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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

部屋一杯に

「地味な揺れ動き」と言えばそうなのかも知れない。自らを青年と呼ぶには歳を取り過ぎていて、かと言って擦れてしまう事への惜しさもある。若さにしがみつくとも違う、それこそ単なる「揺れ動き」なのだろう。


淡く期待している心を不似合いなものだと思う、しかもそれは冷笑ではなく、実に現実的な理由から至極真っ当な捉え方であると思うような、そんな見方。でも実際、こんな内省ですら必要ではない様々な要望、その類。



午前とは打って変わって曇りだした空に同期するように、憂鬱の陰を強めようとでもしているかのような知らせ。こんなことは頻繁に繰り返されているけれど、イマイチ慣れない自分が居る。狭い世間と、広がり過ぎた実感に乏しいネットワークは既に己を規定しているのかも知れない。時々、そこに逆らうように、少なくともそれだけではないと誇示するように、「地平」に行ってみる。



気持ちで行ける「地平」は何のことは無い、少しだけ広く遠く動いてみる事で自分で何かを見つけに行こうとした所、それである。そんな事を言ってみたところで決定的に何かを変えるような何かがそこにあるのかというと、期待していない。けれどそんな自分のままだとは思えない時もある。



仕事帰り、少しだけ回り道をするつもりでコンビニに寄る。最近欠かせないアイテムになっている大型のミントのタブレットに新しいフレーバーが加わっているのを確認して、<グレープか…>と思いつつも一つ手に取る。適当なおつまみと酒も一緒に買って外に出た時に、こんなものかなと思いつつも念のため辺りを見渡す。



変わらない光景、中高時代から基本は変わらないと言えば変わらない印象。そう改めて意識したときにふと、当時はあのカラオケに友人とよく行っていたなと思い出す。都合の良い所にあるカラオケ店は名前は変わっているが、やはり基本は変わらないようでちょっとした郷愁のようなものさえ感じさせる。



今でも歌おうと思った時には行っていると思う。でも割合そういう気分じゃないのに行ったところで不完全燃焼になってしまいそうな気がする。そんな事を考えながら小さなポリ袋の中からタブレットを取り出し、味見のつもりで一粒口の中に放り込む。


「あ…めっちゃグレープだ」



予想ではミントの味が強く甘さ控えめのタブレットなのかなと思っていたが、ガムのような甘さが口一杯に広がり、その主張の強い風味に妙な『若さ』を思い出してしまう。



「甘酸っぱさ」



渋い顔をするわけではないものの、どこか困った気持ちになってしまう。そして自分でも意外な『流れ』が出てきてしまい、今ゆるやかにカラオケ店に向かってしまっている。




それは『仕方ないよな』という感情である。と同時に一つの諦めである。たぶん世の中には忘れているだけで今も存在しているものがあって、『それ』は歳だとか若さだとか、そういうものを十分考慮した上でも尚働きかけてくる、働きかけているかのように見える何かで、本当はそれに巻き込まれてたがっている自分がいて、乾いたモノローグなんてのはそこに至るまでの言い訳のようなものに過ぎないのだ。



『僕』は明日職場で言うだろう。


『昨日突然歌いたくなって、夜カラオケに行ったんですよ!一人で!』


「己」という物体は間違いなく『僕』が動かしている。


<その重さも、鈍さも、固さも全部引き受けて、この夜の疲労さえ「お前」の記憶に>


そんな想いを個室に充満させよう、と思ったのだった。
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君なら

どうにもすっきりしない気分は自分のものなのかという奇妙な考えが昼過ぎに浮かんできた。春を待つ世界に滴り落ちる雨は妙に躊躇いがちで、「ちょっと降らしますけど、いいんですかね?」と確認しながら誰かが落しているようでもあり、全く例年通りのペースでやってきているようでもあり。春になるとスギ花粉で憂鬱になるであろう多くの人の悩みが透けて見えるような職場でもあり。


すっきりしない気分でテレビを見ていると何だか無理やりテンションを上げているかのようなトーンの声や、楽しいと思おうとしているという様子に見えてくるから困る。自分の気分や気持ち次第で見え方が違うとは言っても、昼間の賑やかな出演者の心の中にも多分晴れない気持ちがあるんだろうなと思うと、何だか素直に考えられなくなる。



とはいえ自分勝手とは違う意味で『自分』を中心にして、自分が動いてゆく事で充実感を得るようにすればこんな悩みは悩みとは言えなくなる。時々友人に会って、飲んで、やっぱり同じことを感じているんだなと思えればまた気持ちを新たに出来そうなモヤモヤは、自分の単純さを示しているのかも知れない。



