FC2ブログ

スローペースで、二人で出来る事を模索しながら。二本松、競馬、などなど。

過去話~追想~

今回の過去話は、むしろ考えながら思いだすという風に書いてみようと思います。まずパッと思いつくところではお世話になっているカラオケ店ですが、むかしはDAMという名前だったところで今は「まねきねこ」。ここではO君とK君と時々他の人も混ざって歌ってました。O君が森山直太郎の桜を唄っていたのをよく覚えています。個人情報にはならないと思いますが、3人の中で普段の声が一番高いのはO君で女性の歌も歌えるくらいのキーの高さです。


K君は高校時代になると早くから色んなアーティストの曲を聴いていたようで、少しマイナーな曲を歌うのは今でも変わっていません。尾崎豊になりきったり、桜井和寿さんになりきったりして声が枯れまくっていた私は一番変声期が遅く、もともと声が安定しないのか大学時代でもその後でも声質が変わってしまったのですが、それはいいとしてとにかく歌にまつわる話も結構あるような気がします。


けれど、中学時代に話していた事を思い出そうとすると大半が他愛もない話で、例えば当時衛星放送の衛星アニメ劇場で『太陽の子エステバン』というアニメが放送されていたのですが、それを『ママ』というあだ名のちょっとやる気の無い感じ…オーラを漂わせながら、


『太陽の子サルタン』


と言っていたのが聞こえました。実はその時がK君とママとの会話の切っ掛けで、


「それって、太陽の子エステバンじゃないの?」


とツッコんであげたら、「おっ」という表情になったのか会話が始まったような気がします。その時『ママ』がサルタンという少し原型から崩れた主人公の絵を描いていましたが似ても似つかない感じで、K君はそれがおかしいのかずっと笑いながら「サルタン」と言っていたような印象です。是非ともK君には『太陽の子エステバン』でググり、あの異様な世界観を楽しんでもらいたいところです。


さて、O君との会話のきっかけは競馬。ギャロップレーサー…ではなくステークスウイナーでもなく、少しマイナーな方の競馬ゲームをしていたような話だったのですが、そこからの急成長は目を見張るばかりでした。というか、自分の事で嘆くことの多いO君ですが競馬については無尽蔵の知識を誇ります。そして競馬の事となると超積極的なのは考えてみればあの当時からだったのでしょうか。



そういえばここでスプラッターものの小説を書いたK君ですが、『ママ』に『キューブ』の1だか2のビデオを借りていた…と記憶しているのですがとにかくそういう作品も当時から嗜好していたのかも知れませんね。ちなみにキューブはトラウマです。
スポンサーサイト

つぶやき

風がびゅうびゅう吹いて、雪も少しばかり降りはじめた。「3.11」の前日、東北に住んで
いるのでこの日だけ特別に考え直さなければいけないという状態ではない。常にどこかで
意識していて何かはしなければと思っている毎日なので、どちらかと言えば静かにしていた
い気持ちがある。


こういうところでO君を引き合いに出すのも違うのかも知れないが、管理人H自身にも少し
大勢の人に同調するのが苦手なところがあり、個人的には分り切っている事については
述べるまでもないというスタンスである。マスメディアが訳知り顔で語ったとしても、
複雑な気持ちになって見てしまう。



「ことわざの論理」という本に「時」について述べられた部分があって、「時間が解決して
くれる」とか「時」が過ぎる事によっていつの間にか何とかなっているようなニュアンスで
受け取られる事の、その「時」というものが僅かにだが納得できるようでもあり、何か不十
分でもあるように思えてしまう。



時は時でも「あの時」はやはり大きな問題を与えた時であるし、それを乗り越えるという風
には容易には言えない類の経験であるように思える。そこで何かが根本的に変わってしまう
というのか、求めるものが変わったのは確かである。



[]



どうもこのテンションで考えるのと前向きに捉えるようにするのでは少し差があるようである。
何にしても「これから」だ。

中学時代編~番外~

とても個人的な思い出なのだが、『東和ロードレース』という言葉に対して怖れを
抱く人はいるだろうか?いまや二本松になった東和で実際に開催されているロード
レースである。


中学時代、陸上の長距離を走っていた管理人Hは多分2回ほど(東和ではないが)
ロードレースに参加したことがある。梁川と二本松のである。二本松のは厳密には
「霞ヶ城クロスカントリー」で、どうやら今もやっているらしい。霞ヶ城クロスカ
ントリーの方は地元の新聞の写真に少し映っていた事もあるのだが、それ以降参加
はしていないし、コースは面白いけれど『キツイ』という思い出の為なかなか思い
出さなかったのだが、それを知っているだけに『東和ロードレース』は一種の恐怖
である。



友人から噂でコース形態を聞かされただけでもう走りたくなくなるし、車でその坂
道を通っているだけでも気持ち悪くなるが、東和中の人は陸上部じゃなくても強制
参加という話を聞いて、同情してしまっていた。



試しに参加してみようか…



などと思って参加したら痛い目に遭うという事が分っているので軽々しくは口にできな
いその単語。でも、名物といえば名物だろう。霞が城クロスカントリーも合わせて走る
人にとっては大切なイベントである。盛り上がってくれるとちょっと嬉しいと思ったり
するのは腐っても「元陸上部(駅伝部)」だからである。

