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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。




いっそ清々しいほどに、見慣れた光景が広がっている。
どこにでもありそうな、のどかな光景。


けれど、そこには悲もあるし喜もある。

今日は素敵な日だ。
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勝ってくれ!!

むしろ何処か分ったらすごい。




今日は日曜競馬の日。競馬の話はここではしなかったけれど
私とO君は競馬という共通の趣味を持っている。GⅠのスプリンターズS
のことは自分のブログにも書いたけど、やっぱり話しておこう。


サクラゴスペル勝て!!

メールのような

もう一人の管理人O君は、もしかすると10月の
N市のお祭り関係で忙しいのだろうか?

こういう事はメールで聞くのが早いかも知れないが
まあ、今度そのお祭り辺りで会合の機会を
いただければ、これからの事もモチベーションが
あがってくるのではないだろうか。


ちなみに私はわりと意固地なところがある。頑固
でもある。だが割と色んな事に興味を持つタイプで
郷土史についても本来門外漢のところがあるが、
なんとなく面白いと思えてきたところである。


歴史を調べると言っても資料が少なく、ちょっと難
しい事だから、やる気になるまでは結構時間がかかる
が、手応えが出てくれば、ハマるかもね。

ござる。

自分は意固地であるが、納得出来ればある程度柔軟に対応できるタチであると思う。

N市の歴史。
今は出来ることを行っていくしかないのかもしれない。
ただ、生憎私は本日残業。
そして明日からは最寄りの政令指定都市(片道100キロ)へ出張でござる。


ちなみに先程の写真は木曜の朝イチに仕事で外回りをしている時に車内から撮影したでござる。

打開するために

「おい、ここあそこだべや」

ブログに公開された写真を見て一瞬、心の声が漏れそうになった。
私なら十分に分る。けれど、普通はこれだけでは分からないだろう。
写真を公開した事より、

「O君いつ頃通ったんだろう?」

と思った次第である。O君には素直に言ったつもりだった
ので、書かれてある事を素直に受け取って、これから
先の事を考えてみようと思った。


と言ってもする事は大体決まっている。少し前から
行っているように、この町にあるものを少しずつ
写真に収めて公開する。あとはN市歴史研究。


これを行うメリットは、町の現状を良く知る
事が出来るという事、N市歴史研究については
それを体系的に行ったものはあまり見当たらない
から、様々な事のルーツが見えて案外楽しいという事
である。


歴史を知るというのは、何故今こうなっているのか
という疑問に一筋の光を与える。つまり蔓延している
この空気は一体どこ由来なのか?これもテーマに
なりそうである。



今日も分る人にしか分らないところ。

ごもっとも

a.jpg
至極、H君の言う通りである。
反論できることは何一つとしてないし、する気もない。
自分でもここ最近、なにも進捗していなかったため『どうすべきか』悩んでいたところである。
『バクマン』や『ヒカルの碁』、『デスノート』のように原作と絵を描くことを分担させるようにはいかないのだ。
H君は私ではないし、私はH君でもない。
お互いに納得し合いながら物事を進めていかなければならない。


あ、私も写真載せてみました。

やや曇り

この前とは違う道から、





このような光景が続きます。


IMG_5365.jpg


そして橋に合流。その向こう、


IMG_6186.jpg


別な橋があります。やや威圧感があります。


IMG_4308.jpg


橋から見下ろす景色。一級河川なので結構すごいのかも。


IMG_4849.jpg

向こう側

この前の堤防沿いの道を更に進むと…





橋が見えます。

IMG_3607.jpg

橋はこんな感じ。

IMG_9757.jpg

こんなんと、

IMG_4884.jpg

こんなんがおりました。

IMG_0851.jpg


蟷螂。とうろう。

ノリの向こう

二人で何が出来るかを考えているところが始まりだった。
今日は少しそこに立ち戻って考えてみよう。

ノリとしては、ここら辺が一番書きやすいところで、
具体的なアイディアが出てくるわけでもないが、やろう
と思っている事は少しはあった。


その中で、二人で書く『小説』というアイディアが
続かない理由は幾つかある。一つは、難しいという
事。そして、ここが一番重要なのは、小説自体も
『後ろ向き』なものになりがちだったという事である。


以前書こうとしていた小説は、過去のあるターニング
ポイントとなる地点に遡ってやり直せるという小説
の構想を膨らませたのだが、例えば現実の方でも過去なら
例えば震災、例えば原発の事、そういうものでやり直し
が利くならと思える事は多い。実際やり直せたら
その地点に遡って何かをしようとする人もいるかも
知れない。


だが、私は個人的に現実の方を向こうとしているし
実際に見ているもので肯定したいのは、そういう事が
ありつつも何とか続いているこの日常であり、現実
である。前を向き続けること、今を見続ける事は
必ずしも楽しい事ばかりではない。時には苦痛でもある。


