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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

喩えようもなく

喩えようもなく微妙な心境を誰かと分かち合うような、そんな時間が確かにこの世界にあったのだと自分に言い聞かせるような、その繰り返し。


今朝のトーストは清々しいほどに標準的で、食べたことが印象に残るのかと言われるとそれは難しい要求だろうと素直に諦めるしかないとさえ思われる。そう思う自分は取りも直さずあらゆることを受け入れているようであって、ただ『最終確認』として、「これは事実です」と答弁するまでの猶予だけが与えられているというような在り方なのかも知れない。世界は思のほか無駄はない、というよりも使えるものは何でも使うという精神で在りもので何とか凌いでいるのだから理屈から言って無駄はないと言っても悪くはない。ただ、最後の一口を食べ終わった時のなんとも言えない微妙な気持ちすら放置されず取り沙汰されるような世界なら、それはそれで息苦しい。



分かち合えない事は一つの個性で、共感されないという事はそれだけ自分というものを意識する瞬間の為に必要ですらあって、些末なことだから記す必要もない。



仕事がたまたま午後からになったこの日に、僕は持て余しながら珍しく考え事をしている。いや、常に時間が足りないとさえ感じている自分にそんな持て余すような時間が与えられてしまったからつい考えてしまうのだろう。改めて思う、ややこしいだけの己。誰かの意見に同調しているようで、実際同調する以外の方法を知らないだけなのかも知れない。



語るほどのものはないのに、そんなものを意識してしまうであろう自分。愚かとも、素朴とも違う、誤差の範囲で平均的な姿。それなのに、どこかでそれが異様なものにさえ思えている自分。



何故そう思うのだろう。薄々その正体に気付き始めている。僕は未だに何かを信じているのだ。言うなればそれは誰かにとって「幻想」でしかないもので、いつの間にか「幻想」として扱われてしまうものだ。虚実入り混じるネット上の意見にすら攪乱される、とてもシンプルな命題。それなのに、僕の中では「幻想」と言うのが躊躇われるという、矛盾した事実とはなり得ていない事。




ありきたりな事ですら特別な何かになってしまうそんな事が、そしてそんな事を意識させる情報が、自分の中にはあるのだろう。




だからと言って何かが変わるというわけではない。ただごくまれに、その微妙さまで誰かに伝えられたような気がする時がある。僕がそこで伝えるという事にはどんな意味を持ちうるのだろう。それが何なのだろう。



だだもしかしたらそれは記憶の残滓として、もはや何を伝えているのかも不明なままに何処かに留まってゆくのかも知れない。



ただ幻想が続いている。いつからその幻想が始まったのかさえわからないままに。



時計は静かに時を刻む。そしていつもの通り、僕は準備を始める。
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心がどこかに飛ぶのなら

心がどこかに飛ぶのなら、続いてゆく道の向こうを見てきたいというそんなありふれた願望なのかも知れない。



酷暑とはいいつつも、冷房を調節したり塩分を多めに摂ったり、自分なりに必要なことを必要なタイミングで行えているせいか、満更でもない心境で休日を過ごせている。時折思い出したかのように風も吹き抜けるし、今はなんだかいつかの夏を思い出している。



熱に浮かされるように世界が煌めくように願ったあの日の事は今でも印象に残っている。駅から歩いて帰って来ただけの事だったが、久々に再開した友人に何となく話してみたら、


「それは夏の本質かも知れないな」


と意味ありげな言葉を伝えてくれた。お互い学生時代に自転車をこいで通った経験があるからか、ノスタルジーの性感帯は似通ったものだったのかも知れない。あれから何年か過ぎて、友人には子供ができた。自分はどこか煮え切らないまま歳を重ね、煮え切らないものはやっぱり煮え切らないままにあるのが必然なんじゃないかとさえ思えてくるのも否定できない。



夏の一時は妙に記憶に残る。青春映画で見たことがあるのかないのか分からないシーンが脳裏に浮かんで、例えば川沿いで夕立に遭ってそろぞろと散ってゆく若者がこの世のどこかには居るんだろうなと信じて疑わない。その物語の中で今の自分はどういう位置にあって、どういう役割を演じるのか、それこそ演じずに演じるのか…なんてことを考えていると『自分』というものが見えてくるような気がする。