過去話~高校編~④

K君とO君と高校時代によくカラオケに行った事を覚えています。昔は『DAM』と呼んでいた
そこは今は『まねきねこ』になっていて今もお世話になっていますが、何故か田舎なのにカラオ
ケは充実しているという事がかなり重要な意味を持っていたのです。高校時代と言えば、モテたい
とか不純な理由でも、またカッコいいからという理由でも音楽を始める人が出てくる年頃です。
夜は流石に行けませんでしたが、土日の午前とか昼とかは中高生にとってはカラオケにうってつ
けの時間で、愛してやまなかった『Mr.Children』の新曲が出れば死ぬほど歌って練習し、発表
する場としてカラオケがありました。


歌詞の意味を考えると、どちらかというと30になる今頃の方が共感できるような曲も多いミスチ
ルですが声の良さとか、キャッチーなメロディーとかは自然と歌い出したくなるもので、
K君も共感してくれていたのもあり、難しい曲を歌いこなすというちょっとした目標とも
なりました。先日も例えば「surrender」という曲もハモってみたりして、気持ち良かったの
ですが、当時の中高生にとってはゆず、GLAY、ラルクなどが定番で、Mr.Childrenについては
『終わりなき旅』はヒットしましたが『Q』というアルバムで悩ませたかも知れません。



当時の音楽業界自体は潤っていて、ヒット曲も一か月に2、3曲は当たり前だったし音楽番組
も沢山ありました。カラオケの採点機能が出来始めたのもこの頃で、こういう事を語ると本当に
きりがないのですが、声を嗄らし、喉を傷めても歌い続けるのは結構普通だったと思います。



K君との思い出では、私が尾崎豊に感情移入する歌い方で「いいね」と言われたところから
もっともっと本気になって歌い始めて、何だか一緒に来ていた他の人も若干ひいているよう
にも感じた事があったのですが、K君は『美声』を活かしてスピッツなども歌っていたような
気がします。少しばかりの嫉妬というのか、同時に自分自身の声に対するコンプレックスがあ
って一人修業が始まるのですが、それはずっと後になってフジファブリックの志村さんの声を
聞いて、「ああ、こういう歌い方もあるんだ」と思ってからは、少し考えが変わりました。


(桜井さんのような声に憧れて、吉井さんの声に憧れて…と変化はしていったのですが)



過去話で歌について熱く語るのも変なのですが、とにかく一生懸命心を込めて歌うのが良いな
というのは本当だと思います。この前K君が歌ったSyrup16gの「Reborn」は良かったです。

過去話~中学編~④

K君との再会は私にとって重要な意味を持っていました。思い出すという事については
少し躊躇われる事もあったその時の事を二人で確認し合った事によって、何かしら別の
事が見えてきたようにも思えます。まあそういう話題以外にも中学時代の事で語れる
話もありますし、折よく同窓会があって振り返るのには最適かと思われますので、
少しばかり過去話を書いてみたいと思います。


K君とO君の間の絡みも沢山あって中学時代の私はその二人の出身の小学校の色が
良く出ている話題やノリを見たり聞いたりして、冷静にツッコミを入れたり、若干
集合する事によって脱力しそうな雰囲気になるグループ内でその雰囲気が面白おか
しくて笑っていた事が多かったと思います。今でこそ自分がしっかりしなければと
思っているのですが、当時は自分自身も良く定まっていなくて、個性が強いわりに
引っ込み思案なグループ内で『誰をフォローするか』で大分迷っていたような気が
します。



何か言葉では言い難い特徴を有しているK君は何処に行っても基本的にはイジられ役
で、同窓会の時もそれは変わっていなくて、「この人はいつもこのポジションだな」
と安心感すらあったのですが、O君はK君に対して時々厳しいような、でも的確に
個性を引き出す話題をふっているポジションで、多分、お互いに理解があってこそ
の絡みなのだと思いますが、でも流石にK君が執心していた某Fジョッキーへの
あてこすりめいた発言による間接的な口撃は時々可哀想になるくらいでしたが、
当時新人とも言えたF騎手が活躍する前の話だったので、その話は鉄板ネタでした。



グループについてはもう一人語らなければ十分ではないのですが、その人からもK
君はイジられ、徹底的にやり込められていました。ただ、K君は褒めると増長する
タイプの人だったかも知れないので、それくらいでバランスが取れていたのかも
知れません。なんにせよ愛されキャラでした。



かと思うとK君と私の間の関係はというと若干それとは違っていて、時々真面目な
ところが出てきて、K君も私の話をしっかり聞いてくれるので愚痴を言い合ったり
したような気もします。K君との仲で言うと、高校以後のカラオケによって強く
結ばれていたような気がします。同窓会の日の最後に集まった音楽の時間の歌の
発表の時のメンバーで熱唱できた事で、


「もしかすると歌に対する情熱はあそこから始まったのではないか…」


と思えて凄く嬉しかったのです。このまま高校編に続けたいと思います。
プロフィール

二人の管理人

Author:二人の管理人
ブログには珍しく二人の管理人で更新してゆくブログです。

二本松のこと、競馬のこと、これから手探りで何かを
やってゆこうと思っています。




最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ただのカウンター
フリーエリア
投票
google+
プロフィール
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR