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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

桜の情報




二本松市内で桜を楽しめる場所が載っているパンフレットです。ネットでは観光課の「桜の名所と開花状況をお知らせします」というページが分かり易いかと思います。去年行った岳温泉の桜坂は素晴らしかったのでお勧めです。二本松は岳温泉の方は雰囲気が違いますし、4月1日からバスの上限が500円になるのでこの機会に行ってみるのも良いかも知れません。
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市内のイベント



IMG_0664.jpg


先ほど、市民交流センターに行ってきました。

「にほんまつ・魅力発信・フェスティバル」というイベントで、「なすび」さんを始め、女優「大山采子」さんなどが会場にいました。市長も直接見ることが出来たので、いろいろと身近に感じられました。写真は会場と、出てすぐのところにあったパネルの一つで、二本松少年隊の紙芝居みたいです。


二本松名物「ざくざく」と安達太良カレーが無料で振る舞われていました。「二本松おもてなし隊」については今後も活動の予定があるみたいなので、出来たら参加してみたいですね。

過去話~高校時代編~③

高校に通うために電車に乗って福島市まで移動していたのですが、二本松駅から
乗ったO君と朝は同じ時間になることも多かったし、下校時も時々同じ電車に
乗ることもありましたので、中学時から比べると行動範囲が広がったとも
言えるでしょう。


同じ二本松から通っている同じ高校の友人とは今も時々会って長話をするような
関係ですが、この人とは大学も同じだったりして実は大学時代に立ち上げた
「スピスタ市」というHPの活動に少し関わっていたりします。この友人(M)
君は、私(H)の創作活動を後押ししてくれているような人で、競馬だけだった
私に『ギャグ』とか『突っ込み』を伝授してくれた半分師ともいえる人です。


表面的には常識人で、独特の価値観を持っていて、肝心なところで「何で?」
と思うようなことをするM君は私の新たな面を知らず知らずに引き出し、
全く違うから話していて面白いというような人です。未だもって彼を掴み
損ねている状態ですが、前よりは何となく分からなくもない感じです。


M君は二本松出身ですが中学が違ったので文化も微妙に違ったのかも知れません。
それでも何というか、変に真面目なところは一緒で、とにかく決断が早いので
見習う事も多いです。でもなんか、二本松に対しての愛着があんまりない、
というか全体的にあっさりしているのは勿体ないと思うこともあります。


「っていうか、あんたネタあるだろう」


といえるほど頭の中で突飛なことを考えている筈なのになかなか表現しないM君
ですが、高校時代に長文メールで作成した小説は『ネタの暴力』としかいいようの
ない文章で、登場人物が殺伐としあった中で暴れまわっていたのですが、
ああいう文章は誰も見たことがない代物だと今はすごく実感します。


それが幾分マイルドになったのが私の文章で、「ナンセンスに」に載せてある
「虹野七光」君が登場する物語は私の中でもかなりはっちゃけたつもりですが
本当はもっとぶっ壊れた作品を書こうと思っていたするのです。


考えてみるとこの例で分かるように高校時代はメールで活発にやり取りしていまし
た。この延長線上にインターネットがあるので、ネットで文を書くことはあまり
抵抗はないのですが、やはりローカルネタになると中々説明しづらくなります。
それもあってこの過去話がいつかは役に立たないかなと思ったりしているの
ですが。

城跡

天気が良かったので二本松の城跡を散歩しました。





ウッドチップの敷き詰められた道を登ってゆくと





石垣が見えます











登ることが出来て、




一番上はこんな感じです。

















かなり高いところにあるので市内を一望できます。

過去話~中学編~③

せっかく二本松のことを書いているので、中学の頃のザ・二本松という感じの
話をしてみようと思います。

中学校3年の頃だったかと思いますが、担任の先生が少し呆れるように「本当に
ここら辺は田舎だよな」と漏らした事があります。その先生自体、そんなに
都会的な雰囲気もない先生だったのですが、はっきりとものを言ったりちょっと
ウイットに富んだ話をすることもあったので、その話もすんなり受け入れたの
ですが、実際は比較対象がないと本当に田舎だという実感が持てなかったりする
ものです。教師というのは転勤もあって、ずっと同じ場所に留まるという事の
方が珍しいのでその先生もいろいろな学校を渡り歩いたのだと思います。そういう
事があって発せられた実感のこもった「田舎だよな」発言は今でも胸に刻み
こまれていて、大学は一人暮らしをした私も今はっきりと「正真正銘、田舎だ」
と断言できます。


その田舎の中学校に通っていたO君と私は、以前O君が書きましたが中学二年
の時に競馬の話がきっかけで仲良くなったのですが、O君が今も応援している
吉田豊騎手とか、メジロドーベルという馬はどういう風に好きになったのか
一つの謎です。当時は『吉田豊のガッツポーズ』というネタもありましたが、
今思い出すのは、レースで勝った時のガッツポーズを真似したりしていたような
気がします。メジロドーベルがエリザベス女王杯を勝った時、セイウンスカイが
菊花賞を勝った時、

「格好いいよね」

と言い合っていたような気がします。中学生だったO君ともう一人の友人は、
自転車に乗って傘を鞭に見立ててレースのようなことをして遊んだそうですが、
それも二本松の坂道がいい条件になって、「中山の坂」とでも呼んで走って
いたに違いありません。いかにも中学生のしそうな発想ですが、田舎のほのぼの
とした情景が自然と浮かんでくるようです。


