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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

ノリ

気分を変えて書くこと。切っ掛けさえ
あれば、何となく書いてみようという
気になれる。


言うなれば、私はもう一人の管理人
と同じノリで始めようと思ったのだ。


「ノリ」というのは、一人ではあまり
出てこない。どこでも用いれるのでは
なく、もっと狭い範囲でのみ通用する
ような、何らかの共通項を前提とした
話が出来るなら、「ノリ」というのは
自然に出てくる。完全に「公」でも
なく、かと言って一人の「私(し)」でも
なく、もう一人居るというのはそれ
だけで特殊な条件なのである。


同じ環境で過ごし、幾ばくかの同じ情報
を共有する存在が、情報を有している
が故に分る「ノリ」で語っている。


その「ノリ」で語れるという事は、
全く一人よりも語り易い。少なくとも
『これは通じるだろうな』という
事が分っているから。そして何より、
共有のスペースで書くという事は、
相手も共有という事を了解して書いて
いるのだから、私がアクションした
としても何も問題はないのである。


現実のある場面で、お互いが何かを了解した
事を確かめつつ、「進めている」ものと、
ネット上で、了解したか、その反応
がはっきりとは分からない中で行う
場合だったら、確かに「進める」のが
早いのは現実の方だろう。


その現実の「ノリ」をある程度反映した
事が用いれるのが、この強みである。
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『美徳』観

苦境に陥った自分自身を納得させるために、『美徳』という言葉を脳内で用いるようにしている。
当然ながら“自分自身を納得させる”ために使うのであって、わざわざ『美徳』と口に出して言っているわけではない。
元来、『美徳』という言葉はそういった性質を持つものなのかもしれない。
他人に言われることはあっても、自分からわざわざ言うものでもない。
自分で口にしてしまうことにより、『美徳』という言葉の価値は一気に暴落する。
何故なら、それはただの『自慢』だからだ。
また、『美徳』を利用して、『俺は○○をしているから、周りの人達より高潔な人間なんですよー』などと考えてしまうのも何か違う。
この場合、周囲は全く関係ない。比較の必要性もない。
あくまでも自分自身を納得させるために、脳内で用いるだけなのだから。

人間は単純なもので、見方を変えれば“自己満足”といえるようなことでさえも、きちんと自分自身を納得させられる動機がありさえすれば結構頑張ってしまうものである。
そのため、頑張ったり努力したりすることが実は凄いのではなくて(これはこれで凄いことなんだけど)、要は自分を動かせる動機を上手く見つけられるかどうかなのではないかと最近考えている。

先だしカミングアウトの優越性と、深海鮫について(関連性皆無の文章のため注意されたし)

夏風邪が長引いている。
『もう風邪のネタ引っ張るの、やめてもらえます?』
なんて言わないでやって下さい。
久々に召した夏風邪の威力たるや、なんとも言えない不快感満載である。

“夏風邪”という位であるから、風邪の季語は冬らしい。

何故こんな粋なことを知っているかと言うと、これは私が雑学王などではなく、wikipediaで調べたからである。
このように最初に堂々と宣言していまうことが何事においても重要で、ある種の自衛となりうるのである。
もしこのような事を最初に言わないでいると…
『どうせwikiで調べたんだろ?知ったかぶりめ!』
などという容赦ない言葉にさらされることになる。
これを最初に自ら明かしてしまうことで
『なんだよ、受け売りかい?しょうがないなぁ笑』
というような和やかな雰囲気になる(はず)。
生兵法はケガのもと。
知識だけ付いた気になっていてはいつか大きな失敗を犯す。
俺は馬謖にはなりたくない!!



