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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

空気釈迦

サラブレッドはみんな個性を持っている。完璧な成績を残す馬、二着ばかりで勝ち切れない馬、忘れた頃にやってくる馬、気性が激し過ぎていつもみんなを困らせる馬。


私はひそかに同僚に馬の名前のあだ名をつけるのが好きである。直接呼びはしないけれど、心の中で呟くのだ。例えば、朝一番に会社に出勤するけど、飲み会になるとすぐに潰れる「ツインターボ」君。男勝りで仕事をどんどんこなしてゆく才女の「ブエナビスタ」さん。同じ女性でも、天才肌でムラがあって酒も強い「ウオッカ」さん。恰幅が良い「ヒシアケボノ」先輩、などなどである。


ある日、その風格から「シンボリルドルフ」の異名を与えざるを得なかった部長に何故か後輩の「エアシャカール」君が呼び出された。エアシャカールには申し訳ないが、入社一年目の中でも一応一番出来る人なのだがこの後輩の世代の全体的なレベルの低さも手伝って、この人ははいつも代表として尻拭いをさせられていて、その姿を見て「エアシャカール」を思い出したので、以降そう呼ぶことにしている。その「エアシャカール」君が同じく同期のライバルであろうと思われる印象の薄い「アグネスフライト」君との仕事先でどうやらちょっとしたミスをしてしまったらしい。先方から電話が入ったらしく、たまたま外に出ている「アグネスフライト」君は運良く回避したみたいである。


「君ね、もうちょっと注意する癖をつけないと、これから大変になるよ」

「はい…」


そういえば私も一年目はあんなだったような気がする。「エアシャカール」君が肩を落としてこちらにやって来る。


「先輩…俺自信なくしちゃいました」

「まあ、大丈夫。これから成長して…」


慰めようとしたところ、馬の方のエアシャカールの成長力について疑念が擡げてくる。エアシャカールは古馬になって正直言って活躍していない。成長力があったろうか?


「いやいや…それは馬の事だ」


「はい?何の事ですか?」


「いや、こっちのこと。気にしないで」


競馬については知らないだろうから、「エアシャカール」君と言っても意味不明だろうけど、ググられると困る。何かこういう時にいい方法はないだろうか、と頭を捻らせていると、咄嗟にいいアイディアが出てきた。これは行ける。私は思い切って言ってみる事にした。


「ねえ君、ステイゴールドって知ってる?」


「え?なんですか?英語?」


「いやね、俺の好きな競馬の馬にステイゴールドって言うんだけど、この馬はね一生懸命頑張って最後に報われた馬なんだよ」


「は、はあ…」


手応えが悪い。


「と、とにかく、最初はポカがあっても、最後に大きくなっていけばいいんだよ」

勢いで押し切った感じがあるが、その勢いに気圧されたのか、


「わ…分りました。」


と「エアシャカール」君は納得した。実際こういうところで納得してしまうところがエアシャカールっぽいんだけど…この話には続きがある。後日「エアシャカール」君が私のところにやってきて、


「先輩!!俺ステイゴールドになります!!」


「は?」


今度は私が呆然としている。


「俺、ステイゴールドって馬調べてみたんです。そしたら、この馬ってあのオルフェ―ヴルの父親ですよね。なんか俺の理想に近いんです。徐々にみんなに強さが認められていって、大団円みたいな…」


「お、おう。そうだな、それがいいよ」


彼は目をキラキラさせて言う。私がまさか「エアシャカール」君と呼んでいるなんてことは言えそうにない。でもエアシャカールの肩を持てば、彼だってGⅠ二勝もしているのだ。「エアシャカール」君頑張れ!!
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黄金旅程

『GIを勝つことがそんなに偉いのかい?』

競馬をあまりよく知らない友人にそんな質問を受けた。
『いや…』
一応否定はしてみたものの、その後に繋げる言葉が出てこない。
でも個人的にはGI馬でなくても競馬ファンを魅了した馬は沢山いると思っている。

『そもそもさ、なんとか記念なんかのGIを勝ってない馬で、種牡馬とか繁殖で頑張ってる馬がいるの?その辺がよく分からないんだわ、俺は』

ふむ、彼の言っていることは至極もっともだ。
例えその馬がGIを勝っていなくとも、血統背景に魅力があれば種牡馬などになれるケースもあるにはある。
というか、友人は『競馬を知らない』とか言っておいて、こいつ本当は競馬に詳しいんじゃないかと時々疑ってしまうのだが、どうやら彼は本当に競馬の肝心なところは知らないらしい。

『なんでエアグルーヴは種牡馬になれてないわけ?』
『ダンスパートナーって優秀な種牡馬だったんか?』
彼は本当に競馬の肝心なところを知らない。

『まずは、競馬にもオスとメスがいることを覚えようか。今君が言った馬達はメスなんだよ。だから種牡馬にはなれなくて、うまくいっても一年に一頭しか仔を産めない。あとね、GIを勝てなくても種牡馬になる馬はいるよ。結構珍しくもないんだよ。』
こんな会話をもう何度したことだろう。
教える度に彼は納得するのだけれども、しばらく経つとまた忘れる。
でも、高校時代まで競馬について語ることが出来る友人を持たなかった僕は、彼とのこんな会話でもなんとなく楽しめている。
競馬のことについて友人から質問を受け、僕は僕の知っている限りの範囲でレクチャーをする。