「何処かに行こうか」


言葉にする事で例えばそれはちょっとした挑戦のような響きを持つ。いつだか夜寝落ちする直前頭の中に、


『大丈夫だよ、君なら』


という誰かの声が聴こえたのを思い出す。ネットで調べてみるとそういう事はありふれた現象で特に何でもないらしく、自分もそんなもんだと思ってるし特別視するわけでもない。けれど、自分が持っていた不安のいくらかがそれが聴こえたその後は何となくだが和らいでいる。



『誰かの声』とは言ったけれどそれが女性声優のような心地の良い声だったのは何というか自分らしさだなと思う。自分は知らず知らずに誰かに支えられていて、この世界にいる誰かの想いが自分に届いたのだとロマンチックに解釈したってバチは当たらないと思う。この頃はそれが自分の逞しさだとも思える。



何処かに行くことを決めて、よりにもよって雨の日にそう決めて、何処に行くというのだろう。玄関に出て外の情景を少し眺めて、消去法で書店に向かう事に決める。車だと15分くらいの場所にある、行き慣れた書店。そこにはちょっとした思い出もある。



あれは高校の頃だったろうか。電車通学をしていた自分が帰宅時にわざわざその駅で降りて徒歩でその書店に足繁く通った事を思い出す。何故そこなのかと言うと気恥ずかしいけれど要するに、その書店の定員さんが可愛いなと思ったからでただ普通に接客してもらっているだけだったけれど、例えば小説などを選ぶ時に、いかにも文科系のその人が気になりそうなタイトルの本を選んで持っていったり、今となっては煮え切らない自分らしいやり方だなと思う。いつの間にかその店員さんは居なくなり、まあ多分転職したのだろうけれど、今でも何かあればその書店を選ぶような具合である。



それからもその書店で『本』との出会いがあった。迷った時に偶然目にしたタイトルが結構良い感じに自分に響いてきて、心を軽くしてもらったようにも感じられた。




喫茶店とセットになったその書店は今日も清涼剤のように店の中を歩くだけで何かを思い出させてくれている。自分だけでは十分に自分を動かしてゆけない。けれど自分の心が選ぶ書物に触れさせれば、自分の心は反応してゆくし、それを記した人の心にも触れることが出来るような気がする。



前から気になっていた作家のデビュー作を棚に見つけ、言い訳のように実用書も一冊手に取ってカウンターに持ってゆく。ポイントカードを一番上に置いて財布に意識を向ける。そんな自分に、


「ありがとうございます」


という柔らかな声が届いた。何か不思議に思って顔を見上げると、女性の店員はにこやかに微笑んでいる。見慣れない店員さんだが、ここは頻繁に人が変わるのでそれは不思議でもないのだが、奇妙なほどにその声に惹きつけられる。


「あ…声優さんみたいな声ですね…」



あまりに驚いたから、と言い訳するしかないがその時の自分はバカげたことを口走ってしまったという後悔が体中を駆け巡る。店員さんは一瞬ドキッとしたような表情をして、


「あ…その…ありがとうございます。実は、ちょっと目指していて…」


と話しづらそうだったが「声優志望」という事を伝えてくれた。その時の自分は内心、「ひえぇぇぇ~」という状態であった。つまり自分で言っておいてどう処理したらいいのか分からなくなってしまっていた。とにかく会計を済ませねば、と思い。


「あ、なんか教えてもらってすいません…」


と頭を掻きながら告げた。「あ、はい」と店員さんは少し戸惑いながらも接客をしてくれる。会計が終わって帰り際、恋愛とかそういう事ではないけれどこういう状況で何もアクションが無いのも失礼だなと思って、


「その…私から言うのも変なんですけど、声優さんって声で人々を幸せにしてくれるんだなって、今実感しました」


「声で、幸せに…」


「なんか自分でもよく分からないことを言っているんですが、ありがとうございます」


「いえ、わたしもそう言ってもらえて嬉しかったです。頑張ってみようかなって…」


「じゃ、その…どうも」


こういう時に「応援してます」と軽々しく言えないくらいには、色んな情報から事情を推察してしまうところがあって、難儀だなと思った。それでも、


『大丈夫だよ、君なら』


といういつかの夜に自分に聴こえたのと同じような声が、彼女にも聴こえてくるのかもななんて思ったり。ちなみにその日買った小説のタイトルは、


『君なら大丈夫』


であったりする。

メモと言葉

確かな言葉が浮かんでくるとき、それは一つの決定を意味するのだろう。どうあっても真実にそう思った事。思った事を何度も確かめたいからだろうか、気付くと僕は手帳に書き込んでいる。


