川沿いのサイクリングロードで、その時はたまたま部活の遠征があって帰るまえにその辺りを少しぶらついてみようという事になったのである。噂の真偽はともかく、自分はあまりその街と関わりが無かったので意識する事は滅多になかった。




それから更に数年後、ある意味忌まわしい風習とも言える就活をしていた頃だった。たまたま狙っていた企業がその街に本社があるというので面接を受けるためにその辺りに立ち寄った時に、


<あ、そういえばここら辺だったよな>


とふと友人と歩いてきた時の記憶が蘇って、ぼんやりと「G」という言葉を思い出したのである。ただ中学生くらいならともかく、その歳になってまでそんな荒唐無稽にも思える話を改めて信じる事など出来なかったし、再び川沿いを歩いていても平凡で穏やかな感じしか漂わなかったのもあって、「まさかな」と呟いたきりすっかり考えなくなった。


面接が無事終わり帰りにその辺の食堂で昼食を取っていたのだが、どうもその店と主人の様子が外見に比べて暗いというのか馴染まないところがあり、料理自体は美味しかったのだが僕の他に客もおらず静か過ぎたので思わず主人に話しかけてしまった。


「あの、この辺りって何かありますかね?」


僕はここに来たついでに何か名所などあれば立ち寄るつもりで訊いたのだが、主人は何を思ったのか僕の方をじろっと見て、


「この辺りを好き好むような奴はいないさ」


と食堂にはあるまじき発言をしたのでびっくりしてしまった。不可解だったし、


「何故ですか?」


と訊いたのは仕方ない事だろう。こちらが訊いているというのに主人は目を逸らすように俯いて、


「『〇〇川事件』で検索して見れば分る」


言ったきり押し黙ってしまった。『〇〇川』とは昔友人と歩いて今も通りがかったあの川の事であると知ったのはスマホで検索してからである。それは詳細を調べてみると大分前の事件であるようだった。凡そ40年ほど前、勿論僕がまだ生まれていない頃だが、丁度有名なアニメが始まったばかりの年だった。友人が噂話として話してくれたような『怪死』事件が実際にその川の河原であったらしい。その文字列を見た瞬間、背筋がざわっとするような感覚になってしまった。その事件の特殊性は事件の現場を目撃したと主張する人物が一人だけ居た事である。ここからが気味の悪い話で、


『確かにその人物が主張するように、被害者の腹部は鋭利な何かで切り開かれたようになっていて臓器が食い千切られたようになっていたが、当時開始されたばかりの某アニメのキャラクターに似た何かの仕業だという奇妙な発言が混ざっていたために証言としては信憑性を欠いている。一部週刊誌はその後その人物に直接取材をした結果『謎の存在』の実在を主張したが、その人物が目撃したのは本当かも知れないがショッキングな事件とブームになっていたアニメを奇妙に結び付けてしまったという「発狂説」が一般的な解釈であった。その後の警察の捜査も虚しく迷宮入りした』



という生々しい記述が本当にあったのである。つまり友人の話は噂というよりもかなり古い事件が実際に彼に噂として伝わった結果だったという事だ。事件自体は忘れられたかもしれないが某アニメの方は今も続いているので、友人に聞いた時ににもアニメキャラクターに似ているという証言ははっきりと伝わっていたのかも知れない。



この文章自体を純粋にネットで検索して読んだだけなら特に感じる事はないのかも知れないが、食堂の主人が暗に伝えようとしている事が分ってしまったからなのか、この話を初めて聞いた時のように何も言えなくなってしまう心境になってしまった。その時は思わず慌てて店を出て何も考えず早く帰ってしまったのだが、常識的に考えれば40年も前の事でここまで動揺しても仕方ないと思い直した。主人としても僕に気を付けてもらおうと思っただけかも知れない。幸か不幸かでいえば幸で一週間後、自宅に企業からの採用通知が届いたが、まだ内心複雑だったのを覚えている。