でもその日は違った。
競馬についての質問ではあるのだけれど、いつもと趣旨が違う内容のものであった。

『お前さ、好きな馬っている?GIを勝っていないやつの中でさ。』
ふむ、僕は30秒ほど考え込んで、ある馬の名前を思いついた。

『エアダブリンとか味があって好きだなぁ』
『へぇ。』
分かっているフリをしたのだろうけど、彼はエアダブリンを恐らく知らない。

『君はいるの?』
僕は彼に質問をする。

『いるよ、ステイゴールド。あの勝てそうで勝てないところが応援したくなる。ああいう馬はやっぱり種牡馬になれないんだろ?GI勝ってないから。こういう馬がさ、種牡馬になったらどんな仔を出すんだろうな?』
数日前に教えたことをやっぱり彼は忘れている。



西暦2000年、冬。僕らはこんな会話をしていた。
その翌年、話題にのぼったステイゴールドはドバイの地でGI初勝利を遂げる。
そして彼は文句なしで種牡馬入りし、父にメジロマックイーンを持つ繁殖牝馬との間に優秀な仔を成し、ついには三冠馬の父となるわけだが、そうなることをこの頃の僕らは当然知る由もない。



西暦2013年、秋。僕らは再会を果たした。
『凱旋門賞見たか?』
『見たよ、残念だったね。』
『ていうかさ、俺の言ったことお前は憶えてる?』
『ん?何だっけ?』
『ステイゴールドが種牡馬になっただろ!お前より俺の方が見る目があったんだよ!』
『否定はしない。』
再び競馬の話が出来ることを、僕はなんだか懐かしく思った。
でもそれは嫌な懐かしさとかではなくて、時間を忘れるくらい心地よいものだった。

光あるうち光の中を歩め/トルストイ

競馬はひとまず休憩で、たまには読書の話題を。
部屋に積んだままで未だに手を付けていない本を“積読本”(つんどくぼん)と言いますが、正にこの本は私の積読本です。

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大学時代、H君がドストエフスキーの罪と罰を読んでいることに影響され、『自分もロシア文学に手を出してみるか』と息巻いて購入。
しかし、あまりに宗教色が強く、10ページ目に栞が挟まれたままになっています。

『いつか読もう』と思いながら、もう約7~8年程が経過。
この本だけに限らず、『読まないなら売れば?』と色々な人から指摘を受けますが、本ははるべく売らないことにしています。
いつか、“本に囲まれた”というか“本に埋もれた”生活を送りたいと思っています。
それはきっと老後になるのでしょうが、私が定年を迎える頃には電子書籍が猛威を奮っている恐れもありますし、何より若い頃に買った本の状態をその時まで維持し続けられる自信がゼロに等しいのであります。

福島競馬

今週末から福島競馬が開催となります。GⅠの裏開催で
目立たないけれど、競馬場は多分混んでいるだろうなと
思います。


横山和生くんが来ると思います。最近調子が良くなって
いるみたいなので、何勝かしてくれるかも…

薄いけど虹




今日は何にもないなーと思いつつ外に出てみて、ふと空を見上げたら
薄く虹が架かっていました。

ほり

「アニメマシーン」という本を早足でしたが読み終わりました。
ちょうど「CLAMP」の「XXXHOLiC」の新刊を買ったところでしたが
「アニメマシーン」という本の方にも「CLAMP」について述べられて
いたので影響されつつ読んでいます。


「XXXHOLiC」はかなり好きな漫画なのですが、何処か計算ずくの
感じに見えるときがあります。与える事と奪う事のエコノミー
とでもいうものがきっちり成り立っているような世界観だと
ああいう風な見え方になるのかなとも思います。どこかぎこちない
感じの登場人物が、必死に何かを求めている姿を見ていると、
人間関係とか世界というものを描くというのは難しい事だな
と言うことが感じられます。精神分析でもラカンの理論とか
になると、閉塞感を感じるのですが、そういう理論を受容した
作品とかって、多分見ていても面倒くさいだろうなと思ったり
もします。「アニメマシーン」という本でも難しい理論が
一杯登場して全てを理解するのは困難だと思いますが、
物語の読解などは、


「ここまで深く考えている人がいるんだな」


と思わせてくれます。個人的には「XXXHOLiC」の侑子さんは惹かれる
部分があります。読解は難しいけれど、作品内で何か明かされる
事があるのでしょうか?