『確かに、ここにある。それが何かで』


多分後から読み返す自分にすら伝えられない、そんな「何か」としか呼べないものが確かに今の僕にはある。「ヒカリ」と呼んでしまえばそうなのかも知れないし、熱と言えばそうなのかも知れない。例えばミュージシャンが声をからすように伝えているものがそれと同じ類のもの…あるいは同じものだとして、でも自分は持て余してしまう…というどうにもならなさがある。


軽く口を付けたコーンポタージュの缶にそこはかとない心強さを感じつつ、休憩時のその行き迷っている視線を窓に向ける。正解であると同時に間違いでもあるそんな生き方をしているかもななどと思えている最近の心境は殆ど分析不能で、大まかに共通する誰かの言葉に共感して、というか共感したことにしている連続とも言えそう。だから誰かに伝えた時には同じものになっているんだろうし、それでも悪くはない。



「でも「何か」があるのは確かで、それが…」
何度言葉にしても言葉にしたことにならない、そんな内容をこの頃ではどこに探していているのだろうかと思う事がある。代弁者はそう都合よくは見つからず、伝えられそうな相手ももしかしたら見つからないままなのかも知れない。


その辺りで無理をしたんだよな、と今更ながら思う。分かってもらいたくて、一生懸命伝え方を考えて、ある程度は上手く行って、でも今みたいに自分でも何なのか分からないものになってしまったらもう扱いようがない。


僕はもう一度メモを見る。


『確かに、ここにある。それが何かで』


ああ、これが「ヒカリ」を感じさせるだろうか?


<どうにもなんねえんだよな、どうしろっての>


本当にどうにもならない。ここまでの熱が急激に冷めてゆくのを感じる。そう気付いて「ああ、熱なのは確かだったんだな」と冷静に分析している。それはそうだとしてどんな熱なんだという、不思議な思考が次にやってくる。


勿論それはコーンポタージュの熱じゃない。どんな熱かもそうだけれど、何でそんな熱がやってきたのか、というその理由を知りたくなる。実はそれは非常に単純で、何か熱中できるような凄いもののような気がしたからなのだ。


実際、何か凄いものだと思ったのは確かなのだろう。それは嘘だとは思っていない。けれど今またしても本当だと思えているのだろうか?


疑問には違いない。不思議なほどに、何でもない事。


そうこうしているうちに休憩時間は終わってしまう。底に残ったコーンをポンポンと喉に落としておかないといけないような気がしてしまうのは何だか癪だけれど、本当にそうなんだよなと実感する。同じように自分の中に残しているものがないように、今一度メモに言葉を加える。


『たぶん』


その言葉はコクのあるスープのようにじわじわと僕に染み渡る。

喩えようもなく

喩えようもなく微妙な心境を誰かと分かち合うような、そんな時間が確かにこの世界にあったのだと自分に言い聞かせるような、その繰り返し。


今朝のトーストは清々しいほどに標準的で、食べたことが印象に残るのかと言われるとそれは難しい要求だろうと素直に諦めるしかないとさえ思われる。そう思う自分は取りも直さずあらゆることを受け入れているようであって、ただ『最終確認』として、「これは事実です」と答弁するまでの猶予だけが与えられているというような在り方なのかも知れない。世界は思のほか無駄はない、というよりも使えるものは何でも使うという精神で在りもので何とか凌いでいるのだから理屈から言って無駄はないと言っても悪くはない。ただ、最後の一口を食べ終わった時のなんとも言えない微妙な気持ちすら放置されず取り沙汰されるような世界なら、それはそれで息苦しい。



分かち合えない事は一つの個性で、共感されないという事はそれだけ自分というものを意識する瞬間の為に必要ですらあって、些末なことだから記す必要もない。



仕事がたまたま午後からになったこの日に、僕は持て余しながら珍しく考え事をしている。いや、常に時間が足りないとさえ感じている自分にそんな持て余すような時間が与えられてしまったからつい考えてしまうのだろう。改めて思う、ややこしいだけの己。誰かの意見に同調しているようで、実際同調する以外の方法を知らないだけなのかも知れない。



語るほどのものはないのに、そんなものを意識してしまうであろう自分。愚かとも、素朴とも違う、誤差の範囲で平均的な姿。それなのに、どこかでそれが異様なものにさえ思えている自分。



何故そう思うのだろう。薄々その正体に気付き始めている。僕は未だに何かを信じているのだ。言うなればそれは誰かにとって「幻想」でしかないもので、いつの間にか「幻想」として扱われてしまうものだ。虚実入り混じるネット上の意見にすら攪乱される、とてもシンプルな命題。それなのに、僕の中では「幻想」と言うのが躊躇われるという、矛盾した事実とはなり得ていない事。




