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スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

熱を持って

気持ちを保ち続けるのは難しい。留めておくというよりは、自分の感情やテンションの流れを波のように経験しつつ、浮上すべきところで何かを跡付けて残してゆくその全体の基調を保ってゆくようなのが最善なのかも知れない。

GLIM SPANKYというアーティストの「大人になったら」という曲で何かを(意識を)呼び覚ますように何かしら自分に訴えかけてゆくようなブログなんだろうなと思う。

忘れかけたり、もういいよなって思っている時に限って何かを見つけたり、何かが起こったり、その度に本当と思いたくなる自分の感情に思い至ってしまう。その繰り返しはそれ自体意味深で、しかも馬鹿正直なところがある自分はその度に熱っぽい事を語ってしまう。


それを見ているもう一人の自分なんて嘘ではないけれど何だか言い訳みたいな存在だ。でも世間的に言えばそれがなきゃ、と何処かで思ってしまうし安心もしている。


答えはない。少なくとも現実に立ち向かって行こうとするとどうしようもなく気持ちが大事で、どうあっても今の自分でやれるところまでやるのが最善という事が分かっている。


砕けたって、どうせその砕けたものに縋る。「俺今凄く良い事言ってんじゃね?」すら笑い話で、本当に本心からそんな事を言っていたら狂気の沙汰だろうとシリアスキャンペーンをやる。


どこにある自分が本当なのか。同じ基調の波に身を委ねつつ確かめて、先っぽに辿り着く。


やっぱ良いものは良いんだよな、そんなの作りたい。切なくなるくらい。



何だかんだでそこに立ち返る。何処かに行けるなら、この熱を持って。
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思い直し

出来るだけの事はやっておかないとなと思い直す。そこでは毎回、そう思い直すような出来事が起こってきていてその辺りで必然性を感じてしまう。


もう十分だと思えるのは一時的で、何処かで何かが起こっている以上、次に向かう流れになるのも仕方のない事なのかも知れない。


常識的には自分がどうする事も出来ない事で、巡り合わせとして凄く期待をしていられる状態になるのは難しい、と分析するべきという判断さえしそうになる。期待を抱いて行動した結果で何かを成し遂げるという可能性があるなら、少なくとも「イケる!」と思ったままで行ってしまう事が稀というか、そういう天分というか。


なるべく期待をしたいなと思う。松岡修造さんの本を読んで感化されて行けるならその方が絶対に良い。作品に表して行くのも、自分としてはいいイメージが目標だ。


「悩ましさ」だけはただ健全さの証として記憶はしていたいなと思う。

いくつか

休みの日でまったりしながら録音したものを聴いている。Kくんにはメッセージを送ったのだが、純粋に「活動がしたい」という気持ちが今は強くなっていて、その際誰かを喜ばせられたらいいなという具体的なモチベーションが意識されてきた。


作品にして発表するというのが現状の活動である以上、日々作品になるような事を探したりイメージしたりする工夫をする必要がある。


作業の分担としては私が作曲でKくんが作詞というのが理想なのかなと思うが、メロディーにしてもどういう雰囲気なのかとかそれ位はまとめておかないとなかなか出てこないもの。


色々出してきた「今の地点」というのは今までと同じようでいて少し勝手が違うような気配がする。


「どこに踏み出して行くか」という事について、限定はされてきているけれど幾つかあるような感覚とでも言おうか。まあ時間の許す限り全て試してみるのも良いのかも知れない。

再開

Kくんとの活動がヒカリココニという新曲に結実し、だいぶ達成感がある今、次に進むべき方向を模索する為にブログで日記のようなものを再開してみようと思う。


いつも思う事なのだが、一つ完了して落ち着いたところで世の中とか職場とかの事で何がしかの対応を迫られることが持ち上がって、結局のところは「頑張んないとなぁ」と思い直す展開はなんなのかなと、愚痴ではないが感嘆の声が出かける。自分が背負うとか背負わないとかの次元ではなく、状況的にやるべき人の側になってゆく、さりげない誘導みたいな。


スロぺでやろうとしていた事もひょんな事から自分の仕事の中に含まれている状況になっている時もあるが、イメージしていたのとはちょっと違う印象を抱いてしまう。


劇的に変わるという事は難しいけれど、日々余裕と言えそうなものが出てきて、「しなきゃならない」という感覚は少し薄れる。むしろそれを見つけようとしている部分があるんじゃないかとさえ思えてくる。


10年くらい前の事とかその時感じていた事と今感じる事を比べてみたりすると、そこから進めているんだとは思うが、なんらかの意味で同じだなと感じてしまう事もあって、これからもそうなんだろうなという予感がある。


時間の使い方については工夫すべきなんだろうなと思う。習慣を作ってゆくことが出来れば意外な風に広がって行くという実体験なのか、とにかく「難しい」と感じる事もそこが始まりかなと今は普通に思えている。

望まれるもので

良い話題にフォーカスできているせいか、モチベーションは高まっている。浸る事が出来るというのは嬉しい事で、そういう時間が増えると色々と良いことがあるんじゃないかなと思ったり。


自分の作ったものに浸るのは取りも直さず自分の作ったものを「信頼している」事でもあるなと思ったのだが、場合によっては「俺に寄りかかってきなさい」と思えるような強い意志で作ったものもあるし、ここぞという場面で気持ちを奮い立たせる何かが揃ってきたような感覚だ。


Kくんとの活動「ダケスタリスク」は明日が大事な日で、音や声に表れてしまうからこその音楽に何を込められるか、今もやれる事を続けている。


大坂なおみ選手の快挙に浸りつつ、とにかく自分達の現在の地点で出せる「ヒカリ」も「ヒカリ」として記録しておきたいという気持ちが具体的になってきている。改めて思うのは、集まって音楽を奏でる事でこんなにもドキドキワクワクがあるというのが凄いなという喜びのようなものである。それこそ前日の緊張感さえ本当に自分達で用意して生じさせたものなんだよなと、不思議に思えている部分もある。


本当に文字通りの意味で自分達で用意できる。ネットの恩恵も大きいけれど、色んな巡り合わせも含めると自分達で用意したという、その言葉の意味も、そういう自分達で居られたのが何によるものなのかという事も、とにかく一言では語れない内容になっている。


望まれるものであって欲しい。それは一つの願いである。
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二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




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