ネタ解説

Hです。


「ナンセンスに」の方の作品とかについてはここでは触れてこなかった
のですが、競馬のネタが少し登場する作品もあるのでここで作品のネタ
解説も含めて紹介しようと思います。今のところ三つあります。一つ目は



『王様は過剰装飾』

http://katakata56.blog.fc2.com/blog-entry-79.html


です。一見すると競馬ネタなど何処にも無いように見えますが、馬の毛色が
「青毛」とか、芝が刈り込まれていて競争が出来るようになっているという
のは競馬を暗示させています。この頃は競馬ネタを控えていたのですが、
二つ目の



『要素はよそう』

http://katakata56.blog.fc2.com/blog-entry-164.html



は分らないようにですがダビスタ99について語っています。



今日書いた三つ目の



『盛るミス』

http://katakata56.blog.fc2.com/blog-entry-492.html


では食事をテーマにしているようで、途中からは競馬のネタがメインに
なるような短編になっています。解説しますと、今週の日曜はGⅠの
天皇賞(秋)で、実際に出走するであろう馬、ジェンティルドンナ、
エイシンフラッシュ、そして騎手のミルコ・デムーロに触れています。


最後の「ミスキャスト」も競走馬で、自身はGⅠを勝っていませんが息子
ビートブラックは天皇賞(春)を勝っていたりして、知っている
人は知っています。ミスキャストはその母が結構凄かったり、ノリさん
が関わっていたり、調べてみると面白い馬です。



今後、もしかするとここで競馬ネタ満載の短編をここにアップする
事になるかも知れません。もう、競馬小説でも書けばいいんじゃねと
思ったりしますが、設定を考えると難しくなるのでとりあえず、
競馬ネタを挟んだ小説のようなものが目標です。

田辺ジョッキー

二本松の有名人で競馬に関わりが深いというかモロにジョッキー
である田辺裕信騎手について述べないわけにはいくまい。

世代的に私達の一つ上の人で、競馬を知っている人なら大体
知っているであろう若手ジョッキーである。HPは


http://www.hironobu-tanabe.jp/


だそうである。去年はあまり調子が良くなかったような気がするが
今年は結構いい成績を残している(現在66勝)。競馬好きなら
一度はジョッキーに憧れるが、やはり大舞台で勝てばものすごく
嬉しいのではないだろうか。

ついったー情報

@2honmatsuaruaru

「二本松あるある」というアカウントを発見した。よく観察なされている
と思う。チラッと見て頂ければ分かるように「提灯祭り」が誰もが一番
語れるような事であり、他の事は中高生くらいの時に経験する事が
多い。

地味に地道

管理人Hです。




個人的に英語の勉強をしようと思っているのですが、なかなか以前の
ようには集中が続かなくて、仕方ないので単語を徐々に覚えてゆく
という地道な作戦に切り替えました。


インターネットは別に日本語だけではないし、英語が読めれば色んな
文献を読めるようになるしお得です。分ってはいるのですが、実際に
話したり利用したりする機会がないので、勉強がいつも中途半端な
ところで終わってしまいます。マイケル・サンデル教授の「JUSTCE」
という洋書をたまにチラッと眺めたりしますが、基本的に難しい
内容なのもあって、読めません。日本語で済んでしまう生活だし、
創作をやっていると日本語を先ず上手く使えるようにしなきゃって
思ったりして、「使う」という段階に入れないのです。


と言いつつ、英単語を学ぶのは嫌いじゃなくて、『語源で覚える英単語
飛躍増殖辞典』という本を、読み物のようにして楽しんでいる自分が
います。暗記力はありません。だから、記憶しやすいように覚える
しかないと割り切って、考えながら、頭で組み立てながら単語を
覚えています。将来はフランス語とかドイツ語とかも読めるように
なりたいのです。というのも、哲学的な本はフランス語とかドイツ語
が原典ですから。


あと趣味で古語林とかも読んでいた時期があります。古語に日本語の
秘密が隠されているのではないかと…とか言いつつ、高校時代は古典
は苦手でその代わりに漢文が得意でした。



勉強はいつまで経っても終わらないようにも思えます。ここでいいや
って思えるところが無いのも確かです。役立てるまでが苦しいですが
役立てられるようになったら嬉しいでしょうね。至上の喜びってやつ
でしょうか。

雑文①

雑文という感じでテーマをあまり絞らず書きます。


以前『スピスタ市』というホームページを作って同じように運営していた
事がありました。その時と比べると、今は何か具体的な事に向けて動こう
としている感が強いです。例えば、実際に二本松の事について調べたり。
スピスタ市の場合はチャットを使って訪問者とやり取りしていて、何となく
何かをしていたという気分が強かったですが、そこでやりとりした情報と
しては全て「流れて」行ってしまって、記憶には残っていますがカタチと
しては残っていませんね。カタチに拘るというわけではありませんが、
ブログで行ってゆく場合には、途中途中で何か分かり易い「達成」が
あると動きやすいのではないでしょうか。



二本松の事を調べるのは先ずその第一歩と言えます。これが一段落して
何に繋がるかは分かりませんが、場所の要らない『勉強会』みたいなも
のです。調べていて中学校2年か3年の頃に書かされた『戒石銘』に
ついての感想文がいかに理不尽な事を要求しているのかが今日分かりまし
た。あれは一言で言えば「権力者が傲慢になるな」と戒めた現代から
してみればごくごく普通のことを凄い事のように掘ってあるものです。
そんなんで感想文を書けるわけがありませんでした。今も続いているん
でしょうか?


