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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

お手伝い

昨日はOくんと某イベントにスタッフとして参加してきました。スローペース症候群
の理念をそのまま実現するとそのようなカタチになるという予感がありましたが、実
際に自分が地元に貢献できているという事実を実感してくると何だか不思議な心境で
す。


とにかく疲れはしますが楽しいですし、ヒヤヒヤもちょっとはありましたが何とかな
ってゆくのは色々と勉強になりました。寺関係のイベントだからなのか、翌日の今日
も良いことがあったりしたのが何とも言えないものを感じさせています。それとは別
に色々と認識が改まった部分もあり、次回の参加も前向きに考えようという所存です
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文化的な事

可能なことを続ける。それ自体がずっと可能なのか、という事を考慮するとずっとというのは難しくなってくる場合もあるだろう。微妙な言葉の言い回しの話ではなく、実感として何か「理」の力がなければ現実的ではないと思えていた時もある。


可能な事は状況によって違う。体調によっても違うし、精神力でも変わってくる。その上で常にその時その時の「最善」を続けて行くというのは方針としては正しいと思う。今可能だと思えていることをその後も続けるというのは常に挑戦でもある。


ほとんど「作品の力を借りて」続けている感じなってきた。予想外に喜ばしい事も起こったりするが、それは必然とは言い難い部分がある。もちろん、「流れ」があっていい雰囲気でそのまま続けば良いことがあるなとほとんど了解してしまう時もあるけれど、そういう日を無事迎えるにしても「いつも」していることを続ける日々が大事だとも思う。理系的な発想で「平均」とか「精度」とかの言葉を使って自分の状態を把握していたくなるのも、やはり稀な事が稀である事情による。稀な事を期待しつつも、稀だと分かっている方面が計算というか、管理しつつ時に応じて色々按配している。



もうそういう風にしか見ていない。ここで必要なのは比較的長期的な視点と目標で、その段になって世界とか経済とか数々の問題のような「大きな項」の中で思考し始めている。自分がアクションを起こして何かはっきりした影響を与えられるレベルの大きさの項は、どうあっても地元のことが最大だろうし、むしろそこで何かはっきりした事が起こせるなら十分じゃないかと思えてならない。それとは別にこのスローペース症候群がもつ「一般性」を意識しないでもない。ネットにある情報として、「ある位置」を持つ場合にそれをどう評価すべきかは難しい。



地元に発信しているようでありつつも、そこに限局されない。二本松の事について自分達が個人の活動のレベルとして食い込んでゆけるのは一体なんなのだろうか。それも「今」ではなく、可能なことを続けていった場合に、いつか足跡を残せるのは何なのか?仕事でもわりと表面に出ているような感じの状況で、そうではなく私として、このスロペの三人として何を出して行けるのか?



前よりも具体的に現実に即して考えられるようになって、そこが浮かび上がってくる。「文化的な事」なんだろうと思う。あるいは「雰囲気」を伝えられるような作品を作ってみるのも場合によっては「文化的な事」での貢献なのかもしれない。その辺りも絶妙なバランスで成り立っている世の中だなと思ったり。

最近の

やりたい事をやれてしまうと不思議とまた何か考えないとなという
心境になってきます。【ダケスタリスク】としての活動がメインに
なりつつあるもののスロペとしてはどこかで「二本松」の事も念頭
にあって、最近の話題としては


「広報にほんまつ」


が充実しているという事で一読の価値があるという事を知らせたかっ
たのと、Oくんの個人的な事で少し手伝えるかなという話ができるかな
と思いました。実際今日は市議会選挙で、さっそく投票してきましたが
スロペの趣旨からすると市政が本来的には重要です。とはいえ、自分た
ちが出来ることを等身大の視点で探してゆくと創作がベストという状況
は続いています。


ベストとはいえ、意識としては色んなことをバランスよく見ている必要
はあると思います。

意識はトリップ

提灯祭りが終わり今年もそろそろ年末だなと思ったりする中、職場で菊人形の
ポスターを見る。「EDO TRIP」という文字列が印象的で目に付く作りで、使わ
れている写真をみればおおよそのコンセプトも分かる。


「今年も行くんだろうか?」


なんてことを思いながらも去年ほど素軽く動けていない自分に気付いてちょっ
と苦笑いしそうになる。二本松市はそろそろ市長選もあり、色々と今後を考え
てゆく必要がある時期。そんな中でも連綿と続いている伝統がにわかに行く末
を暗示させる。


おそらくは『惰性』というわけではなく、相当のエネルギーを使って『再現前』
させている祭りや催し。つまりはそれほどの強い意向があって、続けられている
のだけれど、いつの間にやら「もてなす側」のような状況になってみるとポスタ
ー一枚でもあるとないとでは全然意識が違うようにも感じる。



自分の私生活がすべて「二本松」を意識するようには残念ながらなっていない。
その対象は小さすぎるというよりも、むしろ大きすぎるのか、あるいは全然別
のつながりで物事を見ている時間が長い。




『そう見れる時間』があることは貴重だと思う。それこそ菊人形のコンセプトで
ある江戸時代というのも、それを意識させるような雰囲気を出せればやはり来た
甲斐があったと思わせることができるのだろう。

ちょうちんまつりにいきませう

期待していなかったものの、今年の「ちょうちん祭り」の初日が休みになった。
そして関係者K君もその日に休みを取ったらしく、二人で見回る予定。管理人O
君は出張とのことで『奇跡』とはならなかったものの、かなり恵まれている。


そもそもが「ちょうちん祭り」を切っ掛けにリスタートした活動なのでめぐり
合わせがあるんだなと思うけれど、ルーツである中学校時代にもちょうちん祭
りの内輪ネタで、


「ちょうちん祭りに行きませう!」


と教室の後ろの黒板に書いて喜んでいたような気もするし、実際に夜にみんなで
出歩いた日のことは今でも鮮やかに覚えていたりする。この何気ないフレーズが
ここまでの伏線になっていたとは…と一瞬不思議な気持ちになったけれど、大人
になってから文字通りにこの言葉をいう場合にはニュアンスが変わってくる。



世の中的には平日に「ちょうちん祭り」に行く…。



すでに気分の高揚がある。
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二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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