私とO君の家の方向は真逆と言ってもよく、私は別の友人グループというか部活
仲間と駄弁りながら毎日帰宅していたのですが、そもそもこの部活でダビスタ
が局所的ブームになったことから私が競馬に洗脳されたようなものなのです。
思い出すのはダビスタの配合を考えてノートに書いたり、パスワードをメモしたり
したことですが、一番痛々しいのは馬の格好いい名前を考えて並べていたこと
でしょうか。


O君はゲームで「冠名」を使うタイプみたいですが、私が患った中二病があると
すれば、格好いい名前を考える際によく知らない英語を使っていたことくらいで
しょうか。「カイザー」とか強そうな冠名に、でたらめだけど響きだけは格好いい
名前を付けていたので後あと意味を考えると結構わけがわからなかったり。
このネーミングセンスは高校時代以降、世界史を学んだあたりから改善されて
ゆきますが、いまでも「セガーエル」という何語かもわからないカタカナの
名前でつけた馬が結構走ったという思い出が忘れられません。


さて話が少し脱線してしまいましたが、ザ・二本松という話の中で外せないのが
二本松提灯祭りの時に中学校も休みになるという事でしょうか。地元だから
休みになるのですが、みんなこの時ばかりは電車に乗って市内に移動して、
散在しまくっているようでした。当時やっていた中古ゲームショップで中古の
CDのセールがあって、そこでMr.Childrenの「マシンガンをぶっ放せ」を
見つけて安く購入したいい記憶があります。どうでもいい話ですが、このCDが
モンスターファームというPSのゲームでまあまあ役に立ったという。
今その店があったところは大分寂れていますが、二本松市内で子供が喜びそう
な場所がその通りで半径50メートル程度に集中していたのが最盛期だったのかな
とも思います。


もちろん今でも提灯祭り自体は続いていますし、祭りを見に行くとノスタルジックな
気持ちになるので、記憶は記憶で大切にしてゆきたいと思っています。

半分日記

ブログをカテゴリーを変えたところ微妙にアクセス数が伸びたみたいで嬉しい限り。
以前は何をやるのか決まっていなかったので日記のカテゴリーで書いていましたが、
記事の大半が二本松市に関係しているので、地域情報でも違和感がない感じですね。

外に出て少し情報でも探してみようと思ったのですが今日は生憎の天気で少し無理
そうです。暖かくなったのでもう雪ではなく雨なんですよね。ちなみに夜寝ていても
寒いと感じなくなってきて、朝もストーブはいらないですね。猫を飼っているので
猫のためにストーブを点けたりしていましたがその猫たちもそれぞれ好きな場所で
静かに寝ているところです。猫話については拙ブログ「ナンセンスに」にカテゴリーを
作って書いていますのでよろしければどうぞ。


二本松の情報というか、ローカル情報なのですが少し前、ローカルのテレビニュース
で、この地方でよく目にするお笑い芸人が丁度二本松を訪れて街歩きをした場面が
お茶の間に流れました。二本松といっても土地は広く、以前は安達町だったところ
が紹介されていたので、そこに新たにオープンしたケーキ屋さんとか、以前から
ある商店とかは全然分からなくって、少し感動してしまいました。どうしても
合併以前から住んでいる人間としては、安達は安達として考えがちで、二本松
と言われるとやっぱりしっくりこないのですが、歴史的にはむしろバリバリ二本松
藩の領地だったところなので、こういう場合は歴史に立ち返ってそういう場所にも
目を向けることが必要かも知れません。ちなみに、意外に思われる方もいるかも
知れませんが、郡山も二本松藩だったのです。今では郡山の栄え具合からすると
どう見ても逆転している感じですが、お城がある二本松はまあそう考えると昔は
凄かったんだろうなと想像できます。それにしてもところどころ傾斜がある山が
不便だったろうなと思うのですが…。

バスについて

二本松市と言っても私の住んでいるところは外れの方なので市街の状況をしっかり
把握しているわけではないのですが、二本松市で暮していて不便だと感じることが
あるとすれば『バスの少なさ』です。採算が取れないからなのか、私の住んでいる
あたりにはバス停すらありません。といっても、駅があるので実際のところは利用
しないといえばそうなのですが、それでも市街をいろいろと歩いてみたいときには
徒歩では少し大変で、自家用車だと車を停めるところがなくて大変だったりと、
バスの必要性を感じます。

そのバスについてのニュースで、

「福島交通路線バスの運賃が上限500円となります」

http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/soshiki/1/20140325-1.html

というのを発見。この路線だと市街というよりは温泉に行くのに丁度いいのかも知
れません。

高松宮記念

今週は4つの重賞があり、一つはGⅠ高松宮記念です。記事にするレースも
当然高松宮記念ですが、土曜日のGⅡ日経賞についても少しだけ述べると、
今週はフェノーメノとウインバリアシオンという共にダービー2着の馬が
出走するのでちょっと楽しみです。


さて高松宮記念ですが、過去のレースでは友人が好きだったキングヘイロー
とか、オレハマッテルゼとか、一発のあるレースなので予想は難しいと言えます。
カレンチャン、ロードカナロアが記憶に新しいですね。今回紹介するレースは
友人に敬意を表してキングヘイローが勝った2000年にしてみます。