中学校の話題は使いやすいです。と言うのも、実際に私がここに居た時期
と中学校に通っていた時期が重なるようなものだからで、自分が二本松
というところにいるんだなという事を一番意識した時期ではないでしょうか。
O氏との出会いにしても何にしても原点はそこなのだから、そこは当然
意識してしまいます。けれど、今は今なわけで、今こうしてネット上に
アップする記事としては、もうちょっと共有される情報があってしかるべき
だとも思います。


さて先ほど触れた「達成」を感じれる事を考えますと、どうやら我々は情報
を収集してまとめるというような事をやってゆくのが良いように思われます。
情報は何でも良いんですが、どこかに以前のものとの関連があると、語り
が拡がってゆくような気がします。私が今読んでいる本の話題とかですと、
「アニメマシーン」という非常に分厚い本が好きな哲学の話も絡んでいて
面白くなってきたところです。趣味というか今も勉強をちょこちょこと
続けている数学とかでは「フォンノイマン環」という対象を学んでいる
ところで、これを共有できる人は少ないだろうなと思ったりします。


一つ前に書いた小説のアイディアで登場人物が「趣味が無ければ」と言って
いますが、趣味なのか勉強なのかよく分からなくなっているのも確かです。
ネット上で「頭を空っぽにして楽しめる」コンテンツの良さを語る
人がいますが、そういうコンテンツはコンテンツ自体が空っぽではないん
ですよね。コンテンツは、色んなものを関係させて作られるものでしょうか?
それとも、それ自体一つの独自性があるような何かが展開して行った
ものなのでしょうか?



中身を与えると言っても、こういう風に長々と文を書けばいいというわけ
ではありません。個々の記事は全然短くて構わなくて、むしろ題材として
扱える程度の小噺の方が使いやすいです。「編集」という事が重要
といえばそうです。適当なところをコピーペーストして、切り貼りしながら
何か面白そうな事が出来たらいいなとは思っています。


「達成」という話に戻りますと、そういう事がもし一個でも実現出来たら
十分達成と言えます。もっとも、これはWEB上での達成ですが。

Oです、ドーモです。

こんにちは。
今日はですね、急遽出張が入ってしまいまして、ほぼ一日外出しておりました。
私のこんな仕事でもですね、忙しい時は忙しいもので今は少々滅入っています。

思えば昨晩も会議でございました。
なぜ、一週間の中で最もモチベーションが低くなる日曜の夜に会議を行うのか、少々疑問に思うところはありますが、所詮は雇われの身ですので何も言いますまい。

明日からまた更新頑張りまっす。

こんな感じの

新しくオープンしたばかりのカフェで、グダグダと会話している二人の
男性。眼鏡を掛けた気難しそうな男(A)といかにものほほんとして気楽
そうな男(B)の何でもない会話。店のマスターは、静かにコーヒーを
淹れている。


A「思うんだけど。俺達って世界の大きさからすると、本当にごくごく小さな
ところしか動いてないよな。例えば、自宅と仕事場とかさ…日曜日もこうして
近くに出来たカフェに来てダラダラと話をしているだけで」


B「中身が無いって?」


A「そうじゃなくって、なんつーのかな、この世界で何か痕を残しているかって
いうと、何にも残ってないような。悪いとかじゃなくって、勿体ないかなって
思う。人がこんなに居る世界なのに」


B「最近はみんなそんな感じじゃね?俺は別に普通だと思う」


A「でもさ、もし自分達で何か出来たら嬉しいと思わない?」


B「そりゃそうだけど、実際無理じゃない?しなくても幾らでも趣味に時間かけられるし」


A「趣味ったって、誰かと共有しないと何か虚しくならない?」


B「まあ、虚しくなったら辞めればいいし」


A「お前はそうだよな。なんか淡々としているんだ」


B「今は仕事の方が大事かな…ってか仕事の事を忘れられるような趣味が良いかな」


A「まあ、何にしても趣味は必要だわな」



それは、何でもない会話である。マスターは何を言うでもなく、カップを磨き続けている。

エピファ

菊花賞は福永騎手のエピファネイアが優勝。勝利ジョッキーインタヴューも
嬉しさと達成感が滲んでいましたね。個人的には横山さんのケイアイチョウサン
が5着と健闘してくれたので面白いレースでした。

エピファネイアは古馬との対決でどうなってゆくのか楽しみですね。

圧倒

我々の視点から見て面白いもの。我々の世代にも楽しめるもの。
私は二十代後半で、もう三十と言ってもよい年齢である。この
年代の人は一応まだ若い方だろうし、価値観も比較的新しい
ものを受け入れる余裕がある。とりあえず…分析してみる。


新たな価値を見出してゆく事も必要だろう。と口では幾らでも
言えるが、実際に見出すのはなかなか難しい。限りなく資源が
少ない状況下で、殆ど何もないところから新しい事を起こして
ゆくというチャレンジは、いつか述べた『ハードモード』…
どころか『エキストラモード』を愉しめるようにならなければ
無理である。


文章の力を過信してはいない。「剣はペンより強し」という言葉は
、「剣」すら価値の無くなろうとしている世界で、どういう意味を
持つのだろう。価値あるものを産みだそうとするけれど、数日で
出来るようなものは無い。「時は金なり」というけれど、誰かが
時間をかけていろいろ作り上げたものを我々は享受、享楽している。


何が目的か?