ありきたりな事ですら特別な何かになってしまうそんな事が、そしてそんな事を意識させる情報が、自分の中にはあるのだろう。




だからと言って何かが変わるというわけではない。ただごくまれに、その微妙さまで誰かに伝えられたような気がする時がある。僕がそこで伝えるという事にはどんな意味を持ちうるのだろう。それが何なのだろう。



だだもしかしたらそれは記憶の残滓として、もはや何を伝えているのかも不明なままに何処かに留まってゆくのかも知れない。



ただ幻想が続いている。いつからその幻想が始まったのかさえわからないままに。



時計は静かに時を刻む。そしていつもの通り、僕は準備を始める。

心がどこかに飛ぶのなら

心がどこかに飛ぶのなら、続いてゆく道の向こうを見てきたいというそんなありふれた願望なのかも知れない。



酷暑とはいいつつも、冷房を調節したり塩分を多めに摂ったり、自分なりに必要なことを必要なタイミングで行えているせいか、満更でもない心境で休日を過ごせている。時折思い出したかのように風も吹き抜けるし、今はなんだかいつかの夏を思い出している。



熱に浮かされるように世界が煌めくように願ったあの日の事は今でも印象に残っている。駅から歩いて帰って来ただけの事だったが、久々に再開した友人に何となく話してみたら、


「それは夏の本質かも知れないな」


と意味ありげな言葉を伝えてくれた。お互い学生時代に自転車をこいで通った経験があるからか、ノスタルジーの性感帯は似通ったものだったのかも知れない。あれから何年か過ぎて、友人には子供ができた。自分はどこか煮え切らないまま歳を重ね、煮え切らないものはやっぱり煮え切らないままにあるのが必然なんじゃないかとさえ思えてくるのも否定できない。



夏の一時は妙に記憶に残る。青春映画で見たことがあるのかないのか分からないシーンが脳裏に浮かんで、例えば川沿いで夕立に遭ってそろぞろと散ってゆく若者がこの世のどこかには居るんだろうなと信じて疑わない。その物語の中で今の自分はどういう位置にあって、どういう役割を演じるのか、それこそ演じずに演じるのか…なんてことを考えていると『自分』というものが見えてくるような気がする。



幼い顔立ちであるのが特徴の自分でも、仕事に疲れて帰って来た夜に鏡に映すと『目』が自分に何かを訴えかけているようにも見えてくる。それはあたかも



『もうお前は十分やっただろう。心配すんな、みんなそんなもんだ』


とでも言いたげな目で、多分自分はいつのころからかそういう目をするようになっているのだと思う。言葉尻を捉えて反論するのも面倒なだけという、悟りと気づきの間くらいの成長とでもいうか、とにもかくにも煩わしさからは段々と解放されているような気がする。職場でそれなりに任されるようになって、じゃあこの先何をそこで求めてゆくのか、段々と考えなくてはならなくなってきたようでもある。



スマホの正面カメラを利用して自分の目を見る。少し日焼けした顔に二つあるそのどちらかに、いわゆる『光』はあるのだろうか。あるのはただ追憶だけなのか?




そのタイミングで「ピンポーン」と鳴る。慌てて玄関まで向かってさっとドアを開ける。



「よう」



そこには例の友人が立っている。別に約束をしていたわけではないので少し驚きつつ、とりあえず中に入るように勧める。すると友人は、


「いや、ちょっと今日はこっちで用事あるついでに寄っただけだから」


と告げた。そうして玄関先で軽く近況報告と、これからの予定について確認し合った。


「まあ行き着くところはこういう風になるんだろうなとは思ってたけど、今年は結構きつそうだぞ。熱中症対策はしっかりしておこうぜ」


友人のその言葉に改めて自分のあの時の言葉が無茶ぶりだったかに気付かされる。それはやはり去年の夏だった。


『サイクリング…っていうか『ロードバイク』を買って、地元の色んな所を走ってみないか?そしてそれを動画にするんだ』


あの時の少年の姿からインスピレーションを受けたというのなら安直すぎるけれど、風を切って走ってみたいという気持ちはどこかに眠っていたのだと思う。自分に出来て、今だから出来る事、それを考えていったら自然にそこに行きついた。友人も何かこちらの熱に当てられて、結局今では月一くらいでその『サイクリング』を敢行している。



アップロードする動画は自己満足でしかないけれど、地元の風景を残しておきたいという気持ちもどこかにあったのかも知れない、なかなかいい雰囲気が出ていて二桁の視聴回数は得られるようだ。


「まあ夏のピークが過ぎて、台風の様子を睨みつつ、今度は懐かしい風景を探してみるとするか」



別れ際の言葉が頼もしい。見送って一人玄関でなんとなく立ち尽くしていると思い出したかのように蝉がミーンミーンと鳴き始めた。ありふれた光景だけれど、ちょっとだけまばゆいような気もする。
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二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
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