ここでしている過去話にも関係するのですが、中学校の頃の友人が最初に好きに
なった馬が元3歳三強の一角であったキングヘイローでした。どういう経緯で
好きになったのかはぼんやりとしか覚えていないのですが、元主戦騎手だった
福永祐一騎手がまだかなり若かったころで、彼と一緒に好きになった模様です。
3歳時、4歳時と気性の問題で本番はうまく力を発揮できませんでしたが良血
に恥じない力を持っているのは間違いなく、距離適性もかなり広い印象でした。
とはいえ、まさか1200mのGⅠを勝つとは想像もしていませんでした。


レースはキングヘイローが中京にもかかわらず最初から最後まで大外を走って
直線他馬をごぼう抜きする恐ろしい走りをみせました。その時騎乗していた
のは柴田善臣騎手だったりいろいろとネタになったのですが、今思うと気性が
落ち着いてきた5歳だったからこういうレースが出来たのかも知れません。


今年の高松宮記念はハクサンムーン、コパノリチャード、スマートオリオンなどが
有力で、はっきりって予想が難しいです。どうなるのでしょう。

紹介

青空亭というブログをtwitter経由で発見しました。見つけたばかりなのでまだよくは
見てないのですが二本松藩についてかなり詳しく書かれているようです。

タイトルチェンジ

ブログのタイトルを『スローペース症候群』に変えてみました。競馬の用語ですが、
なかなかいいセンスではないかと自分で思っていたりします。

二本松の話題では、

「本松市議会議員一般選挙が行われます」
http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/soshiki/56/20140320-1.html


という情報が載っています。だいぶ先の話ですが、二本松の将来にかかわることなので
少しづつ勉強してみるのもいいのかなと思いました。


こういう風に情報が掲載されるならWEBページも有効ですが、たとえば市の職員の
ブログみたいなものがあるとより親しみやすくなるような気もします。



他の話題ですが、とにかくO君が今週から徐々に復帰できるということなので、それを
待ちながら私としても何かひねり出さなければと思っています。一つ考えているのは
私Hが書いた過去話について、私の方の記憶がなんとも頼りない感じなので、O君にも
手伝ってもらいたいなという事です。覚えていることがあれば何か付け加えてもらえ
ばもう少し当時の雰囲気が出てくるかも知れません。

牝馬クラシック有力馬

OP、重賞勝ち馬


レッドリヴェール  ステイゴールド
ベルカント  サクラバクシンオー
ハープスター  ディープインパクト
ホウライアキコ  ヨハネスブルグ
フォーエバーモア  ネオユニヴァース
マーブルカテドラル  ダイワメジャー
クリスマス  アラマサスナイパー
フクノドリーム  ヨハネスブルグ
オメガハートロック  ネオユニヴァース
アドマイヤビジン  クロフネ
エスメラルディーナ   Harlan's Holiday
ペイシャフェリス  スペシャルウィーク
シャイニーガール  ブラックタイド
コーリンベリー  サウスヴィグラス


重賞2着、桜花賞優先出走権獲得


ニホンピロアンバー  スウェプトオーヴァーボード
マジックタイム  ハーツクライ
ヌーヴォレコルト  ハーツクライ
ニシノアカツキ  オペラハウス
マイネグレヴィル  ブライアンズタイム
ニシノミチシルベ  タイキシャトル
パシフィックギャル  ゼンノロブロイ


フラワーカップ勝ち、皐月賞へ


バウンスシャッセ  ゼンノロブロイ



有力馬をまとめてみました。右は父馬です。個人的に大注目しているのが
ニシノミチシルベです。父はタイキシャトルですが母父がセイウンスカイ
母の母がニシノフラワーという血統です。セイウンスカイの孫でアネモネ
ステークス2着で本番も結構期待できそうです。

ネタふり

一人の力では中々ネタを作るのは大変ですが、無責任に思い付きを書き残して
もう一人の力に頼ってみることもいいのかも知れません。

競馬のネタですが、春のクラシックの有力馬をまとめてみるのが面白いかな
と思っています。牡馬は毎日杯が終わったら優先出走権のある馬と重賞勝ち
馬の一覧を作ってみるのはどうでしょう。牝馬の方は多分、もう出来ますね。


そして創作の方ですが、O君と私の小説をクロスさせて展開させてみたい
と思っていて、O君も来週あたりから本格的に始動できるということなので
私の方も少し設定を付け加えてみたいと思います。

過去話~大学時代以降編~②

大学時代にはインターネット上での活動に相当力を入れていたような気がします。
当時の活動が何かに繋がっているかというと、おそらく大きなことには繋がってい
ないというべきなのでしょう。書いていた日記を読んでいた見知らぬ誰かが何を
思って読んでいたのかなど想像できるわけがありません。

それは無といえば無です。ただし、よくわからない影響でごくごく微小なレベルで
今現在の世界の成り立ちに関係しているのは確かでしょう。実際にかかわってくれた
人にはなにがしかの印象を与えたでしょうし、ネット上の情報の一部となっていた
我々の書いたものは、一体誰にとってどんな意味をもっていたのか…