という事を問うと、途端に迷宮化してしまう世界が確かにある。
音楽は、肯定的な詩を乗せて我々に届けられる。その音楽が、
何か具体的な事を解決するかというとそうではなく、専ら
それ自体が心地よいものとして消費されるようだ。


今は関係が大事な世界である。人と人との関係。その人間模様
自体が、辛くもあり、それでも生きてみて面白い。物質的
豊かさではない豊かさに近づこうとしている。文章の力は
過信してはいないが、文章の与える何かは確かに期待している。



「Twitter」は何気ないことの集合だ。何気ないことが情報として
集められて、自分に必要なものが意見として共有される。この
『意見』というものが無ければ、そして『意見』の与える意味や
力が無だったら、そもそもツールとしては何も役に立たない
ただの情報サイトと同じものに成り下がる。『意見』は確かに
何かを動かしている。ネット上での動きがそのまま実社会に
反映されるという事が必ずしも理想ではない。そうではなく
何か自分が実際に動くきっかけを与えてくれるような何か
として、傍にあって欲しいものがネットなのだ。



ローカルに徹する意見というものはあって良いと思う。情報
として入ってくるものは、やはり情報発信者の発信力(例えば
情報の精度やまとまり)に応じて、十分なものと不十分なもの
に分れるように思われる。情報の発信はこれで十分だろうか?
発信の仕方は間違っていないだろうか?そういう事を考えながら
書いてゆかないとすれば、受け手は十分に「そこ」を知れないのでは
ないだろうか?



実際、「ビル」「カフェ」「レストラン」のように名指せる建物
ではなく、木々、木々、田畑、田畑、のようにその具体的様子を
見るしか想像する事が出来ないような光景に対して、情報性は
あったとしても、書いてもしょうがないという理由で省略されて
いて、あたかも均一のように見なされている場合がかなり多く
あるように思われる。均一などではない。書きようがない空間
が広がっている。写真で見る平面よりも、空間的な広がりが
物凄くある場所に住んでいる。その広大な土地では人間が介入
出来る事などごく僅かなのだという気がしてくる。



その圧倒されている感じ、圧倒によって実質的に「無」になって
しまう情報は「無」などではない。それと触れ合っている限り、
現実感ははっきりしてくる。牧歌的な景色ではない。むしろこの
インターネットが与える情報に閉じこもれない程の、具体的な
景色がある。いくら一部が近代化、未来化しても、大部分は
「こう」なのではないか、という気がしてくる。情報性に乏しく
だから、考える時間が無限にあるように思えてくる世界。



私の年齢では、それを何か価値あるものとして描ききる事は不能で
あるようである。想像の世界では無く、この世界をそのまま見ている
人は居るのだろうか?

情報

今日は雨が降っています。


Googleで「二本松」と検索した際、二本松のニュースで「二本松で巨匠5人展」
というのが目に留まりました。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20131019-OYT8T00986.htm

記事はこれです。そう言えば、市の図書館の向かい側のパネルか何かにこれが
張ってあったような気がしましたが、芸術に疎い私はどんな人なのか良く分かり
ません。でも、二本松に何か貢献できればいいなと思っている人が確かにいるん
だなという事が分りました。


美術的なものについては、取り組んで頂けると市民にとっても良い事だと思うので、
どんどん何かやって欲しいなと思います。

面白を探して

管理人Hです。


面白い事というのはその辺に転がっているかというとそうでもなかったりします。
むしろその辺に転がっているものを見て、面白いと思えるかの方が重要で、面白い
と思える人はその人自体が貴重なのだろうと思います。


言ってしまえば自分の住んでいるところは、大体面白いものを発掘し終えた感が
強いです。食事処が隠れ家的に点在している町でもありますから、そういう場所を
改めて探してみるのも一興かと思いますが、その他の場所については、昔の方が
面白いものがあったように思われます。昔を懐かしんで言っているのではなく、
単純にシャッター通りの中にあった、ゲームショップとか、中古店が今はなくな
って、そこにあった『独特の感じ』も無くなってしまったかのようです。


まあ、あったとしても子供の絶対数が少なくなった今では商売が成り立たないので
しょうけど。母方の実家が米沢なのですが、あちらの方が不便だし何もなさそう
なのですが、明らかに雰囲気が違います。二本松と米沢も一応関係があるといえば
あって、二本松藩の最後の藩主が上杉家からの養子なのです。戊辰戦争後に、
二本松から米沢に移った人もいるでしょうし、そう言った意味では歴史的には
面白いのですが…


面白い事を探しているのは確かです。やはり魅力となるものがなければ人は関心を
寄せてくれないとも思いますので。



何でもない坂道なんですが、一瞬だけ違うところに来てしまった
ような感覚になれる地点です。多分、木々の日影のせいかな。

遊びてきな

管理人Hです。


真面目にかんがえましたので、少し気をぬいてこのWEB上で
可能な事の中で、ダラダラと書いていきたいと思います。


さて、先ずはアニメとかですかね。アニメは嗜む程度には
見ていて、話題作よりも自分に合う作品を探していたりし
ます。でもさすがに年齢的なものもあって、昔ほど熱中
できないというのが本音です。ゲームもしなくなっているし
、これで読書を辞めたら何も残らなくなるだろうとさえ
思ってしまいます。その分、創作に時間を費やすのですが。