幼い顔立ちであるのが特徴の自分でも、仕事に疲れて帰って来た夜に鏡に映すと『目』が自分に何かを訴えかけているようにも見えてくる。それはあたかも



『もうお前は十分やっただろう。心配すんな、みんなそんなもんだ』


とでも言いたげな目で、多分自分はいつのころからかそういう目をするようになっているのだと思う。言葉尻を捉えて反論するのも面倒なだけという、悟りと気づきの間くらいの成長とでもいうか、とにもかくにも煩わしさからは段々と解放されているような気がする。職場でそれなりに任されるようになって、じゃあこの先何をそこで求めてゆくのか、段々と考えなくてはならなくなってきたようでもある。



スマホの正面カメラを利用して自分の目を見る。少し日焼けした顔に二つあるそのどちらかに、いわゆる『光』はあるのだろうか。あるのはただ追憶だけなのか?




そのタイミングで「ピンポーン」と鳴る。慌てて玄関まで向かってさっとドアを開ける。



「よう」



そこには例の友人が立っている。別に約束をしていたわけではないので少し驚きつつ、とりあえず中に入るように勧める。すると友人は、


「いや、ちょっと今日はこっちで用事あるついでに寄っただけだから」


と告げた。そうして玄関先で軽く近況報告と、これからの予定について確認し合った。


「まあ行き着くところはこういう風になるんだろうなとは思ってたけど、今年は結構きつそうだぞ。熱中症対策はしっかりしておこうぜ」


友人のその言葉に改めて自分のあの時の言葉が無茶ぶりだったかに気付かされる。それはやはり去年の夏だった。


『サイクリング…っていうか『ロードバイク』を買って、地元の色んな所を走ってみないか?そしてそれを動画にするんだ』


あの時の少年の姿からインスピレーションを受けたというのなら安直すぎるけれど、風を切って走ってみたいという気持ちはどこかに眠っていたのだと思う。自分に出来て、今だから出来る事、それを考えていったら自然にそこに行きついた。友人も何かこちらの熱に当てられて、結局今では月一くらいでその『サイクリング』を敢行している。



アップロードする動画は自己満足でしかないけれど、地元の風景を残しておきたいという気持ちもどこかにあったのかも知れない、なかなかいい雰囲気が出ていて二桁の視聴回数は得られるようだ。


「まあ夏のピークが過ぎて、台風の様子を睨みつつ、今度は懐かしい風景を探してみるとするか」



別れ際の言葉が頼もしい。見送って一人玄関でなんとなく立ち尽くしていると思い出したかのように蝉がミーンミーンと鳴き始めた。ありふれた光景だけれど、ちょっとだけまばゆいような気もする。

通り過ぎてゆく

時とともに薄らいでゆく。『そんな単純なものじゃない』と思っていたけれど。この心境はどう言い表すべきなのだろう。風に身を委ねるように、僕は今生きている。いつか見た景色はどこかに眠っていて、ひょんな切っ掛けで呼び戻されるけれど、本当にそこに自分が居たことを自分自身に伝えるような何かを必死に紡いでいるようにも感じる。


嘘などどこにもない。大変だと思っていたことが面白くなってきてしまうのが成長だとしたらある時の僕は僕じゃないし、それでもやはり僕の言葉に僕は責任を持たなくてはならない。



朝目覚めて歯を磨いているうちにふと誰かの言った事を思い出した。父だったか、それとも友人だったか、はてまたテレビの内容をぼんやり覚えていただけかも知れないがそれは僕にとって天啓のようでもあり、当たり前のことを再確認して普通に受け入れているだけのようでもあった。口を漱いで次の準備をする為に移動する。飼っている猫はいかにも気怠そうにリビングで僕を待ち受けていて、それが何故だか頼もしいと感じてしまった。


<君はどこからどこまで知っているんだい?>


知らなくても生きて行けるのだろう。けれど知らないと人間は困るのだろう。同じように知らないと困るように出来ている僕は新聞に目を通す。何のことは無い、知っておいた方がいいから知る。知らないほうがいいというのなら、昔みたいに抵抗しないで知らないままにする位にはなっている。知らなくてもいい事があるのは猫を見れば一目瞭然だ。



理想とは違う今。誰かにとっては理想の今だとしても、何かを求めてしまうのは仕方がない。それでも、もっと賢いやり方があるんじゃないかといつも誰かに尋ねてしまいたくなる。答えようのない質問を誰かにぶつけて、何か発展があるのかどうか。そんな事よりも美味しいものを食べていればそれでいいのかも知れない。じゃあこの意識は何なのだと、何のためにあるのだと僕は尋ねたくなる。