その中でささやかに想像やフィクションの中ででも
過去をやり直したいと思う事は自由なのかも知れない。


が、O君に厳しく当たってしまう事になるが、私は
前に戻って良いと思われるような事はしていない。
むしろ過去の地点は、今に生きている。そういう意味で
今後ろに向く方向は、なかなか出来ないし、したくない
というのが強い。前にしか答えがないような人生は
前に進んで答えを見出すしかないのである。


困難なところからでも新しく何かを始められるという
のが一番の理想である。このブログは「過去の続き」
としての面もある。ノリ自体は過去のそれと変わらない。
けれど、やっている事自体は常に新しい。何かを残しつつ
出てくる何かを肯定してゆく事の他に、続けるという
事は可能ではない。何故なら、あるところから単なる
反復、繰り返しになってしまうからである。単なる繰り返し
を愛する。それはいいかも知れない。しかし、世界は
めまぐるしく変わり、繰り返しに見える事も、実は
姿を変えて反復している。そうしなければ続けられない。



過去ではない。過去そうであったものに留まる事は出来ない。
全てが姿形を変えて、再び再開(再会)する。その方が物語として
面白い。少なくとも今の私が書きたい小説はそちらだ。



これが、二人で書こうとした小説が書けない理由である。
それを今説明した。私だけのブログでは無いし、O君の
意見もある。だけど二人でやるにあたっては、同じテーマ
で小説を書くことは案外難しい。O君の望むものは全て
分るわけではないが、ある程度分かる。だが、同じく成長
する者として、O君のところに向けて、O君の望むままで
いる私でいるのは多分違っている。


O君なら多分理解してくれるだろう。


この判断が重要である。その人が何処に居るか、どの地点に
いるか、動きながら先にそこに居て欲しいところと、居る
と思うところに、「同じノリ」を向ける。



そう、例えば変わって行ったとしても構造が同じだとすれば、
「同じノリ」が通用するのだ。「同じノリ」を信じてみよう。
この「ノリ」のイケるところまで。

くもり

IMG_8244.jpg


今日は曇り。

市内某所から撮影。やや高い位置からのショット。
拡大すると色々な情報が分るかも知れないが、
興味がある人しかそんな事はしないだろう。


ぼちぼちと公開して、いずれは明かそうかな。

これから

N市で有名な祭りが10月にある。このブログは
去年のその時にO氏と再会して、話の流れで
始まったものだが、今年も何となく面会できる
と良いなと思っている。


画像:少し歩くと、このような堤防が見える。
この先には、ほとんどなにもない。


IMG_6615.jpg

マニアなりのこだわりと自重

その通りで私は歴史マニアである。
ただし、マニアというだけあって、興味のある時代にこだわりがある。
日本史好きの中で『あなたの好きな時代』的なアンケートを取れば、恐らくワンツーフィニッシュを果たすであろう、戦国時代と幕末が私の関心のある箇所である。

そのため、その時代以外の故郷N市の歴史にはあまり関心が無い。

ここで語っても良いのだが、今明かすべきではないN市の名前が明らかになってしまうので自重しておくこととする。

れき

もう一人の管理人、O君は結構歴史マニア(おたく)である。
その歴史マニアっぷりが地元の歴史に向かわないのは何となく
謎で、調べれば結構面白そうな事が分るかもと思う。


歴史と言えば、私は世界史の方が好きで、実をいうと世界史
が得意である。


何にしても歴史を知ることから、少しずつやるべきことが
見えてくるような気がする。

きなが

個人的にもN市の歴史を調べてみようかと
思っている。後は適当に町にある何処にでも
ありそうな場所を写真に収めてアップロード
とか。

これも気長にやろう。

このブログにも写真が…

やっとこのブログにも写真が登場した。
今までが文章オンリーだったためか、新鮮というか不思議な感覚である。

そして先程の写真であるが、どこのものだか全く分からない。
こういった写真チョイスにおけるセンス、さすがH君である。

しかし、いい青空だ。

実験

視覚的に収めるにあたって、無難な処を
選んで載せるという方法が考えられる。

あるいは、バレたとしても、「N市」の
まま表現する。そうすると、確証が
得られるまで「N市」が何市なのか
分らない、曖昧なままである。


多分、先ずはどこにでもあるような場所
から映すのが良い。


実験してみる。

1

写真を撮る場合

視覚的に表現するのは良い方法だと思う。

ただ、いまだ『N市』というように実名は伏せていることを考えると考慮すべき事項がある。
それは『N市』と断定出来るような箇所を写真に収めて良いのかどうか、ということである。