こういう趣味の事って、語ってゆくときりがなくて、最近
悦ばしい話題と言えば「キルミーベイベー」とかなんです
けど…


う~ん。何か違うような気がします。

想像

ひたすらに寒いのは何故なんでしょう。それはさておき、今回は想像力について。


この町に必要なものは何なのでしょう。今、そしてこれから必要になるものに
ついて、情報性に乏しい場所ですから情報が入ってこない。となると、凡その
事は想像に任されるというというのがあります。


想像と言いましても、何も最初から最後まで想像で行えというわけではないのです。
何かを考える時に、とにかく想像している事と、実際のズレを確かめるという
事も必要なのです。



この町に求められている事と、求めているもの。


この『求められている事』というのは、違う場所からの情報によって明らかに
なるわけであって、アンケートや訪れた人の声からそれを推測するという方法
が一般的です。逆にこの町が求めているもの。求めている主体はそれぞれの人
であって、要望が大きければ市政に反映されてゆくだろうという漠然とした
期待があります。小耳にはさんだ情報によりますと、実際に企業の誘致などの
動きも水面下で進んでいるようで、どうなるのかはよく分かりませんが、確かに
求められている事に応えようとする『動き』はあると言えるでしょう。


求められている事も、求めているものも、他の場所との関係でどちらも必要な
情報です。一般的には、市政を反映した議会というものがあって、市長がいる
わけですが、常に必要な事を行っているとは限りませんので、オンブズマンなり
市民側からのアプローチも必要になるでしょう。印象で語りますが、必要な
事は、最低限必要な事はやっているという感じでしょうか。他の事は、わりと
既存のものを生かすというか、そのまま用いる感じです。


市のホームページも、基本的な情報であり、関心を惹くものは見つけにくい
ような気がします。


想像ですが確かに、『求められている事』は、あんまり無いのかも知れません。
求めているものも、求める事に疲れたか、求めるのだったら違う場所に行く
という選択肢を選ぶから、最終的に残るものが少なくなってしまうとも
言えそうです。



想像は先走ってしまいます。しかしながら、実際に自分で何かをやってみろ
と言われて、使えるものが絶対的に少ない状況ではなかなか難しいだろうし
、市政に携わる人もそれは同じだろうと、思ってしまう部分があります。

菊の舞台②

H君が話したように今週末は菊花賞が行われます。
恐らく競馬を知らない人でも『菊花賞』というレース名を聞いたことのある方は多いのではないでしょうか?
私はH君より競馬歴が短いためにマチカネフクキタルやセイウンスカイの菊花賞をリアルタイム(TV観戦)で見たことはありません。
私が(テレビで)最初に見たのは99年のナリタトップロードが勝利した菊花賞です。
今、思い返せば憎たらしいほど強い馬に育ったテイエムオペラオーもこのレースに出ておりました。
当時アドマイヤベガ、テイエムオペラオー、ナリタトップロードで三強を形成していたのを思い出します(後にオペラオーの一強時代に突入するんですがね)。

皐月賞…最も速い馬が勝つ
ダービー…最も運の良い馬が勝つ
菊花賞…最も強い馬が勝つ
という言葉がありますが、決して真実とは言い切れませんね。
歴代優勝場を見ると、古馬になっても活躍を続ける馬もいれば、結果的には一発屋で終わった馬、そして菊花賞を最後にターフを去ってしまった馬など様々です。

今年はどの馬が勝つのでしょうか?

菊の舞台

さて今週は菊花賞です。今回は競馬の予想というよりもコラム的に
語っていきます。菊花賞で思い出すのはセイウンスカイとか
渋いところではマチカネフクキタルとか、最近だとゴールドシップ
の走りが思い出されます。


今年だとエピファネイアがどういう走りをするかが注目されて
いますが、福島といえばラジオNIKKEI賞を勝ったケイアイチョウサン
はステイゴールド産駒でノリさんというちょっと面白そうな
予感がしているレースでもあります。


もはや長距離レースのGⅠの価値は低くなっています。クラシックとは
いえ、ダービー馬のキズナは凱旋門に挑戦したように、有力馬も今は
天皇賞秋を目指すようになっていて、実質一強とかそういう事も多いですね。
その一強ですら、距離の壁に負けて人気薄にもっていかれるなんて
事もあったりで、菊花賞=つまらないレースの代名詞みたいになって
いますが、長距離は長距離のスタミナ勝負が面白いし、騎手の腕でいくらでも
結果が動きうるレースでもあります。むかしのゲームで言うと、ギャロップレーサー
とかGⅠジョッキーとかで、無理矢理距離の壁を越えさせたり、大楽勝して
みたり、追い込みの奇跡に賭けてみたり、むしろ楽しいのです。遊ぶという
事ではなく本気の勝負でも、例えば4コーナーを回った後の空いた内ラチ
を狙うとか、良く見てみると面白いレースです。



何といってもクラシックの最後ですからね、楽しみましょう。

現実の見方

現実をどのような観点から眺めるか、という事がとりあえずは
一つの方法論だろう。色んな事の集まりをそのまま見ていた
のでは、何も情報が得られない。


何かある観点一つを追う。例えば『経済』、『政治』、『文化』。
構造主義のある本を読んで、それぞれの文脈は、ある出来事に
対して、それぞれの方法でその出来事を語り、それぞれに大体の
対応関係があるというようなイメージを持つようになった。


具体的には、『経済』の観点からするとアベノミクスは経済の
テコ入れのようなもので、『政治』の観点からすると安部政権
を維持してゆくための戦略で、『文化』の観点からすると流行語
大賞に選ばれるとかそういう事に関心が集まったりする。


同じ出来事、アクションでも、観点で価値が違う。それぞれの文脈
はそれぞれの価値でその出来事を評価する。しかし同一人物が
二つ以上の観点を持っていてもおかしくない。経済政策として
アベノミクスに対して賛成でも、安部政権自体を好ましく思わない
人、そういう人がいるとすれば価値の問題として複雑になる。


複数持っているものの中で何を『主』とするのかという事が考え
られる。当面の我々の活動からすれば、『政治』的な要素は控えめに
『文化』、『経済』の観点から見て何か好ましいものがあれば
それを両方の視点から語ってみるのも良いと思う。


さて、実際に二本松で実践してみよう。二本松は『文化』的価値に
多くを負っていて、観光名所として市としての観念的な『経営』を
成り立たせているように思われる。市としての経営というのが
実際は、それぞれの商店とか、町工場とかの経営が成り立つかどうか
であり、市自体は政治の中で市税とか地方交付税などによって
成り立っているのだろうから、市が全体として上手く行っているのか
活気があるのかという事をただ述べたいに過ぎない。


行政だけでなく市民を巻き込んだ市として上手く行っているか?


市民にとって重要なのは景気もそうだが、その市で充実して、安心して
生活できるかという事であろう。具体的には子育てにとって良い町
かどうか、老後の生活にとって便利か等は、暮らし易さの基準になる。
『文化』は、歴史的なものだけでなく現在も存続している『文化』を
考えなくては駄目である。二本松でサークルなどを探してもあまり
みつからない。


結局のところ「無いものだらけ」という事が浮かぶのだが、長く続く
銘菓とかがあったりして、要するに憩いの場や喫茶店などがあれば
何かが起こってもおかしくはないと思えるのである。一応勉強会も
ときどきある。日頃感じることの情報交換ということについては、
TwitterやFBなどを利用している人の絶対数が少ないから他の人が
どんなことを考えているのかは分らないという印象を持っている。


文明の利器を利用するなら先ずはTwitterなどを利用する人を増やして
情報交換をしたりするのが一番安価で効果がありそうだと思う。

アウトプットされた表現

読書についての話題から、いかにしてそれをアウトプットするか
という事を少し考えてみたいと思います。と言っても今もこうや
って普通に行っている事なんですけどね。


読書の経験は、本格的なものになれば物事の見方を変えてしまい
ます。ある対象への興味も湧いて来たり、無意味(ナンセンス)
に思えるものが、意味あるものとして与えられたりという経験
をまさに昨日したばかりですから、それは本当です。ある意味で
難しい本を読めるようになるのは何かについての自分の理解が
進んだという事を明かしてもいます。


人間というのは生きているだけで思考という事をずっとやっている
わけですが、何かに辿り着くかどうかわからないけれど考える
という事は、書けば「痕」となって残るわけです。「痕」を
ブログのように色んな形で残しておりますと、時々何かの
役に立ったりします。「痕」の繋ぎ合わせ方は本来的には
無数にあるわけで、そこから何かのイメージを見出すという
事が出来れば、理論になるとも言えます。


読書で得た知や知恵をそれと関係させる事。そういうのは本当に
些細な事を記している間に浮かんだりします。知るだけではなく
『使う』というのもそういう事だと思います。具体的な事実は
身の周りにあります。それを言葉で言い表すのは難しい。


ある意味で『純粋に書き残す』フェーズと、『そこから思考する』
フェーズがあります。純粋に書き残す、記録は貴重でもあります。


この市の事を調べていて、圧倒的に欠けているもの、それは記録
でもあります。まあこのブログでやろうとしているのは市の事
ばかりではないので、他にも例を言うと、『競馬』はある意味で
記録は映像として残っていますが、関係者が書籍にする事は
珍しいのです。競馬村という閉じているとされる社会がある
という事も、ある意味では事実かも知れませんが、何というか
騎手も調教師も、言葉にし難い事に携わっているとも言えない
でしょうか。いちばん理論的な人はマイネルで知られる岡田総帥
とか…と思うんですよね。



君の言っている事は理論ばかりだ、と言う人もあるかも知れませんが、
理論なしでは曖昧な感覚とイメージになってしまいます。何かに
「迫る」という事は、基本的に言語を介して可能になると私は
個人的に思っています。だからこそ、『純粋に書き残す』ことにも
重きを置いています。実は書き残している間にも、読書で培った
見方というものが反映されているのです。これも実感としては
何も言ったことにならないかも知れませんが、アウトプットの一つです。

台風

いま一番関心があるだろうと思われる話題。台風です。

ここ二本松もどうやらこれから風雨が強まるとの事です
が、今のところ昨晩に比べると静かです。それにしても
今年は台風の被害がかなりあります。


自然災害とは切っても切り離せない関係にある国だと
言うことが良く分かります。とは言っても、対策としては
個人のレベルでは気を付けるという事で、国とか地方が
出来る事としては、速やかな誘導とかなんですよね。

ちょいとした読書観

読書において読んだ本の量はさほど意味が無いと思っています。
個人的にはH君のような読書方法を目指しているのですが、生憎とオツムが弱いために難しい本を読むと眠くなってしまうのです。
それゆえについつい手頃な娯楽小説や興味のある分野(例えば競馬ですね)に走ってしまうのです。
娯楽小説ならば読書量は簡単に稼げるのですが『後々の人生において何か得るものがあるのですか?』と問われれば、そこは否定的な回答しか出来ません。
現に私は内田康夫氏の浅見光彦シリーズをよく読んでいたのですが、もはや頭の中がしっちゃかめっちゃかになってしまい、どの事件に誰が出てきて、どのような結末になったのか分からなくなってきています。
その場は楽しめてもその後を楽しめない、そんな感じです。
要するに量をこなすと読み方は自然と雑になってしまうのです。
これはいくら注意をしていても防ぎようがありません。

本屋さんを訪れると“速読”なるもののレクチャー本が数多く出ていることに気付きます。
私はこの“速読”に疑問を感じています。
早く読むほど切迫もしていないですし、『そんなに早く読んで何になるんですか?』という思いがあるからです。
どれほど効果的な速読法があるのか分かりませんが、娯楽小説ならいざ知らず、少なくとも仕事や今後のキャリアに結びつくような本はじっくりと読んでいかなければとても頭には残りませんよ。
頭の中がこんがらがってる私にアレコレ言う資格はありませんがね。

もう一つ大事なことがありました。
本を自分で購入することです。
身銭を切らないと何事も血や肉になりません。

読書の違い

Hです。O氏の読書量には驚かされた。twitterもやってたのでフォロー。
私の場合の読書は、本の数からすると多量ではない。難しい本を時間
かけて読むようにしている。

読書メーターという便利なヤツ!

読書を推し進めるような派閥の差し金などではありませんが、人生にはやはり読書は必要だと思っているOです。

H君にはまだ話していなかったかもしれませんが、読み終わった本を『読書メーター』というサイトで管理しております。H君を含め、ご存知の方は多いと思いますが、読書に特化したSNSのようなものですね。
その読書メーターに『浅見家の三男坊』というハンドルネームで在籍しておりますので見かけたら構ってやって下さい。

別に私は業者でもなんでもないのでURLは貼りません、ご安心を。

お詫び

おはようございます。
Oです。

週末は遠方に避難している家族の下へ駆けつけるために更新出来ませんでした。
その間H君ありがとうです。
さてさて、本人も忘れていた髪幸四郎(こうしろう)や髪豊の話題を引っ張りだしてくるあたり、やはりH君はさすがと言う他ありません。
ブログの記事を見るまで綺麗さっぱりと忘れておりました。

H君の言う通り、今我々がやろうとしていることの原点はあのあたりにある気がします。
自作の競馬ゲームを作っていたあの辺りがもしかしたら私の中学校生活の良い部分のハイライトかもしれません。
頭の中には常に競馬があり、授業中はその自作ゲームに現れる競走馬のパラメーターを考えていました。

そのゲーム…競走馬を走らせるコース、『東京』と『中山』の2つまでを作り上げるという力の入れようだったわけですが、今思い出すと全く意味のない設定がありました。

『坂』という要素です。
『その坂の部分を走り抜けるには通常の2倍のサイの目が欲しい』というものでありましたが、競走馬ごとの差別化が全く行われず、どのようなパラメーターの馬でも同じであったために“ただ1レースにかかる時間が長引くだけ”というどうしようもない設定でございました。
コース内側が有利な面を再現している辺り(外側を通ると多くのサイの目を要するのです)、およそ中学生が作るにしてはハイクオリティーなものだっただけに、その部分だけが心残りです。

この場をお借りして当時のクラスメートにはお詫びします。

競馬から振り返る事

高校時代ですが競馬の小説を書いていたことがあります。
当時好きだったセイウンスカイという馬の架空の子供
が活躍するというストーリーで、語り手が競馬記者と
いう設定で。


完成するとO氏に長文メールで送信し、O氏もその後
メールを使った競馬のゲームなんかを構想したり
して、結局はどちらも完結しないまま終わったのですが
、当時から競馬を何とかして語りたいなと思っていた
のです。そして、大学時代、今でもWEB上に残滓の
ように残っている「スピスタ市」というサイトを
立ち上げ、あと何人かで運営していました。これを
読んでいる方でその頃の事を知っている人は居ないと
思いますが、まあまあ充実していました。


今となっては、競馬の自作小説なんて恥ずかしくて
公開できない、と思ってしまいますけど書いていて
設定がどんどん浮かんでくるのは競馬についてかも
知れませんね。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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