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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

終わり

時折訪れるギリギリで粘っている感じ。イエモンの新曲や、テレビでのパフォーマンスを見て
見失いそうになる何かを続かせようとしている。感覚的な印象は薄れてきてしまうものだし、
それを続かせようとすること自体が無茶なのかも知れない。これが最後かもしれないという
気持ちで奮い立っている。


もちろんそれは自分以外から見れば何のことなのか分からない抵抗で、そうする理由さえ分か
らないような事なのかもしれない。実際、自分もなぜそうするのかは説明できない。



仕事と趣味のことで一杯になりかけて、世の中の動きもあまり追えていないかも知れない。
でも様々な事柄が絡まりあって成り立っているのが現実なら、自分が今こうして出来るか
ぎりの事をしようと思っているのも案外必然なのかもしれない。



本当の意味で自分を納得させて進んでいるだろうか。
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心境で

朝方に何か大事なことを思い出して眼ざめる。必死に抵抗している中で、なにかはっきりとした痕を残しておきたくなって。


何に抵抗しているかはもうほとんど自分の中にあるものであり、自分に根付いてしまった世界の何かとか、そういうものである。個人の思考が共有されている状況において意味がある抵抗なのだろうとは思う。


「難しい」と日々述べているような事に、「難しいから、」と言って挫かれるのではない態度というか、可能な限り考えられるところまでは考えようという意志だと思われる。


この心境だから意味があると感じる行為がある。その行為の連続を続けていった場合にどうなるかを確かめる。

そう言いつつ

「己を鼓舞するように」続けてきたとはいえ、現在鼓舞されているように感じている
のは今の自分で、その自分が何がしかのアクションを取らなければ無駄になってしま
うと言うと言い過ぎだろうか。


とはいえ『アクション映画』のようなアクションを取ったところで何になるというわ
けでもないし、その必要もない。『アクション』という言葉の意味としっかり向き合
って、動いてゆくべき方向ではっきりした行動を取ってゆかなければ。


難しいことに向き合う。その最もハードな例は現実で実際に何かを起こしてゆくとい
う事なのだと思われる。無論、学者ならば非常に難しい研究に打ち込むのも同じくら
い難しいのかも知れない。



創作活動をしてきて、作品作りも「難しい」と感じる場面が結構あったように感じる。
現実でのアクションとどうしても比べてしまうけれど、一般人には常に舞台が用意さ
れているわけでもなく、地元の人口の問題を考えると活動は最初から限度が存在して
いるようなものなのかも知れない。それでも『可能な限り』その限度を目指してゆく
ことは無意味ではない。と言いつつ、意味のある活動にしてゆく、自分の発言を意味
のあるものにしてゆくには地道なことを積み重ねるしかないのだろう。



手段と目的、目標がここにおいて倒錯した観を呈する。活動とは言いつつ『創作活動』
に限定され、むしろ創作活動を続けるために活動続けているような状況になってゆく
し、実際それでいいのかも知れないという気持ちにもなってしまう。



ブログの更新ですら意味を持たせないと迷い始めてしまう日々になって、「ブログに拘ら
なくとも動いてゆけばいいじゃないか」と思っていざ出来ることを探してみると、読書
(勉強)をする事くらいである事が実感される。



だからというわけではないが、ブログで書いてゆく事が全てではないにしてもそうせざる
を得ないという皮肉めいたものを感じる。とにもかくにもそれを含めて「難しい」と感じ
るその何かを続けてゆくしかない。

難しいけれど

正直に言えばやり尽くした感がある。作業し始める理由を探しているような気がする。
音楽にしても小説にしても「クオリティー」を上げてゆくという方向での努力が要求
されてきていて、すぐに完成させられる内容ではなくなっている為かじっくり取り組
むという心境に切り替わってきていて、いざそう決めるとそのペースに合わせた生活
になっている。


それはそうと今日はいろんなことが気になった日だった。地元の選挙もジャパンカッ
プもポケモンGOのガルーラ出現も『ちょっと特別』な何かであって、しかも世間にと
っての関心事であるという事が共通している。自分のレールというか、自分が向かう
方向について最善を尽くしていることとは違う視点で、『現代人』として『集団』と
して動いているのを実感させられる。



ある意味で『物量』の世界の出来事である。動員数、投票数、参加数。そういう大き
い数字の出来事の前には己の意味付けなど吹き消されてしまいそうであるし、そうい
う出来事を『自分の』世界観で理解しようとすること自体が無理なのかもしれない。



その度にイエモンの曲の歌詞のように「世界は壊れそうになった」とか「世界が行き
場所を見失って」というような事態があるのだろうか。なんとか続いている活動もそ
の度ごとに繋ぎなおすような繰り返しで、常に「難しさ」を意識させられる。



『難しいのは分かっている。でもそれをやるしかない』


と心の中で自分に言い聞かせたことは幾度あったろうか。

微妙な粘り

妙な達成感…実は根拠のある達成感でぐっすり眠れて心地よさを味わっている。
慣れの部分が大きいのか、余力でできることが増えたためか難しいと思ってい
たことに取り組めるようになった。


まさに『趣味』の範囲の事の性質から「やろう」と思ったところ以上は進む理
由ができたら進もうと考えていて、今はさすがに音楽の方では浮かんでこない。
その代わりここしばらくの体験で小説に出来そうなこともある手ごたえ。



そういえばこの1年は『メモ』を重視してきた。もともと自分のメモ書きが走
り書きになってしまうタイプで、前々で『読み返す』ことの重要性に気付いて
いなかった。文字というよりは図のようなイメージなのだが、それでも書いた
時の心境に近づけるという事が色々役に立って、その効果もあるのかこの一年
は多産だったような気がする。



ただ二本松の話題が薄くなってしまったのが悔やまれるというか、これからは
なんとかしてみたいところ。明後日市長選があるので本日期日前投票を済ませ
てきたが例えばその瞬間に用紙に書く名前についても、その瞬間だけの意思と
いうよりはそれまでの蓄積が大いに反映されているのを実感した。



『その瞬間』の意志というか、決意が重要なこともある。それでも過去の真剣
だった時に「いつかこうしてみせる!!」とメモとか作品にするくらいに今に
意識させている内容と絡み合って決意を揺るがせているというのも考えてみれ
ば面白いことだと思う。



さすがにもう態度の決定はほとんどしてしまっているんじゃないだろうか。多
分だけれど『その時』がくれば良くも悪くも流れてゆく方向は決まってしまう
ような気がする。最終的にはそれを『善し』とするかどうか、その部分の微妙
な粘りはあるだろう。
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二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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