半ば無意識に猫の頭を撫でて、素直に受け入れている様子を眺めてこれで良いんだろうなと少し納得する。多くの事は伏せられている。恋に落ちた詩人のように、或いは恋に落ちて詩人になってしまった人のように今感じる気持ちを言葉にしてみたくなる。



「変ってゆくものは…」



続く言葉を一人考える。出掛けるまでそれほど時間があるわけではないけれど、なんとなく後で思い出せるようにはしていたいこの心境。こんな心境で過ごせるのなら、大抵の事は「仕方のない事だ」と割り切って穏やかに日々を過ごせるだろう。だけどこの謎めいた心地はそう長く続くものでもないだろうなとどこかで気付いている。



外は曇り。だからと言って悪い天気というわけではない。それでも望んでしまうのだろう。そんなことを考えているうちに。

束の間のざわめき

ターコイズのような色合いがなんだか美味しそうに見えるのだとしたら、十中八九チョコミントアイスのせいじゃないかと思う今日この頃。くたびれたTシャツの襟元が妙に気になる。単調に過ぎてゆくのに時間が経てば劣化してゆくなら、気が付くとまた新たに用意しなきゃいけない何かがある。そして新調は思うほど単純じゃない。行きつけだろうと全く同じものが店の棚に並んでいるわけでもない。

「NO MUSIC NO LIFE」

というありきたりなプリントに深い思い入れなんかありはしないのに、その代わりにどんなメッセージが入っていたら馴染むのか、自分にはよく分からない。今年になって初めて食べたチョコミントの味は自分の中の何かを目覚めさせているような気がした。

少し遠出するのも今日はなんとなく苦にならない。車を走らせて20分。普段なら行かないショップの駐車場で財布の中身を気にしながら歩き出す。イメージの中にある『アメリカン』な要素をちりばめたような内装の店で、普段はあまり聞かない洋楽のBGMを新鮮に感じながら服を選び始める。『春物』といいつつ、少し薄手に寄っている品揃えは先を見越したものだろう。全てにおいて『慣れている』所作の店員が、特にこちらを気にしているでもなく坦々と作業を続けている。

そういう様子を見ていると、まるで自分が服を選ぶのも『作業』なのではないかと疑ってしまう。確かに冷めた言い方をすれば劣化すれば取り替える消耗品なのかも知れない。劣化しなくとも時代遅れになれば、流行りが終わってしまえばファッションとしては機能しない布になると考えてもあまり外れすぎてはいない。今着ている「NO MUSIC NO LIFE」に思い入れはないと言いつつも、そこまで冷めた見方をして着ているものでもない。唐突にそう気付いた。


でもそのままそれを着続けるという趣味もない。だが、何かただの布ではない何かであった証があったっていいんじゃないかと思う自分が居た。可能な限り。


<証…か…>


自分の思考の中の不思議な響きのある言葉に思わず身動きを停めてしまう。一瞬自分だけが世界の流れから踏み外してしまったかのような戸惑いを感じてさきほど店員が居たところに目を遣るが、彼は相変わらず迷いなく作業をこなしている。



こういう気分自体、気まぐれというやつなのかもしれない。だとしても仕事とテレビの話題で世間並みに均されている自分にとって、気まぐれという事自体が、そしてそれに唆されること自体が稀であることは間違いない。



その気まぐれから何かが始まってゆくストーリーをぼんやり思い浮かべる。今日これから『運命の出会い』があって、人生が激変してゆくならそれはそれで面白い。現実が…少なくとも自分の人生がそんな具合に動いてゆくものなら、これまでの常識などというものも当てにならないと言われているようなものだろう。




自分でもわかっている。自分に今見えているものは、あながち間違いではないと。それを疑えるほど学んできていないわけではない。世の中で驚かされる出来事があってもそれは何処かで「あり得そうなこと」だと思っていたような気もするし、かと言ってそれを完全に予想できるほど自分は見通せていない。



いつしか淡々としたテンションで服を選び始めている自分。お気に入りになるような服がこの店の中にあるかも知れないけれど、何も無理にそれを探す必要はない。この中にあるものから気に入ったものが手に入れられれば本来はそれでいいのだ。