ロマンがありますが、考えすぎると頭がおかしくなってきそうなので、「少なくとも
無ではなかった」、「なにがしかになった」とぼんやり述べるのがいいのかも知れま
せん。


ただ個人的にはその時の活動をしたことが、ネットに対する極度の慣れというのか、
適当な距離感を教えてくれたのは確かです。リアル(今はあんまりこういう言い方も
しっくりこないのですが)では勉強ばかりしていた記憶しかないのですが、ネット
での勉強もそれなりに現実にあることを教えてくれました。当時は今以上にネット
によって可能になる出会い(と言っても怪しいものではなく)とかコミュニケーション
について非常に興味を持っていたので、全てが初めてのことばかりだし試行錯誤
が面白かったです。自由度が高いし全て自己責任でやらなければいけない空間で、
自分達で考えたことが共有されるという喜びは確かにあったと思います。


文章だけ、画像だけ、そういう縛りの中にしていかにして自分たちの考えている
こと思っていることを伝えるかは一日そこらで極められるわけではないので、今も
その試行錯誤は続いていて、ある程度のところで分かったことはまずリアルの方を
大切にして問題意識を持ち続けたりアンテナを張り続けていることが大事だという
ことです。



大学時代以降の事は今と大きく変わるわけではありません。実際今も昔も何かをやった
という手ごたえが薄い活動であることには変わりません。その中で活動したことで
何か出来事と呼べることがあるのかというと、訪問者とのやり取りがきっかけで現実
にも影響のあることが起こったりもしましたが、そういうことを除くと延々と一見
不毛に見えることを考え続けてきたことによって、今考えていることにつながっている
というしかできないと思います。そういうものはあまりまとまっていなくていまも何を
書こうか迷いつつ書いていますが、大きく分けると当時の活動は

「創作」「競馬」「日記」


に分けられるのかも知れないと思っています。中学からずっと趣味の競馬はある意味で
根幹で、O氏と共同で管理していた「スピスタ市」というサイトは「競馬」を語り合う
という目的で作った面もあります。ただそれだけでは収まらなくて、自分で作った
「頂点バス」というサイトは創作したものを公開するという意識で作っていて、やはり
長期にわたって続けるにはそれなりに創作するものがないと難しいのかなとも思います。
私の場合「日記」という名の思考で、ネタを考えたり、哲学的な問題を考えたりする
ようになったのですが、ネタがなくても自分で考えられさえすればサイトは続けられる
し続ける意義も出来上がるのだと思います。


ただサイトを管理していた経験で、注意しなければならないことが段々わかってきました
。それはネット上だけで意識を共有するのはなかなか難しいということです。文章を読めば
意図が伝わるように書いているつもりなのですが、過不足なく伝えるのは容易ではありませ
ん。また、


「こういうテーマがあるんだけれど」


という風に伝えるつもりでも、それがテーマとして浮き上がるようになるかどうかはそれぞれの
知識が関係していて、自分の見えている物事の関係の中ではそのテーマが有効なのだけれど
別の人からはそうは見えないこともあるのです。その結果として、自分でやろうと思っている
ことはどうしても自分でやるしかないし、分担にならない以上、複数人で管理することは難しく
なってきます。だったら一人で作って別サイトに集中すればいいやって思ってしまったのが
失敗だったのかもしれません。なんにしても継続していれば、それなりのペースで進んでゆく
ということを念頭において、スローペースで作ってゆくという現在の方針がすんなり出てきた
のは、この失敗があってです。


失敗のことを数えればきりがないのですが、成功ももちろんあります。当時の向こう見ず…
というか怖いもの知らずの積極性は、恐らくはキャラクターとして何か魅力となっていたに
違いなく、ネットという顔の見えない薄い関係の中にあって、比較的居心地の良い場所を
作れていたと思います。そこで共有した情報で、リアルでは知りえなかったことを知る
という良さがありました。隔たりのない感じ、ウエルカムな感じ、それは意図せず出来上
がっていたもので、SNSサイトともちょっと違った独特の雰囲気がありました。


少し難しい話ですがその雰囲気、ノリの中でならできるようなことがあるのです。


「ノリ」ということは大分前にこのブログで書いていましたが、一人ではなく、確実にいる
人を意識して、自分だけではないということの確かさの中で何かを行うというのは、孤立
が基本であるインターネットの中でも文化というものを築ける土壌となります。



そのノリが中学校から続けてきたことの続きなのは確かでしょう。何らかの意味で、あの時の
ノリを忘れずにいるということだけでももしかしたら何かの意味になっているのかもしれません。




追記:ノリについて書いた記事のリンクです。

ノリ
空気
あじぇんだ
ノリの向こう

これから

あまり話題はありませんが、春が近づいて段々と暖かくなってきました。
二本松は冬と夏で寒暖差が比較的大きく、夏は猛暑日を記録することもあり、
冬はスキー場が近くにあるようなところですがが、春は穏やかで桜の名所も
幾つかあって秋の菊人形よりも実は桜のほうが楽しみだったりします。

二本松に拘らないなら県内で桜の名所めぐりをしてみるのもいいでしょう。
三春の滝桜、福島の花見山、合戦場の桜、どれも一度は見に行ってみるのを
お勧めします。


そういえば以前紹介した


プレDCスタートイベント「にほんまつ・魅力発信・フェスティバル」
http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/soshiki/24/20140330.html