恐らく我々の住んでいる市がどこなのか判明したとしても、今までの内容だけで身元が割れる可能性は限りなくゼロに近い。
別段都合が悪いことはないが、どうしたものか。

研究

N市の歴史をあまり知らない。O君が書いたもの
の中にあるように、私は違うところからここに
やって来た。だからたちどころに、歴史を知らない
というのが常であるわけではないけれど、少なく
とも、私は郷土資料について無知である。


どこまでN市の情報を出すべきなのだろうか?
「N市」と暈しているが、これを素直に出す場合
、色々とデメリットもある。けれど、「N市」
研究を行うとしたら…


一つの案としては、「N市」の風景を写真に
収めて公開するような事だ。まず何があるか
自分達の目で確認してみる。

なんともいえなさ

町はオリンピックに対してどう反応しているだろう。

喜んでいる人もいるかも知れない。


だけど素直に喜べないのは、「ここは」何となく
関係ないような気がしてしまうからだ。

ニュアンス

訛りを舐めてはいけない。
色んなニュアンスを持っている。


けれど、それを標準語で語ろうとすると
無理が生じる。訛りを訛りとして受け入れる
事が他者の理解につながる。

私は結局ここに住んでいるのに、
余所者だ。この感じは前から
感じていた。


今、受け入れようとしているが、どうしても
混乱する。自分の語でないような気がする。



という私もちょっとは訛っている。

人の魅力

何かをする事を考える。確かに何もする
事はない。


ここでなんて、何もしたくない。
そう思わせてしまうほど、魅力のない町だ。



魅力がないものには惹きつけられない。



だけど、人は少なくとも魅力的であって
、そこから何かが出来るようでないととても
じゃないが、何かが始まるようには思えない。


この町に住む人に関心を持たなくてはならない。

若者

現状認識は常に心地よいものではない。

悪いニュースも良いニュースもある。
それはメディアが偽っていなければ
事実だ。そういう事だけでなく、目の
前に広がっている現実、現状を認識
することは時に負担になる。


しかし、見つめ続けなければ誰も見なくなる。
見限ってしまう。


「何もない」


けれど、確かに田んぼはあるし、錆びれては
いるが駅がある。役場だって、施設だって
ある。それを有効活用する事が出来るか?



有効活用できる施設の少なさを問題点と
して挙げよう。集まって何かをする施設
すらなければ何かを始めようと相談する
事すら不能だ。だから今、ブログという
手段で連絡を取り合って、議論のような
「報告」をお互いに繰り返している。


お互いがテーマを出し合って何かをする。
それが抽象的な事に向かわないように、
やはり現状認識はしておくべきだ。


そもそもこの町に若者は居るのだろうか?
具体的数字が知りたい。

異端児か?先駆者か?

N市には何もない。
H君はオブラートに包んでくれたが、実のところは何もない町である。

私とH君は中学校で出会った。
聞いた話では他の町から引っ越してきたようだ。

だから、N市に愛着がないのは当然である。
もし自分が同じ立場だったら彼と同じ考えを持つことになったと思う。
自分にとってN市は生まれ育った町だ。
市外に旅立っていった多くの同級生達と違い、私は故郷に残った。
H君も残った。

中学校時代に一番話した友人はH君のような気がする。
そのH君が同じ市に残っていて、まだ交流があるということについて自分も幸福を感じている。(相当はずい)
自分が生まれ育った町ゆえに、N市の酸いも甘いも知っているつもりだ。
だから積極的に動きたいような動きたくないような微妙な感覚が自分の中にある。
ただ、本当に何かを行いたいのであれば動くべきなのは自分達からなのだと思う気もする。

最初は単なる異端児扱いをされることだろう。
ただし、本当に正しいベクトルで動くことが出来れば、最初は異端児であってもやがてパイオニアになれるのではないかという若干の期待もある。

自分でも今の状況を良く把握できていない。

この市で

私はO君と同じ市に住んでいる。N市。
ここには「何もない」と言ってはいけない
が、私にとって「何もない」と同義で
あるような世界が広がっている。


この市で起こった事を私は余り知らない。
どうしてかと言えば、本来私はここに
いる予定はなかったからである。

もっと大きな場所に行きたかった。


諸事情によりここに居る。



それでも、O君がこの市に住んでいる事を
知り、再びこういうカタチで対話を行える
という事は幸福である。(ちょっとはずい)


ではどうなのか?ここで何をしてゆくべき
なのか?ボランティア的な何かからしていきたい
と考えている。しかしそういう事にもあまり
積極的では無いような気がする。


アクションを起こすのは本当は、我々?

進むべき方向

前にしか進む道はない。

それがこんなにも辛い事だ。

だけど、この人生は、確かに
それを現実として認めてゆく
過程だ。


君はどうする?O君。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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