昨日は風邪で意識が朦朧となっていたが、実は以前から楽しみにしていたテレビ番組があった。
NHKで夜9時から放送されていた『深海鮫』である。
世界に約500種類以上いるとされている鮫であるが、その半数以上は深海鮫であるらしい。
しかも日本の相模湾や東京湾近辺がそういった深海鮫の王国となっているらしい。
録画したものを今朝方少し見てみたが、なかなかに迫力ある映像であったように思う。撮影に約4年間という長い時間をかけた労力には頭が下がるが、それ以上に生命の神秘というものに久々に触れたような気がする(陳腐な言い方なのは分かっている)。
こういった番組を数多く放送すれば、受信料未払いの問題も多少は解決するのではなかろうか。少なくとも私は快く受信料の支払いに応じようと思った。
というか、口座からの強制引落しになってるんだけど。

日本人はつらいよ

“リア充”を地で行く、高校時代の友人にLINEを薦められた。
『普段メールは見ないから、何かあった時はLINEで連絡が欲しい』らしい。
私の扱い方が悪いせいなのか、それほど利便性を感じない。

元来、自分の時間が潰される電話という行為自体が嫌いなこともあり、“無料通話”なるアピールポイントにも一向に魅力は感じない。それだったらSPメールでもいいんじゃないか、という結論に至った。

まだ文句がある。
相手方からの連絡を見ると、“既読”というワードが出てしまう。
これはちょっとよろしくない。
仮に返信が滞った場合、無視してることが露呈してしまうからである。
必要以上に人間関係に亀裂を生む恐れがある危険なアプリだと私は判断した。

とかく、人と人との関係というのは一筋縄ではいかないものである。
本音と建前が垣間見える、私のようなサラリーマンが身を置く社会というものは人間関係が仕事を左右すると言っても決して過言ではない。
加えて、知らない方が幸せなこともある。時には、嘘も必要だ。嫌いな相手にさえ媚を売ることもある。
欧米人はどうか分からないが、少なくとも我々日本人はそういったものが入り乱れた非常に危険で曖昧な中で生活を送っているのである。
あまり関連性はないかもしれないが、過日広島で起きた殺人事件も『LINEで悪口を言われた』ことに端を発した。

と、いうことで今からこの危険性極まりないアプリケーションを、私の不具合満載のREGZAフォンからアンインストールをしようと思う。

バカ

職場と自宅をただ行き来するだけの面白みの無い生活の中で、意味もなく何かを成したいと思うようになっている。
例え、誰に評価されなくとも、見向きされなくても構わない。究極の自己満足を行いたい。

とはいえ、『何を行うか』ということが最大にして唯一のネックになっている。
およそ発想力の乏しい私にとって、この『何を行うか』ということについて考えふけるのは、例えるならば水を持たないでタクラマカン砂漠を横断したりするようなものだ。
それ程の愚行である。
そのため、思いつくまで、こういったまとまりのない且つ『あなたは最終的に何が言いたいんですか?』的な文章を書くことに終始しようと思っている。
それが今の自分に出来ることだ。

夏休みの風景というものに無性に哀愁を感じている。
自分がまだ心身共に幼かった頃、夏という季節は楽しさに満ちた存在だった。
小学生時代、朝六時に起床しラジオ体操に出かけ、帰宅。
『午前10時までは出かけてはならない』という小学校に存在する教師という名の地方公務員達が定めた不文律を健気に守り続け、7月中に宿題を全て終わらせていた。また、自由研究の“自由”という抽象的すぎる表現にも四苦八苦していたのも今となっては良い思い出だ。
そんな光景を思い出すたびに、何故か自分の胸が痛くなる。
中学、高校と進学するに従って、夏が嫌いになってきた。
暑くて、汗をかくからだ。
ただ、心底夏を嫌いになれない自分も一方では存在している。
多くの大人達がそう思うに違いない。
だからこそ、『僕の夏休み』というゲームが一時期市場に出回ったのだ。未だにプレイしたことは無いが。

そして私は夏風邪をひいた。
通説通りにいけば『バカ』ということなのであろう。

久方ぶりに

久方ぶりに、意味も無く記事投下。
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Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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