というイベントは30日に市民交流センターですので新年度の前に市内を
歩いてみるのもいいかもしれません。


話は変わって最近のちょっとした発見ですが、twitterをやっている二本松の人には
競馬好きが多いような気がします。やはり中央の競馬場があるのとないのとでは競馬
に対する関心が違うのかもしれません。春の開催もそろそろだと思うので、一度くらいは
競馬場に足を運んでみたいですね。

今週のGⅡ

今週は4つの重賞があり、2つがGⅡです。スプリングSと阪神大賞典のどちらも重要なレースなので今回は特別に両方書いてみたいと思います。


まずスプリングSですが過去にこのレースを勝った馬ではミホノブルボンとかナリタブライアンとかが有名どころですが近年では昨年の勝者のロゴタイプが記憶に残っています。

兄のM・デムーロの代打でレースに臨んだC・デムーロは若いながらも腕は確かで堂々としたレース運びで完勝します。2000m前後では世代トップの実力があると思っていますがこの次のレースの皐月賞でも実力を発揮しました。

今年は2歳王者のアジアエクスプレスがどういうレースを見せるか注目です。


さてもう一方の阪神大賞典ですがこのレースも言わずと知れたナリタブライアンの活躍が目立ったレースです。96年のマヤノトップガンとの一騎打ちは競馬史上に残る名勝負です。

今年はもっぱらゴールドシップの復活なるかが気になるところです。

イベント

プレDCスタートイベント「にほんまつ・魅力発信・フェスティバル」開催http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/soshiki/24/20140330.html

コピペですいません。以前紹介した「なすび」も参加している「二本松盛り上げ隊(仮)」の関係のイベントだそうです。

過去話~高校編~②

中学編②で「サラブレ」のネタを書きましたが「サラブレ」の話で少しだけその後の展開があります。

高校時代、私の通っていた高校が進学校で競馬を嗜んでいる人は滅多にいないようでした。ただし物凄くディープなところに入り込んでいる人にも出会いました。

その人とどういう経緯で知り合ったのかはよく覚えていないのですがとにかく競馬に詳しく、サラブレでも個性を発揮していました。サラブレの投稿コーナー「ますさぶ」で福島の競馬テレビ中継番組の予想コーナーのタイトルというローカルなネタの人気投票を上位に持ってくるために毎月一人で百枚近くハガキを送り続けていたそうです。

当の「ますさぶ」コーナーでも猛者として語られていた人がこんなところにいる普通の高校生だとは思ってもみなかったので非常に驚きました。その人とは時々会話をする程度でしたが、競馬を共通項にしてすぐ打ち解けられるというのはなんとなく素敵だなと思います。

過去話~中学編~②

競馬は基本的にはテレビで放送されていますが初心者にとっては競馬の全体的な
様子というのがよく分からない事もあるので月刊誌などの雑誌を読んで徐々に
詳しくなってゆくという事もあるのではないでしょうか。


中学時代には『サラブレ』という月刊誌は既にあったと思います。Wikiの情報に
よれば、1997年の5月号から月刊誌になったという事で思いのほか歴史の
ある雑誌で、確かに中学時代の記憶と一致しています。『サラブレ』のバックナンバー
は幾らか持っていて、名馬のポスターとかカレンダーとかが付録でついてきた
ようです。『サラブレ』はアスキーですが今はどうか分りませんがどちらかというと
ダビスタ系の香りがする雑誌でした。ダビスタの配合理論を載せたり、BCを
毎月開催したり、マニアにはたまらない企画と「ますさぶ」というハガキ投稿で
つくるコーナーが実はメインなのではないかと思うようなことがありました。


それに比べると『優駿』という雑誌はどちらかというとお堅いイメージで、情報につ
いては外れなしでしたが後々にDVDがついてくるようになり、過去のレース動画
を高画質で見れるのでお得感があります。


延々とこの話を続けてもいいのですが過去話でいうと、当時は学校に『サラブレ』
持ってきて読んで、知ったばかりの馬の知識を語るというというような事をやって
いて、ちょっとした遊びですがノートにサラブレのあるページの名馬の写真の切り抜
きを貼って、そこに自分で考えた紹介文を添えて、堂々と先生に提出するというような
事もやっていました。確かにノートは自由に作ってもいいけれどそういう事をされたら
先生は当惑し、苦笑いします。いい先生(理科)だったので、もう殆ど諦めて話に
のってくれました。


今の時代はネットで特に「netkeiba.com」で情報は集まってしまいますし、掲示板で
はファンの声も見えるので殊更雑誌を買う必要はなくなってしまいましたが、初心者に
とってはむしろ最初から上質な情報を得る事が出来たし、なにより「ゲーム」から
現実の競馬への移行を容易にしてくれた『サラブレ』に対する愛着が今でもあります。

散歩後に

このブログではなるべく具体的な話をしようと思っていますが、先ほどの『散歩』
という記事でアップした写真がそうであるように、具体的に何があるかというと
空間的な広がりがあって『物』自体はおそらく少ないです。なので、具体的に

「どこどこで、なになにをした」

という風に言う事は難しいという事をまず始めに了解して下さい。基本的にこの
辺りで出来る事と言えば散歩くらいなもので、そうでなければ家でネットをして
いたり、本を読んだりするのですが、どうせなら勉強をしてより色んな事を知っ
たりこの場所だけに拘らず色々な所にあるものに対して何事かが分るようになれ
たらよいのかも知れません。


ちょっと時間が掛かる事をやっているので、今すぐに何かが出来るというわけでは
ありませんが、後々に向けて少し含みを持たせておきたいと思います。

散歩





わりと景色の良いところですが、歩いてると果てしない感じがします。

検索して

インターネットの検索結果を載せるだけですが、二本松観光協会のページがありました。二本松にあるこのような組織とか団体についても調べてみるのは有効かも知れませんね。

発見

http://www.countdown-x.com/ja/project/X1680516/updates/531

こんなページを見つけた。「二本松盛り上げ隊(仮)」というあの「なすび」が
関係している活動らしい。とりあえず報告だけ。

3月




冬の景色ですね。暖かくはなってきていますが春はまだ少し先です。

フィリーズレビュー

牝馬の重賞が2つと古馬の重賞が1つの週ですね。あるレースの格が高い場合はそのレースを
書くことにしている感じですので、今回もそれにならってフィリーズレビューを。


10年くらい前には特にPS版のダビスタで知っている知識で「4歳牝馬特別」という名前に
馴染んでいましたが、今改めて比べるとやや堅苦しい印象に思えますね。フィリーズレビュー
というGⅡはまごうかたなきトライアルで、桜花賞へのステップレースです。のわりに、
1400メートルという距離の為にどうしても本番に繋がっていかないようにも思えて
しまい、過去の勝ち馬ではキョウエイマーチとか、ラインクラフトのようにマイラーに
有利なレースだと感じられていたのですが、去年はメイショウマンボが勝ってますね。


このレースの印象は薄くなりがちですが、ローズバドは色々と記憶に残っています。
私の中で牝馬の追い込みといえばこの馬で、切れ味が鋭く、どんなレースでもかならず
追いこんでくる様は影の実力者と言えるものだったのではないでしょうか。フィリーズ
レビューでその力を見せ、後のGⅠ2着記録へと繋がっていったのですが、桜花賞には
出てなかったんですね。同期にテイエムオーシャンという強敵がいたので出走していても
勝てたかどうかは分かりませんが、外から追い込んで際どい争いになっていたかもしれません。



今年は主にホウライアキコが注目されているようです。

少しはマシになるように

2012年の10月のお祭りの日にO氏に会った時の事を振り返っている
と、当時は出来そうになかったことも今なら出来るのではないかと思えて
きます。何気ない事、情報を少しづつ文章にしてみるという作業を続ける
のがまずあって、そこからそれらを編集して少し当たり前でない事を考え
たり述べたりするのが良いのだと思っています。


詳細に述べればそれだけ具体性のある議論が出来ると思うのです。ネタを
見つける事と、書いてゆくその作業は『切っ先』がないと『切り口』も
出てこないので、なるべく敏感に研ぎ澄ませて感じたり考えたりするのです
が、情報も何もあったものではない空間にずっと居続けると、この


『何も起こりそうにない』


という雰囲気を先ずそれとして理解する事が必要なのではないかと思ったり
もします。『何もない』というよりも『何も起こりそうにない』という
より時間的に長く続くだろうという感覚を含めた情報は、実際にそこに
住んでいるから感じる事で、「ここ」を言い表すのに最適な言葉かも
知れませんが、こういう言葉に限ってなかなか出てこなかったりします。



「ここ」はどういう所なのか、等、当たり前に見て感じているものに対して
「それは○○だ」と言う作業はかなり難易度が高いと言えます。お祭りの日に
会った時にO氏に提案した一つがそれだったのですが、彼は「難しいね」と
言っていました。



切り口として『何も起こりそうにない』という形容詞を考えると、この形容詞の
与える雰囲気の中にある世界が少しづつ語れるようになります。かなり難しい
事を言っていますが、少なくとも『何も起りそうにない二本松』と述べるなら
ある程度了解してくれるような気もします。『何も起こりそうにない』とは
言っても、起っている事はあるわけで、これは世界とか日本とか、東北とか、
県とかそういうレベルで進んでいる物事を見て比べた感想なのです。



あまり語れない話ですが、二本松に避難してきた浪江の人達は『浪江焼きそば』
という名物で大分有名になっていて、かなり動いている印象があります。二本松
市民はというと、市民で一丸となって動くという事をあまりしないのか、する
としてもお祭りの間だけのようにも見えます。『何も起こりそうにない』にない
のなら、まず『何か起こりそうな』雰囲気を作ってゆく事も必要でしょう。


それにはこの活動を地道に続けてゆくのが最良と言えばそうで、基本に立ち返る
ならば、こつこつと情報を出してゆく事を続けてゆく事になります。あと反省
するとすれば、もう少し大きなレベルで物事を語れるようにならないと他者に
伝わるようにはならないという事です。『二本松』のカテゴリーではローカルの
話題を共有できながらも、それをもう少し広い視点から眺めて良い事を取り入れて
いけるようにすることが理想になります。

過去話~大学以後編~①

大学に入学して、一時的に交流は少なくなりました。それぞれ自分達が構築した新しい関係の
中で、多忙に過ごしていたのだろうと思われます。一年目こそ余裕が無くて勉強ばかりしている
ような学生生活ですが、二年目になると大分ゆとりが出来て生活にも慣れ、何か新しいことを
したいと思うようになってきます。


高校の頃は携帯電話という文明の利器の恩恵に与ったわけですが、大学時代のそれはPCとネット
に移行していました。今では当たり前のようにネットでブログを書いているような人間ですが、
大学生になったばかりの時は使い勝手も分らないし、自分の情報を出すのは怖いという気持ちの
方が強かったので当時の主流であったHP作成などは手を出そうとも思いませんでした。


転機が訪れたのは確かO君からのメールだったと思います。なんでもWEBサービスCGIボーイ
というものを利用して手軽にHPを作るという事が出来て、O君もそれをやっているというという
事でした。最初半信半疑でそのアドレスを入力して見て見ると、確かに簡素ではありましたが
立派に一つのサイトが出来あがっていて、チャットなども行えるようでした。そこからチャット
というものを知って、暇なときにそこでメールの延長のような事を語り合っていたのですが、自分
でも作ってみたいという欲求が沸き起こってきて、ついに挑戦してみる事になりました。


最初はそれこそ今と同じように二人で一つのサイトを管理するような具合に運営していました。
その頃まあまあ成果が出ていたので調子に乗って自分でももう一つ作ってみようと思ったところ
から完全なる独学が始まりました。今もネットの事について多少知識があるのはその頃の経験が
生きているからです。さらに簡易WEBページには日記サービスというものもあって、それが
今もライフワークのように書き続けているブログの原点になっています。O氏もちょこちょこ
日記を書いていましたが、流石にネタが尽きてくるともうする事がなくなって、更新頻度が
下がってしまうのは仕方ない事といえばそうなのかも知れません。私の場合は半ば意地と惰性
で書き続けた結果、そこそこ文章力も上がってきて楽しかったため、徐々に文章が長くなって
しまうという全く逆の現象が起ってしまいました。



その間、もう一人の仲間、そしてその友人と関係者を増やし、巻き込むようにしてサイトを膨らませ
ましたが多分この時期が一番充実していたのかも知れません。今考えると事情を無視してやらせて
いた感も強かったのかも知れませんが、失敗もしいろいろ学んでいきました。



私の方はというといつしか日記がメインになってきて、スピスタ市という今でも残骸が残っている
WEBページの方に時間を掛けなくなっていきました。今もそうですが、それまで蓄積してきた事
を活かして新しいことを提供しなければ訪問者もいないし、サイトを運営する意味がなくなってし
まうように思われたので、自分のほうでもいろいろネタ探しとか勉強に必死になっていたのかも知
れません。半ばネット中毒のような状況に陥って、サイトも凝れば凝ったで到達点に達してしまった
ようで行き詰まりを感じ、リアルの生活、特に将来の進路の事などを考えた末、一旦解散するのが
よいのかと思い、O君との交流も一時期途絶えます。



それからリアルのほうでは色々あって、自分もO君も別々にちょこちょことネットで活動を
していたのですが交わる事はなく、2012年の10月のお祭りの日に久しぶりに再開して、
そこから「また前のような事を」という事でこのブログの始まりとなります。




駆け足になりましたが、過去話の流れはこのようなものです。それぞれの時のエピソードは
今後O君の記憶も頼りに増やしてゆく事にして、一旦ここまでとしたいと思います。

過去話~高校編~①

高校から大学にかけての話をしてみたいと思います。ここはこのブログを続けている
動機のようなものも関係してくるので書く意味があります。


過去話~中学編~①


この記事の中で書いたように中学時代同じグループで過ごしていた私とO氏はそれぞれ
違う高校に通いました。そこで普通なら音沙汰になる事もありますが、当時携帯電話が
普及し始めた頃で、丁度同じ電車で高校に通えていたのもあって、携帯電話の番号や
メールアドレスなどは容易に交換できて、そこからいつか話そうと思っている中学時代に
書いていた同級生を競馬関係者にしたてて書いた『競馬小説もどき』の続きのような
競馬小説や自作の競馬ゲームを携帯を利用して作って見せ合ったりしていました。


携帯の機種によっては長文メールが可能になるものがあって、長文メール一杯に文章を
書いてO氏に送っていた事が思い出されます。私はセイウンスカイ世代の子供がデビュー
する年の事を希望一杯に妄想して、ある競馬記者を主人公にした作品を書きはじめました。
面白いのは、レースのシーンだけは相当力を入れて書くのに、肝心のストーリーは記述
が甘くなってしまっていた事です。


O氏は今でいうノベル形式の競馬ゲームを無理やりな方法で私に配信してくれました。メールで
送ったところで選択肢を用意して、選択肢を選んで送信して、再び続きを考えて送り返して
くれるというような人力のゲームでした。さすがにこれは挫折したようですが、当時の
携帯電話を使った遊びの中ではなかなか凝っているといえないでしょうか?



あと高校以後の活動で外せないのは3人で何度も通った地元のカラオケ店ですね。ある
事が切っ掛けで音楽に目覚めたもう一人の仲間を誘い、3人で喉がつぶれるまで歌い続けて
いた週末を思い出します。当時のカラオケと今のカラオケは大分雰囲気が違っていて、
高校生にもなればカラオケくらいは普通と言っても、本当に行くのは歌が本当に好きな
人だったように思えます。私はMr.Childrenなどをよく歌いました。



高校時代の思い出も思い出せば一杯あると思うのですが、最初なのでなかなか思い出せません。
ですがメールでやり取りが出来るという恩恵で、高校は違っても意思疎通はずっと出来ていた
ように思えます。高校時代の話はまた別個に記事を設けてすることにします。



少し先を急ぐとその3人とも大学に進学しました。今度は全く別の県になってしまって、そこで
やり取りは終わってしまうのかと思いましたが案外そうでもなかったということが次の大学
時代の話です。

過去話~中学編~①

ネタが無いので過去話でもしてみようと思います。かなり前ですが管理人Hと管理人Oは
ともに同じ山中の中学に通っていた過去を持ちます。

やまのなか

詳しく話し過ぎると特定されてしまうレベルになってしまうので注意が必要なのですが
中学では私は陸上部に所属していてO君はサッカー部に所属していました。O君は今でも
サッカーや野球についてかなり詳しく語れるように、当時から野球の話やサッカーの
話題になると多弁になるというか、マニアックな情報を持っていました。西武が好き
なのは私も同じでしたが、私は小さい頃に青い色が好きだからという理由で西武を
応援していた程度なので、そういうところには入ってゆけなかった記憶があります。


二人ともう一人の仲間で競馬にのめり込んでいったのは2年生になって初めて同じ
クラスになってからですが、その当時の熱狂ぶりは自分でもどうかしていたと思える
程です。当時ネットはあまり普及しておらず、ネタは各自テレビや雑誌などを通じて
持ち寄ったものでしたが、その分中学生特有の妄想力、もとい想像力で情報を
補いながら競馬を語り合っていました。O君ではなくもう一人引き込んだ仲間は最初
全然理解できないような目で半ば軽蔑するように見ていましたが、途中からは好きな
ジョッキーが出来たり応援する馬が出来たりして、いつの間にか競馬を見る視点で
すら個性を獲得していきました。



そこにもう一人競馬には多分興味が無かった人が入って、成員の性格が全く異なる4人
グループが出来あがって、常に行動を共にするようになっていました。卒業して
からはそれぞれの道を行ったのですが、そのグループ内の活動で得たものは多かった
ように思えます。



さて話を少し戻すと3人の競馬好きはGⅠの週になるとそれぞれ後ろの黒板に◎○△の
予想を書き始め、黒板は無法地帯と化しました。当時から感じていたのですが自分は
予想が下手くそで、気持ちいいくらいに的外れでした。毎週毎週結果に一喜一憂し、
よく分からないレース回顧をして、中学生にして既に競馬の楽しみ方を覚え始めて
いました。当時は競馬ゲームも充実していましたし、今よりも人気がありましたし
敷居が低かったのは確かですが、98年、99年という面白い時期をリアルタイムで
見れていた経験はあとあと考えると大きかったのかも知れません。



この辺りには面白いエピソードもありますので、それについては別個に記事を作って
みようと思います。過去話をする上で大筋を与えるという意味で、これを過去話~中学
編~①としたいと思います。

弥生賞

今週も3つの重賞があります。クラシックへの登竜門、弥生賞は外せません。


弥生賞はステップレースにもかかわらず、レースとしての格が高く、この
レース自体も記憶に残るような場合も多いです。勝った馬はその後比較的
活躍することが多く、過去には名馬も沢山は走っています。私が競馬を見
始めた98年にはスペシャルウィークが勝っています。


特にアグネスタキオンの3戦目となった2001年の弥生賞は衝撃的でした。
この日の馬場はドロドロの不良馬場で切れ味鋭いタキオンももしかしたら
馬場適正で負けるかも知れないと思いましたが、オッズは1.2倍だったん
ですね。私はこのレースに出走していたミスキャストという馬にも注目
していましたが、マンハッタンカフェも出走していたので少頭数でしたが
すごい弥生賞だったのは間違いありません。



アグネスタキオンは不良馬場をものともせず、むしろ適正さえ見せつけて
圧勝してしまいました。同距離で行われる皐月賞はもうここで決まったと
言っても良かったと思います。ちなみに素質馬ミスキャストはここで見事に
3着に入り皐月賞にも出走する事が出来ました。密かに嬉しかった出来事
でもあります。


今年はトゥザワールドが強そうです。しかしながら、既に重賞を勝っている
馬もいますし、どの馬が勝ってもおかしくはないかも知れません。

防災情報を

市の防災情報はお世辞にも良いとは言えない。近くの大玉村ではスマホに緊急の情報が
流れたようにおそらくはそういう事に対して積極的である。大玉村のWEBページを見て
見ると二本松市と大差ないように見えて、飾らずに必要な事を載せている感じがある。


二本松はわりと見栄っ張りなところがある、と思うのは私だけだろうか?


市民の中にも防災情報に対して不満を持っている人が結構いるらしく、個人で市の代わりに
情報を出すツイッターを立ち上げた人もいる。「@bou_nihonmatsu」
震災の経験があるのだから、いち早くこういう事に対応してくれてもよさそうなのに、
何故か後手後手に回っている。若い人が少ないというのもあるが、新しいことを
取り入れる気構えが少ない…というか無い。


やはり市に期待するのは辞めて、自分たちで何とかするしかないような気もする。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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