<それでい…>


『それでいい』と納得させるために反芻しかけたところで思わず目を見張ってしまう。その棚の下段左隅には『NO MUSIC NO LIFE』があったのである。しかもそれは春を意識してなのか、淡い緑色のトレーナーである。それは『チョコミント』の色を思い出させた。



それは出来過ぎた偶然、と呼ぶには相応しくはないのかも知れない。時節的にあり得る『組み合わせ』で、それが偶々この店に置いてあっただけなのだ。けれど、今の自分にとってそれは特別で、少なくとも自分の目を疑うくらいには意外な…ちょっと信じられない事だった。



<『何か』があるのか…?>



思わず分かりもしない『何か』がこの世界にあるような気がして不思議な高揚が訪れるが、その瞬間規則正しい歩行のリズムで後ろを「いらっしゃいませ、失礼します」と通り過ぎていった店員の存在で「おっ」っと思っていつの間にか大したことではないという気持ちになってしまう。だが、



「何を馬鹿なことを」



と自分を窘めるように声にしてみると、それでもそのトレーナーが自分にとってはお気に入りになるだろうなという紛れもない感覚が逆に際立った。



結局それを持ってレジで会計を済ませる。



「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


という爽やかな声を背に受けて再び外に出ると、その瞬間ビューっと強い風が吹いた。そういえば昨日のニュースで「春一番が吹いた」とアナウンサーが『満を持して』というテンションで告げたのを思い出した。



<この『NO MUSIC NO LIFE』は今日みたいな日にはちょっと頼りないかもな>



という何とも言えない気持ちで愛車を見据える。そそくさと車に乗り込んで景気づけにカーステレオにBluetoothで接続したスマホの音楽をシャッフルで流してみる。前に友人に勧められて自分でも入れたことを忘れていた若々しいバンドの曲が、なんだか妙に楽しそうに聞こえた。いや、そっくりそのまま「音を楽しんでいた」かもしれない。

あの時の

「なんともないよ」


と強がって見せたあの日、わたしの心は行き場を無くしたような気がする。拒絶ではなかったけれど、結果的にそうなってしまったのだとしたらあの瞬間、わたしは他にどんな言葉を伝えるべきだったのだろう。



…寝起きがそんな調子でどうにも前に進める気がしない時、一杯のミルクティーを自分に淹れてあげる。前はどうにももどかしい風味だと思っていたこの飲み物も今では控えめな甘さが身体に沁みこんでくるような気がして好きだ。運よく空も明るくて心なしか肌寒さにも優しさが感じられる一日の始まり。



「今月はあと半分で、優子に会うのが来週の土曜日で」



残り少ないカレンダーに書き込まれた赤い小さな丸を見て、<なんとかなりそうだな>と頷く。でもまるで自分に言い聞かせているようにも思えて、ちょっと可笑しかった。仕事は休みだけどいつまでもパジャマ姿でいると上手く回りださないような気がして半ば無理やり着替え始める。


『まず動いてしまうんだよ。そうすると気持ちがノリ始める』


口惜しいけれど今は他人同士になってしまった男の前向きなアドバイスが正しいなと実感する。もともとの性格が違いすぎるわたしたちにすれ違いは必然だったのかも知れない。でも分かり合えていたような気がする。それでも今のわたしが求めているのは、その人にはない何かなんだろうなと漠然と思う。



でも、そんな何かを与えてくれる人が現れるまでこんな感じでミルクティーにお世話になるんだろうなと感じる。深緑のセーターに着替えたところで首周りの少しチクッとする感覚を気にしながら机のパソコンでいつものブログを読む。


<またこの人、ネガに入っちゃってるよ>



人のことを言えないくせに、時々ネガティブ全開になる有名人の文章に呆れつつも「大変なんだろうな」と想像して変な感じに見守ってしまっているわたし。ただその人はある意味でそのネガティブな要素が魅力で、本人もその落としどころを知っている芸人さんなのだ。


「でも『売れたい』って…十分売れてるじゃん…」



他の人にとっては十分でも自分が求めているところに届かないから不十分でネガティブになる。場合によってはそれ自体がネタなのかも知れない。でも妙に惹きつけられる文章を書く人だなと前から注目していて、もしかしたらわたしが求めているものはそういうネガティブな部分を知ってくれるというか、そのままでも良いと言ってくれるそんな無条件な優しさなのかもしれない。



なんとなく分かっていても、そういう人がこの世界に存在している可能性も含めてしかもその人にピンポイントで出会える可能性なんて限りなく低いだろうなと思ってしまう。妥協してれば、今頃は独り暮らしなんてしていないかもしれない。



「う~ん…なんか違うな」


動き出してもなかなか前向きにはなれてないような気がする。とりあえず何か面白いことを探さないとなと思い始める。面白い事…なんだろ。と、何気なく手に取った朝刊に地元のイベントの情報が載っているのを見つけた。なんでも地元の駅前のイルミネーションが今日点灯されるらしい。毎年いつの間にか周辺が色とりどりの温かい光に包まれていて、他所と比べてしまうと見劣りするのかも知れないけれど普段から比べればすごく綺麗に映る。そんな風に彩られれば気分もちょっと高揚して、普段はあんまり出歩かないわたしも出掛けたくなってくる。



「よし…」



わたしは密かに心に決めた。



☆☆☆☆☆



夕方、朝の穏やかな空気とは打って変わって少し寒さが厳しくなってきた空の下、駅前で今か今かと待ちわびるわたし。少し前に盛大な点灯式が終わって点灯の瞬間が近づいている。


「ねぇ、どうなるの?」


小さい女の子が母親らしき人にはしゃいだ様子で尋ねている。大体の想像はできてもどんな風な光景になるのか楽しみなのはわたしも変わらない。明かりは人の心を惹きつける。寒くなればその傾向が強くなるのだろうか。すっかり明りも映えるような薄暗さで、わたしはまるで物語の世界にいるかのような気分を味わい始めていた。



「何だかテンションが上がるなぁ」



その時、近くに居た穏やかな表情の男の人が小さく呟いたのを聞いて、何となくそちらを見てその人と目が合った。男性はにっこり微笑んで、


「寒くなるとやっぱり明かりは恋しいですよね」


と続けた。<同じことを考えている人がいたんだな>と思うと同時に、その妙にシンパシーを覚える表情に少し見とれているわたしがいた。


「そうですよね…わたし…」


わたしがその人に向かって何かを言おうとしたとき、一気に周囲が明るくなった。『世界が変わった』は言い過ぎだけれど、その瞬間に手品を見た時のような不思議な感覚がわたしたちを捉えた。



すぐに『おお!!』とあちこちで沸き起こる声。さっきの女の子は「わあ~」と声を出して飛び跳ねている。それを微笑ましい気持ちで見守りつつ、先ほど向いていた男性の方を見る。男性は瞬時にスマホをかざして写真を撮っていた。



撮り終えた後のなんとも言えない表情がとっても印象的だった。いつの間にか言いかけていた事も忘れて、その視線を追ってわたしも美しい明かりをずっと眺めていた。



☆☆☆☆☆


「でさ、その時の話をするんだから何かあると思うじゃん。普通」


所変わって、一週間後わたしは友人の優子と飲んでいた。


「ないない。ドラマじゃないんだから」


「いや、ドラマじゃないっていうか、それはあんたの心がけ次第だから…」


優子は呆れているけれど、確かにあの後その男性に話しかけなかったのは勿体ないかもなと思ったりしていた。でもあの場の雰囲気は特別で、何かもっと大事なことをあの場のみんなで共有していたと思うのだ。酔いが回り始まっている頭ではそのあたりを上手に説明できないけれど、一生懸命伝える。


「とにかくイルミネーションが綺麗だったんだって!!!」


「まあ綺麗だけどね」


「あれはインスタ映えするから絶対撮っておいた方が良いって!」


「いや、あんたインスタやってないじゃん…」


そんな感じで途中から絡み酒になってしまっていたけれど、気の進まなそうな優子を連れてその後また駅まで歩いてきた。


「ほら見なよ!綺麗でしょ!」


「否定はしない。まあ確かにインスタに上げてる人もいるし」


「どれどれ?」


わたしはその誰かの写真を見て驚いた。男性のものと思われるアカウントで公開された写真、それはわたしが居合わせたあの日のもので、構図から言ってわたしの立っていた隣で撮影されたものに違いなかった。


写真に添えられたコメントにはこうある。


『ちょっと寒かったけど、心が温かかった』



わたしはあの表情にその言葉を重ねる。自然と零れてきた笑みを見た優子が嬉しそうにしていた。
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Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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