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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

区別するところから

述べようとするその時点で述べられる事が常にあるというわけではない。語るのが
不自然になるような事もある。それでも、何かしらを述べておきたいと思うのは
本当なのである。ただもしかすると「述べたい」というよりも、「述べておいた方が
いい」と思うから述べるという事なのかも知れない。


そんな微妙な区別、差異が、一体何になるだろう。



一応できる事はやろうと思っている。ただしここで書いた事について、実際のところ
何が自分達の目標とするところにとって良いのかという事は考えなければならない。
書いてみなければ分からないのだけれど、「書く」という行為に至る前にするべき事
も確かにある筈である。


「目標」として意識しているのは、まずは自分達がここで生きた痕を何らかの形で残し
ておきたいという事である。そういう目標だけならいいのだが、二本松の事もなんとか
良くしたいという事も意識していて、もし二本松の事の方を優先させるなら、実際に
ここで行動した方が良いのは確かである。



「行動する」に至るのは当たり前過ぎて、それでいて実行するのはとても難しい。今度
来月に帰省する予定の共通の友人Kと飲みに行く約束をしているけれど、それが一つの
きっかけになって何かが始まる可能性もある。そういうプライベートな事については
実行可能なのだが、二本松のニュースになるような事についてはそう簡単にはできない。



行動といっても、『何かが起っているように』認識される行動ばかりではない。このブログ
での活動が活動として認識されているのかという事でも少し自信が無いのに、外で実際に
行動してみて、それが「何か」になるように続くというのは考えにくい。単発の行為です
ら、認識される可能性がほとんどない。実際駅前でパフォーマンスなんかしたら絶対恥ず
かしい上に、見る人すらいない。



それよりも確実性があるのはやはり、ここで地道に更新してゆく事だ。といっても、最初に
述べたように、述べる事もないように思えてしまうところから始めなければならないという
のが辛いところである。そして、僅かな「差異」を強調し、区別しなければ、それ以前とそ
れ以後で『何もない』。


以前、この町について「何もない」と表現した事があるけれど、それは結局、様々な「差異」
を区別していないという事なのである。実際、自分が生活してゆくうえで必要な区別以上に
細かい区分を設けてゆくという事は大変であるし、やや疲れる行為である。日々変わってゆく
のは確かだが、昨日と今日を区別するものを全世界ではなく「この町において」「自分の生活
において」見つけるのは容易ではない。だが、本当はそういう事を一々区別して記してゆく
事が必要な事なのだろう。



『細やかさ』



というのもキーになりそうな言葉である。
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ジャパンカップ

今週は京都2歳Sと、京成杯という京都のGⅢとビッグレースJCがあります。

京都2歳Sというとオープン戦だったのですが、今年からGⅢのようですね。
新設重賞という経過がなくいきなりGⅢになったのはレースレベルから妥当
だったからでしょうか?オープン時代ですが過去のレースではエピファネイア
、ヴィクトワールピサが目立っていますね。重賞ではなかったのであまりレース
自体記憶していなかったのですが、何といっても2歳で2000メートルを経験
できるのは後あと強みになります。今年はGⅢなので、特に注目すべきレース
となりました。といっても登録馬をみると少頭数でティルナノーグの為のレース
みたいにも感じられますね。


京都のもう一つの重賞京阪杯は芝1200になってからロードカナロア、ハクサン
ムーンが勝っていますね。以前1800だったころはJCが合わない馬とか、まだ
GⅠには力不足という馬がこちらに出走していたりして面白かったのですが、
何故だかあまり良く知らない「サイドワインダー」という馬が勝ったレースだという
風に記憶してしまっています。戦績をみるとこういう実力馬は好きで、あと一歩
というところまで来ていますよね。中距離路線ではなくなったので、今はスプリンタ
ーが勢ぞろいというレースですが、どうも今年は牝馬が強そうですね。



さてJC、ジャパンカップです。このレースは勝った馬を結構記憶しているレースです。
実質国内の最強馬決定戦という意味合いがありますが、エルコンドルパサーが勝った
年以降の国内馬の活躍には目を見張るものがあります。そんな中でもアルカセットの
勝った2005年は素晴らしいですね。2着にハーツクライタイムが2分22秒1の
レコード。地味に2009年のウオッカの2分22秒4も凄いと思うのですが、何より
不滅のレコードを破ったのが凄いです。


今年はジェンティルドンナの3連覇という記録がかかっているレースでもありますが、
そんなに甘くはないだろうと思います。

いまをいきる

二本松という町に生きて、確かに自分がそこで育ったのだと思う。離れはしたが戻ってみて、子供の頃感じていたものとは違う目でこの町を見ている。人々の、場合によってはよく知った人の生活があって、何らかの形で関係し、当たり前のように見えることでも実際は結構難しく続いているというのも分かる年頃になった。

頑丈に見えるものも案外もろく、ずっと続くと思っていたものもあっさり消えてしまう。ノスタルジックに考えているのではなく、あって欲しいものがそう簡単に続いてくれるというわけではないという事に気づく。


この町に遺したいものは何だろう。ずっとあって欲しいもの。続いていって欲しいもの。


ただ記録してゆくことだけでも、それが続いていると確かめられる安堵のようなものはあるかも知れない。当たり前のものがあるから、だから迷いなく何かを続けられるのではないだろうか。


全ては遺せない。でもだからこそ所々に感じるこの町の良さが続くように何かできる事があるような気がする。それは何のことのない、土地に結びついた記憶を語ることなのだと思う。


それは間違いなく痕として残す事が出来る。ここで何かをした事で場所がそれとともに語られるようになる。息づく場所としてここを見ていたい。

少年隊の

「二本松少年隊」の募集があるそうだ。もちろん現代で、二本松をPRする為の
おそらく会津辺りの取り組みを見倣った企画なのだが、何故今までなかったのか
と思うくらいとても自然なアイディアである。年齢層も高校生から39までだそ
うで、歴史上の二本松少年隊ともそれほど違わない。


ゆるキャラもいるし、ご当地ヒーローもいるし、結構賑やかになるのかも知れない。
一方、菊人形は今日で終わり。もし冬も何らかのイベントをするなら、どうしても
場所を用意しなければらないのだが、会場となるような施設があまりないという
のも弱いところだろうか。


という事であれば、例えば市がネットで動画を配信したりするような活動もあって
いいように思える。といっても何を作ればいいのか良く分からない。

なまり感染力

家では早くもこたつにみかんの季節になった。季節になったというか、時期になったと
言う方が正しいだろう。少しばかり寒いのだが、昔地元のなのかよく分からない言葉で
『しばれる』と連呼していた友人がいた。わざとらしく地元っぽさを演出するその人に
対して同調もしなかったけれど、時々『しばれる』とか言ってみたくなるのは多分、
そっちの方がそれっぽいからなのだと思う。


私は結構引っ越したりしている事が多いけれど、父親は一応地元と言って良いところ
の出身だ。といっても二本松の歴史を聞いたりすると「あまり知らない」という。その
割に言葉が最近より地元訛りが強くなってきたように感じる。


今はインターネットの動画で音声をよく聞いているから、言葉のアクセントがどこに
したらいいのかよく分からなくなることがある。感染力のある独特のアクセントに引き
ずられてしまったり、エセ関西弁が使われたりするのを読んでいて(自分は使わないけれど)
、実際のところNHKのアナウンサーが落ち着いたトーンで綺麗に喋るのを聞いて安心
するような感じになってしまっている。


周知の事実かもしれないが福島は「無アクセント」と呼ばれるらしく、話してても「よう
分らん」し、自分の住んでいるところは引っ越してきた人が多いからか「人それぞれ違う」
というような印象である。私自身は、


『すっごく疲れた時には、すっげぇだらしないアクセントになる』


という事だけは確かで、でもどこの言葉なのか安定しないから、感染力の強い誰かの真似
をしてしまったりする。



「しばれるない(同意を求める調子、尻上がり)」


「寒いね」



結構シュールな会話なのかも知れない。

マイルGⅠ

今週はマイルCSと東スポ杯2歳Sがあります。


日程的に月曜日になってしまうのですがGⅢの東スポ杯から見てゆく事にします。
過去を振り返ると、去年のイスラボニータ、残念な事に急死してしまいましたが
一昨年のコディーノ、そしてその前の年のディープブリランテなど、後にクラシック
を賑わせた馬が台頭してくるという印象が出来てしまっているのですが、ここ2年は
タイムがとても優秀ですね。ディープブリランテが不良馬場で力強い走りをして勝っ
たのを見た時には、ディープ初年度産駒でしたがディープっぽくないなと感じたりも
しましたが、距離とコースは能力が必要なのは確かですね。ちなみに去年イスラボニ
ータに完全に隠れるかたちで6着になったのは今年のダービー馬ワンアンドオンリ―
だったりします。


今年は、スピルバーグを中心に復調したようにもみえる藤沢厩舎期待のアヴニールマルシェ、
そして新馬で上がり32秒2を出して注目されたクラージュシチーがどのようなレース
をするか個人的に楽しみです。