(つづく)

みじかいつぶやき

誰に向かって何をしたらいいのか分からなくなるような時。幻想の他者とか、「みんな」という
幻に向かい何かを発するのも結局それは特に意味のある事ではない。厳しい現実は攻略本なしで
裏技を発見するしかないのだよと訴えかけているかのよう。


語らずに示す。語らずに突きつける。されどこちらから何かを突きつけるべき相手が誰なのかそ
れさえ示してくれない。理屈でどうにかなるものではない。感情で動いてもしょうがない。残った
ものはただ在るだけの自分。在ることに意味があるとしたら、そんな戯言すら無いよりはましな。




でもね、そんなに腐ってばかりもいられないのですよ。どうしたって無理解にならざるを得ない
世間に対してくどくど説明するよりは、やる事をやるしか活路は開けてこない。




でもってさ、僕は誰にそれを言いたいのだろう。

ダービーウィークで

月曜からこんな感じでいいのかやや躊躇う部分もあるのですが、今週のダービーの事が頭を
離れません。そもそもGⅠの週は妙にテンションが上がっているのですが、特にダービーと
もなると脳内でどれとは言いませんが先頭でゴールを駆け抜けるシーンがイメージされて、

「もしかしたら圧勝?それとも大波乱?」

など色んな可能性を想像するのが好きなのですが、最近は例えばいつもは安定感のある白鵬が
優勝した時の「やっぱりな」という感じになるのか、それとも今場所みたいに「うわー意外だ
!」と思えるような事が起るのか、何とも言えない感じになるのかの様々なパターンに対応
出来るように心構えをするようになってきています。


今年の場合は


①ドゥラメンテが(普通に)勝つ → ああやっぱりな

②ドゥラメンテが圧勝する → うわぁ!!!すげぇ!!

③応援している騎手と馬が勝つ → やったぁ!!(心臓バクバク)

④ノーマークの馬が来る → そうかぁ…競馬は難しいな

⑤大波乱 → みんなの反応チェックしなきゃ…


のように基本的にどれでも対応できるのですが、以前クロフネの事を書いた時にも述べた「可能
性」を感じられるレースになった場合は、競馬どころか世界ことについて考えが改まる場合があ
るので何かを期待してしまうのですが、純粋に将来見返したくなるようなレースになればいいか
なとも思います。



JRAの外国人ジョッキーは基本的にどちらも応援しています。JRA生え抜きのジョッキーも
最近では活躍していますし、色んなタイプが居ると思います。出走するであろう馬の方も、血統
的に魅力のある馬が結構いるので調べていくと本当に面白くなってきます。冒頭のそわそわも
仕方ないといえば仕方ないですよね。

何とかなりそうだと思ったら

何とかなりそうだと思える、というのは基本的に感覚的な事なのだと思う。直感だろう。
同時に「ちょっと難しいような気がする」というのも感覚的な判断である。無論、過去
の経験からとか確定している事実関係から論理的に厳しいという事が判明する場合もあ
る。


小説ならともかく現実の問題で何とかなりそうな感覚がないようなものについて梃子で
も動かないような気がするのも、それはそれで感覚が正しいと言えるのかも知れない。


何とかなりそうだな、と一瞬思えた事については粘ってみるのは結構良い事だと思う。
『ネタ暖めておく』つもりでメモをしていたり。結局自分は何を「何とかしよう」と
思っているのか、というところも見失わずにいたい。

直感で

なかなか言えない部分だが、感覚ときたら「直感」に行き着く。感覚的に判断するところで
インスピレーションが何故そうだか説明出来ないがそう感じるようなものだとするなら、
直感はわりと感覚的に確かめている部分があるのでそれほど不思議という感じはない。


昔はインスピレーション全開でやっていたような気がするが、それは直感ともまた違う。
直感はあくまで感覚的に区別していて、これが一番良いとか、こうすべきだという裏付
けがある程度あるように思える。もちろん説明せよと言われると、述べられるもの伝え
られるものとしてはほぼ内容が無くなってしまうので、同じく不能なのだと思うけれど
感覚的なイメージはある程度あるような気がする。


その感覚に支えられた判断でどこまで書けるか分らないけれど、少しだけ試してみよう
と思う。

反省

観察として微妙な事まで述べようとするとどうも焦点がぼやけてしまう。まあよくよく
考えてみれば観察しているものは絶えず移ろいゆくから、材料としてはそれでいいかも
知れないけれど、「それが何なのか」という事について定められていないと文章として
は完成してないのだろう。


まあそもそもが現状打破の為の試行だったので、悪くはないのかも知れない。そもそも
こういう試みをやろうと思ったきっかけはブログを立ち上げる事をO君と供に考えて
いたファミレスで、


「当たり前にあるものを述べる」


というようなアイディアをO君に向かって言ってみたところにあるのだが、例えばそれは
『壁の落書きを記述してみる』ような試みで、本来的に自分の関心がそこに向かない限り
それを行うのは苦痛である。O君も難色を示したこの作業だが、煮詰まった時には何度か
それとなく繰り返していて、それなりに成果はあった。



といっても、やはり人間なのでやりたいこととか、行きたい場所とか知りたい事とか常に
意識しているようで、実際ネットでブラウジングしている間も経過が知りたいニュースを
「待っている」状態なのかも知れない。そしてなにより個人的な事で気掛かりな事があっ
たりして昨日の書きものが上手く行かないのは自然な状態と言えば自然だった。



何もしていないように見えて、実は心の準備をしているんだなと思った次第である。



ただ気付いたのは以前にも増して色々なものに関心が向いているなという事である。昔は
一つの事だけ熱中していたタイプだったし、他の人の事をあまり考えていなかったかも
知れない。何というか、いつ頃からか自分の事だけでなく他の人の事も上手く行くように
と、妙に気になるようになってしまって、単純に自分がその場その場で楽しむだけにやる
というよりは誰かと喜びを共有したいという気持ちの方が増しているような気もする。



強く行動するというわけではないけれど気にかけている、という具合だろう。



それでも自分ではどうにもならないような事があるのは事実である。ツイッターというリア
ルタイムで一番情報を伝えられるであろうツールでも可能な事の範囲が何となく見えて
来たような気がしていて、そこにびったり張り付いていても自分の望むような事は起らな
いとある程度割り切ってしまっている。



そういったツールを使用する影響は微細なものだが、感覚的に「ないな」と思ってしまえる
程になってしまうと言葉もうきうきとは出てこない。あとは「出し尽くした」というような
感覚がある。まあそれを感じる事ができたのは収穫かも知れない。確かに『世間ではどうい
う事が求められているか』をしっかり感じるには良いツールである。



そして『求められるもの』に答えようとして、『インプットを増やさなきゃ』と思うように
なるとある程度は良いかも知れないが、行き過ぎると何の為にインプットするのか不透明
になる。自分は冷静に、じっくり考える時間が欲しいタイプである。


・自分が知りたいと思う事

・誰かに教えたいと思う事

・(一般的に)有用だから誰かに伝えるために発信する情報

・有用ではないかも知れないけれど、自分で整理する為に書いておく情報



一言で述べるとこういうものがバランスしていなかったのかも知れない。一般的に有用な情報
が入ってくるのは良いけれど、一般的な事よりも本当に細々していて一回限りでしかない事の
方が個人的に重要な瞬間がある。最初に述べた事とは反対に、社会的な事よりも個人的な事を
優先しなければならない時もあるし、それは『述べてもしょうがない』『報告してもしょうが
ない』と分っているから最早ツールには現れてこない情報なのである。


と、述べなさ過ぎると「白鵬かった、強い」とかごくごく素朴な言葉しか出てこなくなるので
それをする必要があるのだろうか?と疑問になるのがネックである。メモ書きだと思っていれ
ばいいのかどうかは分からない。短い言葉で簡潔に述べたい場合もあれば、今みたいにとにか
く書きたい事を書ききるような気持ちで書いている場合もあるのが普通なのかも知れない。

観察

思考をした事を実際にやってみるとすると、感覚的な内容をなるべく表現するように努める
事である。


ところで今その感覚を傾けているその方向とは何だろう。「二本松」や「競馬」のようにテ
ーマを絞ればそこに集中するわけだが、平常は時々目に留まったものを見つつも全体と言う
のか様々なものの案配を確認しているように生活している。勿論その中には「小説」の方に
「読書」の方に幾らか分配されていたりするので、現実的には意識している者同士が関連
し合っていて、「これだけ」と集中してはいないのかも知れない。


つまり何の気なしに観察し始めると「生活」の事になるのだが、それにしても「趣味」なの
か「仕事」なのか、というような区別もある筈である。あるいは「付き合い」だったり、
「誰かの事」を考えていたり、そう単純ではない。



では感覚を傾けている方向ではなく、書いても良い内容で感覚を傾ける方向は何処だろう?



実家が景色が美しい場所にあり、花壇に植えてある色とりどりの花を見たりしながら何とい
うか『空間』を味わっているような時がある。ちょっとした「DIY」も考え始めたりして
庭で過ごす一時をいかに心地よくするかというような試みも面白い。



そういった方向に向ける事も出来るけれど、一方ではツイッターの方を観察していて気付く
事も多い。確かに世の中で自分の位置を確かめたり、社会的にどうなのかと思われる事、
政治的な意見を言う事も広義では活動になるのかも知れない。ただ最近思うのは、世の中
を変えたいと思ってもそう簡単に変えられるものではないという事である。それよりも
新しい事、既にあるけれど見落としていたものの価値を発見したりしているうちに自分が
変わってしまっていて、「そこは変えなくてもいいのかも」と思い直す事もしばしば。



実際、人や作品との「出会い」「発見」がし易くなったり、情報の交換が出来ればもう少し
発展もあるのではないかと思ったりするのだけれど、一期一会的な要素もある。






観察をすると言っても、以上のように色んな次元の観察がある。何が有益か、そう簡単に
述べる事は出来ないのは確かで、いっそ小説の題材としてなら殆どが観察対象になって
しまうような気がする。二本松の事とか、競馬のこととか、少し対象が大きくなってくる
と、それだけに集中しないとついて行けないという。




そして重要なのは「視覚だけではない」という事である。人々の心の動きがあるとして、
そういうものは目では見えないけれど、経済学のように「需要」のように考えられるもの
の動きを予測したりも当たり前のように行われている。そういうものの蠢きを「景気」と
してでも肌で感じたりしていれば、何か思うところがあるのも確かである。



全ての独立するパラメータを見ていてはそれこそカオスのようにしか見えないけれど、
少なくとも「こうではない」というような事は経験と供に分ってくると言うのか、それ
こそ感覚的に「違うな」と思えたりする。例えば論理的に考えればブラックな企業がそ
のまま続くわけがないからいずれは立ち行かなくなってゆくだろうな、と思うと長期的に
だけれど結果となって現れてきているニュースもある。政治にしても動きを追っていると
極端な主張をする人がいつの間にかフェードアウトしているというような事を見たり、
それこそこの前の大阪の選挙のように結果的には長いことかけて意思を確かめて終わっ
たというようなそれこそ「歴史」が出来あがっている。




肌で感じる事と言えば、やはり時代が変わってきたという印象だろうか。それが最近は
大きくなってきて、株価や物価などから景気が良くなってくるのかも知れないという
期待もあるのだが、一方でマンネリズムである。データベースに容易にアクセスできる
という事が、『既視感』を覚えさせるような事がテレビではよく感じる。豊かな内容
は、やはり一生懸命に取り組んでいる人達…というのか…。




こう考えていると、本当に何かだけに集中していないという事が分る。だから本当を云う
とじっくり『観察』するという事が難しいのである。そして豊かな反面疲れるというのも
事実で、実際休んで何もしないで過ごしている時の方が充実しているのではないかと思え
るほどである。



そんな時、猫は癒しだというのは多くの人が感じる事らしく、自分も例に漏れない。

感覚的に

久々に「思考」と呼べるものでも書いてみようと思う。実はそんな大層なものではないのだが
色々巡らせてみる。


最近、感覚的に捉えることが多くなっている。言語によって事実関係を掬い上げる場合、情報
として伝えたり伝わったりするよりも多くの情報を取り逃しているのではないかと思うように
なったからである。競馬騎手で横山Jは解説者に「感覚的に乗る」と言われているが、そもそ
も言葉にならない微妙な違いを、それこそアナログ的な数値のように感覚し区別していないと
あれだけ多彩な乗り方は出来ない筈である。


言葉によって表現できる事よりも多くの事を区別する為に数学的なアプローチがあるのは確か
である。自分も昔はイメージの中にアナログ量的なものを把握する感覚があって、コントロー
ルとか力の入れ具合などを調整するのが得意だった方である。それをどうして出来るのか、と
言われても「分る」からだし、区別しているからだ、としか言えない。繊細になったり、感覚
を研ぎ澄ませたりすれば、言葉で捉える時にももっと曖昧な部分に切り込んで、些細な違いを
名指す事も可能だ。ただし、それを毎日行うのは辛い。


K君の日記で「子供の視点で」とか「マクロな見方で」というような捉え方について述べられて
いたが、子供の方が言葉で「事分け」乃至「分節」される以前のカオスにあるとしても、もしか
したらそのままを素直に見ているのかも知れない。瞬間瞬間の「これ」と「それ」もしっかり
観察して違いを、違うという事を感じ取っていると言えるのかも知れない。



事実関係も、心理的なものも、究極的には言葉で言い表そうとする限りにおいて取り逃がしてし
まうものもあると思う。と言っても、契約、約束については『言質』という言葉があるように
言い表されている内容をどう扱うかに取り決めがある。哲学的な思考にしても「語れない領域」
というものがあるだろうし、実質的には分る「差異」を扱うので感覚的な領域はそれこそ詩的
とも私的とも言えるような表現になってしまう。



文学的にはその感覚的な内容について、より精度を上げて迫ってみたい部分はある筈である。
究極的に「これ」と「それ」の差異が何らかの表層的な『出来事』として確かめられるように
する事が可能なのかも知れない。


「あの時」そうしなければ、そうしていれば。


僅かな事が大局に影響を及ぼさないというのは古典的な発想である。もちろん生物学的な事と
化学的な事というレベルはあるけれど、小さいと思うことが後々まで引きずったり、むしろ後
になって確かな差として認識されるようになるとか、「閾値」だったり「度」の違いで結果が
変わってくるのかも知れない。



感覚的なものは、実際上のコミュニケーションになると態度や表情、声のトーンなど、それこそ
言い尽くせない内容を持つ。一々区別するのはしんどいし、何も一回限りというわけではない場
合もあるので、直感ではないけれど感覚的に区別している事があるならば、それを大切にした方
がいいのは確かだと思う。


勿論社会的な大きな出来事の前に、その区別は脆くも「無差異」になってしまう事もあるけれど
余裕をもって何かを区別して認識する事は人生を豊かにする。



ただ、時勢が「それに拘るべき時なのか」という事は考えていた方が良いだろう。

今週の重賞

さあオークスの週です。の前に土曜の平安Sから。ドコフクカゼとサウンドトゥルーはまだ
紹介していませんがどちらも好走しています。


・ドコフクカゼは父ワイルドラッシュ、母父フレンチデピュティ、アウトブリードです。ダート
といえばワイルドラッシュでした。よく名前を聞く馬でしたが前走オープン勝ちで結構稼いで
いますね。


・サウンドトゥルーは父フレンチデピュティ、母父フジキセキ。ノーザンダンサーの4×5ですが
ここにもフレンチデピュティの名がありますが、クロフネもそうですがダートでなかなか走る
みたいですね。この馬はほとんどが掲示板内で馬主孝行な馬に思えます。




さて優駿牝馬、オークスです。今年の牝馬クラシックはマンハッタンカフェ産駒が活躍しているイメ
ージですが血統的に面白いのはトーセンナチュラルですね。


トーセンナチュラルは父メイショウサムソン、母父ステイゴールド。ノーザンダンサーのインブリード
で、一勝馬ですが前走OPを2着しています。騎手が吉田豊Jで先週もあわや勝利でしたし今週も
何か策を考えているような気がします。馬場が重くなったらもしかすると…

(追記:トーセンナチュラル回避です。残念)



桜花賞馬レッツゴードンキは強いと思いますが、正直能力的には接戦だと思います。

K君のページ

リンクにも既に張ってありますが、ばからしきすばらしき日々というK君のWEBページが出来ました。小説がメインのサイトですが、日記的な内容の文章もなかなかのものなので是非チェックしてみて下さい。


ちなみにK君ことkuma_suke君のツイッターは @LL6JS です。

今週の重賞

今週は先週のNHKマイルCと同舞台のVMがあります。前日には1400メートルのGⅡ
京王杯スプリングカップがあり、安田記念を狙う馬などが出走するようです。先週勝った
クラリティスカイの兄であるクラリティシチーは大きいところを狙えると思うのでここで
勝っておきたいでしょうね。過去紹介していなかった馬でダンスディレクターも狙い目で
す。

・ダンスディレクターは父アルデバランII (ミスプロ系)母父サンデー。アウトブリード
で殆どのレースで圧倒的な一番人気でようやく重賞初挑戦。切れる脚を持っているので展開
が向けば一気に勝利も可能かと思われます。


今週は短めですがVMに移りたいと思います。〇外のリトルゲルダは重賞2勝していますが
かなりマイナーな血統です。


・リトルゲルダは父Closing Argument(In Reality系…ダビスタ的にはインテント系)母父
Buddha(ミスプロ系)。アウトブリードでマイルは長い印象です。M・デムーロに乗り替わり
のようで、見せ場はあるかも知れません。


このレースには過去紹介した父ブラックホークのウエスタンメルシーや吉田騎手の予定である
ケイアイエレガントも出走します。個人的にカフェブリリアントが面白いと思うのですが、
先週のレースが前残りだったので今週も展開が注目されます。

雑文

今週も雑文で。


[最近の事]


最近週末に岳温泉に行く事が多いです。今週も昨日が寒かったのでやたら行きたくなったのですが
GW中は温泉街も賑わっていたような印象を受けました。案外いい場所にあるのですが全国的な話題
として噴火の警戒レベルが上がっている場所があるので、この辺りもそうならなければいいなと思い
ますが相手は自然ですからね。


競馬の方も今年は二回ほど福島競馬場に赴いて観戦しましたが、とにかく競馬場というのは広くて開放
的なのでおすすめスポットです。賭ける方は予算があまりないのと儲けようとすると当たらないので
応援馬券になりますがJRAとしては入場料で基本的には十分という事らしいですね。


あと最近の傾向というのか、自分の中で変わってきているのはちょっとした『グッズ』を集め始めて
いるという事ですね。細々としたものの方が好きなのですが、意外に多趣味なためかグッズの統一感
はありません。開封しないままなのも特徴というか、どちらかというとコレクター気質なのだと思い
ます。


[30日]


ところで5月30日にはこんな催し物があります。
『二本松!お祭り三昧!大集合』とありますが、二本松の提灯祭りがこの時期に観れるので実はちょっと
楽しみなんですよね。その次の日は日本ダービーなのですが、30日は夜の9時までで規模もかなり大きい
ですね。


天気が良いといいのですが(フラグにならない事を祈る)。



[ちょっとしたこと]



ツイッターをやってて思うのは、ニュースが早いという事です。ニュースが早いので、おそらく過去より
も沢山様々なニュースを読んでいるのですが近年の傾向としてニュースを提供する側とそれに対して
批判的に、或いは肯定的に意見を言う側との距離というのが一定程度保たれつつも、次第に境界が
曖昧になっているという事ですね。有名人のツイート一つをニュースにして大々的に報じたかと思う
と「意見が殺到している」という風に捉えてツイート上の声をまとめて報じたり。そういう風に扱う
のもまあ悪くはないのですが、『ツイート』の性質上ニュースの記事みたくしっかり書くのではない
のであくまで『ツイート』という枠に収めて、詳細な部分から濾過したものも多く、過去のツイート
の流れを追えばそれによって言外に何を言わんとしているか想像できる場合もあるのでどうせ編集する
ならぎっちり調べたものを読みたいなと思ってしまいます。


中途半端な詳しさというのが誤解の元のような気がしてしまいます。個人的な教訓としては『しっかり
読む』という自戒にもなるのですが、しっかり読むとそれなりに疲れるというのもありますよね。



って、こういうブログの意見も「中途半端」といえば中途半端なので書くのが躊躇われるような事が
最近多いです。とにかく『公式』サイトの細かく書かれてある事で片付いてしまう事も多いので、
時間がある時に何でも読んでおくのは良いのかも知れませんね。

今週の重賞

GWも終わり早くも週末の競馬です。GⅠとGⅡとGⅢが一つずつありますが、メインは3歳という
感じですね。土曜の京都新聞杯は実質的にディープ、ハーツ、ハービンジャー産駒のレースともいえ
るメンバーです。抜けた馬もいないようで、2勝馬も少ないので好みで2頭紹介します。


・リベレーターは父ハービンジャー、母父エンドスウィープ。インブリードはノーザンダンサー。前走
未勝利を勝って大分間が空いています。新馬戦でリアルスティールの2着で、なかなか見どころがある
と思います。


・ロードクロムウェルは〇外で父High Chaparral(サドラーズウェルズ系)母父Monsun(ブランフォード
系)。ノーザンダンサーの18.75です。初戦を勝って格上挑戦ですが、前走重馬場だった事もあり、強さ
はまだ分りません。父の名は「ハイチャパラル」と呼ぶと記憶していますが、懐かしい馬ですね。


日曜日の新潟大賞典は古馬中距離路線で結構面白いメンバーが揃っています。アルフレード、ナカヤマナ
イト、ダノンヨーヨー辺りはよく見る名前です。アルフレードを紹介。


・アルフレードは父シンボリクリスエス、母父サンデー。ヘイローのクロスがあります。前走で復調して
もしここで勝てるようだと実績的に種牡馬になれる可能性が高まりますね。


そしてメインのGⅠNHKマイルCです。前から注目していたクラリティ―スカイには絶好の舞台とも
言えます。過去紹介していなかった馬のニシノラッシュとタガノアザガルは期待できそうです。


・ニシノラッシュは父サクラバクシンオー、母父シルヴァーホーク、ノーザンダンサーのインブリード
があります。東京で実績があり3勝馬ですが距離が少し不安でもあります。そういう意味で人気はそれ
ほどないかも知れませんが、狙い目です。


・タガノアザガルは父バゴ、母父アドマイヤベガ。ヘイローとノーザンダンサーのインブリードです(
ノーザンダンサーの母のNatalmaもあります)。前走GⅢを勝っていますがニシノラッシュ同様1400
以上の距離で力を出せるかちょっと分りません。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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