そして日曜日に行われるGⅠマイルCSです。まず注目していただきたいのは、過去にこの
レースを制覇した現役の騎手の数がそれほど多くないという事実です。というより、同じ騎
手が2回か3回勝っているということなのですが、例えば2勝しているのは二連覇した武豊
騎手、蛯名騎手、ペリエ騎手を含めるかどうかは微妙ですが、一応そう考える事が出来ます。
そして3勝している池添騎手、横山騎手。一勝は吉田豊騎手と岩田騎手です。コース的に
騎手の腕が出やすいのかも知れませんが、面白い事実です。さて過去のレースでは忘れられ
ないのはアグネスデジタルの勝った2000年ですね。生涯成績の異様さから『変態』と
良い意味で喩えられる同馬ですが、このレースで芝レース初勝利というわけのわからない
状況に加えて、レコードを叩きだしてしまった事もさることながら、ダイタクリーヴァの
勝レースに見えた最後にとんでもない脚を使って交わし切ってしまった瞬間は、自分でも
目を疑ってしまいました。フロックでもなんでもないというのが更に驚きでしたね。



今年は地元出身田辺騎手のお手馬となったクラレント、3歳のミッキーアイル辺りに
注目しています。

現実の事として

何かを選ぶという事は、やはり何かを選んでいないという事なのだろう。今この瞬間も、
これを書くという事を選ぶがゆえに、他の何かはしていない。そんな当たり前の事の
繰り返しで、ある時ふと、自分の選択に満足しているのだろうかという事を考えて
しまうことがある。


「自分がそれに納得する」


という事は常に出来るわけではない。というか、もう少し弱い意味では「今この瞬間それ
で良い」と納得できているわけではない。後になって多分生きてくるだろうと思うから、
迷いながらもそれを続けている。



事実が事実として認識される時、確かに何かが実感されると言えばそうだ。それまでは
心の準備をしてはいるけれど、それが定かではないという状況に甘んじていられる。
一つのきっかけである。確かに認識して、現実の事として納得したその感情がどの
ようなものであろうとも、それは確かに自分が思った事なんだろうなと了解できる。



強がることも大袈裟に取り繕う事も、ないままに、ただ何かが確かに動く。自分を見つめ
直すきっかけなんだろうなと思う。

まよい

すっかり山の上も白くなり始めた。風流というほどではないにせよ、輪郭のはっきりした
山が遠くに佇んでいる様はそれなりに壮大で荘厳な感じもしなくない。雪が当たり前に
あるし、スキーを目当てに客が訪れる場所ではあるが、豪雪地帯を経験している自分と
しては、住民が雪かきもそれほど慣れていないというのが特徴を言い表しているように
感じられてならない。今年の2月と3月の出来事を思い出して少し憂鬱になるのは少し
早い気もするが、車はスタッドレスに履き替える頃である。


独り言といっても何を話すか決めてはいない。まとまっていないままとりあえず風景描写
をしてみたのだが、それもまあ雰囲気を伝えるには必要といえばそうだ。つまり、物事が
全体的に停滞気味に感じられてしまう季節になったという事である。政治の世界では、
解散がほとんど確定的になったような話を知って、なんだかなぁ…と思いつつも決まった
ら決まったで、行く末を気に掛ける必要も出てくるだろう。ただ、それにしても大した
内容を持っていないという印象。



話は変わるが地元の事を考えてきて、最近では2つの相反する気分が意識されるように
なってきた。一つは「このままでいい」という気分である。自分としては、この条件下
でやれる事についてはやってきたような気がするし、現状を理解し、それも仕方ないし
、受け入れてしまえばそんなにやらなくてもいい、というような気持ちになってしまう。


あとは自分でやるにしても現状の能力不足というのが否めなくなってきたという理由もある
例えば、書こうと思っていたある短編があって途中まではできた。せっかくだから以下に
載せておく



[短編]



某日、長から直々にアナウンスがあった。なんでもこの市に新しい名物を作ろうという提案だった。
その提案に対して、市内ではそれなりにアクションがあったようだけれど、様々な制約の中でカタチ
になりそうなものが出来たという事実は未だ無いようである。名物と言ってもこのご時世では
専ら「食」という事になるのだが、地元の和菓子を中心とした名物の知名度はそれなりといった
ところで、そういうものが自然に人々の口にのぼるところとなり、名物になってゆくという過程
なら頷けるのだが、名物になるように意図して新しく作った物が名物と呼ばれるようになるという
展開はあまり想像できないのが私の本音である。


ただ、何もしないよりは少しは何かをしてみたいというのがあって、私なりに何か創作してみようと
思ったのが最近である。料理の腕は人並み以下ではないけれど以上でもない私は、やはり昔から
友人の間でも定評の『独創性』を活かして何かをするべきだと思った。


「う~ん…」


とはいえ、具体的なコンセプトが定まらないので、一体『何』を作るのか全くイメージできない。
ぶっちゃけ最近有名になりつつある地元のような、そうじゃないような『焼きそば』に全面的に
協力してゆけばいいんじゃないかと思ってしまうのだが、そこはそれなりに市としての意地が
あるのかも知れない。私にも意地があるから、ネーミングだけで何処にでもあるようなものを
作っても意味がないとは思うのだが、安易に分かり易い食べ物に収束させてしまいそうになる。



思いつきで、『食べたことがないもの』を考えてみようと思うが、それはリスクが大きい。何故なら
科学実験よろしく、<そんなものは食べたくない>から食べたことがないものを産みだしてしまう
可能性があるからである。そして自分の嗜好で、何より昔はあれほど好き好んで食べていた「甘いも
の」が年齢的にきつくなってきたところで、適度にしょっぱいものに手が伸びてしまうようになって
いるから、名物として私が好きなものだけで考えてはいけないと分っていても、私が美味しいと思え
るものでないと流石に作るのは躊躇われる。




[ ]




この短編は事実を基にして書いているのだが、明らかにここから先の展開については、実際に自分で
料理の創作をしてみないと何とも言えない。だが料理をするにしても知識が必要である。勉強中で
ある為、その間は書ける事が少ない。どうしてもそこで行き詰まってしまう。ここで先ほどの、「この
ままでいい」という気分も、とりあえず今すぐ何とかするではなく、もっと腰を据えて時間をかけて
やってゆこうというニュアンスも含まれているわけで、具体的には少し時間が掛かるような事に取り
組もうとしている自分を肯定しようというわけである。



だがそれに対して二つ目の「今とりあえず何かをしたい」という気持ちがあるのも確かである。何か
に集中してカタチになったら更新するという方法でやって行った場合、どうしても『日々のちょっと
したこと』に対しての感度が鈍くなってしまうような気がするのだ。『敷居を上げたくない』という
気持ちもある。それなりのものでもいいから続けるという事は一応しておきたい。多分、このブログ
で書くという事で場合によっては誰かの関心を惹くかも知れないと思うからである。




まあ両方を実現するのはとても難しい。

秘密のダシ

大抵の事には重要性がないと括ってしまえばそれまでである。自分にとって大切な事、例えば今日の昼食にはいつもと同じラーメン屋で何とんこつを頼もうとか、や少ない予算を何の娯楽に使おうかという悩みなどに比べれば、見知らぬ場所で生きているであろう誰それが、今日の何時に起きて、その後何をしたかなどという事は、幾らか例外があるもののどうしても重要性がなくなってしまう。


そういうのは利己的だとかではなく、単純に自分でどうにか出来るか、何か貢献できるかという事を考えていれば必然的に、自分の事くらいしかどうにもならないという事に気付いて、ついついそうなってしまうのだけれど、自分としてもこれから先挫けずに生きてゆくためには日々のささやかな楽しみや、休日の娯楽なども大切には違いない。結果、上述の結論に到達し、それを口に出してしまうと


『しかし…』


と思うのである。確かに私は政治家でも何でもない地方に住む一介の市民に過ぎないから、日本の事とか、県の事ですら手に余るし、じゃあ市内の事はというと、若輩者ゆえ何ら関われている気がしないのも事実である。よくよく考えてみれば、いづれ自分の生活にも跳ね返ってくるから大きな事は重要性はあるだろう。が、自分なりに出来る事をやって行っても、大勢には影響していないも同然と言ってしまえる。そう言いたくはないが、シビアな捉え方をすればそういう認識も必要だ。もっとも、そう分っていても、ネット上で息巻いてみたりすることがある。それは愚痴というよりも、世間の声として誰かが言っておかなければならないだろうというニュアンスで参考程度になればいいなと思う事を言っているだけなのだが。



それで具体的に何かが起こったか?と言われれば答えは限りなく「NO」だ。


口やかましい事を文字で見せられるより、視覚的に美しいもの…食欲をそそるようなものを画像でアップロードした方が、誰かを元気にしたりして、実際は求められているなら…なんて想像をしてしまう。



現に、自分にとって大切な事が、とんこつの種類が赤なのか黒なのか白なのか、という事がいつも重要で悩ましい選択として立ちあがるような私と他者がそれほど大きく差異がないのだとすれば、私が気楽に望むような、すぐ伝わって即席で実行可能な提案が情報としてもたらされた方が結果としては何かに貢献できているとも言える。



それでいいのか?


これについては「NO」とも「YES」とも言えない。ただ、どちらを選んだにしても何とも言えないモヤモヤが残るだけである。何かここで言える事あるとすれば、どうする事もできない問題については「多くの人も分り切っている」という事である。「分り切っていて」分り切っているという事を確かめて、それでどうにもならない、だから言うのが野暮になってしまうのである。蒸し返したって。



「何だ、今日も悩んでるのか?白にしておけよ」



先輩は白とんこつを勧めた。私もそれが良いと思っていた。


「そうですね、じゃあそれで…ところで先輩」


「何だ?」


「重要でない事については、考えるのは馬鹿馬鹿しいですよね」


「何だいきなり…」


「いえ、ちょっとさっき世の中の多くの事は重要でないって思えてしまったので…」


先輩は『またいつものあれか』というような呆れた表情をする。でも律儀なのか、一応答えてくれる。


「まあ、お前が具体的に何を浮かべているかは分からんけど、それなりにバランスは取れてると思うぞ」


「バランスですか?」


「これはあくまで俺の考えだが、人間っていうのはある程度年とってくれば自分が出来る事がだんだん分ってくるもんだ。出来ない事をどうにかしようとするのはそんなに簡単じゃない。となれば、出来る事を探すよりも出来る事の中で何とかする事を覚えるっていうのか、まあ何ていうのか色々な事情を知ってある程度納得してしまうんだろうな」


「ええ、まあそんな感じですね。ただそれとバランスって一体どういう関係が?」


「まあ慌てるなって。つまり、納得しているっている部分があって、更にどうかしようと思うのは納得している部分に逆らうって事と同じなわけで、バランス的に言えば、更にどうしようかと思えているのは納得していない部分なんだろう。納得している、何とかしようとしている、この二つの意思がバランスしているっていう事だと思うんだ」



「ああ、なるほど。確かにそう考える事もできますね」



「最初の話に戻ると、お前は最初『世の中の多くの事は重要でない』って思えたと言ったよな」



「ええ、そこからですね」


「でもそれを俺に相談するっていうことは、そう思えていない部分が、それを納得してないって事の現れだろう」



「そう…ですね。多分」



先輩は私以上に私が見えていた。先輩はこう続ける。



「そもそも「思う」っていうのは、やっぱり度合いがあるんじゃないかと思う」


「度合いですか?」


「そうだ。一瞬そうかも知れないって思えるくらいの事は、そんなに思ってない。本当にそんな事思ってたら、全部無視するだろう。だが完全には無視できない。それは現実、或いは世の中が、色んなものとの関係で成り立っているという事を確信しているからだ。色んな生き方はあるが、こういう生き方をしようと思ったら、必然的に制約が出てきてしまう。まあ具体的には仕事絡みで」



「まあそうですね。そこに集中しなければ仕事になりませんもんね」



「それを全肯定するつもりもないけれど、そうしなければ生活が成り立たないのだからそれ以上の事は月並みな事だが出来る範囲で続けてゆくしかないんじゃないか?」



「それで何かが起こりますかね…?」


「知らん」


「え…?」


流れから予期しない事にすこしたじろいでしまう。


「だから知らんて。起るかも知れないし、起こらないかも知れない。それだけだろう」


「ま、まあそうですが」


その通りだったので何も言えなくなってしまったのだが、釈然としかなったのも確かである。


「ただ…何か起るとすれば、そういう状況でも何かを続けている奴になんだろうなと思う。うん」


それは自分に言い聞かせているような調子だった。これを聞いて私は先輩について、気になる事があった。


「先輩は何かそういう事をしてますか?その準備というのか…」


先輩はその瞬間、にやっとした。


「それはお前にとって『重要な事』か?」


「あ…」


そう、それはこの瞬間においては『重要な事ではない』とは自信をもって言えない事だった。


「ま、まあ重要ですね」



「重要だったら教えてやる。これも月並みな事だが、なるべく関心を持つようにしている」



「例えば…?」



「簡単な事だ。『何でお前は白とんこつが好きなんだろうな?』とかいうどうでも良い事でも、ちょっとだけ考えてみるようにしているんだ」



「え…あ、ははは…確かにいつも「白」ですよね、俺」


先ほどまでの律儀を発揮してくれている様子とはうって変わって今度は楽しそうに先輩はいう。


「これは推測なんだが、お前って…ああ、ちょうどラーメンが来たか。そう、この「赤とんこつ」みたいに辛いのそんなに得意じゃないんだろ?」


「いえ、違いますよ。辛いのも食べられるんですが、単にあっさりしたのが好きなだけですよ」


「ふ~ん。お前らしい理由だな。納得した。そういえばあっさり系だとな…確か…」



と話は自然とうまいラーメンについてに移った。こんな出来事も自分以外にとっては重要な事ではないかも知れない。でも、それなりに大切なことも、含まれている。多分、白とんこつに若干含まれているであろう企業秘密の秘密のダシ程度には。

エリザベス女王杯

今週は牝馬GⅠエリザベス女王杯に他3つの重賞があります。地元福島でも福島記念
が開催されます。


まずは2歳GⅡのデイリー杯2歳Sですが、古くはニシノフラワー、ビワハヤヒデなどの
名馬が制したレースですが、シーキングザパール、メイショウボーラ―、キャプテントゥー
レとコンスタントにGⅠ馬を輩出しているレースですね。現役のクラレントも2011年に
このレースを制しています。個人的にはまだ若かりし頃のファストタテヤマも勝っている
という事実も注目に値すると思います。今年はオルフェーヴルの弟、アッシュゴールドが
池添騎手で出走するみたいですね。あとは橋口厩舎でハーツクライ産駒のナヴィオンも既に
オープンを勝っているので外せないでしょうね。

そしてダートの武蔵野Sは、旧コースのレコードを記録したクロフネの勝った2001年を
回顧しないわけにはゆかないでしょう。9馬身差をつけて圧勝したクロフネの次走のJCダ
ートは動画を見る度に「本当にこのまま現役を続けられたらどうなったんだろう?」と思えて
しまえる程です。ダート適性が決定的にあると分かったこのレースは重要なのです。今年は
安定感のあるエアハリファが人気になりそうですね。



今週は日曜に2つの重賞があります(訂正しました)。福島の福島記念は過去の
レースについて調べればすぐにダイワファルコンの偉業に気付くでしょう。同じ重賞
の3連覇については、今年の夏に中京記念でフラガラッハも挑みましたが叶いま
せんでした。ジェンティルドンナもJCで制すれば3連覇ですが、ダイワファルコンに
ついては確率が高いかも知れません。



最後にGⅠエリザベス女王杯です。武豊の2001年から2004年までの連覇がエグいです
ね。最近ではCMでも流れていますがスノーフェアリーの為のレースと回顧されるような
末脚を見る事が出来ましたね。そしてエリザベス女王杯といえば「荒れるレース」です。
展開の綾で本当にフロックで勝ててしまうような気もしなくないレースなので、いつも
「今年は強い馬がきっちり勝つか」という事も予想しておかなければなりません。そして
メンバーではヌーヴォレコルト、メイショウマンボが上位で、他にもGⅠを勝った馬には
人気薄でも注意しなければならないでしょう。

それぞれ

『結果を考えて行動していても始まらない』という行動の指針があるといえばある。


やってみなければ分からない事

だいたいこうなるだろうなという事


この二つが対立するように考えられているけれど、『だいたいこうなるだろうな』とい
うのはそんなに違ってもいない。それでいて『やってみなければ分からない』というの
も確かなのだ。とはいえ、『だいたいこうなるだろうな』という予期が既に固まっている
中でさらに挑戦して、別の事に費やせたかも知れない時間やエネルギーを、そちらに費や
す意欲やモチベーションが常にあるというわけではない。



結果を考えないで「する事」として、闇雲に動いてみたらどうなるかという事などは流石
に知れている。「それをしない」という事では、当面できる事は静的な印象を与えてしまう
活動になるだろう。


実際、市を訪れたとして何をするのか?





ここからありきたりな事を述べる事もできるが、この感覚はこの町に暮らしている人にとって
は共通するものかも知れない。そこを訪れる事で何か得られるものがあるというのでないと、
『結果を考えて行動する』という意識の人にとっては、何も得られないから訪れないという
事になる(市といっても、主に商店街の辺りの事をイメージしているのだが)。



そこに魅力的な何かがあればいい。という事は分っている。期待させるような何かがあればいい
、という事も分っている。ただここで『他者』という視点を取り入れれば、そこを訪れる『誰か』
が何を求めるか、何を魅力的だと思うかは完全には分ってはいないのだ。







…という感じで当たり前の事を出ない記事を今日は上げてみる事にする。

冬の風物詩

屈強なクリスマス。元旦前の頑丈なクリスマス。ひねくれ者の性で破壊しようと思っても、言ってしまえばそれは概念、観念、雰囲気、習慣、といったそもそも破壊できる対象ではないものだ。そして雰囲気や習慣は、一時的に妨害したところで容易に回帰してしまうものなのである。


屈強なクリスマスよ、僕は独り宣戦布告しよう。このクリスマスという色に染め上げられてしまうであろう世界に、一つの珍奇な概念や観念を与える事で印象を局所的に破壊してしまってから、以降徐々に侵食させてしまおう。その観念とは…



久々に訪れた友人宅で演技がかった台詞を云う僕。ひねくれ度でいえば僕とドッコイどっこいな友人はその先に続く言葉を待っていた。



「いや、威勢よく言ってみたわりに何にも思いつかないんだけどね。だって、人が楽しむことに対しては別に悪く言いたくないし。単に僕は、12月24から25までの世の色付け方が『ユニーク』つまり単一である必要がないと言っているだけなんだ。つまり、オルタナティブがあって良いじゃないかという提案をしたいんだね」


肩すかしを喰らったカタチになる友人。ただ発想の芽としては良かったのか乗ってくれる。


「新しいライフスタイルの提案みたいなもんか?」


「そうだね。その日の捉え方は人それぞれで良いんじゃないかと思うんだよ。それこそその日に断食しても良いし」


「極端だな。でもそういう辛いのは受け入れられないと思うし、仮にその提案があったとしても、受け入れるかどうかは自由なわけだから、メリットが必要だよな」



そこで僕は少し良い事を思いついた。


「あとは消極的な作戦がある」



「それは何だ?」


「つまり12月23日に全力を尽くすようなイベントを計画して、24日を祝う気力を失わせてしまおうという作戦さ」



「お…おう。じゃあ具体的には?」



「そうだな…」



僕は遠い目をする。屈強なクリスマスを打ち破れるようなその前日の…。僕はネットでググりはじめた。その時12月23日について一つの事実を知るに至った。


「良く聞け!!この12月23日は競馬ファンにとってはとても大切な日だ。何だか分るか?」


供に競馬ファンな二人。だが、その日は競馬ファンにとってはとても重要な日である事には違いなかった。


「う~ん…ごめんわかんない」


「その日はな、1990年にオグリキャップが有馬記念で有終の美を飾った日だ!!」


「あ、そうだったのか…」


僕はニヤリと嗤う。


「つまり、その日にオグリキャップの全レースを回顧して、オグリキャップ像前で祈りを捧げ、要するにオグリキャップ充をすればいいのだ!!」


「ニッチだなぁ…。競馬ファンはするかもしれないけど…」


それを聞いて、僕は少し思う事があった。


「クリスマスだって最初はそんなもんだったんじゃないのかね?だが、純粋に何かを祝福しようという温かい気持ちが結果的に受け入れられて世界的なイベントになった。ただ全ての国でそういう風習があるというわけではないだろう。だからこそ、その馬を純粋に愛するという気持ちから始まったイベントは広まるかも知れない…」



自分的には良い事を言ったつもりだった。ただこの理論には穴があった。


「でもさ、何にせよクリスマスに差し障りがあるようにと願っている不純な動機から始めようとしているんじゃないのか?」


的確過ぎて、何も言えない。



「まあ…。それは否めない」


「ただ…まあ、そういうのを除いたとしても、特別な日である事には違いないな」


「ひっそりと祝う程度なら良いのかな?」


「いいんじゃね?」


こうして、当初の意気込みとは程遠い局所的でふわっとした風習が二人の間で始まろうとしていた。

競馬の目覚め

私(管理人H)が競馬に目覚めたのは1997年の事。サニーブライアンがダービーを
逃げ切った年だ。こんな風に、西暦と日本競馬の出来事というのは自分の中で関連付け
られている。そういう人間になってしまったのも、当時所有していたPSのソフト、
「ダービースタリオン」のせい、いやお陰である。既に『ダビスタ』という呼び名で
通っていたこのシリーズは、ファミコン時代、スーパーファミコン時代で殆どゲーム
として完成されていた。折しも競馬ブームで、スーパーファミコン辺りで登場した
ゲーム内のライバル馬は現実の名馬と対応していて、マイナーで渋いゲームというよ
りは遊んでみると非常に大衆向けで、爽快な内容だった。


『強い馬をぶっちぎる』


中学生時代、陸上部で長距離を走っていた自分は、レースでぶっちぎるという姿に魅せ
られた。その『ぶっちぎる』という事によって見せつけられる『強さ』というものに
憧れたのである。…が、それは一つの見方であり、実際のところPS版のダビスタで
最初に行った事と言えば、繁殖牝馬から産まれた牝馬を育てて…その牝馬の子を…
という今では同じ競馬シュミレーションのウイニングポストも力を入れている牝系を
絶やさない努力だった。ダビスタはPS版では既に5代ほど繋げると、それ以降は
能力が伸びないという制限があった。だから7代とか繋げたところで自己満足だし、
牝馬の名前が血統に残るわけでもなかったので、あまり意味のない拘りだった。
そもそも近くに住んでいた同じ陸上部の友人達の勧めでダビスタを始めたのだが、
その人達が次第にぶっちぎるような強い馬の生産に切り替わったので、それに倣って
自分も強い馬が作りたいなと思うようになってからが、「ぶっちぎり」に魅せられ
始めた時期である。


O氏と同じクラスになったのは一年後の1998年、スペシャルウィーク、キングヘイロー
、そしてセイウンスカイというクラシック三強が出た年である。この年に現実の競馬で
起った事は書ききれない程である。ドラマがあり過ぎて、一つ一つをコラムに出来る
かも知れない。ちょうどそのころまでにゲームだけではなくてゲームの攻略ついでに
勝った競馬雑誌を読んでいるうちにつけた知識で現実の競馬もGⅠくらいは見るように
なっていた頃である。


中学二年。もし競馬が無かったら今でいう中二病のようなものを患っていた可能性が
無いとも言い切れないのだが、現実の実際のレースに集中する事があるからか、わりと
シビアな現実を受け入れる事が出来ていた。応援した馬が勝つわけではない。強い
と思った馬でも負ける事がある…


「競馬に絶対はない」



既にそれを受け入れる事が出来る知識は持っていた。既に別な競馬ゲームで競馬に少し
興味をもっていたO氏と会話し始めた時の事は結構よく覚えている。ただ、何故学校で
競馬の話をしていたのかはよく分からない。自己紹介で「競馬が好きです」とでも言った
のだろうか?とにかく、以降競馬を中心に会話が始まり、呑み込みの早いO氏は瞬く
間に競馬に染まって行った。競馬ファンなら誰しも最初に好きになる馬や騎手がいるが、
O氏のメジロドーベルとその鞍上に対する愛情は並々ならぬものがあった(それを
子供とか孫とかまで含めた歴史をコラムにすれば結構おもしろいものが書けると思う)。



「競馬に絶対はない」


これを実際に経験したのは同年の天皇賞秋である。あまり語りたくはない。ショッキングな
映像は、競馬を続けてゆくうえで一つの観点を与えた。まず馬が無事でなければならない。
そう、ダビスタというゲームで『よくある』予後不良というものが単に後味が悪いイベント
としてではなく、起らない欲しい事になったのもこの辺りからである。



O氏はその時何を思ったのだろう。そしてもう一人競馬に染め上げていたナイーブな感性を
持つK君は。そして運命はまさにその次の週に、ある意味で、ゲームが中心だった毎日から、
現実の競馬を楽しむように転換させた出来事を用意していた。



セイウンスカイの菊花賞逃げ切りである。



多分、今後嫌な事があったとしても、何度競馬から冷めそうになっても、あの時のような
感動をまた現実で味わいたいと思うだろう。競馬の目覚めは、同時に中二の坊主にとって
現実への目覚めでもあった。

競馬コラム

二本松をこのブログで意識し続ける事とは別に、二人の『ノリ』で出来るものを進めてみたい
という気持ちがある。二本松だけに限定せずに、二人の個人史と様々な歴史を関係させて、
無謀にも位置づけてみようという試みは少しだけ実現するかも知れない。


一つとして『競馬の歴史』と『自分達が経験した競馬』を上手く関係させて、コラムの
ようなものを書くというのは良いような気がする。

短編について

「何かがあれば」「何かをすれば」


それはIFではあるが、可能な事、手に入れられる物、作りだす事が出来るものだったとすれ
ばそんなに現実的思考から遊離していない。そういう事、ものが実現した場合を考えると


「〇〇があれば(すれば)、△△が起こり(となり)…」


という風に想像は広がってゆく。二本松では最初の「〇〇」に何かを入れるとほとんどの場合
実現可能性は難しいか有効ではないのだけれど、それが実現した後の「△△」というのがある
意味で大した事がないという事が予想されてしまう。それは言ってしまえば経験則から導き
出される事だが、この町の状況を確認していると自然に、否が応でも想像されてしまう事でも
ある。


いつも行政のバックアップがないところから勝手に始めなければならないようなものだ。何か
を既に持っていれば始めやすいけれど、ほとんど何も持っていないに等しい。その条件の中で
始められる事がやはりネット上の活動に限られてしまうのも仕方のない事である。



がHの方はそれでも良いとして、O君の方はもう少し何かが出来ないかを具体的に考えている
筈である。二本松に対して直接的には出来ないけれど、二本松を考えやすく、何か良い処を
見つけるという少し地味な作業に徹するというのが当面する事のように思える。


結局のところ、「何かがあれば」「何かをすれば」というのも、目に見えるカタチで、或いは
読めるものとしてなら、創作の中で「この町に何かがあれば」「この町で何かをすれば」と
いう題で想像を広げつつ、舞台となる場所の良い処を少しづつ切り取ってゆくというのが
効果的であるように思える。


それが『短編』でやろうとしている事なのだが、まあどうなるかは分からない。

遠く

そのままというのは何か物寂しいようにも思える時がある。明るい情緒に彩られ、鮮やかに輝いて見える時ばかりでもない。だからこの町を歩いていて感じる物寂しさというものを感じるとしたら、それはそれで何も感じていないよりは確かに私がそこにあるという事が明らかであり、確かに目の前にあるものが本当だと認めている証拠でもある。


そうは云うものの、この町がこのままなのだろうか?という事については確信をもって「そうだ」とは言えない。何かこの町で良い事が起って、ワクワクできる日が来るという未来は望みが薄いかもしれないけれど、でも全く可能性が無いというわけではない。諦めつつもどこか諦めきれない。そういうのは性とも人情とも言えて、だから常に、そこから私は何をすべきなのだろうか?と考え始めたり、とにかく何かを始めたりしてみるのだ。


この町に「何かがあったら」と思う事は多い。「何か」が何なのかは分からないけれど、「何か」があるという想像でこの町をみるというのもそんなには悪くはない。現実逃避なのか、何かしら新しい事を考えてみる前向きな思考なのかは分からない。ただ、それも一つの力強いイメージのような気がする。現実に打ちのめされ、それでも何かを思い描こうとする能力は人間だけのものと言っても良いだろうか。まあ、実際のところ烏とかイルカとかいった知性のある動物については、もうちょっと色んな事を考えてそうだから、なんて軽口を言ってみたりしよう。


ラジオでよく知った歌が流れる。最近はとみに、90年代のポップスが流れたりする事が多くなったように感じているけれど、あの時思春期真っ盛りだった私が、意味も分からず口ずさんだり、大声で歌ったその歌詞とメロディーが今頃になって、言ってしまえば時空を超えるようなタイムラグでもって沁みてくることがある。


あの頃は分らなかった。いやあの頃はあの頃の私なりに解釈していた。だけど、多分その人達がその時感じていたであろう事が、ようやく様々なニュアンスと供に伝わるようになったのだ。


『懐メロに浸っているわけではない。むしろ再発見しているのだ』


と強気に言っては見るものの、今思春期を生きる人にしてみたら昔を懐かしがって回顧している事と変わらないのだろう。それでも確かにそのメロディーから何かを感じてまた頑張ろうと思えたりする。



そのままの気分で外に出る。自分のペースで歩き出し、どこに行くかを決めないまま。




草原のようにもみえる場所で、思いっきり空を見上げる。一面のうろこ雲は何となく非現実的というのか幻想的だった。現実にも幻想的なものは確かに存在する。少ないし、自然の一瞬の表情なのだけれど、それを見ていると何となく色々と思い浮かべる事が出来る。普段はその向こうにあるものを「どうせ分りきったものだろう」とシリアスにみてしまうけれど、この時ばかりは「きっと世界にはもっと色んなものがある」と信じられる。いや信じるほどではないけれど、そう考えても良いなと思える。でもきっとそうに違いないのだ。




「このままなんて誰が決めたんだ」



自分の口から出た一言をよく確かめる。「このまま」、「こういう風」に進めようとする人はいるかも知れないし、「このまま」だと割り切っている人もいるかも知れない。多分、大枠ではそうだ。どんなに幻想的な物語を続けたとしても、現実がそういう風に変わるわけではない。だからと言って、自分が今「そうしかならないだろうな」と思っているままだとも思えない。自分の力を信じるわけではないが、「自分がここで何かをする」という事を続けた場合にはきっと違う風にもなるだろうなと予感できる。



「まあそれが面倒くさいのは確かなんだけど」



面倒くさいと自嘲気味におどけつつ言ってみるけれど、本当はそうではない。続けてゆくというのは現実的には困難、とまでは行かないけれど大変なのだ。もしかしたら少しのんびりするという今やりたい事を犠牲にしなければならない事だと分っているからだろう。未来を信じるより、今確かにこうあるというところに留まっていた方が楽なのだ。そして現実的でもある。



だけど、あの歌はずっとそんな脆い、未来なんてものを信じようとしていたような気がする。ほとんど分りきっているように思える未来。少なくともこれ以上は無いんじゃないかって思えてしまう事もある。そうなったら、本当に回顧しているだけになってしまうんだろうと思う。それはそれで悪くない。



「悪くないんだけど、なんか足んねぇんだよな…」



そう何か足りない。一生懸命にやったら出来るかも知れない事。馬鹿馬鹿しくも全力で走っていたあの時の、あの時だから見えていたものを、まだ追いかけても良いのではないだろうか。多分その先にあるものはあの時とは違うものだ。でも、それはあの時と同じ『今、一生懸命追いかけているもの』である。



カタチも、色も、眩さも、あの時とは違うけれど、あの時と同じ匂いのするもの。ずーっとずーっと遠くにあって、一生かけても届かなないかも知れなくて、でもやっぱり追いかけてしまうもの。ほんの少しだけ、見えている気がするもの。



追いかけ方も、あの頃とは違う。だからと言って、そんな今の自分も嫌いではない。



「そういえば、そろそろあの人新曲出すんだよな…どんな曲だろう」



ここで生きてゆく。『でも、この世界で一緒に生きているんだろうな』と当たり前の事を思う。

そら くも

20141106145307c36.jpg

当たり前の光景にも時には驚いたりします。『うろこ雲』ですね。均一に散らばっているので、幾何学的にも美を感じてしまったりします。

2014年11月某日

二本松について調べようとする際に書籍やWEBの情報が少ないと感じる。そこで自分
なりに過去「二本松」というカテゴリーで書いたことを編集してみようと思う。そこから
浮かび上がってくることもあるかも知れない。二本松とはどういうところなのか議論する
際の土台になれば良いと思う。


さて、手近なところからwikipediaの二本松市の記述を確認してみよう。
福島県の中通りの北に位置する市、智恵子抄、阿武隈川、安達太良山というのが最初の記述である。概要は
そのままコピペした方が良いかも知れない。



福島県を代表する城下町のひとつに数えられ、観光の市として特色を出す。二本松城は、福島県内の若松城(会津若松)、白河小峰城(白河)と共に、日本100名城にも選定されている。そのご城下で執り行われる「二本松提灯祭り」は、福島県内で行われる神社例大祭の中でも、群を抜く規模と参加者の威厳を肌で感じられる祭りである。
二本松市は菊の城下町と称され、日本最大級の菊人形展「二本松の菊人形」が行われている。山の名所で、二本松市のシンボルでもある安達太良山。温泉地として岳温泉が知られている。
福島県内で会津と並ぶ、古くからの日本酒酒造メーカーを多く抱えている地域でもあり、市を代表する産業のひとつである。
東京都心からちょうど250kmに位置する二本松市。県庁所在地の福島市から二本松市はおよそ20km圏内に位置し、経済や文化など様々な面で、密接な関係にある。





その後の記述からは二本松市の産業である酒造のことや、人口の減少などのことが大まかに分る。
基本的な事はこれくらいだが、地元に住んでいる人間が日常意識している事とは少しばかりギャップ
がある。私が考えてきた事、語りたかったものは細々とした事や、『雰囲気』や『空気』のように
見えにくいものである。それを語るのは少々危険だし、あてにならない部分はあるが、一つの見方
としては許容されると思う。


さてまず二本松が市として抱えている問題を洗い直してみよう。「二本松」というカテゴリーで
書いてきた事をまとめるに過ぎないけれど、まとめ方次第では問題同士の関係が見えてくる
かも知れない。


①二本松を活気のある町にすることは条件的に難しい。

②一般的な田舎としての不便さがある。具体的にはバスの少なさ…ただこれについては改善されてきているところがある。

③気候的には夏と冬で寒暖差が大きい。ただしこれは福島の他の地域についても言える。

④城下町として栄えてきたためか商売が上手くない。

⑤何も始めなければ新しく何も始まりそうにない。

⑥歴史的に産業の面で失敗してきた事が多いからか、はてまた政治的な運動が弾圧された歴史があるからか
、新しい取り組みや発想に対して抑圧的なところがある。

⑦積極的な変化を好まない(?)

⑧気軽に何かを始める事が難しい環境である。

⑨二本松の歴史に詳しい人が実はそんなに居ない。


この上更に福島の原発事故の影響などがあるが、基本的にはそれ以前から厳しくなるだろうという要素
があったように感じる。ここに最初に述べた二本松に関する書籍やWEB上の情報が少ないという事情
も加わり、まず調べて知る事が大変である。勿論、良い処もたくさんあるし、菊人形は今の季節には有名
である。スキーもこれからの季節は良いだろうし、温泉もたまにはゆく。それでも中心地ともいえる商店
街に賑わいはなく、このままで良いというわけではないという事も明らかである。

2014年11月某日

二本松の同じ中学で同じクラスだった管理人HとOは、大学時代ネット上で『スピスタ市』
という個人のHPを作って架空の都市をネット上に設け、O氏曰く『その中で毎日詭弁を
論する事に明け暮れていた』。そこそこ軌道に乗っていたHP運営だが、就活、或いは進
路の事が迫ってくると、次第にそちらに集中せねばならなくなり、中途半端な活動に対し
て否定的だった管理人Hの意見によりスピスタ市は事実上の解体。今も、スピスタ市の痕
がWEB上に削除されないまま残っている。


時は流れて2012年10月の提灯祭り。その少し前からお互いの消息を確認していた
HとOは祭りが行われている二本松市内で合流し、地元で唯一とも言えるファミレスで
過去の事などを語らい合っていた。話が現在の事になり、ともに現状に対して思うところ
があるという事を確認し、Hは「何かを始めてみないか」と提案した。そこから再びWE
B上に二人で作り上げるブログを立ち上げる流れになった。そのタイトルは「その後で(
仮)」その時の雰囲気は、ドキュメンタリーのように「ファミレスにて」というカテゴリ
ーで二人の視点から語られている。


最初はどういう風に運営するのかも決めておらず、勢いと見切り発車で実行に移されたの
だが、アイディアを出してゆく事から始め、出てきたアイディアは凡そ以下のものである。


①スピスタ市の運営で無理なところがあったという反省から「スローペース」で。

②空間的な広がりを感じさせるような、例えば「市」や「街」などをイメージさせる。

③妄想の力を使って。

④何かルールを定めて、その中で「遊ぶ」。


ここから後々考えられた事だが、妄想、つまり現実にプラスαのような設定でパラレルワー
ルド的な何かを作って、そこで役割を演じてみるという方法も候補に挙がった。それを実行
する際に、現実に近いものにするか、架空と言っていいようなものを作って冒険してみるか
というような現実からの「ズレ」の度合いの大きさをどのあたりに定めるかという事が難し
いと分った。イメージするものが二人とも違ったという困難もあった。


難しい事に挑戦しようとした為か、その後アイディアも実際に作り上げる作業も遅々として
進まず、お互いに個人のブログは持っていたのだが、ここで書くことはなく、凡そ8か月ほ
どの実質上のブランクとなった。


2013年の7月某日O氏は放置状態となっていたブログに記事
をアップした。それはつぶやきのようなものだったが、その後、O氏なりの考えが数回に
渡って更新され、Hこと私はそれに対してリアクションを起こす。もともと「対話」
を意識したものになると思ってはいたが、何かを始めるうえで大切な
『ノリ』
というものをそこで思い出した。それに対して再びO氏が答えたものは
『空気』というものだった。


そこでも語られたが空気というのは、二人が抵抗しようとする何ものかを言い表していた。
振り返ってみれば、ファミレスで話し合っていた「二人が出来る事」というのは最終的な
目標としては二人の住んでいる二本松市という場所で何かするという事になるのかも知れない。
「身の回り」でも面白くしたいというのは、よくよく考えてみれば二本松を面白くしたい
という風にも受け取れる。ある意味で、自分達が目を向けるべきものがはっきりしてきた
とも言えた。ただし、HはともかくOは自分の仕事にも関わってくる事なので、中途半端な
事であればわざわざこのブログでする必要はないのかも知れない。


当初アイディアの③の妄想についてHは否定的、或いは批判的だった。現実の相対化の手段
としてパラレルワールド的なものを構成してみる事は有効だが、その妄想の世界に逃げ込むと
いうのは個人的な心情で避けておきたかったからである。二人で試しに作ってみようとした
小説もその心情がネックとなり続けられなかった。


ただ、二本松の現状を肯定するだけではなく面白くしたいのであれば、やはり妄想的なところ
からも何かが始まるのかも知れない。仕事がら現状をよく知っているO氏とそもそも現状を
よく知らないHでは求めるものに違いがあったのである。


これ以降、Hはまず二本松市を知る事から始めようと考えるようになった。最初は地名を
伏せておいた「二本松」というカテゴリーを作り、自分なりに二本松について調べた事、
そこで気付いたことを載せていった。一方で、Oは「ノリ」という事から二人の共通点
だった競馬という趣味に目をつけ、10月の末に自己満足競馬小説を執筆し始めた。
後にHも競馬小説を書き始め、以前からの目標でもあった、二つの視点が交差するような
小説というのが一部実現した。鋭意制作中だが、スローペースゆえ気長にお待ち願いたい。



Hは中学や高校、大学あたりの過去の中にも今に活かせるようなものがあると思い、過去話
というカテゴリーを作った。単純にノスタルジーに浸るのではなく、二本松の事を思い出せる
かも知れないという目論見もあった。



Hが地元を歩いたり本を読んだりしながら二本松の歴史と現状について理解を深めているうちに、
「二本松を語るにしてもとっつき易さ」がなければいけないと思うようになった。二本松に
ついて断片化された情報ではなく、編集され、雰囲気や、リアリティーがあるようなものを
書く必要があるだろう。同時にこのブログ自体の歴史を文脈として分かり易く編集すれば、
今何をしているのか分かり易くなるのかも知れない。



そして現在、このブログ上の事を編集している。

文脈

『文脈や背景を知れば面白くなる』


という事を先ほど書いていた短編からちょっと言葉にできた。普通の事だけれど、
ではこのブログで『文脈や背景』が分るようにそれを説明していた項はあるだろ
うかと考えると、上手い説明ではなかったような気がする。歴史にしても織田信長
のようによく知られていて語り尽くされている、酷使されている存在ではない人達
が織り成している事だから、面白いと感じるのはよっぽど歴史が好きな人だろう。
地域の事にしても、文化的、経済的な背景がしっかり見えてこないと、意味のある
行為が「何故そうするの?」という事が見えてこなくて面白いと感じれなくなって
しまう。


もちろん面白い事だけではないのだが、それでも背景、文脈についての説明がない
話で興味を持ってもらう事を自力で探せというのも難しいだろう。



ブログというのはそういう意味では、過去に書いていったものが表示されにくく
なってしまうのでここで続けてきた事ですら「文脈」を説明するという手間を
省いてしまうと、何の事やらわからなくなってしまうかも知れない。普通の
ブログで「日々の事を記す」という事に徹していればいいのだが、もう少し
何かを狙ってやりたいというのがあるので、どうしても過去に書いたものを
上手く参照する必要がある。



そういう意味で、『編集』というのは強力な武器である。新しい事を書くこと
ばかりが意味があるのではなく、過去に書いてきたものの配置を考え並べて
ゆく事で、狙っていた文脈が伝わり易くなる、だけでなくて意外な並べ方
による発見もあるかも知れない。少なくとも、このブログを始めるきっかけに
なった事と、「それ以前」の中学以降の付き合いとか、大学時代の遺産の
ようなものも関連付ければ、そこそこ面白いものになりそうな気がする。


やろうとすると難しいのだけれど。

歴史に思いを馳せて

歴史ある町。それは日本の共通認識と言っても良いのかも知れない。ただ実際に意識調査をしたわけでもないので、漠然と毎年同じ季節になると年を召した方々が同じようにこの地を訪れるという事実から単にそう思うに過ぎない。一度は名前を聞いたことがあり、日本のどの辺にあるのかの認識はまちまちで、歴史が好きな人にとっては幕末を常に思い起こさせる土地。

人それぞれ違う認識はあるものの、ある程度共通した見方がある。まあそれもこの町がそういう情報や色を積極的にアピールしてきたという過去の努力の賜物かも知れない。そういう風に評価する一方で、私にとってはこの町は私個人の身近で短い歴史を証明するような場所である。


歴史はそのままでは「感じられる」ものではない。ここで成長したにも関わらず、意識は遠い彼方にあったような思春期には、古臭いものというイメージが先行してかあまり積極的に地元の歴史を勉強してこなかったのもあり、漠然と「歴史」=「古いもの」という目でその光景を見つめていたと思う。それも『今を生きるもの』としては一般的な視線である。自分の与り知らない過去の事よりも「今どうするか」それに一生懸命だった毎日はそれはそれで充実していたように思う。


そんな少年だった私も少し歳をとって、「生きる理由」とか、「人間とは」とかそういう哲学的な事を考え始めたころから、生きるという事の醍醐味は「実際にそこで何が出来るか」という思考が徐々に擡げてきたのである。不便なところも多いこの町。とはいえ、その不便さは過去、人々がその中であたり前にやって来たものとさほど変わらないのかも知れない。便利にはなった分、要求されることが高度になったり、スピードを求められるようになった。その代わり生活はある程度保証されている。この町の歴史では、食べる物さえ危かった時代、そしてその時代を政策とはいえない政策で乗り切ったというより、やり過ごした歴史がある。その歴史的事実を信用するならば、そういう時代を生き抜くことと、この時代を生き抜くことに、条件の違いはあるにしても、「人間として生きる理由を見出して生きる」という事は普遍的な事であっただろうし、歴史の奔流に人生を左右されながら、時には『何か』に人生を捧げたという事は、時代を超えて理解されるべきものである。



ある意味では、そういう事を考えている時点でもう少年ではなくなったのかも知れない。年齢的な事ではなく意識の問題で。


だが、そうであるにしても現代は『何か』を見出すのが難しい時代でもある。社会的事物が相互に依存して成り立っているという事がはっきりと了解され、もはや何の為の何なのかという解釈は立場の違いで変わってしまう。経済に捧げる人にとっては、お金の流れが全てかも知れないし、政治に携わる人には権力の拮抗なのかも知れないし、一般人にとっては消費しつつ生産する流れとして感じられるかも知れない。そうやって普通に続いている流れの中で、何かを自分『流』にアレンジして、それを続けてゆくというのは案外難しい事だ。時代の要請は、今も昔も、社会に適応させるように教育し、都合の良い情報を与え、監視する、という中でほとんどの事は決まってしまうように思える。社会自体の許容範囲が狭ければ、それに合わせて生きるしかなくなる。



自分のスタイルが、社会に許容されるか?



許容されているかどうかを確かめる確認作業が、ネット上での『いいね』ボタンの取りあい、やり取りが全てではないにせよ、明確な意思表示を伴った視覚化された数値は、安心感を与える。といっても、自分はそんなに許容されている気はしない。


スタイルが社会に許容されるというのは、それを続けてゆく事の困難が少ないかどうかであって、スタイル自体を自分で「良いと思える」かどうかには影響しない。自分でそのスタイルが良いと思うし、それしか出来ないというなら、他者の評価はあまり意味がない。ただ、社会が許容するかどうかはそれを続けられるかどうかの一つの基準であるので、それを知ろうとして、情報発信というアクションをし続けるはずである。



歴史的な過去と今では『枠』が違う。選択肢が多く、その意味では自由度がある枠でありつつも、実際上は能力や性格がモノを云う。適材適所とはいい言葉だが、裏を返せば不適だったら違う事をやれというアドバイスを与えている事になる。勿論、合理的に考えれば不適だったら続けるのは大変だし、辞めた方が良いだろう。問題は、「合理」的判断を突き詰めてしまうと、最初限りないように思えた選択肢の多くがもう除外されてしまうという事である。専門化が著しいという事もあって、『何か』に集中すれば、別の『何か』は疎かにしているつもりはなくても不十分になってしまう。実際に可能な事、『現実的に可能な事』はだからそれほど多くはない。経済状況もそれを加速させている。選択肢はあるようでない。



ただそれは嘆きというわけではない。自由に決める際に一番悩むのが、何を限定するかという事である。全ては無理なのだ。だからこそ、何か制限の中でできる事をとりあえずやってみてそこに集中してみるのがそこでいう「選択」なのだ。つまり選択したスタイル、先ほど許容されるかどうかを考えていたスタイルというのは、可能な事の中で見出したものである。



できればそれは許容されて欲しい。



それは一種の拘りなのだろうか?




様々な空白があって、そして歴史に思いを馳せる。何が時代の中で肯定され、否定され、圧殺され、受け継がれ、廃れて行ったのか。私がやろうとしていたのは、そこに少しでも痕を残せるという事だった。受け継がれる事はないかも知れない。ただ、今ここにある誰とも知らない古い誰かの足跡と同じようなものなのかも知れない。


だが、険しい中のその足跡は確かに名前こそ残さないが、誰かが通った事があるという証明を与える。私が少年だった頃、自分が前に行った事のある先に進もうと思って冒険した事。それとそんなに変わらないのではないだろうか。歴史という文脈がある。それは幸福な事と、最近ではそう思えたりする。



今日も私は、色んな意味の歴史のある町で、愚にもつかない事、それでいて私らしい事を語っている。

4つの重賞

今週は重賞が4つあります。GⅠはありませんが、もう11月で競馬は一年のクライ
マックスという気配が漂ってきています。そんな中開催される小休止のような週です
が、GⅡが2つあるのでこれからの事を考えると大切です。


土曜日のファンタジーSと京王杯2歳Sから見てゆきましょう。どちらも2歳の重賞で
1400メートルという共通点がありますが、過去の勝ち馬の傾向を調べると、
京王杯2歳Sではグラスワンダーが筆頭で、最近ではエイシンアポロンが後にGⅠを
勝っていますね。以外なのは牝馬のウメノファイバーがここを勝っていたという事です。
翌年のオークスを勝った同馬ですがファンタジーSの事を考えると、もしかすると府中
左回りの方が良かったという判断なのでしょうか?


一方のファンタジーSですが、スイープトウショウをはじめとして、プリモディーネ、
ラインクラフト、アストンマーチャンというGⅠ馬が出ていますね。他にも古馬にな
っても活躍する馬が出ていたりして出世レースと言えるかも知れません。中でも
ラインクラフトの圧勝は曖昧な記憶ですが、何となく強かったなという印象がありました。


この2つのレースについて今週の出走する馬で注目しているのは、京王杯2歳Sのニシノ
ラッシュですね。理由は田辺Jが少し前に同じ距離で勝っているからです。



日曜日のみやこS、アルゼンチン共和国杯に移りましょう。まずアルゼンチン共和国杯ですが
、このレースは近年、スクリーンヒーロー、トーセンジョーダンなどのGⅠ馬が出てからと
いうもの注目され始めましたが、それ以前はGⅠには手が届きそうにない馬の賞金稼ぎという
ニュアンスが強かったように思います。横山騎手はこのレースで4勝していますが、2012
年のルルーシュはタイムも勝ち方も、その近年の流れをうけてもしかするとGⅠ級なのかもと
思ってしまったのですが、最近はちょっと厳しい感じですね。

今年のメンバーでいうとホッコーブレーヴあたりの為にあると言ってもいいかも知れませんが、
全くのノーマークの馬のスクリーンヒーローのようなシンデレラストーリーも見てみたいですね。


そして最後に2010年に登場したばかりのみやこS。昨年のブライトラインはちょっと違いまし
たが、最初からハイレベルなレースになっています。トランセンド、エスポワールシチーという
名馬が勝っていて、ローマンレジェンドもGⅠ馬です。京都のダート1800というのが条件が
とてもいいのかも知れません。今年も力をつけてきた馬とニホンピロアワーズとの戦いになりそ
うですね。レベルは高そうです。

寒い

ここ数日で急激に冷え込んできた。なかなかテンションが上がらなくなってしまう
のだが、やはりこの地方の冬の厳しさというのは風土的なものに影響しているのだ
ろうと思ったりする。


紅葉を楽しみにする人も多いと思うが、今年はあまり綺麗だった印象はない。秋ら
しい事と言えば『秋競馬』なんていう感覚の人間だが、秋が終わるとこの辺りのイ
ベントはほとんど終わってしまうので、その前に何かしらしておきたいと思うもの
の、風がビュービュー吹いている外の様子を見ていると、必要な事だけ済ませるだ
けにした方が良いのかなと思ってしまう。

100

O氏と二人で続けている『ノリ』。それとは別にここら辺の『空気』。

市としての対応の緩慢さ、現状維持から先に出てゆかない動き。そういう
ものは関わってゆけばゆくほどにどうにもならなそうな『空気』として
感じてゆくようになる。『ノリ』の中で行けそう事をやってみても、そ
れを全域に広めようとするならばどうあっても重荷に感じてしまう事が
ある。とはいえ、『ノリ』で進められるだけ進んで行ったとしても、そ
れで出来る事は限定されてしまう。



ところで『ツインウェイター』という地元のヒーローが最近活動している
らしい。悪役の方のクロムウェルさんのアカウントが「@TW_Kulomuwell」で
相互フォローになっているのだが、公式ではないけれど既に市長に会って
いるという。



やはり非公式でやってしまった方が早い。地道な活動が実を結ぶことを祈り
つつ、自分達も具体性のある事をしてみたいと思ったりもする。単純に友人
関係にある2人で個人のレベルでする事なのか、もう少し広げようと思う
のかで言ったら、微妙なところである。

試み2

二本松を語る際の「敷居の高さ」という事に関係するのですが、「どれだけ詳細に書くか」
という事は語り易さに影響します。日常の細々とした事とかまでカバーしようとする書き方
と、重要な事だけに絞る書き方の違いを考えてもらえば分りますが、前者は普通書くにあた
って敷居が高いです。一方で後者の書き方は誰でも書ける(敷居が低い)分、内容は薄く
なってしまいます。


そこで連続的に「詳細さ」という度合いを変化させるような事を意識して、あまり高すぎな
い敷居にするためにも、「詳細さ」をほどほどにして、他の事との繋がりが分かり易くする
手法を使ってみるのが良いのかも知れません。とりあえず挑戦してみます。


[うつろ]



二本松市内で少し散策をしていたのだが、その時「現実」にプラスαなものをもたらす事が
できないものかと考えてばかりいた。この「現実」はそのままの意味で、別に「二本松に何か
をもたらす」という意味に限定されない。その日、台運寺という寺で江口家の子孫の墓を見に
ゆく理由になった戦国時代の武将江口正吉の生き様を描いた「うつろ屋軍師」という最近市内
のある書店でもピックアップされている本でも、「空論」のようなものばかりを云う江口とい
う人が作中で確かに似たような事を悩んでいたシーンがあったような気がする。


現実…といっても基本的には現状なのだが、その人物のように「もし、○○ができた、成り立っ
たとしたら」という仮定で本来は辿り着かないような結論とかアイディアとかばかりでは、現状
を打開することは出来ない。だが「○○ができる」という事について、その知を予め持っている
とは限らない。時の権力者なら、実力者なら、天才なら、場合によっては「できる」人もいる
かも知れない。そういう意味で、その仮定で思考する事が常に場違いなわけではない。


といっても、相変わらずの二本松で変わり映えのしない光景を見ているとどうしてもプラスαを
もたらす事が出来るという仮定で「それなら上手く行くかもしれない」という気持ちになってい
るのは流石に場違いなような気がしてくる。実際、プラスαなものの具体例は何だ?と考えた
時に、本当にドラえもんのポケットから出てくるような道具のようなものしか思い浮かばない
とすれば、もうその「仮定」に現実性が失われてしまう。



プラスαなものにしても現実的に実現可能でなければ意味がない。自分だけではない、世界は
ここだけではない。そういう事を意識して、そこから何か意味のあるものを見つけてこれるか
という事は現実的なプラスαである。



がやはり具体性がないのも確かである。ただその代わり、可能な「プラスα」として自分がこの
ような事を書き続けてゆくというのは、ある意味でその現状には無かったものを付け加えている
とも言える。だから、今は無理でもいつかはこの歩きながら考えていた事が実現するのかも知れ
ないと、ほんの少しだけ思っていたりもしたのである。

僕等のぼんくらリターンズ2

『あの頃の僕等は輝いていた』


そんなわけはないのだが、セピア色の思い出フィルターに通された映像が所々思い出補正がかかりキラキラしながら「こんな事が昔あった」と訴えてくる。個人的には中高時代の事の中には半黒歴史…つまりグレー歴史があって思い出したくない事もあるのだが、一般的にはこのクソ重たい現実でどうにもならないままちょっとみじめに踏ん張っている今よりはお気楽で、まあ平たく言ってしまえば一人ではなかったから結構色んな事を出来ていたし、輝きを感じないと言えば嘘になる。


とはいえあの頃よりも色々な事が当たり前に出来るようになった自分がいて、それと比較すれば単に「輝き」を感じないだけで、それなりに良いのかも知れない。まあそう思ってないとやってられないというのが実情だが、にもかかわらず、そういう悪足掻きが出来る程度にはまだまだ腐ってはいない。



ところで自分は今その頃の事を思い出したいのではなくて、目の前にある奇妙なオブジェに既視感があるという事を主張したいのである。



ここはしばらく活気のない地方のよくある商店街。何気なく立ち寄った謎の店には奇怪で悪趣味とも言えそうなオブジェが沢山並んでいる。こんな店には見覚えがなく、そもそも店が減ってゆく中で新しく増えるような事など無い筈の商店街でよりにもよって、こんな目的不明な店があるとは思ってもみなかった。奥の椅子に悠然と座っていて、パイプを燻らせている店主と思われる人はしかし、こちらを気にする様子がない。



とりあえず眺めていた奇妙なオブジェに既視感があるという事から何故、過去の記憶が蘇ってきたのだろう。よくよく考えてみると、このオブジェに似たものをその過去と同じ頃にどこかで見た事があるような気がするのである。それは一言で言えば『腕』だった。だが普通の『腕』ではなく、人を不安にさせるような、不気味な曲線がある『腕』で、特に手から指にかけてのラインは、本物がそうあるべき曲線ではなくて微妙に歪み過ぎであるかと思えば、まっすぐ過ぎる部分があったりで、本当に安定していない。


「まるで妖怪の手みたいだ…」


「お、お兄さん中々見どころがあるね!」



小声で呟いたし、こちらを気にしていなかったから聞かれているとは思っていなかったが、渦巻き状の帽子を被っている店主が突然反応したので驚いてしまった。店主はいつの間にかこちらを見ていた。


「あ。失礼しました。その僕ちょっと美術はあんまり良く分からなかったので…」


「いや、合ってるよ。それ妖怪みたいなもんだから」


「え?これが妖怪なんですか?」


戸惑っているこちらをよそに、店主は得意げに説明し始めた。


「まあ正確には、妖怪になる前の混沌の一瞬を捉えたものだね。妖怪もアイデンティティーが必要なんだが、その妖怪が妖怪としてある前に、同一性もないような生成変化を繰り返している様っていうのがあるんだよ」


「はあ、アイデンティティーですか…。」


アイデンティティーといえば自分が中学校の頃に獲得した、少しひねくれたものを見方をする性格くらいしか知らないが、妖怪にもアイデンティティーがあるという意味が正直言ってちょっと分からない。


「お兄ちゃんは妖怪とか信じるタイプ?」


「え…?いや、分らないですね。無いと良いと思っていますけど…」


普通の人は虚構とか言いそうだが、昔から変な事ばかり考えている自分は、案外そういう事もあり得そうと思ってしまえる性格である。とはいえ、実際にそんなものを見た事はない。


「まあ、こっちのはもっと曖昧なものだからな。言ってしまえば「移ろう」のさ。うつろう」


「あの、これはどういうもの…つまり性質とかはどんなものなんですか?」


「性質なんてものはあってないようなものだな。どれも過渡的なものさ。ただ、この捉えた一瞬については『過去を呼び寄せる』という方向性をもっているかもな。というのも、これが崩れてはまた反復、或いは回帰するからでもある。以前これがあった時の事とセットになっているんだ。そういう意味では、アイデンティティーが一瞬だけ復活するような奇妙な『腕』さ」


「はあ…」


はっきり言って説明はチンプンカンプンだったが、『過去を呼び寄せる』という言葉だけがやたらマッチしているように思えた。実際、これはこんなものを見た事はないのにデジャ・ヴューだけがある。それを感じた時を思い出そうと、あんまり関係ない記憶が出てきてしまったのだろう。


「なんか思い出したかい?」


店主がトーンを落として静かに訊いてくる。


「あ、その青春時代の事をちょっとばかり…」



「そうか。まあ悪くはないな」



「どういう事ですか?」


「人によっては、まあ嫌な事を思い出す事もあるみたいだな。本当はこいつ…或いはこれは中立だからな。まあそういう意図があるというわけではないんだ。ただ人間の都合とは関係なく反復するから人によって違う印象になってしまう」


「なんだか厄介なんですね」



「ただ一つだけ言えるのは、それでも「確かにあった」という事を思い出せるという事は人間にとっては何らかの意味があると思う。たとえ悪い事でもな」



「そうかも知れませんね」



その時、何となくだがその中立の『腕』は自分にとっては何か頼もしいようなものに思えた。

試み

忠実に今の二本松を『描く』という事はそれほど容易な事ではない。絵描きのように
描くのではなく、語って、二本松がどういうところなのかを把握してもらえるように
するには、「当たり前にそこにあるもの」を述べる必要がある。


勿論、自分が興味あるところから部分的に描き始めるのも良いかも知れない。その
活動を継続してゆくのと同時に、あとは「二本松」という町で共通する事を集めて
いって、観念的なものかも知れないが「らしさ」というものを感じられるように、
一つの視点でまとめてみる事も必要かも知れない。


それをするにしてもやはり断片的な情報を集める必要があるし、実際に自分で見て
みて言葉にする必要もあると思う。



[描く]



一番身近な話題から始めると、ここでブログを書こうとする際に感じる「困難な
感じ」が一番自然と言えるのかも知れない。生活は決して二本松だけで完結している
わけではなく、現代は日本どころか世界の話題を享受して普通に過ごしているという
事を忘れてはいけない。だからこそ、他所の人達とネットでも話が出来るし、共通の
話題で楽しめる。そういう視点から考えると「二本松」という言葉が出てきた瞬間に
既に「ローカル」、「知る人ぞ知る」、というような形容詞が出てきてしまって、
ツイッターのような会話の中でその話題を出してしまえばそういうつもりはなくても
次第に地元の人だけが喰いついてくるような状況になってしまう。


「困難な感じ」の正体は、「二本松」を普段の生活で意識する事の稀さが影響している
ように思う。そして、「二本松」について知っている事とか実際に話題にのぼるような
事がそれほど多くないし、提灯祭り、菊人形を除けば規模も大きくないために、中身
が薄くなってしまうという事情もある。


それに愚痴を言っているのではないという事に注意してほしい。あくまで二本松の事を
描く上で、最初に感じる困難を語ったのである。これもリアルな感覚である。


ではその困難を認識した上で更に語れるものを探すとしたら何が良いのだろう?



その答えとしては、何も特別な事は要らないのである。要するに実際にそこで起こっている
事を書けばいい。・・・と、では実際に今ここで起こっている事は何かといわれると
とても難しいものがある。実際には以前にも例えば『ここ』で語った事が
あるように「何もない」、「何も起こっていない」ように感じてしまうのだ。都会
ではないからそれは当然の事で、「何かが起る」=事件のようなイメージだし、
同じく都会に比べれば何かがあるかと言われても変化に乏しい場所でもある。


その変わり映えのしない毎日で新たな発見をするのは中々大変である。書いていても、
以前に既に書いたような気がしてしまうほどに、特別に注目したいことがいつも
見つかるというわけではない。だから普通はテレビとか、ネット、読書がメイン
になってしまう。


「何もここに注目する必要がない」


といえばそうだ。週末に出掛ける時には福島や郡山に行ってしまう事も多く、実際
市内に足を運ぶことは少ない。



このように「実際にそこで起こっている事」を書こうとしても、書ける事は「何も起こっ
てない所で何かが起るのを期待して過ごしている自分」くらいなものである。そして
ここでの生活の実際はそういうものだ。



そういう意味では、O君が職場で体験した事と共通する内容から二本松が浮かび上がって
くるのを期待するべきなのだろう。私個人としては、二本松で生活する普通の事を飾らず
に随筆のような形にするのも良いと思ったりするが、どうも二本松という場所を忘れて
しまいがちになる。



[反省]



挑戦はしてみたが、ここでの生活のリアルが見えてきたのは良いが肝心の二本松について
はあまり描かれているとは言えない。普通に生活している中で「二本松」という事が出て
くるような時を待つしかないのだろう。実際、普通の人の生活は町の全てを意識するので
はなく、関係するところがメインである。ただ、それでも「とっつき易く」する為の試み
として読んでもらえばこれ幸いである。

とっつき易く

ツイッターでぼそぼそ呟いていた事から浮かんだことだが、『スローペース症候群』
でやろうとしている事は結構敷居が高い。ままならない現実を相手にしていて、そこ
に何か食い込ませる、痕を残すような事を目標にしているが、それを実現する為には
実を言うとこの二本松で実際に何かをやる際の困難を先ず緩和させるというのか、
少なくともやり易い、何かが起こり易い状況にするという事が必要だ。


実際、歴史にしても市の事情についても『とっつきにくさ』というのがある。O氏が
陥っているかも知れない「何から始めたらいいのか分からない」という状態は、二本
松という所で実際に何かをやろうとする際に、実情を認識すればするほどに感じる困
難である。


「何から始めたらいいか」については、私が思うに、先ほど述べたように「何かをし易く
なるような」環境を用意する事、土壌を作り上げる事が必要かも知れない。二人で出来る
事に留まって、その範囲で『困難に逆らうように』何かを続けていけば何かはそこだけ
残るかも知れない。が、二本松をどうにかしようという大きな問題に取り組むとしたら、
明らかに他の人が同じように取り組む場合に感じるであろう共通の困難を先ず何とかしな
い限り、気勢を吐いていて、普通の人には無理な『名人芸』を続けているようにも見えて
しまうかも知れない。


環境を良くしようとするのは自分達の為でもある。あとあと自分達もやり易くする為に
こそ、とっつき易い何か、敷居の低い何かを予め用意したり、環境自体を語り易いもの
にする地道な努力が必要である。



とっつき易いものを考える。
環境自体を語り易いものにする。



自分としてはここを舞台にした創作くらいしか思いつかないが、それ以前のここにある
当たり前のものとか、当たり前に起っている事をそのまま記録するという事も先ずは
必要なのかも知れない。

二合田用水

地元の人でもそれほど興味を持たないであろう二合田用水を見に行きました。

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写真はこんな感じです。結構しっかりしていました。天地明察にちょっと関係する礒村塾、「礒村吉徳」もまあまあ知られていて、『ここ』に詳しく書かれているのでほとんど私が書くことはないのですが、調べてみると面白いです。
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二人の管理人

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ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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